_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 第二幕 二章 ニ話 マリン村崩壊 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 深夜、人通りの少なくなった通路を血相を変えて走るファシー。その足は迷う ことなくウェポン格納庫に向かっている。 途中、クレイからファシーを格納庫へ行かせてはならない、という命令を受け た兵士たちがファシーを止めようとするが、ある者は弾き飛ばされ、またある 者はファシーの形相に驚いて自ら道を開ける。そしてとうとうファシーを止め る事が出来なかった。 ファシーは格納庫に置かれているヴァルキリエを見上げる。全くの偶然だが、 その機体はマリン村の方をじっと見ていた。ファシーはヴァルキリエも自分に 同意してくれていると感じた。そしてファシーはヴァルキリエに乗り込んだ。 停止していた機体が今のファシーと同じように熱く起動する。そして外部配送 用スイッチを押した。 (みんな、無事でいてっ) 『ヴァルキリエ、起動及び外部配送確認しました』 「うん、ここからでも出たのが見えた。君たちは念の為襲来に備えて」 『了解しました』 バギーの音声通信を通してクレイが言う。 「足止めも出来ないのか。弛んでるな」 「そういうな。本気のあいつを止めてる奴はそうはいないさ」 補助席でボヤくカリスに、後部座席からケインが呟く。 (バカヤロウ、はいできませんでした、で済むくらいなら苦労しねぇよ) カリスは焦っていた。それは操縦席にいるクレイも同じだった。 襲撃の報告が入ってから、ケイン、カリス、クレイの三人は即座にバギーを使 ってマリン村へ走らせていた。その途中にバーニアの光がマリン村に向かって いるのを目撃する。こんな時間にウェポンを使う人物はファシー以外にいない。 ただ、普通の襲撃ならカリスもクレイもこんなに慌てはしないが、今回は非常 にあせっていた。見た目には全くいつもと変わらないが、どこか焦った感が見 られた。 バギーは深夜の暗い平地を走る。この辺りはミナレイン以外に人がすんでいる 事はなく、静かな夜をバギーの音だけが木霊する。だからこそ国境警備に当た っているウェポン部隊が突破された場合、相手に好き放題される。ただ、襲撃 された事が何一つミランドルに報告されていない事から見ると、部隊がサボっ ていたか、もしくは報告するまもなくやられたかのどちらかだった。三人とも そこは同じ考えをもっていた。当然後者である。 「なあ、カリス。今のレードに一瞬で国境は位置されているウェポンを押しの  ける力と物があると思うか?」 ケインは確かに一瞬でやられたと思っているが、完全に四面楚歌、需要過多、 供給不足のレードにこのようなことができるのかが不思議に思っている。 「あるんだろうな。おそらくミナレインを襲ったマテリアルだろう」 マテリアルは参謀配下の極秘裏部隊である。広域電波妨害さえしてしまえば、 通信が回復する前に片つける実力はある。ただケインにはマテリアルの仕業で はないのではないか、と思っていた。 ---マリン村--- 激しく燃え上がる火、完全に燃え尽きて炭となっている家、逃げ遅れて焼かれ た人、何者かに襲われ体を血に染めた人。 それがマリン村に着いたファシーが目にしたものだった。 生きている者はないようで、物が燃える音とヴァルキリエの起動音しかしない。 ファシーは声も出ず、呆然と立ち尽くすだけだった。 ファシーはヴァルキリエから降りると、ゆっくりと歩きだす。生気の失われた ような体は家族がいたはずの家に向かう。かすかに入ってくる周りの光景はよ くあるただの悪い夢に思えた。 どうせいつもの冗談で、自分をからかう家族が笑顔で待っていると思っていた。 しかしその望みもあっさりと崩れ去った。火の収まりかけた家の前で、炎より 紅い血で染まった家族が倒れていたからだ。 「………お父さん、お母さん。みんなもそんなところで寝てると風邪引くよ?」 ファシーは倒れている父親の体をゆする。続いて母親の体もゆするが、全く起 きる気配はない。 倒れている家族の体をゆすっていると、近くで瓦礫の動く音がした。音のあっ たほうに目をやると、かすかに動く手が見えた。ファシーは慌てて瓦礫をのけ ると、下から血だらけの弟、ケルビンが出てきた。驚いたファシーはゆっくり とケルビンの体を引き出した。 「ケルビン、しっかりして!」 ファシーは持っていた布で弟の体についた血をふき取る。 「ファ、シー…お姉ちゃん?」 その声は風に飛ばされそうなくらい、今にも消えそうなか細い物だった。 「こ、こわい…よ。くろいのが……くろい、ものが………」 拭っても拭っても溢れ出す血のついた体は小刻みに震える。その体をファシー はぎゅっと抱きしめる。 「もう…もう怖い物はないのよ。だから安心していいよ」 そういうと震えていた体はぴたっと止まる。 「お、ねえちゃん、がやっつけて……くれたんだ………」 そういうとケルビンの体は静かになる。 「……? ケルビン? どうしたの?」 ケルビンの目には光はなかった。 「ぅああぁああぁぁあぁぁぁああああああっ!!!!!」 動かない弟の体を強く抱きしめ、ファシーは叫んだ。 「誰が…一体誰がこんな事をっ!」 「おや、まだ生き残りがいたのかよ」 ファシーの後ろから低い男の声がした。振り向くと、その辺りに普通にいそう な、貧相でいやらしく笑う兵士が二人いた。 「さっきウェポン見えたじゃん? アレに乗ってた奴じゃネェの?」 「なんだ、アレお前のかよ。  俺たちこんなに尽くしてるのにもらえないんだもんナァ」 「いいじゃねぇか。一つ手に入ったんだからよ」 「それもそうだな」 二人は勝手に納得しながらファシーに近づいてくる。 ファシーは抱いていたケルビンをそっと降ろすと、兵士たちの方を向く。 「おいおい、ネェチャン、手間取らせないでく………」 言葉を途中で止めると同時に、兵士たちの足も止まる。別にファシーが目の前 まで来たわけではない。 「お、おい。あいつ、なんなんだよ」 「お、オレに聞くなよぉ」 おそらく二人の目には、ファシーが化け物のように映っていたのだろう。ファ シーの後ろで燃えさかる炎と同化するように、何かがファシーの体から放出さ れていた。そして二人を睨む目はまさに鬼のようであった。 どんどん後ろへ下がる兵士たち。しかしいつまでも下がれるわけもなく、前は ファシー、後ろは火にはさまれる。 「あなた達がやったの?」 ぼそ、とファシーは呟く。その呟きでさえ、兵士は萎縮する。 「お、俺たちじゃない。俺たちじゃないんだ!」 「偶然…そう、偶然立ち寄っただけなんだよ!」 助かりたい一心で叫ぶ二人。それの真偽はわからないが。 「……そう。あなた達がやったのね」 ただむなしく、二人の言葉は全くファシーの耳には届いていない。二人に帰っ てくるのは言葉ではなく、ファシーの姿だけだった。 『!!』 マリン村に向かっているケイン、カリス、クレイの三人は同時に同じ感覚を受 けた。 「な、何だ今のは!?」 一番それに驚いたのはケインだった。殺気のような物とは全く違って、初めて 感じるものだった。それに引き換えカリスとクレイは平静だった。ただ、内心 はケイン以上に焦っている。 「まずいな、案の定の結果になったな」 「そのようだね」 ケインには二人が何を言っているのかよくわからなかったが、今の感覚と何か 関係はあるのだということだけはわかった。 「ケイン、飛ばすぞ。落ちないように座っとけよ!」 答えを聞く前にカリスは全速力でマリン村にバギーを向けた。 ---マリン村--- ケイン達がマリン村に着いたときには、火はほぼ鎮火していた。ケイン達は瓦 礫となった村をファシー探して歩く。 「酷いな、これは……」 辺りを見回すケインはポツリと呟く。おそらくほぼ全ての人たちが口にするほ どの惨状だった。 しばらく歩くと、ある家の前でうなだれているファシーの後姿見えた。ファシ ーも三つの足音に気がついたのか、振り返る。その顔には全く生気がなかった。 「ファシー……」 そんなファシーには、ケインは名前を呼ぶくらいしかかけられる言葉しかなか った。 「こないでっ!」 そしてケインがファシーに近づこうとすると、突然ファシーが叫んだ。 「もういや! 戦争なんて…人間なんてっ!」 「落ち着くんだ、ファシー」 当然落ち着けるはずがないのはケインもわかる。しかしそれ以外言う言葉がな い。 「ケインだって…ケインだって命令があればこんな事するんでしょ!  安心させるような言葉言っても、結局はこんな事するんでしょ!」 「聞け、ファシー」 「いやっ! 慰めやその場しのぎの言葉なんていらない!  みんなを…父さんや母さん、ケルビン達みんなを返してよ!」 「ファシー………」 「こないでって言ってるでしょ!」 パァン、と近づいてくるケインの頬を叩いた音が響く。思わず叩いてしまった ファシーはハッとする。 「ご、ごめん………」 ファシーは少しだけ落ち着きを取り戻す。 「もう少しだけ、ここにいてもいい?」 「あぁ。ただ今夜は冷える。朝、明るくなってから皆の墓を造りに来よう」 「………うん」 ファシーは冷たくなっている家族にシーツをかけた後、ミランドルに戻った。 そして日が昇った後、マリン村に戻り村全体を手厚く埋葬した。 ---ミナレイン ファシーの部屋--- 日が傾きかける時間、自室のベッドの上で寝転がってボーっと過ごしていると、 ドアを叩く音がした。そして、入るよ、と聞こえるとミークが部屋に入ってく る。 「まだ、寝てたんだ……」 ファシーは無言で天井をじっと見ている。 「今日は早めにご飯だって。みんなも待ってるしさ」 ミークは強引に明るく振舞おうとするが、全く効果はない。ファシーはただ、 ごめん、と一言言うだけだった。 「そっか。じゃあ先行ってるね。お腹空いたら来てね」 ミークはそういって静かに部屋を後にした。また一人になったファシーは窓の 方に寝返り、流れる雲をじっと見ていた。 ---来賓用食事ルーム--- 広いテーブルには一つだけ手のついていない食事がぽつんとある。もう冷め切 ってスープからは湯気すら出ていない。そこにミークが戻ってくる。うなだれ ているミークは静かに席に座る。 「どうだった?」 ケインやカリス一同がいる中、一番に口を開いたのはフェンリースだった。そ してその問いにミークは首を横に振る。 「まあ昨日今日で立ち直れるとは思わないけどね」 淡々というフェンリース。別にファシーの家族は自分と関係ないと思っている わけではない。どんな親しい間柄でも情で庇える範囲がある。そこまでは他人 ではなく、自分自身でたどり着かなければならないのがわかっているからだ。 フェンリースだけでなく、この場にいるものは皆親しい間柄の死を見てきた。 そして今なおその悲しみは拭えていないが、足場は自分で作った。今できる事 はファシーにその足場を作り上げてほしい、と願う事しかなかった。 ---ファシーの部屋--- 相変わらず横になってボーとしているファシー。悲しいとか悔しいなどの感情 に埋め尽くされているわけでもなく、ただ何も考えられなくなっていた。ふと 気がついて時間を見ては深く溜息をつく。半日ずっとこんな調子だった。そし て永久にこんな状態とも思われた。 日もすっかりと暮れ、明かりのついていないこの部屋は、月の光で照らされた いた。もう何時なのかわからなくなった頃、それは起こった。 ファシーの首にかかっているペンダントが淡い光を放ちだした。このペンダン トはファシーがクレイに連れられて地下ドックに行った際、いつの間にか持っ ていた物である。ペンダントはまるで意思を持つかのように浮き上がり、声を 出しているかのように点滅した。この光景にファシーは特に驚いた様子もなく、 ただそれをじっと静かに見つめていた。 この不思議な光景は、五分だったのか一時間だったのかわからないが、しばら くするとペンダントは元のアクセサリーに戻っていた。ただファシーの目から 涙が流れていた。冷たくなった家族の体を見ても出なかった涙が、今まとめて 出ているかのように涙は流れつづけた。そしてこの時やっとファシーは家族が 死んだ、という事を実感した。 おそらく今出る涙を全て出し切ったファシーは、涙を拭い、何かを決意した表 情のまま部屋を出た。 ---食堂--- ミークがファシーの部屋に来てからずいぶん経っていたが、ケイン達はまだ食 堂に座していた。アレから誰一人と席を立つ事がなく、ファシーを待っていた。 今日こなければ、明日も明後日も待ちつづけていただろう。食堂は誰一人いな いかのように静かで、時折外の風がガラスを揺らす音だけがする。そんな中、 食堂のドアが開き、ファシーが入ってくる。途端に食堂は光輝くような錯覚に 陥った感じになっていた。 「………遅くなってごめん」 申し訳なさそうに言うと、ファシーは視線を下に向けた。 「何ボーっと突っ立ってんのよ。あなたが席につかないと料理は来ないのよ」 フェンリースの台詞に、えっ、といった感じでファシーは顔を上げる。テーブ ルの上には冷めた手付かずの料理が一つだけあった。 「これは前の奴が残していった奴だ。気にするな。別にお前を待ってたわけじ  ゃない。だれも食べる気になってなかっただけだ」 相変わらず無愛想なケインが呟く。 「そうそう。座って食べるのはマナーだよ、まなあ。ささ、早く座るべーし」 ミークは空いてる自分の隣の席を叩く。ファシーはそれらに満面の笑みで応え た。 食事も皆終え、一段落ついて騒いでいる面々。 「ねえ、クレイさん」 そんな中ファシーがクレイに話し掛ける。 「ん、なんだい?」 「今回の仕業、やっぱりレードなの?」 騒がしかった食堂が一瞬で静かになる。 「みんなが気を使ってくれてるのはありがたいけど、はっきりさせたいの」 「本人がそういうんだ。気にせず話せばいいだろ。  正直オレも気になってるんだ」 皆、じーっとクレイを見る。 「うーん、そうは言ってもまだ全然わかっていないんだよ」 「国境部隊が襲われたのはレードのウェポンだったそうだが、それとマリン村  を襲ったのは同じとは限らない。最も目撃者も生存者もいないんんだ」 おそらく唯一の目撃者であろう兵士二人は、見るも無残な死体になっていた。 「そう……。私、一つ思い出したことがあるの」 「思い出したこと?」 「うん。もう何年も前の事なんだけど………」 数年前のある夜、いつもは床につけば二秒で眠れるはずが、なぜか五秒後に目 が覚めた。その後はどうしても眠れる事が出来ず、ファシーは仕方なく冷蔵庫 でも漁りに行こうと一階のキッチンに向かった。しかし、その時間はまだ両親 は起きていた。いつも自分の方が早く寝るため、いつ寝ているのかはわからな かったが、そのときは何か新鮮に思えた。ファシーは何か悪い事をしているか のように影からキッチンを覗き見た。 その時の会話はほとんど覚えてない。というかあまり聞き取れなかった。覚え ているのは……いつかは見つかる、上の奴らが、という事だけだった。 「あの時はまだ小さかったから、みんなかくれんぼしてるんだ、としか思わな  かった。でも今思うともっと他の何かに追われてたんだと思う。それが今回  の事と関係してると思うの」 「上の奴ら、って上層部って事なのかしら?」 「という事はファシーの親ってどこかに所属してたって事か?」 「おそらく親だけじゃなく、村自体がどこかの所属なのかもしれないな。いや、  だった、という方が正確かも知れないな」 「どういうこと?」 カリスの言葉にケインとフェンリースの両方が聞き返す。 「あくまでただの予想だ。見つかって困るって事は逃げてきたんだろう。まあ  今となっては知ってる者はいないがな」 「ということは、今のところ一番怪しいレードに聞いてみるのが手っ取り早い  わね」 「そうだな」 「そうと決まればガキ供はさっさと寝ろ」 「ボク達はまだちょっと遣り残した雑務があるからね」 「クレイさん達も大変だね。じゃあ先に休ませてもらうね」 「おうおう、たーんと寝て育つこった」 そうして皆各自の部屋に戻る。ただファシーはクレイとカリスがなにか隠して いるような気がしてならなかった。 そしてレードへの侵攻日が来る………。