蘭暁梅 

 少女は流れていた。 まどろみの中。とろりとした夢の中を。


  いつかどこかで見た風景が、少女を包んでは流れ去っていく。  花。空。海。風。島。欄干。たたずむ誰か。

  少女は眠りの大海で想う……

 ―誰か

///

 少女には紅い護りがあった。 いつも身近に感じていた、力。 いずれは彼女自身が紅い力になるのだと、言い聞かせられ、育てられてきた。

 お前は特別なのだ。

 「私は特別?」

  お前は運命の娘。

 「私はさだめ?」

 ―誰か……

///

 「あなたはあなたらしく生活していればいいのよ……」

  海からの風は湿っていて肌寒い。そらはいつも暗く濁っている。 それなのに、島はいつでもほの明るいのだ。

  妄想の島だから。 妄想ゆえに存在している島だから。

  紅の欄干によりかかって、マダムフェイは少女に微笑んだ。

 「私らしくって? 私は私。ほかのみんなと同じで、違う。 そういうこと?」

  「そうね……いずれは、わかること……」

  マダムの目に、かすかにきらりと光るもの。 少女にはわからなかった。 知る必要もなかった。

  ……ただ、わずかに畏れを感じた……
 
 ―誰か…………

/

 朱雀。
 
 ―誰、か……

 双子の姉妹。 仲のよい。 うらやましかった。少女はひとりだったから。 だから、彼女たちに懐いた。 姉のように。

  彼女たちには、少女と同じような波動を感じた。

  紅の力? かもしれないし、違うかもしれない。 どうでもよかった。そんなことは。 彼女たちが島から消えてしまうまでは。

 ―誰か、手を……

/
 
 王兆銘の気が触れていくのは知っていた。 少女の肩を乱暴につかみ、狂喜したように叫び、笑う。 この島にあふれる妄想とは、明らかに質が違うもの。 狂気。

  恐怖は感じなかった。王兆銘は少女を育て、慈しんでいることに変わりはない。 ただ。 そう、ただ、どうしていいかわからなかった。

 少女は王兆銘を避ける。 彼の狂った熱い視線から逃れたくて、 ひたすら外で働く。 身体を動かしていれば気分がよかった。 忘れていられた。

  ゆえに、少女は、島の海風に身をさらし、ひたすら働き続ける。

 ―手を、

/

 突然あらわれた存在。 この島では異質な。

 ……けれど、少女はその存在にわずかに光を見た。 なにかを変えてくれる。 私を変えてくれる。 変化の兆しを。

 ―誰か、手を……さしのべて

/

 年画。 写真。

  島に流れ着き、そして去っていったモノ。 少女は、どこへゆく……?

 ―手を。……受け入れて、私を

/

 まどろみに身をゆだね、漂いながら、少女は涙をこぼした。

 悲しいわけではない。苦しいわけではない。 そんな感情は、夢の中ではうつろだ。 虚ろ? 少女は涙を流しながらふと微笑む。

  違う。 私はどこへ行く? どこへ、行きたい……?

/

 なにかが見えた。 四色の護り。 包み込む。包み込む。 すべてを巻き込み、すべてを破壊し、すべてに調和をもたらしていく。

  白虎。 玄武。 青龍。 そして、朱雀。

 年画。古びた年画。少女が兆しと共に運んだ。

  写真。双子の片割れを写しとった写真。未来から島に流れ着いた。

  なつかしい紅の力にひっぱられるように、少女は流れ出す。 どこかへ。 未来へ。 残り火の日へと。

 ―誰か。手を。私に手を!

/

/

/

 足に激痛を感じて、少女は我に帰った。

  見ればあたりは瓦礫の山である。 ところどころで、ぱちぱちと青い火花が散っている。

 少女は陰陽師のところでしか見たことがないが、 これが『きかい』というものだろうかとぼんやり思った。

  再び痛みを感じ、少女は足に手をやった。 血がべったりついた。 なにかで深くえぐってしまったらしい。

 紅い血を見た瞬間、彼女は強烈な恐慌に陥りかけた。

 「あ、ああああああああ!!!」

 「……誰か、いるのか!?」

 声だ!

  聞き覚えのある声。 考えるよりもはやく、少女は駆け出した。

 足の怪我などどうでもよかった。 瓦礫に つまづいて転ぼうと、さらに深い傷を作ることになろうと、かまわなかった。 そして、少女は辿り着いた。

  『兆し』のもとに。

  驚いた様子の風水師の服は、あちこちが破れている。 ずいぶん疲れた様子に見えた。 哀しんでいるようにも見えた。

 「暁梅……? 蘭、暁梅、か? ……おい、怪我を……!」

 『兆し』の手が、少女の腕をつかんだ。

 「……暁梅、本当に……? ……永遠に、眠り続けると……ああ!」

 風水師は少女の手をとったまま、膝をついた。 自分を責めている。ひどく自己嫌悪を抱いている。

 少女には理由がわからなかったが、気にはならなかった。

 ここにいてくれているではないか。 こうして、手をとってくれているではないか。
 

 少女は自由なほうの指先で風水師の黒い髪に触れ、その耳もとでささやいた。 彼女自身にも理解しがたい衝動によって。

  そうすることで、救いになる、と、朱雀が啓示をくだしたように思えた。
 
―私に触れて……私に存在の力を与えて……

 『待っててくれたの?』

                                           〜FIN〜

ずいぶん前に魚子に差し上げたものです(^^;)
エンディングがアレだったので、そこから。
あの世界では浮いてる暁梅に(笑)、幸せになってほしいなあ、というか、幸せにしちゃえ、と思って。
風水師のイメージは「精霊ルビス伝説」のディアルト(古)。
妄娘のアイテムバトルであっさり冷蔵庫になる情けない風水師でしたが。

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