_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 第二幕 一章 六話 父の手 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ケイン達がミランドルを離れて一日経過した。 ラ=クルス、もしくはレードの小艦隊がケイン達の乗る船に襲い掛かったという報せは もちろんミランドルにいるクレイの耳にも入っていた。 クレイらはレードが襲ってくるかと思ったが、全くその気配を見せなかった。 だがいつき手もおかしくない状況にミランドルの上層部は緊迫した状態にあった。 「カリス」 廊下でクレイに声をかけられたカリスは、声のした方を向く。 「どうした、クレイ」 「帰っていたんだね。どこにいってたか心配したよ。あ、立ち話もなんだから部屋に入ろう」 そう言うと近くにあった部屋に入る。 ミランドルにある部屋はほとんど来客用である。誰かがすんでいるという物ではない。 パタンとクレイが部屋のドアを閉じる。 カリスはベッドに倒れこむように飛びこむ。そして精一杯伸びをする。 クレイは隣に設置してあるベッドに腰をかける。 カリスも体を起こしてクレイと向かい合うように座る。 「相変わらず察しのいい奴だな、お前は」 「それは長い付き合いだからね。で、どうだったんだい。彼らのところに行ってきただろ」 「ああ。あいつら勝手なことばかり言ってきやがる。でな………………」 「さすがに、暗いですね」 「ああ」 もう日は高くはないが、明らかに洞窟の中は暗かった。 炭坑として存在しているのであれば、道中明りになるものがあるはずだが、見てわかるように真っ暗だった。 中は入り口以上に幅広くなっていて、普通の家が三件ほど建つくらいだった。 所々、発掘の跡であろう跡、岩山や道具が置いてあった。 少し前まで使われていたので、コケの匂いはそんなに感じられないが、人がいる気配もない。 時折どこからか雨水が落ちているのだろう。地面に落ちる音が不気味に聞こえた。 足音に注意して歩いているが、辺りが静か過ぎるためどうしても多少の足音がする。 「ところでティアリスさん。その持っている長い物はなんだ?」 ケインがさっきから気になっているティアリスが持っている細長い袋に目が行く。 「これ、ですか?」 ティアリスがその細長い袋を差し出す。開けて見てくれ、と言う事だろう。 ケインはその袋を受け取り、開いて見る。 「これは…剣か?」 目が慣れていないのか、朧ながら見える形と触った感触で判断する。 「ええ。剣というより、刀ですが。どう考えても相手が一筋縄で行くとは思いませんから持ってきました」 ケインは鞘を少し抜いてみる。たしかに片方しか刃がない。 「これを使うのか?」 「当然です。私はケインさんみたいに体が丈夫でもなければ強くもないので、道具に頼るしかないんです。  あ、大丈夫ですよ。私はサンブックの妻です。このくらいできなければあの人の妻は語れませんから」 「……前も言っていたが、サンブックというのはリースの父親か?」 ケインは刀を鞘に戻して、ティアリスに戻す。 「ええ。紛れもなくサンブックは私の夫で、リース、シェリアの父親です。  リースしかご存知でなかったのにあの人の名前を出して戸惑わせましたね」 「あいつはあまり話さないからな。特に過去のことは」 ふとティアリスが立ち止まる。 「どうした?」 「そう。あの子も変わったのね。昔はシェリアと一緒に暴れ回って口を開くと一時間は止まらなかったのに」 暴れ回るのは変わってないぞ、とケインは思う。 しかし意外なのが、フェンリースがそこまで明るいとは思ってもみなかった。 今のフェンリースはどちらかというとクールで沈着冷静な感じだからだ。 「あの子はとても不憫な子なんです。私がしっかりしていればよかったんですが。あの子は……」 ケインがティアリスの口を塞ぐ。 そして余り足音を立て内容に、壁際の置いてあったリアカーに身を隠す。 「何かがいる……」 ケインは神妙な顔で洞窟の奥を見る。ティアリスは細長い袋から鞘を取り出し、袋を地面に置く。 そして十数秒ほどすると、奥から何かが一体ほど歩いてくるの画確認できた。 足取りはおぼつかなく、前後に体を揺らしながら歩いてくるその姿はまるでグールのようだった。 「村人…でしょうか」 どうも確信のない声で言うティアリス。誰が見てもそう思うであろうが。 「少なくとも元凶のようには見えないな。もう少し様子を見るしかない」 息をひそめてじっとその姿を目で追う。 その人…はうめき声に似た叫び声を上げはじめる。 「……(苦悩の叫び…か)」 「どうしました?」 ケインの表情がいきなり変わった事に不思議に思ったティアリスはケインに話しかける。 「いや、なんでもない。それより見ててもなにも始まらないようだな。出るぞ」 ケインは壁際から人に向かって歩き出した。 その足音を聞いて、人はケインの方を向く。全ての感情を含めた目で。 時折見せるなんの感情もない目は、明らかに感情を隠されている事を示す。 「ティアリスさん。こいつに見覚えはあるか?」 「……わかりません。私もあの村によく立ち寄るわけではありませんし」 人は、何を思ったか、ティアリスに手を差し伸べる。 「あ、ア…、て…ス……」 「私のこと、知ってるみたいですね」 「そうだな。あなたは医者だ。自分では気がつかないところで関わりあっている事もあるだろう」 人は、なにかを取り出すとそれをティアリスに差し出す。 受け取った物をティアリスは見ると、それは趣味かなにかしらないが安産祈願と書かれたお守りだった。 「ナンパ、でしょうか…」 「いや、違うと思うぞ……」 突然辺りの空気が緊張する。 「!」 人の腕は、ティアリスを狙っていた。 「……え?」 反射的に目を閉じてしまったティアリスが目を開けると、目の前で人の腕が止まっていた。 ケインが人の腕を掴んでいた。 「早く離れろ」 言われるままにその場から少し離れるティアリス。 掴まれた手に向かって人が逆の腕を振り下ろす。 ケインもその場から飛びのく。 「なんだ、こいつ!」 「大丈夫ですか?」 ティアリスがケインに近寄る。 「大丈夫だ。だがあいつ、いきなり雰囲気が変わった」 まるでライオンが獲物を狙うような感じに変わっている。 「ガァァアアァ!」 ケインら、二人に飛びかかる人。いや、もう人というよりモンスターと言ってもおかしくはない。 ケインとティアリスは左右に飛ぶと、モンスターと化した人は真ん中を通り過ぎる。 「完全に操られているな。エーテル干渉なのかなにかしらないが、気をつけろ。  動きは単純だが、体の力を限界まで高めているようだ。気を抜くと一発で抜かれるぞ!」 「はい!」 ティアリスが鞘から刀を抜く。当然殺すのが目的ではないから刃を返す。 二対一、明らかにケイン側の優勢だが、もとは人であるため殺す事はできない分、五分と五分。 相手はケインに向かって、腕を振り上げる。 それを紙一重でかわすと、これ以上ないタイミングで、カウンター気味に相手の眉間を打ち抜く。 ケインの攻撃の強さで、相手は体が回転しながら後ろに飛んでいく。 「決まったか…」 急所に攻撃されて立てるものはそういない。特にケインのとんでもない力なら尚更だ。 だが、若干のダメージは見られるものの、相手は立ち上がった。 「なんだと。完全に決まったはずだ!痛覚がないのか?」 痛覚がないというのは明らかにケイン達にとって不利である。 最小限のダメージで動きを封じなければならないが、それも難しくなる。 幸いダメージは蓄積しているから、時間をかければできないことはないが。 「ケインさん。顎です。顎なら脳に直接衝撃がいくからなんとかなります!」 手出しのできない状況なので、アドバイスをと思っていたティアリスだが、 逆に相手の気を引く事になる。 いや、ケインにはかなわないと判断したのだろう。 ケインが気がついたときは既にティアリスに向かって走り出していた。 「危ない!」 振り上げられた腕がティアリスに向けられる。 ケインの想像を軽く吹き飛ばすかのような情景が目に入った。 「はっ!」 ティアリスは刀の刃を持ち上げるようにして相手の顎めがけて刀の裏を打ち上げる。 そしてそのまま回転して相手のわき腹に一撃を食らわせる。 体をくの字に曲げながら吹き飛ばされる人。 顎と、わき腹に強烈な一撃を受けた相手は、体を痙攣させ、しばらくすると動かなくなった。 「ふぅ…」 相手が動かなくなったのを確認すると、小さく息を吐いて、刀を鞘に戻す。 「…驚いたな」 ケインも小さく息を吐く。こっちはため息だが。 「言ったでしょう。サンブックの妻だって。それにリースの母ですよ。  このくらいできなければあの子になんて言われるか」 そういいながらコロコロと笑うティアリス。 「しかし…どうやったら元に戻るんだ?」 ケインは伸びている人に目を向ける。 「少なくとも催眠ではないようですね。ケインさんの一撃を受けても戻らなかった所を見ると」 ティアリスは伸びている人に近づく。いろんな所を見るが特に変わった所がない。 「?」 ティアリスが抱きかかえようとすると、首筋に当てた指に、なにか傷痕の感触があるのに気がつく。 髪の毛に隠れて、普通は気がつかないようなところにそれはあった。 「ケインさん。これは…」 ケインにその傷痕を見せる。 「つい最近できたような傷だな。今ついたものじゃないだろう」 「とすると……」 ケインとティアリスはお互いを見る。両方同じ事を思いついたようだ 「なるほどそういう事か、これでわかったな」 「ええ。なぜ人を、村人をさらったかが」 お互いが頷くと、気を失っている人を壁のそばに置くと、自分達は洞窟の奥に向かって歩き出した。 「おかーさーん………。ぐす、なんでだれもいないの?」 暗い夜道を一人歩く少女。月も出ていなく、他に明りがないため全くの暗闇だった。 「いたっ」 明るかったら見えたであろう石に躓き、こけてしまう。 「ふえ…。う…うぅ…うわぁあぁん!おかーさーん!」 母親を呼ぶ声も暗闇に吸いこまれたかのようになんの反応もなく消える。 ガサリ…… 足元には何もないはずなのに、回りで草をかき分ける音がする。 「おかあさん?」 少女の振り向いた先にいたのは……低い唸り声を上げる犬だった。 それは大人にはそう怖くない対象だったが、少女ほどの子供では悪魔のような物だ。 少女は走る、暗い中を。どこに行けばいいかわからないが、犬から逃げるためにがむしゃらに走る。 そしてどれだけの間走り続けていただろう。時間もわからないまま走る。 犬の諦めずに少女を追う。少しづつ距離が短くなる。それをただ振り切るためだけに走る少女。 (だ、だれか…たすけてよぅ…) 声を出す力もなくなる。犬の息がもうすぐそばで聞こえる。 少女は精一杯の力で助けを求める。 「たすけて……たすけておとーさん!」 すると突然先のほうに光りが見えた。今まで何もなかった空間に見えた一筋の光。 『…………リ……デ…ア』 だれかの声がその光の中から聞こえる。 (だれ?なんか、きいたことがあるこえだ……) 『……デリ…!コー…リア!』 少女は光りのある方に向かって手を伸ばす。光の中に差し伸べられている手に向かって。 その手に辿り着くのが先か、犬に襲われるのが先か。 少女の手が光りの中の手に届く前に、犬は少女に飛びかかった。 そして少女の小さな手は、光の中の大きな手に……とどく。 「コーデリア!」 コーデリアは、だれかの声に反応して目を開ける。そこは眩しいくらいに明るい場所だった。 そして、コーデリアの目の前には捜し求めていた父親の姿が映っていた。 「とう…さ…ま……。やっと、会えた……」 力弱く微笑むコーデリア。 「コーデリア!」 コーデリアの父親、ハイペリオンはコーデリアを強く抱きしめる。 「よかった…。もう、目を覚まさないかと思った…」 コーデリアは自分の頬に液体が落ちるのがわかった。そしてそれが涙だという事に気づく。 (父様が涙を…。私の為に。………よかっ……た……) そしてコーデリアはまた眠りについた。 「コーデリア!?」 「大丈夫です。今度は心拍も安定してます。その寝顔がいい証拠ですわ」 医師に呼び出された時は、激しく怯えていたようで、寝苦しかったように見えたのだが、 今の寝顔は、完全に安心しきった状態で、寝息も一定になっていた。 ハイペリオンはそっとベッドにコーデリアを下ろすと、医師の方を向く。 「コーデリアがよくなったのは貴殿のおかげだ。感謝してもしたりない」 深深と医師に礼をする。 「私は外的に処理をしただけですわ。彼女を本当の意味で治したのはあなたの方です。  ですから、どうか頭を上げてください」 ハイペリオンは頭を上げる。 「いや、二日前、突然の訪問に少しもいやな顔をせずコーデリアに時間を使っていただいた」 「医者として当然ですよ。っと、ここでは彼女の睡眠を妨害してしまうので、向こうの部屋に行きましょう」 そう言うと医師は部屋を後にする。 「すまなかったな。こうなるのであれば私が行けばよかった…。  しかし、よく生きて帰ってきてくれたな……」 ハイペリオンはコーデリアの額にキスをすると部屋を後にした。 「どうぞ」 部屋で待っていた医師がハーブティを差し出す。 「かたじけない」 ハイペリオンはハーブティを一口飲む。 「結局あなたは一睡もしませんでしたね」 同じくハーブティをすすっている医師がハイペリオンに話しかける。 「コーデリアがあんな状態だ。私だけ休むわけにはいかない。そう言う貴殿もそうではないか」 「私は医者ですから当然ですよ。本当に大事になさっているのですね」 「ああ、私の大事な……娘だ」 「うらやましいわ。私も娘がいたんですけど、病気で失って…。私が医者になろうとしたのもその所為だったんです」 「娘のため……か」 彼自身同じような理由で医者を目指した子を思い出す。 「貴殿は……そう言えば名を聞いていなかった。私はハイペリオンあの娘は……」 「コーデリア、でしょう。あなたが何度も口に出していたから覚えてますよ。  それから私の名前はシャンテ。シャンティーナ・クラーブルといいます。シャンテでいいですわ」 背中まである黒い髪、吸いこまれそうな黒い瞳をして、年のころは二十代後半に見える。 白衣、白い肌と黒い髪、黒い瞳という全く逆の色が実に合っているようだった。 「シャンテは、ずっとここに住んでおられるのか?」 「ええ。ここは人里離れているので実に過ごしやすいですわ。たまに漁師の方が来ますけど  こんな大手術は久しぶりで、焦りましたよ」 ハイペリオンとコーデリアが今いるところは、ケイン達の船を襲撃した場所より南西に位置する小島だった。 名目上ではミランドル領となっているが、余りにかけ離れた場所にあるので利用されてはいない。 全ての国から離れているその小島は共通地図の真ん中に位置している。 というより世界の均等を目的に、わざと他の国に同じ距離をとった場所を中心にしただけだが。 ハイペリオンが凄い力を感知し、コーデリアが心配で来て見ると、ラ=クルスが派遣した船の残骸に コーデリアのウェポン、ウィンディレッグの一体だけが残されていた。 そしてウィンディレッグ以外の姿は発見できなかったが、コクピットの中で激しい傷を追ったコーデリアを見つける。 当然レードにもラ=クルスにも遠く、ミランドル、ミナレインに入る事はできない。 が、仕方なくラ=クルスに向かおうとすると、ディスプレイに一軒の家が見えた。 偶然そこに医者のシャンテがいたのだが。 「それにしてもあの傷は相当な物でしたね。一体何があったんですか?  ウェポンの飛行音がした所によると普通の人ではないようですが」 「……シャンテには恩がある。話さないわけにもいかない。  我々はレードの軍人だ。ロキ・ファラウ配下、極秘裏部隊マテリアルの一員だ」 ハイペリオンはありのままを話す。軍の機密は口外無用なのだが、ハイペリオンには関係なかった。 「いいんですか?そんな事を私のような一介の医師に言っても」 「軍は関係ない。娘を助けてくれた方に嘘は言えないし、話さねばならない」 「変わってますね……」 「よく、言われる。で、ここまで言って申し訳ないんだが…」 「わかってます。この事は誰にも言いませんよ」 「ご協力感謝する」 あべこべだ。 「あふ……」 シャンテがあくびをする。 「あら恥ずかしい。殿方の前であくびなんて」 シャンテは頬を赤く染めながらふふっと笑う。 「いや、気持ちもわかる。シャンテは私のようにただ起きているだけではなかったからな」 「そう言ってもらえると、ホッとしますね。…すみません。少し眠たくなってきました。  私は奥の部屋で休んでいますから、何かあったら起こしてくださいね」 シャンテは一礼すると、奥の自分の寝室に入っていた。 ハイペリオンはティカップに入っているハーブティを飲むと、コーデリアのいる手術室に向かった。 コーデリアは当然起きてはいなかったが、もう心配するほどの状態ではなかった。 ハイペリオンは近くにあったイスをベッドの前に置いて座る。 黙ってコーデリアの顔を見る。次第にハイペリオンの顔が変わっていく。 「……コーデリア。一体何があったというんだ。お前をそういう風にしたのは誰なんだ。  俺はそいつを絶対に許せない。たとえ国一つを敵に回してでも仇は必ず…討つ!」 そしてそれから一日後、コーデリアが目覚めた。 療養もかねてもう二日ほどシャンテ宅に滞在し、ハイペリオンとコーデリアはレードに帰っていった。