逍遥環へ
七曜荘細見へ
ポーンポンッポンッ!
パパァーーン!

掠れたような祭りを知らせる空砲。
はしゃぐ子供の声と嗜める母親らしき声が路地に響く。
水溜りを踏む音も何処か軽やかに聞こえ、町自体が華やいだ雰囲気に包まれ始めていた。

朝から降り続いた雨が嘘の様に晴れ上がり、細く開けられた障子から夕焼けが畳を染め始めている。
その細い光が段々と伸びていく様を眺めながら團蔵は白髪混じりの頭をガシガシと掻き、
手に持った煙管をもてあそんでいた。

「なぁ團蔵…ホントにお祭り行かないの?」
肩越しに振り返るとすっかり身支度を終えた螢兎が佇んでいる。
彼女には珍しくいつもの黒い装束ではなくクリーム色のワンピースを着ていた。
たぶん眞生が作ったのだろう、
柔らかな色合いのワンピースに夕焼けが映り、淡い朱の色に染まっている。
まるで揺らぐ金魚の様だと煙管に火をつけながら團蔵は彼女に見えない様に口元に微笑を浮かべた。

「ああ。俺ぁ今日はそんな気分じゃねぇからよ。
東雲と二人で行ってきたらいいじゃねぇか、な?」

「でも夕飯どうすンのさ?たぶんドコもやってないよ?
お祭りだったら屋台とかあるしさ、行こうよぉ」

ぷうーっと頬をふくらませている螢兎に背を向けたまま團蔵は煙をふかすと、
「…お邪魔虫にゃなりたかねぇからよ」
と、つぶやいた。

「ん?なに?」と、聞き返す螢兎にバツが悪いというように團蔵は鼻の頭を掻きながら、
「なんでもねぇ。夕飯は適当に食うから気にすンな。ゆっくり祭り見物してきな」
と、煙管を煙草盆に打ちつけた。

ガラリ、と玄関が開く音がして東雲の二人を呼ぶ声がする。
團蔵は立ち上がると煙草盆を取り上げ、懐から財布を取り出し螢兎に放り渡すと
「俺の分も賽巻投げて来てくれ」と言い置き、仕事部屋に入っていった。

玄関先で二人の話し声がする。
心なしか東雲の声が弾んでいるような気がするのは
自分の考え過ぎではないだろうと團蔵は苦笑した。

「じゃあ團蔵行ってくる!お土産買ってくるから」
「おう。気ィつけてナ!東雲、螢兎を頼んだゾ」
「はいっ!じゃあ師匠行ってきまーっス♪」

「…ふン。」
玄関先から叫ぶ螢兎を送り出してやりながら團蔵は、
少し東雲に釘を刺してやれば良かったか、などと考えている自分を少し笑った。

ぱしゃん…と戸が閉まる音が聞こえる。
楽しげな話し声が遠ざかってゆくのを確かめると
仕事部屋の戸を閉めドカリと畳に胡座を掻いた。

煙草盆を引き寄せて煙管に火を灯す。
ぽぅ…とちいさな朱色が揺らめく。
流れてゆく煙を目で追うと、窓の外には夜の色が滲み出していた。
吸わぬままの煙管を煙草盆に打ち付けると團蔵はゴロリ、と寝そべる。
見上げれば空には煙よりも淡く細い弓月。
遠くから微かに祭囃子が聞こえてきた。

火のついていない煙管を咥え無意識に溜息をつく自分に気付き
今日の酒は酔いが早くまわるのだろう、と團蔵はまた小さく溜息を付いた。
銀煙管