望遠鏡の選び方
まえおき


 職業柄、「天体望遠鏡を買おうかと思うんだけど、どういうのがいいだろう」とときどき相談されます。その度にもっともらしいことを答えつつ、実は自分で買ったことがなかった私なのでした。
 先日、やっと自分の天体望遠鏡を買ったのを機会に、その「もっともらしいこと」を書いてみることにしました。
 ひとくちに天文趣味といってもいろいろなスタイルがあります。相談する相手の好みや経歴によって得られる答えは違ってくると思いますので、これから書くことはひとつの参考意見として受け取っていただくとよかろうと思います。
まず、先立つ物


 天体望遠鏡にもピンからキリまであります。一式なんびゃくまんえんの高級品を初心者が持っても「猫に小判」ですが、あんまりチャチなものを手にしたせいで、せっかく芽生えかけた興味が萎えてしまうのも困ります。天体望遠鏡専門店(「天文趣味の雑誌に広告が出ています)での実売価格で8万円〜15万円ぐらいのものをお薦めします。この価格帯では「ビクセン」「ミザール」の2社が評判がよいようです。
 そんなにお金かけるほど気合い入ってないよ、という人には、むしろ双眼鏡をお薦めします。(双眼鏡についてはこのページの下の方に書いてあります)

首から下


 筒の前に、筒を載せる台について。
 小型望遠鏡の場合、地面に三脚を立て、赤道儀または経緯台と呼ばれる装置をはさんで鏡筒(望遠鏡本体)を載せることになります。鏡筒は安物でもそれなりに見えますが、台がグニャグニャだと何も見えません。しっかりしたものを選びましょう。
 十分な強度があるかどうか、また真面目に作ってあるかは機械モノを見慣れているとパッと見た印象で大体わかるのですが、同じような大きさの高級品と比べて明らかに小さかったり細かったりするものは強度不足の可能性が強いです。
 また、安物はプラスチックを使っていますが、プラスチックでは必要な強度・剛性が出せません(エンジニアリングプラスチック(エンプラ)と呼ばれる特殊素材で強度の大きいモノがありますが、高価なため安物がエンプラを使っていることはあり得ません)。「ちゃんとした物」はアルミ鋳物です。高級品になると鉄鋳物になります。

 経緯台と赤道儀では、赤道儀を断然お薦めします。
 「経緯台」は、地面と平行および垂直方向に望遠鏡を動かす方式で、シロウトにもわかりやすいのですが、日周運動で視野から出て行く(ものすごいスピードです)対象を追いかけるのは至難です。「赤道儀」は望遠鏡の回転軸を地球の自転軸と向きをあわせた方式で、望遠鏡を設置したり目的の天体を導入するのは慣れないと難しい代わり、一旦捕まえたものを追いかけるのは簡単です。
屈折式と反射式


 鏡筒には大きく分けて、レンズで光を集める「屈折式」と、鏡で光を集める「反射式」があります。一長一短ありますが、決定的な長所・短所ではないのでどちらでもよいでしょう。
 反射式の大きな長所は接眼部(覗き口)が横についているため、鏡筒をぐるりと回すことで接眼部の向きや高さがかなり自由に変えられることでしょう。特に天頂付近の対象を見るとき、屈折式ではかなり苦しい姿勢になります。
 屈折式の最大の長所は上下左右がわかりやすいことだと思います。望遠鏡は顕微鏡同様に上下左右が逆になります。これだけでも初めのうちはややこしいのですが、さらに横から覗く反射式となるとどちらが上やら下やら…。慣れてしまえばなんてことないんだそうですけど。
 他には
・粗雑な扱いをすると反射式は組付けが狂いやすいが、屈折式は結構平気
・鏡の反射率はガラスの透過率より低いので、同じ口径なら屈折式の方が若干明るい
・口径が大きくなると屈折式は加速度的に重く、また高価になるが、反射式はそうでもない
・屈折式はレンズの周辺部がプリズムになって色がにじむ。反射式はそれがない反面、周辺部の像が歪んでしまう
 などの違いがありますが、前述のとおり、重大な長所・短所ではありません。値段が同じなら見え具合も同じと考えておいてよいと思います。
口径


 後述のとおり、倍率は接眼レンズの交換で変えることができます。しかし、倍率を大きくすると光が薄まってしまい、見づらくなってきます。そこで、集光力が望遠鏡の性能として重要になります。
 口径が大きいほどたくさんの光を集めることができます。望遠鏡のカタログを見ると計算上(理論上)の集光力や限界光度が出ていますが、経験的に言われている数字として「50mmあたり100倍」というのがあります。つまり「口径50mmの望遠鏡なら100倍以上の倍率では見づらくなる。100mmなら200倍ぐらいまで大丈夫」ということです。
 ただし、当然ながら大きな物は重くなります。鏡筒だけでなく、それを支える架台も重く丈夫なものが必要になりますから、持ち運びに苦労することになります。また、値段も高くなります。
倍率・焦点距離


 前述のとおり、接眼レンズを交換することで倍率が変えられます。とりあえず、暗い天体用の20倍〜40倍程度、惑星用に100倍〜200倍程度の接眼レンズがあるとよいようです。(倍率を上げると像は暗くなります。また、恒星はどんなに倍率を上げても「点」にしか見えません)
 望遠鏡の倍率は、「対物レンズの焦点距離÷接眼レンズの焦点距離」で決まります。対物レンズの焦点距離が1000mmの場合、焦点距離20mmの接眼レンズでは50倍、5mmでは200倍になります。焦点距離の短い接眼レンズは目をうんと近づけないと見えない(「アイポイントが低い」という)ものが多いため、観察に苦労することになります。高倍率での観察には、ある程度焦点距離が長い望遠鏡が向いていることになります。もちろん、寸法は大きくなります。
 いくらか高価になりますが、焦点距離5mmぐらいでも、アイポイント15mmとか20mmという接眼レンズも売られており、このような物を使うと楽に観察できます。また、見かけ視野が60°とか80°という広視野のものも見やすくて快適です。
 接眼レンズは太さの規格が何種類かありますが、規格があえばどこのメーカーの物とも組み合わせて使うことができます。
色消しの苦労


 屈折型特有の問題なのですが、焦点距離が短いほどプリズム効果が強く出てしまい、色ズレが問題になります。異なる素材で作った何枚かのレンズを組み合わせて対策をするのですが、凝った設計や、高価な素材を使った物は当然高価になります。「アクロマート」と呼ばれるような、安価な素材で凝らない設計の場合、口径比(焦点距離÷口径)が10以上ないと色ズレが問題になるようです。
 色ズレ対策の凝った設計をしたものは「アクロマート」と呼ばれます。カタログに出てくる「ED」「SD」「フローライト」という言葉はアポクロマート望遠鏡に使われるレンズ素材の名前です。アポクロマートの場合は口径比7とか8に収めたコンパクトな設計が可能になります。
 反射式の場合も焦点距離が長い方が周辺部のゆがみが少なくなります。また、色消し設計に凝る必要はありませんが、鏡の研磨の精度についてはレンズよりも厳しいそうで、結局「屈折式も反射式も同じ値段なら同じ見え方」になってしまうようです。
カセグレン式望遠鏡


 数年まえから、日本では無名だった「ミード」「セレストロン」の米国2社がこの方式の製品で急速に伸してきました。
 基本的には反射式ですが、横ではなく後ろから覗くようになっているため、同じ口径・焦点距離の普通の反射式望遠鏡(横から覗くもの。「ニュートン式」という)よりもコンパクトになります。この特徴を生かした大口径の製品が多く、「シュミット・カセグレン式」(市販品に多い)ではレンズを組み合わせて反射式特有のゆがみを修正しているため、非常にきれいに見えます。
搦め手


 「裏技」的製品をふたつ紹介しておきます。
 一つはミードの「DS」シリーズ。経緯台とコンピューター制御の電動を組み合わせて自動導入・自動追尾をやってしまうシロモノです。実売価格は3万円前後です。値段が安いのは、アクロマートの細くて長い筒(「長い」というところに良心を感じます)、工作の簡単な経緯台を使っているせいでしょう。
 経緯台特有の「追尾ができない」という欠点はないのですが、あまりお薦めしたくありません。これから天文趣味に首を突っ込もうかという人には、「日周運動で逃げる天体の速さ」を一度は実感して欲しいと思うのです。
 二つ目は、トミーの「ボーグ」シリーズ。プラスチック製ですが、高級「感」を度外視した思い切りのよい設計、経験豊富なプラ成形(なにしろ玩具の専門メーカーです)で「安い割にはちゃんと見える」と評価されています。最小限の機能を持たせた簡易赤道儀と組み合わせて6万円前後からの値段です。
 ボーグシリーズには金属鏡筒やEDレンズの製品もあり、そちらは他社の製品と同列に評価されています。プラ製は1ランク下がるようです。積極的にお薦めするのは躊躇しますが、かといって「よしなさい」とも言いがたい製品です。
双眼鏡


 望遠鏡を買ってもどれだけ使うか…。そんなモノに何万円もかけるのも…。というような場合は、双眼鏡をお薦めします。双眼鏡とカメラ用三脚、三脚用双眼鏡アダプターの組み合わせなら3万円で十分使い物になるものが揃います。
 双眼鏡の性能は「7×50」のようにあらわしますが、×の前の数字が倍率、後ろの数字が口径です。天文用がメインとして選ぶ場合、7倍〜8倍で40〜50mm程度の物をお薦めします。
 天文用としては集光力の大きな大口径のモノがよいのですが、昼間の使用も含め、三脚に固定しないで使う場合もあることを考えると、あまり大きな物は使いづらいでしょう。
 倍率が高いと像が暗くなり、また視野が狭くなるためぶれが気になります。7×50程度でも木星の衛星が見えます。また、アンドロメダ銀河などは肉眼の何倍もよく見えます。

写真を撮る?


 いやー、そんなことは考えない方がよいです。^^;;
 天体写真の取り方にはふたつありまして、一つは「固定撮影」。三脚にカメラを固定し、シャッターを開けっ放しにする方法。これなら簡単です。バルブ(シャッター開けっ放し)ができるカメラさえあればできますが、星は動いてしまいまうため、星がきれいに写った写真にはなりません。(作例・5分露光)
 もうひとつは星を追いかけてカメラを動かす「ガイド撮影」です。カメラに並べて取り付けた望遠鏡を覗きながら動かすのですが、かなりの体力と根性を必要とします。もしくは自動追尾ができる高価な機械を買うか。いずれにせよ、よっぽど好きな人じゃないとできません。

自分のスタイル


 前述のとおり、天文趣味にもいろんなスタイルがあります。ボーっと眺めるのが好きな人(私だ!)、望遠鏡で珍しいものを見るのが好きな人、写真を撮る人、などなど。大きな買い物をするのは、自分の好みがわかってからでもいいかもしれません。何度か星を見に行くうちに、欲しいものが決まってくるでしょう。それまでは他の人の機材を見せてもらえば不自由は感じないと思います。道具自慢の見せたがりの人が多いですから。(彼らの趣味の邪魔をしないように気をつけてあげてください)
 身近にそういう人が見あたらない場合には、自治体や博物館、天文台などの主催の会があるはずですから、そういう機会を利用する方法があります。たとえば三鷹(最寄り駅は西調布)の国立天文台でもやっています。