「黒い衝撃 〜変貌〜」


あの女のアパートを出た男は、また夜の街をさまよっていた。
胸の傷はいつのまにか塞がっており、シャツに付いた血は固まって、傷口に貼りついていた。
  
今度は何処へ行く?
それは彼にも解からない様だ。
ただ、おぼつかない足どりで、闇の中をさまよっている・・・・
ただそれだけだった・・・・

ふと、気づくと、そこは人気の無い港のような所に、彼はいた。
コンクリートの岸に当たる波の音がこだましている。
彼は、そこに佇んで海を眺めていた。
海は黒い水面に、月を浮かべてひっそりと呼吸をしている。

すると、突然車がこっちにやってきた。
彼は、ライトに照らされて、まぶしそうに手で目のところを覆った。
車は、黒塗りのベンツで、彼の近くまで来て停車した。
ベンツの後部座席からこれも黒いスーツに身を固めた筋肉質の男が降りてきて、反対側のドアを開けた。

そのドアからは、紫のスーツの小太りの男が出てきた。それと同時に、助手席から先ほどの男と変わらない黒いスーツの男が車から降りて、小太りの男を護るように寄り添った。

二人の黒いスーツの男はボディーガードのようだ。
そして、その真ん中に護られるように立つ男こそ、彼を追うこの辺りのボスである。


「よお、探したぜ。」

そう言ったその男の顔は、憎悪に歪んでいた。そして、喜んでもいた。

「お前のおかげで、俺の大事な跡取りが死んじまった。俺の大事な・・・・」

男は黙っている。

「ヤクの件は仕方ないかもしれない。だが、いまさらそんな事ほどうでもいい。今はただお前が憎い。」

ボスの顔はさらに歪んだ。より深い憎悪をうかべて。

「許せねえ、息子はお前を気に入っていたかもしれない、だが、俺にとっちゃあ、貴様なんか どうでもいい。」

ボスは煙草に火をつけて一息吸った。

(何言ってやがる。あいつは、お前と血も繋がってねえじゃねえか。何が息子だ。)

男はそう思ったが、あえて口に出さなかった。

「お前の処置はもう考えてある・・・・死刑だ!」

そう言うと、ボディガードの一人がこっちに寄ってきた。スーツの内ポケットに手を入れながら。
男は、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
ボディガードは懐から拳銃を取り出し、銃口をこっちに向けている。

(まだだ、まだ死にたくない!)

男の背中に冷や汗が走る。

「うおおおおお!!」

男は、雄叫びをあげて走りかかった!ナイフを振り上げて突進する。
ボディガードは走ってくる男めがけて引き金を引いた。
拳銃が火を吹き、男のわき腹に穴をあけた。
しかし、男の勢いは衰えない。
ボディガードは、さらに引き金を引く。連続で銃弾が発射され、男の身体に次々と銃弾がめりこんだ。
弾倉にあるだけの弾を打ちこまれた男は、最後の銃弾を食らった時に仰向けに崩れ落ちた。

ボスは少し驚いていたが、動かなくなった男を見ると、車の方に戻っていった。

「死体の処理は任せたぞ。」

そう言われたボデイーガードは、男の方に歩いていった。


(俺は、死ぬのか?)

12発目の銃弾を受けた彼は、薬莢も落ちる音を聞きながら、崩れ落ちた。

(俺は死ぬのか?)

(いやだ、まだ死にたくない)

彼は急所ぎりぎりの所で銃弾を受け止め、即死は免れたものの、激痛で意識が飛びそうになっている。
今、彼が意識を失えば、二度と目覚める事は無いだろう。

(死ぬ、死ぬのか?死にたくない!まだ死にたくない!!)

(生キタイカ?)

突然、あの声が聞こえてきた。
彼は、気が付くと闇の中にいた。

『生キタイカ?』
(おまえは・・・・・)

『マダシニタクナイノダロ?』
(ああ、死にたくない!)

『生キテイタイダロ?』
(ああ、生きたい!)

『助カル方法ガアルゾ。』
(なんだって!助かるのか?そんな事が出来るのか?)

『俺ヲ解放シロ!ソウスレバオ前ハタスカル』
(生きるためだったら、悪魔にだって魂を売ってやる!お前の好きにしろ!)

『ヨシ!シカトソノ言葉聞イタゾ!!』

すると、彼は闇の中に飲みこまれた。


ボディガードの足音が近づく・・・
  コツコツコツ・・・・・
近づきながら、銃のマガジンを交換して、弾を装填する。
そして、男の傍らに来ると、銃口を彼の頭に定めた。

その時、男は目を開けた!

男は、人とは思えない瞬発力で起き上がり、一瞬たじろいだボディガードにナイフを振った。
下から斜めに振り上げたナイフは、ボディガードの胸を切り裂いた。
ボディガードは、さすがにひるんだが、すぐさま彼に銃口を向けた。
しかし、男はさらにナイフを閃かせ、銃を持っていたボディガードの手首を切り落としていた。
ボディガードが悲鳴をあげた、だが、それはすぐに断末魔の叫び声に変わった。
彼が、ナイフで心臓を一突きにしたのだ。
ボディガードの声を聞きつけたのか、ボスは驚愕の表情でこっちを向いた。

ボスは、その時、男の瞳が赤く光っているのを見た。その瞳は、血のように紅く、禍禍しく、恐ろしい光を放っていた。


そして、男は、落ちていた手首ごと銃を拾うと、手首をはずして無造作にほうり捨てて、銃をベルトに挟むと、くるりときびすを返して、走り出した。
彼は、足にも銃弾を受けているはずなのにそんなそぶりは見せない。
だが、その証拠に、右足が地を蹴るたびに血が噴出していた。


男は獣のように息を荒げて疾走した。いや、獣そのものと言ったほうがいいか。
もう、その男には、人としての表情が見られなかった。
彼の背後から、ホイールスピンの音がした。
ボスは車で追いかけてくるようだ、しかし、ボスは彼に追いつく事はできないだろう。

なぜなら、彼は、もう獣そのものなのだから。
夜の闇は、彼の縄張り。
その中で、彼を捕まえる事は、決して出来ない。
生きることに命を賭けている彼に追いつく事など誰も出来ない。


夜はマダ終わらない・・・・・


黒い衝撃第三弾です!
2000ヒットしたお祝にいただきました!!!

ウエポンさんの文章には、いつもドキドキさせられてしまいます。
美しい文体、けれど、ぞっとする鋭さもある。

これから「彼」がどこへ行くのか、
とても楽しみです!


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