_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 第二幕 二章 四話 お前がお前であるために… _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 現在レード軍とグラジア軍がレード正面門手前百メートルくらい離れたところ で闘っている。国と国との戦争である。そのために死に行くものは少なくない。 それでも闘いつづけるのは意地や感情ではない。命令でだ。 全員が命令だからという理由で闘っているのかはわからないが、少なくともレ ード軍の、ウェポンに乗っていない人間はそうである。正確に言うなら、亜人 と呼ばれる種族である。 人間が人と人の間の子だとすれば、亜人は人と他種族との間の子のようなもの だ。とはいえ異種族の子を宿すとかそういうわけではない。かなり昔に、人間 が同じ人間に対して、他種族…犬や鳥の遺伝子を組み合わせるという興味本位 から生まれた種族であると言われている。 そういった娯楽的要素から生み出された彼らは、世間から冷たい目で見られて いた。長い間人間種から虐げられていた彼らは、そうした人間相手に発起する。 後に亜人解放戦争と呼ばれる、人間種VS亜人の戦いがあったのはまた別の話。 話を元に戻す。ここで闘っている亜人は、数年前レードに滅ぼされたシーギリ アという国の成人男性で、今ではレードの労働力(主に国外防衛)となってし まい、模倣者<エピゴノス>と呼ばれている。彼らのほとんどは、故郷シーギ リアに家族がいる。それをレードに人質として取られている為仕方なくグラジ ア軍と闘っているのである。そしてそのエピゴノスの中に、レイはいた。 レイ……レイ・シーギルは、ケインがラ=クルスに潜入した時に出会った亜人 である。彼もまた当然レード軍の中で戦っていた。 自分より何倍もの大きさのウェポン相手に、戦闘が始まって一時間経った今で も生きている数少ないエピゴノスである。 目の前のグラジアのウェポンの、比較的脆い膝関節を損傷させ、機体がバラン スを崩したところをレードのウェポンが破壊をする。見事なコンビネーション である。亜人は人間種と比べると肉体的にはるかに勝っている。思考は人間種 と同等であり、運動能力は人間種の数倍は発揮できる。当然全員が全員そうで はないが、言うなれば、人間種のハイスペック版なのだ。 そのため、ウェポンを破壊するまでは行かないが、そこそこのダメージは与え られる。その亜人の国であるシーギリアが負けたのは、国内の裏切りによるも のだった。 レイは数多の銃弾をよけ続ける。よけなければ死ぬ。生きるため、いや死なな いため、それだけの理由で闘っている。命令だから、という事など全く頭にな い。 「ヨォ、そっちの首尾はどうだい?」 レイとは違う部隊のエピゴノスが、レイの近くまでやってくる。彼の部隊の人 数が減ったので、隣であるレイの部隊に統合されたそうだ。 「どうもこうもない。仲間もほとんどやられた」 「そうか……。俺のところも似たようなもんだ」 「それでもお前が生きてて安心したぞ」 レイより一回り大きく、しっかりとした体の男はシーギリアが国として存在し ていたとき、レイの家の隣に住んでいた友人のゴランである。レイよりも十歳 年上である。現在エピゴノスはレードの専用居住区に住むように命令されてい る。それも部隊毎なので、部隊が違うと滅多に合う事はない。数ヶ月ぶりの再 会だ。手を取り合ってなつかしがる余裕はないが。 「いつまでこんな事をやるんだろうな」 ゴランは戦闘中にもかかわらず呑気にレイにいう。 「諦めるな。必ず闘わなくてもいい日が来る。俺はそのために今を戦っている」 「強いな、お前は……」 「そうでもないさ……っと」 レイは前方にいるウェポンの足元に素早くもぐりこみ、膝関節を砕く。そして バランスを崩した相手を、一歩後ろに下がっている味方機が破壊する。機体数 で圧倒的に負けているレードがグラジアと同じような闘い方をしても勝ち目は 無い。エピゴノスを有効に使い、レード側が一機失っても、グラジア側を二機 倒せれば互角とまでは行かないが、いい勝負はできる。グラジアも誤射による 民家被害を拡大させないように砲術を使わない事も、レードには助けになって いる。全く理解の範疇を超えた闘い方をしている。そしてレード軍部が国民の 国外逃亡を阻止したのも、グラジア軍が行う行動を読みんでたからこそだ。 レイは自分の仕事を終えると元の場所に戻ってくる。その場にいては相手のい い的になるし、レード兵もエピゴノスがいなくなればそれだけ不利になること がわかっているため、銃火器が使いにくい。 「そろそろ辛くなってきたな」 ゴランがいう。戦闘が始まって時間はかなり経過している。特にレイ達エピゴ ノスは最前列にいるため、グラジアの攻撃をもろに受けやすい。そのため彼ら にとって一分が十分にも一時間にも感じるくらいだ。 「辛いのは初めからだ」 そういう他愛も無い会話のときだった。城の最上部からリバース砲が出現した のは。 始めはレイも気がつかなかった。彼らがそれに気がついたのは、レード軍が降 服してからだ。そして突然エピゴノスの一歩後ろで戦っていたレードのウェポ ンがレイ達より前に出始めたのである。その後レイ達には突撃命令が下された。 それ以降戦況はきわめて激しくなった。今まで距離を開けて銃撃戦をしていた レード兵は、常備しているショートソードを使い接近戦をしている。接近戦の 互いの能力はほぼ互角。そのためどう考えても機体数の少ないレードは不利に 間違いは無いのだが、それを承知で向かっているようだ。グラジア兵の方は、 その行為に戸惑いを覚えて動きが鈍っている。 ただ最も悲惨なのはエピゴノスだった。二つ軍隊のウェポン同士が接近戦をし ている中で、生身の彼らは見方機にも踏み潰される。レイとゴランはその中で 生きているが、それもほとんど奇跡に近い。 ほとんどのレード兵にはリバース砲が設置された事を知らされていない。その ためこれも作戦と思って闘っているだけだ。これが作戦と呼べるものではない と知っているのは、兵のほとんどがグラジア兵に立ち向かっている中で後方で それを眺めているだけのウェポン四体。レードの幹部達だけだ。兵が動いたの も彼らの命令だ。 それらの機体はレード汎用ウェポンと同じ物だが、雰囲気が全く違う。戦いと いうものに疎い人でも、彼らが只者ではない、という事だけはわかる。そのく らいの気勢がある。 「自分たちの置かれてる立場がわからないってのに、よくやってるよな」 その中の一機が呟く。 この呟きはその場所にいる他三体にも聞こえた。送信範囲は狭いが、盗聴され ない直結無線を使っている。ただ彼らの使っているのは普通の直結無線を改良 し、本来一対一であるものを、指定した複数に対して行えるように改良してあ る。 彼の言う立場とは、グラジア軍を足止めさせるための餌、という事である。リ バース砲は発射に時間がかかる。その間に敵に散られると困るからだ。敵を倒 すのに、味方を犠牲にしているということだ。 こういうことは特に珍しくは無い。ただ、既存の兵を全て使うのは今回が初め てだろう。もしリバース砲が発射され、味方共々倒れたら次はどうするのか。 それを知っているのは幹部以上の者しかしらない。 「仕方ない。これも作戦だ」 冷たく言い放った男だが、その顔は納得のいかないの表情が浮かんでいた。彼 自体この作戦を気に入っているわけではない。しかし彼だけではない。もう一 人、これを作戦と割り切る事のできない男がいた。 「作戦、か……。これを作戦と呼べるなら、無差別大量殺人も合法だな」 「おいおい、そんなイヤミなんて口にしてると謀反の疑いかけられるぜ」 直結無線しているので他には受信できないはずだが、どうやらそうでもないら しい。 「まあなんにせよご愁傷様としかいえないね。アタシなら余裕だけど」 四機のうち、一機だけコクピットには女性がいた。死に行く味方をあざけって いるように言う。しかし、それは強がりではなく、本当に口にした事を実行で きるかのような自信を持っている。 「クリス、その言葉はあまりにもつめたくないか?」 「さあね。アタシにとっちゃこんなセントの連中のいざこざなんか気にならな  いし」 「そういうが、彼らも俺達と同じ血を受け継いでいるんだぞ」 「ふん、上でアタシらの祖先が大変だったとき、あまりの辛さに下に逃げた奴  らの子孫なんて好きになれないね」 彼女の言葉から強い嫌悪感が伝わってくる。彼女の言う、上や下、セントの連 中、がなにを指すのかはわからないが、事は単純な争いではないらしい。 「そのくらいにしておけ。今は見守る事が俺たちの仕事だ」 口論を止めた男のいう見守る、が誰を指しているのかはわからないが、やはり 寂しさが漂っていた。 ぶつかり合う二つの機体。二つの金属の塊は同じように一瞬のけぞるが、後ろ からの同様の塊が押し寄せてきて前後から挟まれ、押しつぶされる。始めにぶ つかった二つの機体は完全に破壊していた。当然乗っていたパイロットも絶命 しているだろう。 こんな光景がどこでも見られた。もう命がどうのこうの言う暇もない。レード 兵は死ぬという事も知らないかのように突撃を繰り返す。これに対してグラジ ア兵は非常に焦っていた。まさかこんな闘い方をするとは思っても見なかった からだ。戦力で勝っているため、時間はかかるが大した損失も出さずに終わる と誰もが思っていた。それを相手が死に物狂いで相打ち以上を狙ってくる。そ の鬼気迫る行動に体がすくんだ。 そんな状況の中のある時、グラジア軍のウェポン一機が後退する。ぶつかり合 っている前線より、わずかに後方にいる、なんでもないただの兵の一人だ。目 の前の光景に恐れをなして後退した。それから軍全体が後退し始めるにはさほ ど時間はかからなかった。もし敵と同じく、命を顧みずに戦っていたらこの一 機の取った行動はこれほど影響しなかっただろう。しかし全体的にレード兵の 行動に恐れを抱いていた兵は次々と後退していった。 この状況を苦い顔で見ているのは総指揮官のコフィンだった。なんとか乱れた 指揮系統と隊列を建て直し、味方の後退する速度を抑えるが、それでも踏みと どまらせるに至らない。引き始めた兵はなかなか止まらない。 このままだと、海部隊に任せたリバース砲の発射阻止の前に、自分達が敗れて しまう。ここで敗れるような事があったらレードを勢いつかせてしまう。リバ ース砲を完成させているレードを放置したままにすれば、いずれ大陸全土を飲 み込んでしまう可能性がある。それだけは防がなければならない。 なにより自分がこの状況を収めるいっておいて敗走するという事が許せなかっ た。 しかし、気迫で押されている自軍と、押している敵軍を防ぐ手が思い浮かばな い。このとき、指揮官を含め、全体が絶望を感じていたとき、一つの光が輝い た。 南方から大きな土煙が上がってきたのである。グラジア軍はレードの増援と、 レードはグラジアの増援と各々思った。正しかったのはレード軍の考えの方だ った。 土煙から現れたのは、数十体のウェポンとジープに乗ってきたシーギリアの住 民だったのである。 前述したが、シーギリアは数年前にレードとの戦いに負け、従属化していた。 そのため徴兵として男性をレードの防衛につかされた。それからというもの、 国内には老人、女子供しかいなくなり、作物等の働き手が減ってしまい、少し ずつ暮らしが悪くなっていった。この状況を良く思わないのはシーギリアの国 民だ。最近ではレードに反旗を翻そうと話が進んでいた。後はいつ事を起こす か、というところまで来ていたが、いいタイミングで今回のレード侵攻が起こ った。彼らはこの機を逃すまいと思い、こうして現れたというわけである。 予想外の味方、もしくは敵が現れた事により状況は大きく変わる。加わった戦 力はそれほど多いわけではなかった。しかし、老人や女子供といえど、人間種 の青年男性と同等の力がある。そして大きく変わった原因は他にある。 レード軍のエピゴノス達は祖国全員で立ち上がった姿を見て、数が少なくなっ たとはいえ、レードに対して攻撃を始めたのである。 元々自分達が今まで黙ってエピゴノスとなっていたのには、シーギリアの民を 守るためである。しかしその民全体が立ち上がったのならば、自分達が勝つ以 外、シーギリアが生き残る道はないからだ。 こういった裏切りもあって、レード軍は瞬く間に崩れていった。しかし、この 状況を慌てず見ている者達がいた。 「『予定通り』だな」 城門前でたたずんでいるレードの幹部たちだ。負け惜しみではない。それを裏 付けるかのように、声からは全く動揺さが感じられない。 「これであいつ等も正気に戻るだろう」 どこか安心したように一人が呟く。レードの兵が死を恐れぬように突撃したの にはある種の洗脳波を流したからなのだから。そんなに強いものではなく、何 かショックを受ければすぐに元に戻る程度のものだ。 「よし、引き上げるぞ」 「いいのか? 最後まで見ていかなくても」 「ああなるともう終わりだ。お前もわかるだろう。  ただ、俺たちがここにいるのはまずい。連絡もしなければならないしな」 「リョーカイ。アタシもいつまでもここにいたくないしね」 その言葉を最後に、四体のウェポンは姿を消した。 ---レード城搬入口--- 砲台からの雨のような砲撃を一つも受けることなく、小型艇は搬入口目前まで やってきた。小型艇は速度を落とそうとはせず、一直線に入口目掛けて突進し た。派手な音と共に、閉まっていた搬入口の扉は吹き飛び、小型艇は搬入口内 部に飛び込んでいった。 置かれてあった沢山の積荷を弾き飛ばしながら、小型艇はようやく動きを止め る。そしてぼろぼろとなったその小型艇から、ぞろぞろと人が出てくる。衝撃 の所為か、そのほとんどが足元をふらつかせている。 まさかあの砲弾の嵐を突破されるとは思っていなかったのだろう。幸運にも兵 の配置がまだされていないようで、搬入口には彼らの他に人の姿はなかった。 「死ぬかと思ったぁ……」 一際ふらつきながらファシーが最後に出てきた。手にしているロッドを杖のよ うに床に突き立てながらよろよろと歩いている。 「いつまでものんびりしてはいられないわよ。リバース砲発射までの二十分の 間にコントロールルームに行って、装置を止めなきゃならないんだから」 ファシーとは対称的に淡々と歩くフェンリース。 「わかってるわよぅ……」 「とにかく走れ。連中が来ないうちに進むぞ!」 ファシーは少し遅れるが、レヴァルスの部下を含め、九人は急いで搬入口を駆 け抜けた。 二十分という時間はこの作戦の実行時間としては非常に少ない。目的場所もお およその予想はついているのだが、はっきりとはわからない上、レード兵との 戦闘もあるはずだったからだ。 しかし予想に反して廊下には兵の姿が一切無かった。ケイン達が潜入している のはとっくにわかっているはずなのだが、人ひとり見当たらない。なにかの罠 かと一向は思ったが迷っている時間はない。 「それにしても誰もいないのね」 最後尾を走っているファシーが言う。もう衝撃から立ち直っているようで、真 っ直ぐ走っている。ちなみに、始めはバランスを崩してこける事が良くあった。 「罠なんじゃないの?」 息を切らせず、あっさりとフェンリース。笑い話だが、フェンリースも一度だ け壁に激突した。腹を抱えて笑ったファシーに銃を突きつけて黙らせたのは懐 かしい話である。 「ふふっ」 「何がおかしいのよ」 「ただの思い出し笑い。あのときのリースを思い出すとついつい笑いがこみ上  げてきて………」 バンッ! いやらしく笑うファシーの目の前を銃弾が横切る。通り過ぎた銃弾は兆弾を繰 り返しながら消えていった。当然ファシーの顔からも笑みは消える。 「な、なにすんのよ!」 「うるさいわよ、ファシー。その事はもう忘れなさい。そうでなければ死ぬ事  になるわよ」 「……その強引な脅迫やめてくれない?」 「脅迫なんて人聞きの悪い。ただ頼んでるだけよ」 二人の間にただならぬ雰囲気が取り巻く。 「何やってんだ、お前たち!」 奥の通路にいたレヴァルスの怒声が二人を震わせる。二人が何気なく口論して いる間に、他の七人はすでに先を行っていた。慌てて二人は駆け出す。 「なごやかに会話している余裕なんてないんだぞ」 追いついた二人に強い口調で話すレヴァルス。 「ごめん……」 「すみません……」 シュンとなる二人に、レヴァルスは小さく溜息をつくと、いくぞ、と言って駆 け出した。やはり悪いと思ったのか、二人は黙ってその後を追いかける。 「それにしてもリースのあんな姿見るのは初めてだな」 うなだれながら走るファシーとフェンリースを見てケインがそういう。 「まあ……リースの同年代同性なんて今まで周りにいなかったからな。当然と  いっちゃ当然だな」 フェンリースがグラジアの科学研究部に配属されたのは、六年前の十二歳の頃 である。当時から大人顔負けの頭脳であり、何より年齢からして同年代の同性 はいなかった。同年代の異性もほとんどいなかったくらいだから当然である。 ただ、どういう経緯で、さらにはどういうツテで軍に入ったかは誰も知らない。 本人も口にすることは全く無かった。 ちなみにケインとフェンリースがであるのは、軍に入って二年後のことである。 「しかしな、お前と一緒にいるときはあんなもんだぞ」 「そうか? いつも憎まれ口ばかりで、むちゃくちゃで……」 言って後悔したのだろうか、目に見えてテンションの下がるケイン。それ以降 言葉を口にすることは無かった。 (しっかしこいつはこいつで男としての感覚がほんとにないな………) こんな性格にしてしまったのは、ほんとに自分の所為なのだろうか、とすこし 頭を悩ませたカリスだった。 しばらく真っ直ぐに進んでいたが、目の前の左右に分かれている通路で足を止 められた。もう目的地はそんなに遠くないはずだが、逆方向に行くとその分時 間の無駄になる。しかしこの場所でずっと悩むわけにはいかないのも確かだ。 「ケイン、お前は向こうにいけ」 そういって右の通路を指す。 フェンリースが、二手に分かれましょう、と言おうと思った矢先だった。 「二手に分かれるのね」 フェンリースの言葉を無視するかのようにカリスは言葉を続ける。 「奥にいけば最上階まで直通のエレベータがある。それに乗れば、あとは一直 線にいけばレード国王、クライクがいる」 『!?』 全員がハッと息を飲む。 「ここまで来れれば、後はお前一人欠けたくらいなんとでもなる」 「ちょ、ちょっと待って。なんでそんなこと知ってるのよ」 「時間がない。早く行け」 フェンリースを無視してさらに言う。 「心配しなくても上は奴以外いない。これはお前がやらなければならない事だ」 「カリス、無視してないでなんとか………」 「いいからお前たちは先に行ってろ!」 珍しく荒げたカリスの声にフェンリース達は震えた。 普段カリスは温厚、というか昼行灯なところがある。何事もかったるそうにや る姿は、何を考えてるのか不安になるくらいだ。そのカリスが今声を荒げてい るのである。フェンリースにとって、カリスの怒声を聞くのはこれが初めての ような気がした。 「……叫んで悪かったな。時間がないんだろう? お前たちは早くコントロー  ルルームに急げ。こいつを行かせたらすぐに追いつく」 幾分かトーンを落とした声に、フェンリース達は何か言いたげだったが、その まま左の通路を走っていった。 その場に残ったケインと、ケインもほとんど見たことのない真面目な顔をした カリス。お互いしばらく黙っていたが、先にカリスが口を開けた。 「行けケイン。これはお前がやるべきことだ」 また同じ事を言うカリス。ケインにはカリスの想いがよくわからない。確かに 国王も押さえるという予定なのだが、こんな風に言われるとは全く想っていな かった。ただいつものように、とっさに思い浮かんだ、突発的な事ではない事 だけはわかる。 「何度も迷った。『お前』をこのままにしていた方がいいのか、『お前』では  なく『俺』がやった方がいいのかと言う事をだ。だが結論はいつも一つだっ  た。やはり『お前』は知らなければならない。そのためにクライクに会え。  『お前が『お前』であるために……。時間はない………」 「カリス………」 ケインはしばらくカリスを見ていたが、軽く、そして強くうなづくと右の通路 を走り出した。 「ケイン! 何があっても自分を見失うなよ!」 前を行くケインは、かけられた声に右手を上げて応えて奥へと消えていった。 その姿が見えなくなると、ひとりたたずむかリスは天井辺りの虚空に鋭い目を 向けた。 「そこにいるのはわかっている。でてこい」 それと同時に人の姿がいきなり現れる。天井から降りてきたわけでもない。言 葉通り姿が現れた。まるで子供向けの物語に出てくる忍者のように。 「さすがですね。力が衰えたといえどさすが先代というところですか」 雰囲気にそぐわない高く気取った声で虚空より舞い降りたのはレード軍事参謀 のロキ・ファラウだった。 ---レード 直通エレベータ前通路--- 皆と別れたケインの目の前に確かにエレベータの姿が現れる。特に驚きはしな かった。むしろあるものと思って来ていた。ケインはあたりを気にすることな く開閉ボタンを押して中に入る。そして開閉ボタンの他の、たった一つの階数 ボタン、最上階を押す。数秒すると勝手に扉は閉まり、沈み込むような感覚に 陥るが、しばらくすると上昇しているという間隔に変わる。階数表示ディスプ レイは刻々と表示を変えていた。 (カリスの奴、何をあんなに悩んでたんだ) 今一番ケインが気になっているのは、クライクの事ではなくカリスのことだっ た。あんなカリスを見るのはケインでさえ二度目である。その一度目でさえ、 相当前である。逆にいつもがものすごくふざけているというのが露呈されたわ けなのだが。 確かに国王であるクライクを捕まえるか殺すかしないとレードという国は実質 残ることになる。それはケインも十分承知だが、カリスは過剰すぎる反応をし ていると思った。そしてカリスがケインに言った言葉。『お前がお前であるた めに』。これが一体どういうことなのかがさっぱりだ。 (俺が俺であるために…か。まるで俺は他の誰かのような感じだな) ばかばかしい、そう思ってケインは考えるのをやめた。気がつくと最上階まで すぐだった。 チーンッ。 無機質な音がエレベータ内部に響く。全く人の気配がない。寝静まったホテル のようだ。ドアが開く。思った通り人の姿は無い。ケインには一本に続く道が まるで果てが無いかのように見えた。まだ引き返せる。このまま立ち呆けてい たらドアは閉まる。そして最下層のボタンを押すだけで戻る事ができる。 もしこれからの未来がケインに見ることができたなら、迷わずそうしただろう。 引き返したほうがいい。未来予知のできないケインでもそう思う。恐れがある わけではない。しかし底知れない不安がケインの体を埋め尽くそうとする。そ れが恐れという事もありえるが、ケインは全く別に捕らえていた。 ケインはエレベータから出る。そうするまで長かったのか短かったのかはわか らない。そしてそれと同時にエレベータのドアは閉まる。 (カリスはクライクを捕まえろとも、殺せとも言わなかった。ただ、会え、そ  ういった……) レード国王の顔を拝みに行く。それ以外何も考えずにケインは歩き出す。 国王の間までは思ったほど時間はかからなかった。いつものように歩く。それ だけでたどり着けた。途中監視カメラがあったが作動していなかった。これが 友人に会うことが目的なら何の不思議もない。しかし、外ではグラジア軍とレ ード軍が激しい戦闘を行っている。そして国王を護衛する親衛隊もいない。ま るで誘われているかのようだった。 ケインは国王の間の扉の前までくる。扉は特に飾った様子も無く、威厳を現す かのようにたたずんでいるだけだ。その扉の奥、部屋の中から人の気配がする。 それも一つだ。それが国王クライクかはわからない。根拠は無いが、当人だと 感じていた。なぜかはわからない。もしかするとクライクに会うのが待ち遠し かったのかもしれない。 ケインは扉に手をかけた。思ったより軽く、キィ、という軽快な音を出しなが ら扉は開いた。 部屋の中は薄暗く、目が慣れるまでもう少しかかると思ったが、一つの濃い影 だけは確認できた。 「そんなに慎重にならなくてもいい。不意なぞ撃たんよ」 レード国王クライクだ。一般兵に出せる声ではない。 そしてどこか懐かしい、そんな感じのする声だった。ケインは床の絨毯の上を ゆっくりと、警戒することなく歩く。部屋の中のことは気にならなかった。護 衛がいるかもしれないし、何らかの罠が仕掛けられていたかもしれない。ある かないかなんて問題ではなかった。もしかしたらこのときからおかしくなって いたのかもしれない。自分を見失うな、そういったカリスの言葉はもう頭から 消えていたことに気づくことなく。 歩くうちに目も慣れてくる。そしてはっきりとクライクの顔を確認した。ケイ ンはそれを見て目を見開いた。その顔は、いつも頭に浮かぶほど覚えていたも のではないが、忘れる事のなかったものであった。そして、それはケインが軍 に入るきっかけとなった十五年前のある事件の前夜に見たのが最後だった。 「十五年ぶりかな、息子よ」 「お前だったのか、ブルックス・『セイガード』っ!」                            続く