魔獣。    

夕闇を紅蓮に染めて、堕ちてゆく大陸。

燃える。穢れた大地が。魔物たちが。燃える。ひとが。街が。

灼熱の大気に身をゆだねながら、ティナは落ちていく。

死ぬかもしれない。

どこか虚ろな悦びを感じた。

死ぬ。ひとびとを、命を、歴史を巻き込んで。血の娘と恐れられた己にはふさわしい最期。

微笑んで、閉じかけた瞳に、大気に激しくはためく深緑の瞳を、見た。

血色の瞳。

(美しい紅だね。涙で濡らすのはもったいない)

そう言ってくれたのは誰。

(愛するということはむずかしい。私も、真実ひとを愛したことはなかったのかもしれない。……ティナ)

わたしにはわからない……けれど。

間近に迫る大地。叩きつけられ、肉体は飛散するだろう。仲間たちも。

いや……

「いやあああっ」

淡い桃色に染まる視界。 ちからが目覚める……!


死を運ぶ娘よ 吾が同胞よ 吾が妹よ

遠く、闇のどこかに声が響く。

剣を持つ者

つるぎ? アルテマウェポン?

吾が牙に撰ばれし者

牙……

ふと、痛いほどに握りしめていた剣に気づく。

剣? 違うのかもしれない。超高密度なエネルギーの塊だと、誰かが言っていた。

そのアルテマウェポンが、青く蒼く輝いている。まるで戦闘中のように。嬉々として。

光が届くか届かないかの位置に、それは立っていた。

奇怪な、恐ろしく大きな魔獣。剣と同じ名のアルテマウェポン。

そんな馬鹿な。

ティナは驚愕する。

あれは魔大陸で死んだはずだ。ケフカの目前で、奴の息の根を止めたのは他ならぬティナではなかったか。

目覚めよ 吾が同胞 ……血が 欲しかろう

いらないっ!

声をあげたとたん、闇を駆逐した光景に、ティナは硬直した。

炎 炎 炎

火花を孕んで巻きあがる風に髪がなぶられて、その感触がここちよい。血溜まりに沈んだ兵士達。そのひとり、かすかに胸が上下している。まだ息がある。

コロセ!

狂気そのもののかん高い声が叱咤する。

コロセッ!

兵士の髪をつかんでこちらを向かせた。まだ若い。幼さの残るくちもとがだらしなく開いている。血と、唾液がこぼれていた。

コロセェッ!

何の感慨もなかった。心が麻痺しているのだと気づくことすらできなかった。

だから彼女は、ごく無造作に、男の首を掻き切った……

ちがああぁうっっ!

魔獣は低く唸りをあげて嘲笑した。

幻魔の子よ 殺戮は楽しかったろう?

愉悦ではなかった。死んでいたのだ。あの時は。戒めの輪を額にはめられ、ただ狂ったケフカの言う通りに動いていただけ。

それだけではなかろう……?

それだけ。あの頃の記憶すらさだかではない。ただ肉体だけが成長していた。

あやつりの輪は、彼女の精神を殺した。

輪は いいわけではないか 悦んでいただろう 血は

違う……

輪がはずれ、幻獣と共鳴して力を解き放った瞬間は、ひらすら歓喜だった。……ひとかけらの恐怖と。

それだけだ。幻獣の、父マディンは穏やかな人柄だったのだから。

幻と魔 違いはどこに? 人と幻獣の子よ

(人として、生きなさい。こだわることはないのだよ)

お父さん……

(力がなんだというのだ? ティナはそこにいるんだ。私がいくらでも抱きしめる。嫌というほど)

……エドガー

(私は愛を教えることなどできない。それは自分で探すものだ。しかしこれだけは言わせてもらう。私は)

エドガー

いつしか、魔獣の姿は遠のいていた。もう、剣の激しい輝きですら届かない。

(ティナはティナだ。他の何ものでもない。……私がはじめて愛した女性)

わたしはわたし……

ぐっ、と柄を握りしめ、腹の底から叫びをあげた。

わたしは 愛を 得た !!!

瞬間、アルテマウェポンから紅の閃光がほとばしった。

光輝の渦に巻き込まれて、魔獣の気配は、消えた。


窓の外は今日も砂嵐で、こどもたちにとって退屈な日々は続きそうだ。いいかげん城内の探検にも飽きた頃だろう。

警邏の兵たちにちょっかいを出して叱られているだろう養い子たちのことを思って、ティナは紅の瞳を少し細めた。はやく外に出してあげられるといいのだけど。ちょっと遊んであげようか……

立ち上がり、見渡した部屋の中央に、ひときわ豪奢な純白のドレスが飾られている。真珠をふんだんに刺繍した花嫁衣装は、砂漠ではあまりに贅沢な代物だ。

世界はまだ崩壊の衝撃から立ち直ってはいない。それでもフィガロの威信をかけて王が用意してくれた。

民へ、復興への決意を示すためと、それに。

「ひとならぬ、幻獣の子のわたしを妻にすると、みなに知らしめるため」

王がくれる優しさ、王が包んでくれる痛み。

誰かを愛する感情など、生まれてはこないのだと思っていた……

「ティナ、様? いらっしゃいますか?」

侍女の声が遠慮がちに聴こえた。

「どうしたの?」

「王が、お呼びです。お土産があるとか」

しばらく留守にしていたエドガーが帰ってきた。まず土産をくれるとは、彼らしい。ちいさなこどもに対するように、彼はふるまう。

包まれている、そんな幸福感は悪くない。

「すぐ、行きます」

剣アルテマウェポンは、かつて地中で発見されたフィガロの地下遺跡に厳重に封印された。

ティナはときどき思いを馳せる。

魔大陸崩壊の時、ティナは無意識にトランスして仲間達の墜落のダメージを軽減した。そのときにみた夢のことを。

魔獣アルテマウェポンとティナ。そして剣。

実に無造作に魔大陸に投げ出されていた剣は、彼女を待っていたのではなかっただろうか。

存在の根源が、あまりに酷似していたゆえに……

fin


オチもなく。だらだらした文章ですねえ(^^;)

ティナを書くぞ!と、変に意気込み過ぎたのかもしれないです。

いつか機会があれば、もっとたくさんティナを書きたいです。

素晴らしい壁紙は、ユキヤさんのサイト、「EPR」から奪ってまいりました。

こっそり、リンクしてあります。(汗)→  

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