『鎮魂歌』

「くそっ、オレに何をさせる気だ」

唇がわななく。喉が空気を絞り出す。目標に触れる寸前でピタリと静止した剛刃を
そろそろとずらしていき…。
バスターソードの切っ先は力無く地に落ち、白い石の欠片を飛ばした。クラウドは
心の底から安堵した。あのまま何者か(見当はついている)の精神操作を振り払うことができず、剣を打ち下ろしていたら。祭壇の下からバレットやテイファのかけてくれた声に反応できなかったら。それを思うとゾッとする。だが避けることができた。
最悪の事態を想像する恐怖と、それを脱した安堵。そう、これこそ自分の本当の心なのだ。
エアりスに手をかけるなどオレには…もう出来はしない。
悟ったクラウドは、固く、あまりにも固く瞑った瞼をじりじりと開いてゆく。

まぶしさに眼が眩む。地下祭壇室の天井に開いた窓を通して降り注ぐ曙光は、いっぱいにたたえられた水とその上に浮かんでいるように建てられた、白い結晶材の構造物に反射され、土の下に暖かい光の空間を成しているのだ。
ましてクラウドは、遥か上の窓から伸びる光の柱のほぼ真下にいた。ソルジャーの瞳すら、この順応には常人程の時間をかけてしまう。クラウドは目が慣れるのを待った。その暫しの時が終わり…彼はさらなる光輝なものを眼にした。
エアリス・ゲインズブールは、両膝をつき二つの掌を胸の前で組み、頭を垂れて祈
りの姿をとっていた。
長い睫に縁取られた瞼は、今は静かに閉じられている。外界の刺激を断ち、心を一片の曇りなく澄ませる…。
それは、強い純粋な願いをかなえるために、世界じゅうの少女たちが、敬虔な信徒が行ってきたことだ。
柔らかな啓蟄の光は、そんな大地の子を祝福するかのように地階まで注がれている。
天の恵みを一身に受けた彼女は、どこまでも細い栗色の髪を日に透かし、上着の短い袖から伸びた純白の腕を輝かせる。
誰からも忘れられた寂しげな空間に、エアリスという花がひっそり咲いていた。
全身全霊をかけた巫女はとても…美しかった。

壊してしまいたいほどに。
(バカな)胸の底に湧いた邪念をクラウドは踏みにじった。

クラウド自身は、目の前の巫女に話すべき事、聞くべき事を抱えていた筈である。
しかし今この時の彼はそんな事を忘れていた。あるいは溢れる想いが声すら封じてしまったのかもしれない。彼の中に渦巻く感情をいかな詩人に表現し得るか。
祭壇の下で状況を見守っていたバレット、ティファの胸のうちも似たようなものだった。巫女は三者に、杯に湛えられた水の如き静寂を強いている。

ぽちょん。
波紋が起こった。

巫女に動きが生まれた。瞼を開き、ゆっくりと面を上げていく。別れてから何日も
経っていない筈なのに、遠い思い出のように懐かしい彼女の碧の瞳を、クラウドの自ら輝きを放つ蒼い瞳が確りと捉える。
エアリスは静かに、あたたかく、スラムの街角で二人が初めて会ったときと同じよう
に、微笑んでいた。

日が翳った。
陽光を切り裂く黒色の邪気が人の形をして舞い下りた。クラウドもバレットもテイファも、誰一人邪気の侵入に気づかない。
それに携えられた長大な刃は、遥かな高みから狙いを誤らずエアリスの背中から胸へ…突き抜けた。

クラウドは、自分の目の前で何が起きたのかわからなかった。突然陽光が翳り、黒い物体がエアリスの背後に落下したと思った瞬間、そのエアリスの胸から銀色の輝きが突き出ていた。エアリスの目がカッと見開かれ、ゆるゆると閉じられていく。唇が、何かを呟くように動いたのは錯覚だろうか?
彼女の体は力を失ってガクンと前のめりに折れた。
その背後に立つ人物は黒いマントを羽織り、エアリスの屍から大儀そうに得物を引き抜く。得物とは、極限まで鍛えぬかれ銀色に輝く大太刀。見覚えがあった。
どくん。
誰かの心臓の音が聞こえる。
「それ」は己が持つ武器と同じ色をして垂れた髪の下から、己が武器に劣らぬ鋭い眼光を顕わにした。クラウドと同じく、自ら光を放つ魔洸の目。
邪気の名はセフィロスといった。
エアリスの体が倒れる前に受け止めてやる。戦いの旅を始めた頃、彼自身が、ティファが、よくそうしてやったことだった。仲間の中で戦闘のために鍛えられた体をもっていないのはエアリスだけだったから。しかし、彼女は音を上げるということを一度もしなかった。支えられても、大丈夫と微笑んで、よろめきながら立ってみせた。戦いに慣れ、力をつけてからも、その微笑だけは変わらなかった。
この笑顔を絶やしたくないと思った。守ってやりたいと思った。
仲間として、戦友として…大切な一人として。

クラウドが想いを自覚したとき、それはあまりにも劇的に、絶たれた。

「エアリス!」
抱えた体を激しく揺さ振り、エアリス、エアリスとなんども呼ばわる。無駄とは解っている。セフィロスの見舞った一撃は確実にこの腕の中の女の命を奪った。だからといってその事実を受け入れることは断じてできなかった。
リボンがほどけた。彼女の多すぎる髪を纏めていた絹布がゆるんでハラリと落ち、髪の中から白い珠をこぼした。白いマテリア。実の母イファルナの形見。それは咄嗟に伸ばしたクラウドの手を届かせず、階を跳ね落ちていき、そのたびに楽器のような澄んだ音を響かせて地底湖へ落ちていった。
その音色が、凍った時を溶かした。

対岸から見守っていたバレットとティファが驚愕から脱し、水上の足場を踏んで惨劇の場へ跳びすさった。
「セフィロス、貴様ァ!」
右腕と連結したギミックをセフィロスに向け、構える。まだ撃てない。彼のギミックアームに装備されたのは、狙いというものを度外視した機関銃だ。不用意に発砲すればエアリスの屍を掻き抱くクラウドまで蜂の巣にしかねない。それでも、怒りに燃える眼は標的を捉えて離さない。
(嘘でしょ…こんなの。こんなのって)
バレットの右手に立つティファは、声を立てずに震えていた。仲間の内で最も気心の合った親友を失った悲しみに襲われ、戦士としての自分を奮い立たせることができずにいた。そしてそれは、かつて彼女の大切なもの…故郷と友と肉親を奪ったセフィロスの手によって為されたのだ。悲しくて、悔しくて、視界が滲んだ。壇上のクラウドの姿も良く見えない。クラウドは今はおとなしいようだ。彼もまた、押し寄せる悲しみと怒りを噛み締めているのだろう。わたしとおなじように…?
いや、それは違う。クラウドがあれほど打ちひしがれている理由は、エアリスを喪ってしまった、それだけだ。クラウドのなくしたものと、わたしの失ったものは…違う。
(ああ、どうして!?どうしてこんな時にそんなことを考えてしまうの?)
エアリスが…死んでしまったというのに!
自分の涙を汚らわしく思えることが信じられなかった。

「悲しむことはない、この娘もすぐに星をめぐるエネルギーとなる」
セフィロスが、張りのある声を聖堂に響かせた。愚者の群れに天の意志を説く予言者のように、腕を広げ胸を張っている。ほぼまっすぐに降り注ぐ光は彼の見事な銀髪を煌かせ、黒マントに吸収され作られた影とともに絶妙のアクセントを成していた。クラウドはその傍らで屍を横たえてから動かない。
「ふざけるな!」
怒れるバレットの罵声が轟く。安全装置が荒々しく解除され、射撃体勢を整える。
「クラウド、剣をとれ。セフィロスをぶちのめすんだよ!聞いてるのか!?」
その言葉に、ティファもハッと眼を醒まし身構えた。そうだ。クラウドはバスターソードを放り出してセフィロスに首を曝け出している。エアリスだけでなく彼まで失うなど、ティファに許す事はできない。
「クラウド、立って!」
クラウドは動かない。剣に眼もくれず、物言わぬエアリスをみつめたままだ。
しかしセフィロスは悠然と言葉を続けた。
「これより私は北に向かう。星が定めた約束の地」
クラウドは動かない。
「私はそこで星のすべての精神エネルギーとひとつになる。そのときはその娘も…」
「だまれ」
ん?とばかりにセフィロスはクラウドに目をむけた。ティファが僅かに反応する。バレットは彼を目で追った。
「自然のサイクルもお前のバカげた計画も関係ない」
低い震えた声を発したのはクラウドだ。だが、声の調子はすぐに変わった。
「エアリスがいなくなってしまう」
悲しみに沈んだ、今にも泣きそうな子供の声。ティファの胸が痛んだ。
「エアリスはもうしゃべらない。もう…笑わない。泣かない…怒らない…」
淡々とした一人語り。クラウドは彼女の笑った顔、ひとに見せるまいとそっと零した涙、怒った振舞いを思い浮かべつつ声を絞り出していった。大切な、忘れられない想い出がたくさんあるはずなのに、脳裏に浮かんでくるのはそんなことばかりだった。
今ここに横たわった彼女は、穏やかな表情を二度と変えようとしない。
「俺たちは…どうしたらいい?この痛みはどうしたらいい?」
そして彼は、自分の中に何か得体の知れないモノが沸き立つのを感じた。敵を殺した時の高揚感とやるせなさ、危機一髪の死線をかいくぐった冷や汗と血のめぐり、それらを一緒くたにかき混ぜたような、しかしそのどれとも似ていない混沌が満ちみちていた。
「指先がチリチリする」
どうしたことか静電気を帯びたように皮膚が疼く。
「口の中はカラカラだ」
腔内の粘膜が張り付き、異様に喉が渇く。
「目の奥が熱いんだ!」
悲しいのに、どうしようもないくらい悲しいのに、どうして涙が流れないんだ。
魔洸の瞳は涙さえ灼きつくしてしまうのか?
ソルジャーの精神は悲しむことを許してくれないのか?
応えろ。
応えてくれ、セフィロス…!

「何をいっているのだ。おまえに感情があるとでもいうのか?」

「あたりまえだ!!」
激情に火が点き、吼えた。クラウドがそれまでの自分を振り払って立ち上がり、セフィロスに向き直って餓えた獅子のごとく猛った。そんな台詞を聞くためにここまで来たのではない!
「俺が、俺がなんだというんだ!」
若いソルジャーの全身に力が漲り、何者をも撃ち殺さんとばかりに瞳を蒼く燃やした。それに対し、英雄セフィロスは彼と同じ輝きを宿す眼を細め、顔を伏せて笑った。そしてこういった。
「クックック…悲しむふりはやめろ。怒りにふるえる演技も必要ない。なぜならクラウド、おまえは…」
そこまで聞いた時、セフィロスの全身が波紋を受けた水鏡の影のように揺らいで、消えた。三人とも、この変化に見覚えがあった。果たして、そこに存在したのは仔羊ほどの大きさのドス黒い肉塊だった。宙に浮かぶ奇怪なそれの名を誰かが叫ぼうとしたとき…

ジェノバが爆発し、膨張した。
静謐であるべき時間と空間に、悪夢が割って入った。
セフィロスの姿を捨てたジェノバは一本の樹のごとく巨大な体躯を明らかにし、鞭状の触手を振り回し暴れた。
バレットの機関銃が吠え、ジェノバの頭部と思しき器官が弾かれたように踊る。
だが流血が見えないのが、バレットにまたも気味悪さと厄介さを感じさせる。
その、上向きな弾道の下で、クラウドは剣を取り直し、気勢をあげて打ちかかった。
「だあああっ!」
襲いくる鞭をかいくぐり、巨大な刃を噛みつかせる。ジェノバの頑強かつ柔軟な皮膚が切り裂かれ、数十cmに及ぶ切り口からピンク色の組織が見えた。正体のわからない体液がじわりと滲み出る。だがそれも、このモンスターにとって、たいした傷とならないことを、クラウドはよく知っていた。
だしぬけに冷気を感じた。
見ると、ジェノバの巨体を支える根幹部分に霜が降り、その霜は瞬時に成長して根から幹とでも言うべき個所で霜柱、氷柱と化しジェノバを蝕んだ。
ティファは攻撃の手段として、自分の格闘術が本来の力を発揮しえないと判断し魔法を選んだ。しかし、ここは海のモチーフで飾られた都で、地底の湖の上で、いまは戦っている。それが彼女に、水に属する魔法を選ばせたのかもしれなかった。
不興気な唸り声がジェノバの体から響いた。これは良くない前兆だった。ティファはとっさに、自分の持つマテリアで結界を張るべく精神を集中させた。悲しみに身をまかせたい心情にも、セフィロスに対する憎しみにも、この瞬間だけは目を背け、目の前に立ちはだかる巨悪に対処せねばならない。
泣いていては生き残れない。
マバリアが展開され、ジェノバが発散した破壊の魔法を光のヴェールが押しとどめる。致命傷には至っていない。
まだ戦える。
バレットは何秒とかからずに弾丸をリロードし、放つ。時折襲いかかる触手をかわしつつ、再び射撃してジェノバに穴を空けていく。クラウドの剛刃もまた、確実にジェノバを削り取っていた。だが、ジェノバに接近しての戦い方は、死神の腕の中に飛び込むのと大差ない。何度も触手に打たれて膝を屈し、不可視の熱線を直撃され、倒れ伏した。
そのたびにティファが回復魔法を施してくれたが、もはや一度に回復しきれないほど血が流れ、骨の二本や三本はヘシ折られていた。それにクラウドを癒している間に、広範に拡がるジェノバの魔法がバレットを、ティファ自身を襲う。
魔法は無限ではない。しかしジェノバの生命は底無しに深かった。この星の生態系の外からやってきた異形は、体をいくら削り取られようと、まるで意に介さぬように猛り、暴れ、邪悪ないのちを謳歌する。
おぞましく、躍動的だった。
それでも。
それでも三人は戦うことを止めない。
復讐と言うには頭の中は澄んでいて、しかし胸の内は荒んだ風が吹いていた。
轟く銃声も大気を裂く剣風も、花のような女性に対するレクイエム。
死に逝く者の魂を鎮め、残された者の悲しみを解放し、明日を生きる力に昇華せしむる聖なる歌。
彼らが奏でたのは、おそろしく殺伐として不格好で、血と硝煙の匂う救いようのない歌だった。
しかしそれこそが、いまこの時に相応しい音曲なのかもしれない。
クラウドは不意にセフィロスのことを思い出した。セフィロスは……セフィロスの意思を体現するこの化け物は、何と言ったのだ?あの時迫った俺の目を無視して、何と口にした?
お前に感情があるとでもいうのか?
あたりまえだ。俺が何だというんだ!
悲しむフリはやめろ
フリ?
怒りに震える演技も必要ない
演技?これが演技だとでもいうのか……ふざけるな!
垂れ下がった触手が跳ね上げられた。後ろにのけぞってどうにか避けたクラウドを、しかし嘲笑うかのように、同じ触手が袈裟懸けに振り下ろされてきた。体勢を整えることができず、クラウドは床に叩き付けられた。
ティファが自分を見て口を大きく開けているのを見た。声は聞こえてこない。それどころか、とっくに耳慣れたバレットの銃声も聞こえない。頭を打ったらしい。
こんなフェイントに引っかかるとは屈辱だった。
見ろ。
俺は……怒っているぞ。
こんなやつ、さっさと片づけて、お前を……おまえを……
おまえは○○だ

昏濁する意識の中、目の前の化け物が応えたような気がした。

俺が……なんだというんだ……
おまえは……

膝を屈し、荒い息を吐き出した。魔法は今しがたクラウドに向けたもので打ち止めになりそうだった。
最後のケアルは届いただろうか。もしそれで治癒しきれないほどのダメージを食らっていたとすれば、ティファの働きは水の泡と化す。これ以上の行使は不可能だ。ティファはクラウドが復帰できるなら命を賭しても魔法を使うつもりだったが、負傷し全精力を費やした今の状態では魔法を完成させることすらできない。
打ち止めといえば、バレットの銃もそうだった。
「イカレちまったよ」
触手と熱線攻撃を受け止め続けた銃身が、妙にひしゃげていた。
野太い声で毒づき、銃剣をセットしている。
バレットの筋力で振るえばヒトの頭蓋すら易々とかち割ることのできる刃物だが、ジェノバの相手としてはどうにも頼りなく感じられた。
当のジェノバはクラウドが倒れたことを見て(どういう感覚器官を持っているのかよくわからないのだが)、ゆっくりとこちらを値踏みしているようだった。全体の3分の2ほどになった体の各所から血のような濃い色の体液が垂れて、胴体も木こりの仕事途中のように切れ込みが入っているのがわかった。
だが、そんな様子だというのにジェノバからは何も感じられなかった。手負いの獣の無闇な狂暴さも、死の恐怖に萎縮した物腰も見て取れなかった。まるで傷つき傷つけることを喜んでいるかのように触手を振るい、巨体をうねらせる。
「あいつら来てくれねえかな」
「うん……でも、ちゃんと見つけてくれるんじゃないかな、ここのことは」
「今手伝ってほしいんだよ、今!ちゃんと知らせておくべきだったぜ、まったくよう!」
別グループに分かれて探索をしていた仲間のことを思わず口にしていた。それでも再度毒づくくらいの気力がバレットには残されていた。
僅か取り戻された静寂のなか、ティファは自分の後ろで横たわるエアリスと、ジェノバの傍らに倒れ伏したクラウドに思いを向けていた。失われたもの、失いゆくものを目の当たりにした悲しみが胸の奥からわき上がって、疲弊した体を打ちのめすようだった。
(ごめんなさい)
なぜか心の中で謝っていた。
(ごめんなさい、エアリス)
顔を上げ、ジェノバを見据えながら、彼女は泣いていた。
(クラウド……)
クラウドがぴくっと動いた。
(え?)
クラウドが手をついて体を起こし、膝立ちになって剣を手に取る様がスローモーションのように映った。届いていた!クラウドはまた立ち上がってくれたのだ。
「へっ、寝ぼけやがって」
またもバレットの、だがいくぶん柔らか気な毒づきを聞いた。
「クラウド……頑張って!」
ティファも精一杯に立ち上がり、ザンガン流格闘術の構えをとって、クラウドを鼓舞した。
「……ない」
何か聞こえた。
「オレは…………ない」
クラウドが何か喋っている。
それを聞いたとき、ティファの体に得体の知れない怖さが走った。
「俺は……違う!!」
クラウドがキッと天を仰ぎ、全身のバネを使って跳んだ。魔洸の瞳が眼窩から噴き出さんばかりに激しく輝いたのを二人は見たように思った。
3メートルほども跳躍したクラウドは空中に待機したまま超重量の剣で二度三度ジェノバに切り付けた。
長大なバスターソードが切っ先から鍔元、柄も埋まるほど深く食い込み、刹那に通り抜ける。
都合三つの裂け目が生じ、体液が弾け跳んだ。
さっきまで何度も同じ個所に剣を振り下ろして開いた裂け口と同程度の口が三つできた。
信じられない力だった。
だが攻撃は止まない。落下する力を借りた一刀、着地したと確かめる間もなく瞬時のうちに幾筋もの斬撃を浴びせる。
弾丸のようなフットワークで駆けるクラウドの姿を確かめるたび、ジェノバは断裂されていく。
それはひとの手にできる力ではなかった。地獄の悪鬼羅刹すら、いまのクラウドに飲み込まれ細切れと化すに違いない。
そして気の込められた最後の一刀が、まるでリンゴの芯のように細くなったジェノバに振り下ろされ……ジェノバはまっぷたつになって焼失した。
静寂がよみがえった。

消耗し膝をついたクラウドが肩で呼吸するのを二人は見ていた。
何も言えなかった。
あれがソルジャー1stの力というのだろうか。
ティファもバレットもしばらくは畏怖に打たれたまま、クラウドの呼吸が整うのを待っていた。
「あ〜っ!やっぱりいたよ〜」
ティファはびくりとした。いまの聞きなれた声を確かめようと後ろを向くと、そこに笑顔を浮かべたユフィと、尻尾を煌煌と灯らせたナナキが、祭壇の下から見上げていた。
「なによ二人ともボ〜っとしちゃって。このユフィちゃんを出し抜こうたって、そうはいかないよ!なんかすっごいマテリアあったんでしょ、ねえ見せてよ」
ユフィはそういって身軽に階段を駆け上がってくる。
「ダメ!」
ティファは思わず手を広げて止めた。
「ああっそりゃないよ!ねえ見せてってば、みせ……」
ユフィの抗議はティファが彼女を固く抱きしめたことで止められた。華奢な体を痛いほど締めつける腕に文句を言おうとしたとき、ティファの体についた傷と流す涙に気づいた。
「ボクがここを見つけたんだよ」
ナナキがゆっくりと上ってきた。
「いまケット・シーがシドとヴィンセントを呼んだから、みんなもうすぐ来るよ。あれ、二人ともケガしてるじゃないか!ねえ何があったの?クラウドはどこ?いるんでしょ」
バレットとティファがクラウドを振り返った。
クラウドは静かに立ち上がって、横たわるエアリスの傍らに歩み寄り、その骸を軽々と抱き上げた。
微かなハーブの香りが霞み、血の匂いが発散した。
「ここで……眠らせるよ」
それは腕の中の骸に言ったのか、それともここに集った仲間に言ったものか。
ティファがユフィから腕を解いて道を空けた。ユフィが、ナナキが眼を向いて息を飲むのをクラウドは見た。
階段を一歩一歩降りるたび、腕に体重が伝わる。薄桃色の服や革の上着にも赤黒い染みが広がっている。
鮮やかで凶凶しい傷口からまだ血が滲んでいた。
クラウドは、結局自分は最後まで泣かなかったと、冴え冴えとした頭で考えた。
そのとき、あまりにも悲しいと人は涙を流さなくなるという話を思い出した。
聞いたときはピンとこない話だった。話してくれた男は、本当なんだぞと押して、笑っていた。その男の顔は思い出せなかった。
ああ。
これがそうなのか。

(違う)

クラウドの心臓がびくんと跳ね上がった。
冷や汗が噴き出して体が硬直した。寒い。

(悲しむフリはやめろ)

黙れ。

(演技も必要ない)

寒かった。心臓が鷲掴みにされ、全身が凍える。

(なぜならクラウド、おまえは……)

首が重力に耐えられないかのようにゆっくりと傾いて

赤く濡れた傷が見えた。

(おまえは……人形だ)

「黙れええええええっ!!!」
祭壇の上にいた四人が電撃を浴びたように震えた。
おろおろとナナキが口を開く。
「ご、ごめんよクラウド!オイラたちつい取り乱しちゃって……ぎゃあぎゃあ騒いで……」
「何よ!これが騒がないでいられる!?どうして……どうして死んじゃったのよ」
ユフィの声は涙でつかえているようだった。
生憎そんなやりとりは聞こえなかった。
「ああ……いや、いいんだ。気にするな」
クラウドは最後の階を降りた。

俺は人形なんかじゃない。
元ソルジャー・クラス1st、クラウド・ストライフだ。
そうだと言ってくれ、エアリス!?

声なき声に答える者はもういなかった。
鏡のような水面がセトラの爪先を濡らした。


リューさんからいただいた、FF7ノベライズです。
エアリス大好きな私にはとても哀しい場面の再現です……

幾度かにわけていただいた小説なので、ちょっと長めになっています。
リューさん、ほんとうに、ありがとうございました。

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