『かみさまのたまご』

「どう?うまく育ってる?」
少女が除き込んで来た。
「うーん、どうかな、でもほら、綺麗な白い花が咲いたよ」
少年の視線の先には、淡い蒼に輝く硝子球がある。
その燐光を瞳に映して、少年はくすりと笑った。
「おもしろいね、この課題」
「そうね、あたし、もう都邑ができたよ」
少年はうつむいた。彼の「星」には、やっと白い花弁の花が咲いたばかりだったから。

小さな蕾がふくらんだとき、少年は素朴な感動に包まれたのだ。
花がさいた。ぼくのこの手のなかで! 
本物の植物を、彼は見たことがない。
そんなものは遠い過去の産物で、少年にとっては学習ホログラムの中の幻想でしかなかった。
それが。甘い夢の中でしか触れられなかった花が、
少年の「星」のなかで、息づいている・・・

宇宙史の授業。その課題だった。
これが上手くいかないと、単位はとれない。
いつも落ちこぼれ気味だった少年にとっては死活問題ではあった。けれど。
「ねえ、信じられる?ぼく、世界を作ってるんだ」
少年のうっとりした口調に、少女はちょっとあきれたように小首をかしげた。
「たかが教育プログラムになにいってるの。
あたしたちが作ってるんじゃない。「作らされてる」のよ」

「仕方ない子」
同い年なのに、多少のいとしさを感じつつ、少女は微笑む。
少女は頭の良い子だった。おとなたちは、そう信じていた。
知能の高い少女。美しい少女。ひとなつこい少女。
自分にないすべてのものを持っている少女を、誰もがうらやんでいた。
(みんな、わかってないだけ)
少女は秘密を知った喜びにわが身を抱きしめる。
(誰もしらないの。あの子の特別な「チカラ」)

「花がね、なくなっちゃったんだ」
少年が言うと、少女はちょっとあきれたように、
わずかに同情の色をたたえて少年の頭をなでた。
「種が絶えちゃったのね。あんたの「星」、そろそろ寒くなってきてるから」
実際の歴史より遅くなった氷河期。
母星の形成を正確にたどらなくてはならない課題なのに、
少年の星には子供じみた竜が闊歩し、夢のような白い花が咲き乱れていた。

Aクラスの子供達はみな少年を笑った。
なぜ少年のように「できない」子が最高クラスにいるのかと。
少年にもわからない。気がつけばここにいた。少女だけがいつしか気づいていた。
蒼い球体に音もなく降り積もる純白の雪を眺めながら、少年の瞳はほんの少しかげる。
鋭い牙や力強い翼をもった竜たちが弱ってゆく。
しぬってどういうことなんだろう?

星に、新しい命が生まれた。
ふかふかの真っ白な毛皮、まあるい瞳、
いかにもか弱く、ちいさな命ではあったが、それは強靭な生命力でもって氷の時代を生き抜いた。
「あんたの好きそうな可愛い動物だこと」
少女と笑いあった少年だったが、ふと思う。
この子たちはより大きな動物に食われ、より小さな命を食らう。
「星」に初めていのちを吹きこんだときのことを、少年は思い出していた・・・

波から生まれたたくさんのあわあわに、少年はそっとくちづけたのだ。
それがいのちを吹きこむ儀式。
その瞬間に、やわらかなあわは、たしかに息づいた。
そんなただの泡から、こんなに可愛いふかふかな生き物が生まれるなんて。
少年は微熱を持ったようにうっとり眺める。
そして気づく。
・・・・じゃあ、誰がぼくらの祖であるあわあわにくちづけたの???
それを口に出したとき、少年は少女から引き離された。

そこは、あたたかな空間だった。
暗闇。
燐光を放つ黒。
ふわりと宙に浮かんでいる感じ。
多少の不安とともに、少年はそこにたたずんでいた。
「ここ・・・どこ?」
「あなたの神座だよ」
暗闇からにじみ出てきた声に、少年は問うた。
「神座?でもここ、なんにもないよ」
「あなたが創るのだよ」
「? ここ、粘土もないよ?」
「あなたが「星」を創ったように、ただ願ってごらん。『ヤー』」

「『ヤー』?違うよ、ぼく、そんな名前じゃない」
少年の声に答えるものはなかった。
しんと、耳が痛いほどの静寂。少年はふと、さびしくなった。
ああ、もしここにあのふわふわの白い獣がいたなら。
ぽろ、ぽろ。こぼれた涙はゆっくり闇に落ちて、弾けた。
「え?」
闇を白く切り抜いたような獣が少年にすりよってきた。
少年の涙から生まれた綺麗な水の瞳をしていた。
「ぼく・・・つくっ・・・た?」

幾日か、少年はひたすら創造に没頭した。
少年が願えばイメージそのままに生まれくるのだ。
いのちが。
物が。
それは媚薬よりも少年を陶酔させた。
いつのまにか輝く暗闇の空間にはいのちが満ち溢れ、
いつか少年が作った「星」そのままに息づいてゆくのだった。
ここにあの子がいればなあ。もっと楽しいのに。
そう思って少年は何度も少女を「創造」しようとしたが、それはことごとく失敗した。
少年は、彼自身以外の存在を作ることはできない。
いま柔らかな体をすり寄せてきた白い獣さえ、少年の一部でしかないのだから。

「ヤー、哀しんでいるのかい?」
声が降ってきても、少年は身じろぎもせずただひざを抱えてうずくまっていた。
「さびしいのかい?」
こくりとうなずいた少年に、声はわずかに慈愛をにじませて笑った。
「可愛そうなヤー。せっかく創ったものたちが死んでゆくよ?」
「・・・あいたいよ」
ぽつり、つぶやいたことばが暗闇に満ち溢れて、なみだの水底となってゆらめいた。
声は、観念したようにささやいた。
「あえるよ。あなたがのぞむなら。叶えましょう」

少女は、硝子の球体を抱いて現れた。
やんわり微笑んだくちびるからこぼれたのは、たしかに少女らしい、あけすけな言葉だった。
「あんた、ここで「神」になるの。あたしは、イヴ。『星』は、あんたのものよ」
手渡された硝子の珠は、ほんのりぬくもりをもっていた。
いつか教材としてくばられたまがいものにはありえない体温だった。

「星」の内部には、かすかにちいさな雲がうずまいていた。
星の誕生。
少女から受け取った珠を抱いて少年はほほえんだ。
どうしようもないくらい巨きな愛しさがこみあげてくる。
「ヤー」呼びかけてきた少女に、少年はちょっと首をかしげた。
「どうして?まえはそんなふうに呼ばなかったのに」
「知ってる?『ヤー』の意味」
かぶりを振る少年に、少女は誇らしげに昂然とあごをあげた。
「声に出すことも文字にすることも許されぬ神の名。その愛称」

「ぼく、神様じゃないよ」
「いつかわかるわ」
少女は意味ありげな含み笑いをもらしてから、少年の抱いた硝子珠を指差した。
「ほら、海がうまれる」
星が輝く。
硝子の内側で波がたち、
はげしく波うち、
大地を削り、
また波がよせ、
それをとほうもなく長く永く繰り返し創めた。
その飛沫のような燐光をほほに受けながら、少年は魅入られていた。
ぼくが、のぞんだから。
ぼくは、創る者。

それは、幾度も幾度も繰り返されてきたことだった。
波のように、星の回転のように。
始まりもなく終わりもなく。
こどもは星を創る。
星のなかでこどもは生まれる。
こどもがまた星を創る。
星の中でまた生まれるこども。
合わせ鏡の回廊のように果てもなく。
イヴは燐光にほほを蒼くそめた少年をみつめて微笑んだ。
少女は知っていたから。
少女は神に愛される。
それは決まっていたことだったから。

巡り巡る時の中を、少年と少女は星を抱いて廻り続ける・・・


fin


仕事の合間に(おい)ぽちぽちと打ってはメールで携帯に送り、
また打っては携帯にメールで送って、
(かなりいきあたりばったりに)
書いた作品です。

長いあいだ、パケット通信料を犠牲にして読んでくださった方々に、
こころからのありがとうです。

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