花幻想〜桜〜

『死体』

『……え?』

『きいたことない? こんなにキレイな桜の樹の下には、死体が埋まってるんだって』

あたしは思わず目をまるくした。

『やだ、娜美(ナミ)、怖いこと言わないでよ』

『ふふっ、冗談よ。あんたってほんとに臆病ね』

くすくすと無邪気に笑う娜美の頭の上に、校庭に咲き乱れる桜の花びらがふりかかって、夢のように儚気に舞った。

消えてゆく、うすれゆく、記憶。
これは一年前の影。

わずかに残った、残像……

「娜美がいなくなってから、もう一年たつんだな」

クラスのみんなで最後の写真を撮ったあと、制服の胸に赤い花をさした彼がつぶやいた。

「はやいね……」

答えながら、あたしはふととなりの彼を見上げた。
となりにいるのは、あたし。
娜美じゃない。このあたし……

娜美は、誰よりも美しかった。つややかな黒い髪、すこし目が悪いせいでうるんだ瞳、白い肌。
彼女はいつでもまわりに愛されていた。

彼。あたしの彼も、娜美に恋していた。

そのときのあたしは、娜美も、彼も大事で、だから、ひたすら沈黙をたもっていた。
どちらも、失いたくなかった。

弱かったあたし。

娜美は、あたしの気もしらずに、あっさりと彼をふった。

『どうして……?』

あたしが決死の覚悟で問うと、娜美はこともなげに笑って言った。

『友達だもの。ステキだけれど。しかたないじゃない、ね』

たしかに、その日から、彼と娜美は、友達として、仲良くなっていった。
以前より、ずっと親密に。

娜美と話す彼はこころから楽しそうで、あたしは、胸に渦巻く気持ちを、もてあましているしかできなかった。
悔しい。たまらない。見ていたくない。
…………

これは夢。

だって、こんなに現実感がない。
古い映画をゆっくり再生しているみたいな、そんなうすれかかった感覚。

あの校庭の桜の樹の下に、娜美がいる。
こっちに気がつくと、笑って手を振った。

クローズアップする娜美の姿。

しばらくすると、娜美の表情が変わった。
サイレンス映画みたいに、音がぜんぜんしないから、よくわからない。でも、あたしたちは口論をしているらしい。
不思議。娜美とは喧嘩なんてしたことなかったのにね。

だんだんあたしのからだが灼熱していくのがわかる。
なにも考えられなくなる。

ふと、視界の端に大きな石がかすめた。それを持ち上げるあたしの手。
渾身の力を込めて頭上にかかげ……

なにかがくだける感触。
血の帯びを優雅に舞わせてたおれる娜美。

まだ、死んでいない。くちびるが言葉を吐き出そうとしている。

もう一度、石を手に取り、おもいきり叩きつける。

また、もう一度。

あたしの方をむいた娜美の白い顔の上に、桜が舞い落ちる。
あわい薄紅色の化粧をほどこしたような頬。神秘的な美しさ。
いろどる紅い血。

あたたかい、血。

頬にべったりはりつく髪をかきあげて、あたしは安堵のため息をついた。
まだ、窓の外は薄暗い。起き出すには、すこし早い。

あたしはベットに寝転がって目を閉じた。

さっき、なんの夢を見てたっけ?

かなり強烈な印象があったのに、もう濃い霧の彼方に消え去ろうとしている。

……サクラ

突然記憶の片隅にひっかかった。 桜?

……シンク

しんく? 真紅。

……ナミ

ああ、そうか。
あたしは納得した。

夢のすべてを思い出したわけではないけれど、きっと、娜美に最後に会ったあの日の記憶を夢に見てたんだ。
桜の樹の下の死体の話。
でも、真紅っていうのが、ちょっとヘンかな。桜の話をしたあと、あたしたちは軽く手を振ってそれぞれの家に帰ったんだから。

ま、いっか。

あたしは心地よくあたたかいベットにころがって、今日の予定とその準備に思いをめぐらした。
着ていく服は、ちゃんと決めてある。
だいじょうぶ。

忘れちゃいけないのが、笑顔。
彼が可愛いと言ってくれた笑顔。

今度こそ、言える。言いたい。

「あなたが、好きでした……」

fin


ほんのすこし、ミステリ調にしてみました。
娜美はどこへいったのか……

家出しただけなのか、
誘拐されたのか、
それとも、桜の樹の下で眠っているのか……

どこまでも広がる『可能性』楽しんでいただけたら
幸いです……

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