光と風と草原と。

ああ、なんて世界は綺麗なんだろう、とカジャは思う。ゆらゆら揺れるプラチナ色の髪をかきあげて、丘の上に立つ。

『ナ イ シ ョ ダ ヨ』

優しい声。振り向くとそこにはいつも太陽があって、何も見えなくなってしまう。

それでも、彼は微笑んだ。

『ナイショダヨ……ソコニハキミノイノチガアル』

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衝撃は、カジャの眠る堅固な水槽をも揺るがせた。

コンソールが非常事態宣言を忙しく発している。表示された時刻は深夜二時。暗い水が不定期に揺れ動いて、思わず気分が悪くなった。

深い地下に位置する薄暗い部屋のなかは水を通して歪みに歪んでいる。赤い警告灯の点滅の中、あたりがひどく煙っているのがかろうじてわかった。

「M/M?」

なにかが、起こった?

不安にかられて、カジャはつい、マリア=マリアを呼んだ。退屈で不自由な日常を象徴する聖母の声はなく、かわりに白煙を貫いて現れたのは、少女だった。

「おはよう。王子様。気分はいかが?」

実に可愛らしく、優雅に腰をおって挨拶した少女は、意地悪に、にっこり笑った。黒っぽいドレスの、精巧なレースがひらひら揺れる。

「って、そんなとこにいたんじゃ、この埃臭いニオイもわかんないか。気分、いい?」

なにが気分いいものか! さっきから最悪に吐き気がするんだよ! 恐慌に陥りかけていた神経が怒りにすりかわって、カジャは水のなかでごぼごぼと叫んだ。カジャのまだ幼い頬をすべって、泡が駆け上る。

「王子さまはご機嫌斜めみたい。どうしよっか?」

「どうもこうも……これじゃあ『誘拐』は難しいな。ドロシーちゃん、これごと抱えていけるか?」

少女が背後に呼びかけると、ごほごほと咳込みながら男が煙を払いながらあらわれた。着くずしたスーツ、埃まみれで白く乱れた頭髪。だが、あの目は……知ってる。カジャは揺れる水の中で息をのんだ。知ってる。どこかで。どこで?

「美少女のあたしに力仕事しろっての? あんたが持っていくべきでしょ。どうみても。ね、ティムおじさん?」

「見た目はねぇ。ここの壁をコブシひとつで破壊したのはどちらさんでしたかね」

「手榴弾で壊れやすくなってたの。こーんな乙女の指先で崩れちゃうくらいにね」

「そういうことにしときますかね……。さあ、ヴィジの寝台で眠る王子様、その水槽を移動させるにはどうしたらいいんだ?」

移動? ぼくを? 何を言っているんだ?

混乱して水槽に丸くなるカジャを見て、ティムと呼ばれた男は少し目を細めた。……辛そうだ、と思ったのはカジャの気のせいだったろうか。まばたきの間に、男はまた能天気そうな瞳で笑っていた。

「ま、しゃあないわな。ドロシーちゃん、いったん帰りますか」

「ええっ!? なんでよどうしてよ! 計画はどうするの? ヴィジは? あたしはどうなるの!?」

「動かせんだろ。噂は真実だったんだ。外気嫌悪症。ここまで大掛かりだとは思ってなかったんだがなあ」

「そんなぁ……」

瓦礫が飛び散った床にへたりこんで、ドロシーはみるみる瞳をうるませたが、ふいに、きつくカジャを睨みつけた。不思議な色彩の瞳だった。翠に、金に、ゆらゆらと揺れる。さながらヴィジで見る幻影のように。

「あなた、ヒトがヒトでなくなってくのを見たことある? ヴィジの製作者さん! ねえ、見たことあるの!? あたしのこの手、この指、なにもかも……なにもかも壊してしまった!」

「ドロシーちゃん、それくらいにしておけ。いったん帰るぞ」

ようやく復帰した警報がけたたましく鳴り響いているのに、彼等の言葉は不思議に静かに、カジャの耳に届いていた。ヒトでなくなる? ぼくをヴィジの制作者と呼んだ。試作段階でも、テストに入っても、不具合があると報告が入ったことはなかったのに。ぼくの描いた試算でも、後遺症なんて考えられなかった。

「後遺症って……見たところ悪いところなんてなさそうだけれど」

思わず呟いたカジャに、ドロシーは嘲笑をもって応えた。

「帰る前にいいもの見せてあげる」

カジャの水槽が設置された部屋は強固なネオトラスで固められている。その金属の破片を拾い上げると、少女は手のひらに握りこんだ。

ゆら。ドロシーの瞳が再び翠と金に揺れる。とろり。小さなこぶしから、紅蓮の液体がこぼれた。緩慢に床に落ちたそれは、灼熱の火炎をあげて、床を焼いた。溶けた、ネオトラス。大気圏突入時にも傷一つ入らない金属であるのに。

「ドロシーちゃん、ここ、どえらい地下だから燃え広がると逃げるのに難儀なんだけどねぇ」

「あら、ごめんなさい」

くすりと笑うと、黒い皮張りの靴で炎を踏み消した。まるで火遊びして叱られた子供のように舌を出すと、ドロシーは小走りでティム後を追った。

「そうそう」

ふいに、ティムが振り向いた。「せっかく苦労してここまで来たんだし、用件だけ伝えておこうか。俺達は見てのとおりテロリストだ」

「見てわかるわけないでしょ。よれよれのおじさんにしか見えない」

「あのねえ……茶々入れないでくれる? とにかく……俺達が欲しいのは、『世界』だ」

「『世界』」

同時に言うと、二人はくるりときびすをかえした。

粉塵はすでに落ち着いて、恐ろしいばかりに開いた壁の大穴を通り抜けて、訪問者は帰っていった。鳴り続けるエマージェンシーコールの中で、カジャはふと思った。

あんな女の子がどうしてヴィジを受けているんだろう。12才以下は禁止しているはずだけど。調べて、みようか。

カジャの寝室が破壊されたというのに、マリア=マリアはその日、姿を見せなかった。

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「ドロシーちゃん、無茶しちゃ駄目だよ? 諦めるときはさっさと逃げる。ビビデ・バビデ・ヴーの鉄則を忘れたか?」

ドロシーはダストボックスの上に腰掛けてむくれている。細い脚がぶらぶら揺れるばかり。

「壊しちゃえばよかったのに。あんな水槽」

ティムはため息をついた。ドロシーの憎悪は理解している。けれどもあれほど彼女には理を説いてきたのに。日頃おとなぶっていてもまだ子供なのだろうか。

「『世界』のためには、王子様は必要なのはわかってるけど、でも、……かあさまは戻ってこない……」

ドロシーの母。ティムは彼女の持つホログラムでしか知らない。穏やかな笑顔の女だった。ヴィジの後遺症にパニックを起こしたドロシーの手で、燃え上がって死んだ。

小さな手のひらを見つめて、ドロシーは憑かれたように呟く。

「かあさま。あたしが殺した。かあさま……」

「過ぎたことは忘れろ、とは言わないがね。そら、任務につく前にさんざ復唱しただろう。言ってみな」

ふと視線をティムに戻して、少女は膨れっ面をしてみせた。

「忘れたか? ここで始末されたいか」

始末。ドロシーは、はっとしてティムを見上げた。温厚なはずの瞳に殺意を秘めた暗い光。ビビデ・バビデ・ヴーに組み入れられたあの日、たった一度だけ見せた目だった。
ティムは甘いだけの「おじさん」ではない。あの日、思い知ったはずではなかったか。

「……カジャ=シーオンの身体確保。その安全確保はすべての指令に勝る。何故なら、彼の頭脳及びその身命は、星全体の人命と引き換えにできるほどの価値を持つからである。細心の注意をもって任務をまっとうすること」

「はい、よくできました。意味はわかってるな?」

こく、とうなずくと、髪にゆわえたリボンが首筋を撫でた。いつのまにやら、ほどけかかっている。
黒い精巧なレースのリボンをなおしながら、ドロシーは唇を噛んだ。

史上最高の精神抑制プログラム、ヴィジ。もともとは犯罪者に対して使われるものだが、いつのまにか技術が漏れだして、非合法のドラッグとして世間に出回っている。大半は罪もない快感を産み出すだけのものだが、中にはそうでないものもある。
限り無くオジリナルに近いヴィジ。政府から横流しされている。最高の酩酊を与え、ドラッグのような副作用がない、はずのもの。

(横流しではない。あれは実験だ。人間をひとまとめに動かす。個性がなくなる。意志がなくなる。政府への反感を感じるどころではなくなる。「安定した社会」を作るためにある部品になる。今はいい。人口が減っている。無駄な争いはないにこしたことはない。部品化された人間は、かつての過ちを侵すこともなく殖えていくだろう。……その先にあるのは、楽園なのか?)

いつかティムが皆を集めて言っていた言葉を思い出す。政府の実験。巻き込まれたドロシー。死んだ母。繰り返したくない、と誓った。

ヴィジのプログラムはあまりに複雑で、カジャ以外の誰にも理解はできない。出回っているドラッグは稚拙な紛い物だ。たいした効果はない。

「王子様、カジャは副作用のこと知らなかったみたい。政府はカジャ=シーオンとべったり、ってわけじゃなかったの?」

「だろうな。見た限りじゃ、水槽の外はなーんも知らん、文字どおり箱入り王子様だな」

「好都合、なのかな。あたしたちのこと、教えてあげたら、改心するんじゃない?」

きらきらと瞳を輝かせる少女に、ティムは苦笑した。

「そう単純なことだったらねぇ。まず水槽を運びださにゃならん。専門の技師と医師がいる。時間もかかる。失敗したら即、王子様の死だ。ついでに俺たちもな。だいたい改心、っつても王子様にゃ悪事を働いてる意識はないだろうし。いろいろややこしいな。王子様のおつきの侍女も追いかけてきたようだし、なあ?」

暗い路地の入り口。人気のない通りに、女の姿があった。

ドロシーは息を飲んだ。いつから。通報される!?

身構えたドロシーの肩を、ティムが押さえた。女、マリア=マリアは祈るように両手をあわせ、囁いた。

「ティム=ティムリー。私のカジャを、救ってください……」

「あんた、トイズだろ。何の用だ?」

M/Mはティムにほんの少し、微笑んだ。どこか、痛々しい。

「エルド=シーオンの遺した言葉を、憶えていらっしゃいますよね……?」

「ああ……ってことは、お前は」

「マリア=マリア。ティム=ティムリーに、我が父、エルドの遺志を叶えていただきたく、参りました」


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ヴィジの試験結果についての報告書は、実にシンプルなものだった。
『問題ナシ』
たった一度だけの実験。たった一行の報告で、それは実用化された。
疑うこともなく、詳しいデータを求めることもなかった。当然だと思った。設計も理論も完璧だった。間違えることはないはずだった。産まれてこのかた、ずっとそうだったから。しかし。
カジャは成人に対する使用を前提として設計していた。成長途中のこどもにヴィジを使う機会はあるはずがない。(12才以下の少年少女が罪を犯しても、強制的な精神更正はしない。)ヴィジ使用後の精神的成長の可能性が失われることは、カジャも結論をだしていたから。
では、ドロシーの存在はなんだ?
少女はヴィジの副作用だと言っていた。彼女の言葉を信じるなら、ヴィジは子供に使用されていることになる。カジャはそんな報告は受けていない。だが。
カジャに頼りきっているはずの政府が、彼にすべてを報告しているという確信もなかった。
カジャの端末からは外部へアクセスできない。これ以上のデータは検索できなかった。ふと、彼は疑念を抱く。

僕は、ここで、何をしているんだろう?

M/Mは、妙な客の訪問から数日たった今でも、姿を見せていない。
あるべきものがない不安に、カジャはみずからを抱きしめた。
M/Mがいなくても生きていける。政府からの依頼は絶えまない。カジャの身の回りは、無機質な人間たちが常に清潔にしている。マリア=マリアはトイズだ。姿を消しても、それは『物の紛失』でしかなかった……。

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それが訪れたのは、深夜のことだった。M/Mの失踪からちょうどひと月後。
カジャは、うすく光を放つモニターに向かって、試算を続けていた。
ヴィジ・プログラムを発達途上の幼児に試した場合。膨大なパターンを試すうち、ごくわずかの割合で、不具合が出た。その大多数が精神の重大な障害。それにかき消されるようにして、身体の一部分の異常発達。人ならぬ力を持つ。例えば発火現象。例えば筋肉の異常な発達。
ドロシーは、ネオトラスを握り燃やした。発火現象であるのかどうかはわからないが、試算がバグでなければ、副作用は、存在する。


「おりこうさんだねぇ。夜なべでお勉強か?」

びく、と肩を震わせたカジャが見たのは、いつか見た男だった。漆黒のスーツを闇に溶け込ませて、作りなおされた扉に背をあずけていた。少女の姿はない。

「いつのまに……」

「よっぽ集中してたんだな。ま、あらゆるアラームは沈黙させて来たけどね」

「お前、誰だ? あの子はどうしたんだ? ヴィジについて、なにを知ってる?」

ティムは以前より伸びた無精髭を無意識にいじっているようだ。

「ま、聞きたいことは山ほどあろうってものだろうな。ひとつずつ答えましょうか。俺はティム=ティムリー。ドロシーちゃんは今夜は待機してもらってる。後で大活躍してもらうが。ヴィジについては、長くなるなあ。どうせ知ることになるし、時間もある。……内緒だよ」

悪戯する子供のようなその瞳!   ナイショダヨ

どこかで。あれは。そんな。    ナ イ シ ョ ダ ヨ

混乱するカジャに気づいているのかいないのか、ティムは燐光を放つ水槽に手をあてた。彼の声が、より清明に聞こえてくる。

「お前が調べていたように、ヴィジは副作用を起こす。成人に対しても強力に精神を破壊する。もっとも、設計の段階では問題はなかったようだが。実用段階に入ってからだ。……つまり、政府が故意にそれらの付加価値をつけた。子供に対する副作用なんざ、問題にならないはずだろう? 本来ならヴィジは子供には使用してはいけない」

確かに。なのにドロシーが存在するのは、何故?

「気づいてないふりをしているだけじゃないのか、カジャ=シーオン。お前は政府に利用されてるんだよ。救いに来てやった、といって納得してもらえるかな?」

またあの懐かしい瞳で、ティムは笑った。

「政府が望むのは個性のない家畜だ。このままではいずれそうなる。人口は問題なく増えるだろうがな。その先にあるのは、何だ?」

「トイズ……。人間が、トイズ化、する?」

ぱちぱちぱち。ティムが拍手する。小馬鹿にしたその態度が、不思議と気にならなかった。
さんざん邪険にしたマリア=マリア。無機質な受け答え。すべての人間がそうなる? ヴィジを通して。

声にならない悲鳴を漏らすカジャに、ティムは顔をちかづけた。水のむこうでカジャの表情が歪む。こいつはいつまでたっても子供なんだなと、苦笑した。

「お前をここから出してやる。エルド爺さんに感謝するんだな」

「お祖父様……?」

「聖母のトイズだ。あれを使う」

聖母という言葉が、マリアに結びつくのに、数瞬かかった。姿を消したM/M。
こいつが攫っていたのかと、青くなるカジャにむかって、ティムは人さし指を立ててみせた。

「知ってたか? トイズ、特にプロトタイプの聖母様の血にゃ、大気の浄化作用があるんだと。爺、破門したはずの俺に、ろくでもない面倒を押しつけてきた」

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ティムはまだ戻らない。遅すぎるのではないかと、ドロシーは不安気に、カジャの住まう中央塔をみやった。
少し遠巻きにして、ビビデ・バビデ・ヴーの技術班が待機している。潜入を、待っている。

「ドロシー? 心配ありません。ティム=ティムリーは戻ります」

微笑むマリア=マリアに、ドロシーは眉をひそめた。聖母の優しい微笑み。失われた母に似ていなくもない。それが、なんとなく悔しかった。

「ねえ、マリア。あなた怖くないの? 施術すると死んじゃうんでしょ?」

M/Mは不思議そうに首をかしげる。

「損なわれる、ということですか? 恐ろしくはありません。私のカジャが損なわれることこそ、怖い、です」

「ふぅん」

「ティム=ティムリーは素晴らしい能力を秘めている、とエルド=シーオンは私の中に情報を埋め込みました。何を心配する必要があるでしょう」

古風な四輪駆動のボンネットに腰掛けて、ドロシーは妙な気分になった。トイズと話したことはなかったが、なんだか人形じみている。ティムが『ヴィジの果てにあるのはトイズだ』と語ったことが今になって腑に落ちた。こういうことか。

ドロシーは、白い巨塔を見上げて、思う。

ティムの望む『世界』。ドロシーの望む『世界』。壊れそうに華奢なカジャは、どう受け止めたのだろう。

命が、光が、大地が、風が、まっすぐに育ち呼吸する世界。

外気嫌悪症なんて、『世界』から隔絶されたカジャに、理想として伝わるだろうか……


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指を、伸ばす。うすぎぬ一枚を隔てたような感覚の向こうに、確かに、風を感じる。
深呼吸。わずかに、草いきれの匂い。
目の前にはどこまでも続く草原。強い風に、海のように波打っていた。きつい陽光をあびてときどき煌めく。まぶしいほどの、青空。
夢じゃない。もう数カ月、何度も反すうした喜びに、カジャは震えが止まらない。
立っている。歩くこともできる。走ることも。息をし、食べ、眠る。
……生きている実感。

「おおい。いつまで浸ってんだ? 『視察』は終わりだぞ」

四輪駆動車から呼びかけたティムに、カジャは笑ってみせた。

「もうすこし。見て、ティム。緑が綺麗だ」

「ああそうだろうとも。お前が設計して俺が実行したプラントシステムは成功してる。何度見たら気が済むんだ。お前の信奉者どもか大挙してきても、俺はさっさと逃げるぞ」

はいはい、とカジャは軽い足取りで歩きだした。宙を跳ねるように、体重がないように。
助手席には白いレースのドレスを着たドロシーが座り、カジャに舌を出してみせた。
憎しみが消えたわけではないが、少女なりにカジャに心を開くようになった。嫌っているふうを装っているのが可愛らしい。
車のドアに手をかけて、カジャはふと、振り返った。

金色の陽光に、少年の背の翼が輝く。
銀色の翼はわずかに明滅を繰り返し、霧状の透明な血液をカジャの皮膚にまとわりつかせる。外気から、彼を護る。
かつて聖母と呼ばれたトイズの、転生した姿だった。大気を浄化する血をカジャのまわりにだけ散布するシステム。翼のような形状のため、カジャを見て天使だと思うものは多かった。実際、彼は政府に逆らいながらも、少ない人間たちを養護し、大地を緑の沃野に戻そうと活動していた。凡人には計り知れない頭脳を持ち、背には翼。宗教的な意味で信奉する者が出るのは当然の結果かもしれない。
ねえ、マリア=マリア。
目の前には大地の姿。蘇る声。(あなたは『世界』に必要とされています)
祖父と、ティム、二人に連れられて川へ行ったあの日のように、世界は生きていく。

『内緒だよ。そこには君の命がある』



fin