_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 第二幕 二章 五話 決着 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 「ここだな」 扉の前にいる七人は皆息が弾んでいる。あれから道は一本だった。今までと同様、敵兵は 全く見当たらなかったため、予想よりも早くたどり着けた。目の前には目的地を閉ざす扉 がある。扉の上にある『制御室』というプレートを見つめる七人。レードの兵器、リバー ス砲がその絶大な威力を放つまで残り五分程度しかない。 「カリス、遅いわね」 一時的に別れ、後で追いつく、と言っていたカリスの姿は未だない。しかしここで彼を待 っている時間はなかった。一秒でも過ぎれば外で戦っているグラジア軍が壊滅的な被害を 受ける事がわかっている。 実はこの時点で闘っていたレード軍は、シーギリアとエピゴノスの反乱もあり、降伏して いたが、そこまで彼らは知る由もない。 「彼を待っている暇はない。残り時間はあと五分弱だ。さっさとやるぞ」 扉を開けようとノブに手をかけるレヴァルス。 「待って。中に人がいるかもしれないわ」 「かもな。中から人の気配はしないが、もし待ち伏せされていたとしても、ここで黙って  見ている訳にはいかないだろう?」 ドアのノブに手をかけたまま言うレヴァルス。 今まで敵兵に出会わなかったのは、この場所に戦力を集めるためだったのかもしれない。 しかし、だからといってレヴァルスの言う通り、このままじっとしててもみすみす被害が でるのを傍観するだけである。 「リース。お前がリバース砲を停止させるんだ。俺たちは敵がいたときに制圧をする。  いいか。何があっても必ず止めろ」 「まかせて。すぐに止めてあげるわよ」 ファシーとフェンリースを真ん中に、前後をレヴァルス、クルー達が守るようにしてドア に手をかけた。 ---レード最上階 国王の間--- 「そう睨まなくてもいいだろう」 一段高いところに設置してある玉座に、ゆったりと座っているクライク。それに引き換え、 そんなクライクを睨みつけるケイン。あきらかにケインには余裕がないように見える。 「そりゃな。母親は死に、そして子を捨てた元父親がいるんだからな」 「別に言い訳するつもりはない。俺にだってそういうことはある。その詫びの代わりと言  っては何だが情報をいくつか教えてやろう」 「情報?」 「あぁ。そうだな……まず、お前を捨てた理由、、、十五年前の事件とかな」 レード国王クライク。その正体は、元グラジア軍所属のブルックス・セイガード。名前か らある程度の予想はつくと思うが、ケインの父親である。クライクもケインと同様、軍に 属していた。ただ、ケインが軍に入隊するのはカリスの勧めだったので、クライクが入っ ていたから、自分も。という理由ではないが。 現在も継続中の三つ巴なこの戦争は、もうずいぶんと前から続いている。そして今から二 十二年前は、大陸はもっとも激しい戦争状態にあった。 ちなみに大陸とはグラジアやミランドルのあるエブ大陸の事である。この頃はまだラ=ク ルスや、ミナレインは存在していない。この二つが出来上がったのは、クライクが言った 『十五年前の事件』の翌年である。 二十二年前の当時、クライクは二十七歳。現在のように大陸に存在する国がグラジア、ミ ランドル、レードの三国になったのは、現在から七年前だが、戦況的にそのように収束し 始めた頃である。そんな時代に、クライクは中佐という階級で名をはせていた。その頃は カリスも純粋な少年(当時十三歳)だったらしいが、それは本人談であるので無視。 そしてその年にブルックスは結婚する。その女性の名はレミア・ランゾールという。長く 輝く、銀色の髪をした美人であった。あった、と言うのは、この事件後に姿を消している。 後述する事件に巻き込まれたとも言われているがそれは誰にもわからない。そして結婚二 年後、ケイン・セイガードが生まれることになるのである。 五年後の十七年前、ケインが三歳の時にカリスはグラジア軍に入隊する。十八歳とはいえ、 肉体的、知力的能力の高かったカリスは、ブルックスに認められ、彼の片腕となっていた。 基本的にグラジアの徴兵は二十歳からである。これからするとケインやフェンリースは特 異な方に入る。 とにかく、ブルックスが結婚してからこの五年間は特に取り立てて言うほどの事はなく、 ここまでは特筆するような事件は起こっていない。もちろん戦況の変化は除くが。しかし、 この二年後、十五年前の事件は、クライク三十四歳、カリス二十歳、ケイン五歳の時に起 こるのである。 今はないのだが、当時グラジア首都レヴァンテインの少し離れたところに軍事施設があっ た。現在、どこの軍事施設も、もっぱらウェポン開発に使われているのだが、この時はま だウェポンと言うものが発見されていないため、開発製造しているのは銃火器のような武 器類だった。 そしてその日、ブルックスとカリスはその軍事施設にいた。この場所最後の開発となる兵 器が完成したための確認でだ。なぜ最後なのかというと、これまでこの施設は、度々隣国 から襲撃されていた。そのため機密と安全と称し、施設を首都地下に作る計画を立ててい た。そしてその完成も間近に迫っていて、この開発を最後に全て新施設へ移行する予定だ った。 現在はすでにレヴァンテイン地下にその軍事施設はある。 十五年前の事件、それがこの日起こった。 ブルックスとカリスは、一応の施設内の見回り、兵器の確認を終え、施設の外でこれから のことについて話し合っていたときだった。その施設にはいるはずのない人物がブルック スたちの目の先にいたのである。それが五歳になるケインだった。 この施設は内部はもちろんのこと、周辺も厳重に監視されており、施設周辺100メートル にある物は全て感知するようになっていた。自分たちで確認したが、何ら異常は見当たら なかったのである。 ケインは当然施設に興味なかったようで、ただボールと遊んでいるだけだったのだが、な ぜこの施設ににいたのかは二人にはわからなかった。妻のレミアの姿はなく、彼女が連れ てきたわけでもないようだった。軍関係者以外にこの施設の内容を知られてはいけないの は当然だが、万が一襲撃などあったら危険ということも有り、ブルックスはいそいでケイ ンを連れて帰ろうと抱きかかえたときだった。 こういったときに限ってそれは起こる。グラジアの隣国、セミクラの襲撃である。 この時代のグラジア周辺には国が固まっていた。特にグラジア周辺は、ミランドルやレー ドと違い、山々に囲まれていたため、国が密集していた。なぜ密集していたのかというと、 大陸中央部からこの地域に来るには、たった一つの山脈と山脈の間をとおらなければなら ず、守るには強固だったからである。ただ、外敵から守るのには強固だったが、その内部 ではお互いが食いつぶしていっていたのだから笑えない話である。 そしてそのうちの一つがセミクラだった。軍事力、生産力は共にグラジアより低く、すで にグラジアによって占領されて従属化していたのだが、何を思ったか突如襲ってきたので ある。当然のことながら武器も全てグラジア軍に押収されていたため、襲撃というより民 衆の押しかけと言ったほうが正しかった。 そんな民衆とグラジア兵との戦力の差は明らかだった。抵抗空しくセミクラ勢は殺され囚 われていく。戦闘が開始し、早くも収拾のつきそうなとき、突然施設内で大爆発が起こっ た。現在施設内で開発中のものはただ一つで、既存のものはすでに地下に集められていた ところから判断すれば、何が爆発を起こしたかおおよそ見当がつく。そして、それと同時 にセミクラの襲撃は収まった。当然施設内部では騒ぎだったのだが。 そしてその後、セミクラはグラジアによって完全に消滅する事になる。そしてこれを発端 としてグラジアが周辺を完全に統治し始めるのである。 結局ケイン達を含む施設外にいたものは全員生き残り、施設内にいたものは全員死亡。こ れがグラジア兵士の『報告』である。ケインがその場にいたことは、本人には知らされて はいないが、この事件のことは軍に所属していたため良く聞いている。 「この事件は確かに事実だ。お前がいたこと。セミクラが襲ってきた事、兵器が爆発した 事。あの爆発は今でもセミクラによる仕業とも、内通者の仕業とも言われている。 が、爆発の真実を教えてやる。よく聞け。あれはお前の仕業だ、ケイン」 唐突に言ってくるブルックス、いやクライクの言葉の意味がまったくわからないケイン。 突然そんなことを言われれば、どんな聡明な人物でも理解はできないだろう。 「……どういうことだ?」 「お前もまだ五つの時だ。覚えているはずもないだろうな。  覚えていたのなら今でもグラジアにいれるはずがないしな。  そして……俺がグラジアを、いやお前を捨て、逃げた理由がそれだ」 クライクが言った事は、ケインを驚愕させる事になる。 あの時の反乱は確かにすぐに収まった。ろくな武器も持っていない群衆は全く相手になら ないのだから当然である。しかし問題はこの後だった。突如暴れだしたのは、誰でもなく まだ生まれて五年しか経っていないケインだったということなのである。 暴れた、といっても恐怖に泣き、叫び、わめいたわけではない。 突如ケインの体から放たれたいくつもの黒い光。光は縦横無尽に駆け抜け、敵味方関係な く貫く。その光に貫かれた者は肉がそっくりえぐられ、皆生き絶えた。絶望の声を蹴散ら しながら、数多の異形な死体が地を埋め尽くす。生き残った兵士達の心に封印された『光 の暴走』と呼ばれたそれが消え、クライクは見た。ケインの顔を。それは背筋が凍るなど の生易しいものではなかった。心臓を握りつぶされたような感覚に陥る。いや、その時点 で握りつぶされていたのかもしれない。 「な、何をわけのわからない事を……」 ザ、ザザ……。ケインの頭の中に酷く乱れた映像が映る。 「俺も当時は結構な呼び名だったが、正直お前に恐怖を感じた。  まだ生まれて五年しか経ってないお前にな。怯え、震えた。  そして出した結論が逃げ、だった。今までお前の顔を忘れた事はなかったぞ。  当然悪い意味でな。何度うなされ、夜中に目が覚めことか……」 乱れた映像が少しずつ鮮明になっていく。倒れているセミクラの民。そして倒れていくグ ラジア兵。阿鼻叫喚の光景がケインの頭に映し出される。 「わ、わけのわからない事を言うな! 俺がそんなことをしただと?  お前が勝手に作り出した話に付き合っている暇はない!」 映像を吹き飛ばすかのように、興奮したように叫ぶケイン。嘘だ、といいつつも、なぜか 不安に掻き立てられる。いまだに乱れる映像の中、何かが蠢いている。それが何なのかは ケイン自身わからない。 「……まあいい。お前がそういうなら、、、さっさと相手になってやるさ」 ギシ、と玉座が軋む。クライクは五十歳となるというのに、まったく衰えの見えない体を している。重そうな鎧の下からわずかに見える肉体は引き締まっている。おそらく鎧の下 はそれ以上に引き締まった筋肉があるだろう。腕は女性の太腿並にあり、大黒柱と表現で きる両足。そして身長もケインより高いこともあって、ケインにはクライクが自分の三倍 の大きさにも感じた。 「本来なら子を捨てた罪滅ぼしのために命くらい差し出してもいいんだろうが………。  いくら傀儡とはいえ、俺はこの国の王だ。だまって斬られるわけにはいかないんでな」 そういうと無防備にもケインに背を向けるが、ケインはその後姿に動けずにいた。先ほど の影響もあり、クライクの強さを肌で知ったせいで、動けなくなっていた。 「全くとんだ腑抜けだな。今から殺そうと思っている奴を目の前にして足がすくむなどと。  今の機会は最初で最後だった。これでお前が勝つことは皆無になったな」 振り向いたクライクの手には二メートルはあろうかという巨大なバスタードソードが握ら れていた。振り向くと同時に鞘から抜いている。刀身はまるで大量の血が張り付いてるか のようにどす黒く光っていた。 「武器がなければくれてやる。そのあたりに散らばっているものを選べ。  心配せずとも後ろから切りかかったりしない」 ケインは動かない。動いたかと思うと、ケインは腰に取り付けていた五十センチ程度のシ ョートソード二本を取り出した。ケインが常に持ち歩いている唯一の武器だった。 「俺が『父親』から学んだのは、銃とこれの扱い方だけだ」 ケインのいう父親はクライクのことではなく、カリス・サクリファイスのことだ。クライ クがいなくなってから十五年の間、カリスは常にケインの父親でありつづけた。ケインは、 カリス本人に対しては何も言わないが、ケインの言葉がそれを物語っている。 ケインは片方を順手に、もう片方を逆手に持ち、それを交差して構えた。 「そうか。あいつは立派な父親になってくれたか……」 ケインの耳にも届かないくらいの声でクライクは呟く。 カリスはケインに言っていないが、ケインの面倒をカリスに頼んだのはクライクだった。 グラジアを…いやケインの元を去ると決めたとき、その事をカリスにだけクライクは話し ていた。おそらくクライクが父親としてできるたった一つのことだったに違いない。 「ならば……父親から受け継いだその力でこの俺に見せてみろ!」 ---レード最下層コントロールルーム--- レードの開発施設もグラジアと同じく地下にできている。しかし地下に施設を作ったのは レードが一番早かった。砂漠地帯にその足を下ろしているレードだが、この周辺の地盤は 非常に固く崩れにくいため、いざとなれば地下に篭り戦うこともできる。そしてその最下 層にあるのが、レードの全てをつかさどるこのコントロールルームなのである。 レードは城下町を含め、電気系統を一括して制御している。外壁門の開閉や各通路の照明、 各家庭への電力供給にいたるまで。当然頂上に現れたリバース砲も然りだ。 現在ケイン達が城内に侵入して十五分を過ぎた。リバース砲発射予想時間は刻一刻と迫っ てきている。 だが思ったよりも楽にコントロールルームにたどり着けた。予定では到着が早いか、発射 が早いかのどちらかだった。だが彼らにとって、これからが本当に一番重要なところだ。 フェンリースは目の前に広がるコントロールパネルを見て回る。足を止めてはモニタを見 る。幾度か繰り返し、ある席に座った。 「リース、本当にここで何とかなるのか?」 コントロールパネルの席に座るフェンリースの後ろからレヴァルスが声をかける。レヴァ ルスはもっぱら戦闘のためについてきた。コンピュータの知識はあるにはあるのだが、そ こまで詳しくはない。この場で頼りになるのは、フェンリースと連れてきた彼の部下達だ けだった。 「たぶんね。レードの操作系統は全てここに集結してるはずだから、システムをシャット  ダウンすればリバース砲は停止するはず。レヴァルスとファシーは邪魔がこないように  見張ってて。他のみんなは私のサポートお願い」 「いや、それだけじゃだめだ」 ドアが開くと同時に、突然後ろから声がし、驚いて皆が振り返る。レヴァルスに至っては すでに戦闘体勢に入っていて、今にも襲い掛かりそうだった。しかし声の主は、彼の想像 していたような相手ではなく、見知った顔だった。 (……全く気配を感じさせなかった) レヴァルスの強さはファシーより強い、というようなレベルではない。たとえ一人で衛兵 二十人に囲まれても、てこずることなく打破できるほどの持ち主である。そして何が起き ても俊敏に動けるように、常に周囲に気をめぐらせている。その範囲内に少しでも何かあ れば即察知し、行動する準備はできていた。だが、そのレヴァルスがカリスに全く気がつ かなかったのである。しかしレヴァルスはほとんど動揺していなかった。『もし無言で襲 われていたら』を考えると恐ろしかったが、『現実』は違ったのだから。そして動揺以上 に好奇心…いわゆる手合わせしてみたい、という感情が多かった。レヴァルスがこう思え る相手は今ではいるかどうかすら怪しいほどだ。 しかし状況が状況なだけに、さすがに今言うわけにはいかなかった。 「カリス、遅かったわね。で、それだけじゃだめってどういうこと?」 「お前ほどの者がエーテルの本質を知らないわけないだろう。ただシステムを停止させる  だけじゃ解決にはならん。むしろ悪化するだけだ」 「どうして。システムを停止させればリバース砲は起動しなくなる。それじゃだめなの?」 「ああ。まだ起動し始めなら問題はない。だが、今の濃縮された状態が危険だ」 本来エーテルは、生物の済んでいる『物質界』の壁をはさんだ次元の『エーテル界』に存 在するものである。エーテル界には生物は存在することはできず、エーテルという物質で のみ埋め尽くされている。たまにエーテルが強烈に収縮し、その内部エネルギーが爆発す ることによって次元を湾曲し、物質界に入り込んでくるのだが、エーテルが物質界に存在 するためには、何らかの物質…水や風、火などに変化してしまう。なぜなら、エーテル界 にはエーテルのみ存在できないのと同様に、物質界には物質しか存在できないからである。 ……というのがとある研究機関の定説である。 「エーテルが少量ならすぐ何かに変化するだろうが、あれだけ大量に濃縮されてしまった  状態だと、ほんのわずかでも変化を行えばどうなるか……お前だったら分かるだろう」 「………なるほど。連鎖的に物質に変化したとき、巨大な余波が出るわけね」 「ああ。あれだけ濃いと余波も相当なもんだ。だから停止させるだけじゃダメだ」 「じゃあどうすればいいのよ! 時間はもうないのよ?」 「リース、少しは落ち着け」 気を立てるフェンリースをレヴァルスがなだめる。 「カリス殿。あなたにはすでに方法が浮かんでいるんだろう。我等にできることがあれば  なんでもしよう」 「物分りが良くて助かる。が、殿なんてガラじゃない。呼び捨てでかまわんよ。まあこっ  ちも呼び捨てるけどな。  んで……クルーを五人とも借りようか。リース、当然お前もな。レヴァルスとファシー  はリースのいった通り一応外敵に注意してくれ」 「わかったわ。で、何をすればいいの?」 ---レード最上階 国王の間--- 「はぁっ!」 クライクはバスタードソードを振り下ろす。それをケインは二本のショートソードで受け 流す。そして同時に素早く懐にもぐりこもうとしたが、それを上回る速度で腹を目掛けて クライクのバスタードソードが襲ってくる。寸前のところで大きく後方にジャンプしてな んとかそれをかわす。 クライクの手にしているバスタードソードはおそらく20kgはあるだろう。それを軽々操っ ているとなればなかなか入り込めない。それどころか、心を外して受け流してはいるが、 それでも両腕が痺れる。一歩間違えれば一撃で黄泉路へ送られるだろう。ケインに冷たい 汗が流れる。 体を左右に揺らしながら、再びケインは走る。これでは振り下ろしでは目標を定められな いと瞬時に悟ったクライクは、バスタードソードを水平に構えなおし、真一文字に振りぬ く。ケインもそれは予想済みで、限界までかがむ。被っていたケインの帽子が切り飛ぶ。 もう少し腰の位置が高ければ頭を切られていただろう。 しかしケインは恐れることなく、バスタードソードが吹きぬけたと同時にクライクに飛び かかった。すぐに返しの刃が襲ってきたが、芯をずらし受け止め、片手で受け流す。そし てもう片方のショートソードでクライクの首をすれ違いざまに凪いだ。 クライクの首から真っ赤な鮮血がわずかに飛び散る。しかしクライクも並みの実力ではな かった。バスタードソードを受け流されたと同時に、反動で体をずらし、さらに上体をひ ねり皮一枚を切らせるに留めた。 「なるほど。なかなかの動きだ。いい師に恵まれたな」 「おかげさんでな。何度か死にそうになったさ」 クライクは首から血が首を伝うが、それほど気にしていないようである。おそらくケイン の動きが想定範囲内だったのだろう。それに引き換えケインは汗が引かない。今のが限界 に近い動きだったからだ。 「こないからこっちから行こうか」 ケインの頭上から、ものすごい勢いでバスタードソードが降りてくる。ケインはそれを受 け流そうとせず右に大きく跳んでかわす。バスタードソードは床に切り込むほどの勢いを 持っていたが、床に食い込むことなく、ケインに吸い付くように軌道を変え、着地したケ インを襲う。しかしこれを今度は両手に持った二本のショートソードで受け止める。軌道 が変わった時、振りぬく速度が半分以下に落ちたとはいえ、その重量からケインの体は弾 け飛ぶ。だがケインも宙を舞うように床に下りた。おそらく自分から後方に飛び、衝撃を 流したのだろう。 「どうした。いくら蛙が跳んでも柳の枝には届かんぞ」 「雨が止むまでには届くだろ」 ケインが予想した以上にクライクは強かった。持っているバスタードソードも、まるで木 の枝のように扱う。あわよくば隙を見つけ、潜りこもうと思っていたが、それは困難と感 じた。 (全く隙がない。まさかこれだけの化け物だったとはな) ケインは内心舌打ちをする。クライクの攻撃範囲内に入れば容赦なく襲ってくる。その範 囲も自分の倍以上ある。相手の五手以上の先を読まなければかすり傷すら負わせない。い や、裏を読んだとしても自分も傷がつく事を恐れていては致命傷は与えられない。無傷で 負わせた傷も皮一枚傷つけれるだけだ。 それだけ力量と戦闘の経験に差がつき過ぎていた。 「もう疲れたか? ……そうだな、休憩を兼ねてこの剣の話をしてやろう」 ケインの心情を察してか、クライクは大剣を床に突き刺す。余裕の表れか油断なのかは分 からないが。 「ゴッドブレイカーがこの剣の名だ。お前も名前くらいは知ってるだろう」 クライクの言うとおり、ケインも聞いたことがある。 斬神刀ゴッドブレイカー。俗に言う伝説のなんとやら。世間では伝説モノは数多くあるが、 これは妖刀九字白銀と並んでその知名度は非常に高い。持ち主の意思に総じて切れ味が増 すといわれているが、その意思の制御が難しいらしく、制御に失敗すれば使用者の精神は 刀身へ吸い込まれるとも言われている。 その昔、人間の創造主の悪行に耐えれなくなった鍛冶屋が、自らの意思を刀身に叩き込ん だ。そしてこれを息子に預け、その手により創造主を殺し、支配を脱したという。 「おそらくその気になれば神という存在すら断ち切れるんだろうな。それだけの獲物だ。  だが俺はそんなものに興味はない。俺が本当に断ち切りたいのは俺自身の弱さだからな」 クライクの声は冷静を装いつつも、苦渋の感が読み取れた。 「あの日、俺は自分の本当の強さを知った。そんなときだ。ロキに出会ったのは……」 ケインの顔が一瞬険しくなる。 「……ロキ・ファラウのことか?」 「ああ、あいつは俺に言った。弱いと感じたなら強くなればいい。それを知って初めて本  当の強さを手にいれられるのだ、とな。全くその通りだ。恥ずかしい話だが昨日までは  お前を恐れていた。そして今日、お前たちがやってきたとき、妙に待ち焦がれた。始め  はまだ俺に子を思う気持ちがあったのか、と思った。だが本当は違う。この手でお前を  殺せば、俺は本当の強さを得られるからな」 殺気にも似た静寂が部屋を埋め尽くす。 「………短い話だったが落ち着いただろう。続きだ」 クライクは床に突き刺していたゴッドブレイカーを引き抜く。構えてはいないが今にも襲 い掛かってきそうな気概だ。 「……なるほどな」 ケインは目の前のクライクを見て呟いた。この男は化け物じゃない。見掛けはどうだろう と自分と同じく悩み、喘ぎ苦しんでいる。しかもその原因は自分にある。ならばこの男の 呪縛を解くのは自分だ。そして、それと同時に今自分がここにいる理由をケインは思い出 した。 「正直オレはお前が言うようなことをしたのかはわからない。だからそれに対してはどう  にもできない。それで全ての気が済み、終わるのならばここで斬られても構わない。 だが、オレが今ここにいるのはオレ個人のためじゃない。オレはレードの支配や業を切 り離したい人々の意思だ。お前たちはこれ以上ないほどやりすぎた」 ケインの脳裏に、自分を庇って死んでいったロバンス達や、ファシーの姿が浮かんだ。 「だから、オレは命を賭してお前を殺す!」 (カリス、お前との約束を破る………) ケインは二本のショートソードを構える。さっきまでとは違い、全身に殺意をまとってい る。それは、人の感情の全てを殺意の一つに纏めあげたモノだった。大陸ではそのような 気配を持つものをアサシンと呼ぶ。アサシンは子供の頃からの執拗なまでの訓練によりな れる。逆にいえばそれだけの時間を費やさなければこうなれるものではない。 「たかが十年でそこまでできるとは大したもんだ」 「………」 ケインは顔色一つ変えずクライクを凝視する。クライクはその目を睨み返し、腰を低くし てゴッドブレイカーを右肩に担ぐように構える。 ケインが八歳で始めて軍に入隊したときからアサシンの養成所に入っていた。養成所への 入隊を勧めたのはカリス自身なのだが、ある事情により現在の発掘屋になったとき、アサ シンで身につけた精神制御や武器の扱いは一切使わせないように言い聞かせていた。 そしてこれまでの十二年間ずっとそれは守りつづけていたが、そのままではクライクに太 刀打ちできないと悟ったケインは、はじめてその約束を破る決意をした。 ふいにケインが走るっ! ケインは真っ直ぐクライクに向かわず、軌道を不規則に、高速 で変えながら距離を縮めていく。クライクはその動きをただの牽制だと思っているのか、 余裕を見せているのかはわからないが、まったく動じずに構えを崩さない。ケインも何も 反応を見せないクライクに焦れたのか、突然正面からクライクに飛び掛る。 それを待ってた、といわんばかりにクライクの肩に乗っていたゴッドブレイカーが空気を 裂き、襲い掛かる。 クライクは、今度はケインが屈んでかわす事を思慮に入れている。いつでも刀身の軌道変 更ができるように気を張っている。そんな中、ケインは向かってくる刃に吸い付くように 方向を変えた。クライクは虚をつかれるが、それも一瞬の事だ。 ケインは二本のショートソードでゴッドブレイカーを受け止めにかかる。質量、速度、力 から考えて受け止めるのはケインにもわかるだろうが、それをやろうとしていた。しかし 誰もしていない期待を裏切るように、案の定二本のうち、左の一本は負荷に耐えれずあっ さりと砕けた。クライクも『勝った』。そう思った。 この一瞬、それがこの戦いの中で見せた唯一の油断だった事に気づいたのは、自分の胸板 に一本のショートソードが突き刺さってからだった。 続け!´・ω・`