弐ノ夢
四角い部屋にいる

出入り口も窓も無い部屋の中央には
分厚く蒼いガラス製のテーブルと
二客の古ぼけた木製の椅子が向き合って設えてあり
一つには私が
もう一つには
眼鏡を掛けた白衣の男が座っている

四辺の壁と天井は全て様々な濃淡の緑色で彩られており
時折入り込む光がゆらゆらと
よく磨かれた石畳の床と私達に
柔らかなグラデーションを落としていた

壁をよく見ると様々な海藻で出来ているようだ
ヒタリと両手を添わせるとしっとりと濡れていた
しばらくすると袖にまで染み込み
肘の辺りまで透明な液体が伝ってくるのを感じた
なんともひんやりとして気持ちが良い

私は髪が濡れるのもかまわずに
壁に額をつけてみた
潮の香りがする…
冷ややかな液体が額を伝って胸元を濡らす
…気持ちが良い
なんと言えば良いのだろうか
静かな快楽…そんな感じだ

しばらくそうしていると
きいぃ…んと前頭葉が痛んだ

指を口に含む
ああ…
なんて…なんて…
濃く深い潮の味がするんだろう
そういえば時折
ごぼり…と水音がしていたような気もした

「さぁ、早く此方に戻って来なさい。仕事はまだ終わってはいない」

白衣の男が呼ぶのが聞こえる
振り向くと男が笑っていた

私は白いワンピースの胸元で手を拭い
椅子に座りなおしてテーブルの上に置かれている物に目をやった

いつの間にかテーブルの上に
蓋の開けられた8つの懐中時計
ばら撒かれたような細々とした部品
そして様々な工具類が置かれていた

(足元にも秒針やら文字盤やらが散乱している)

男の右手側にはたくさんの引出しがついた
小さな薬箪笥か置かれており
アルファベットやら漢数字やら
意味のわからぬ記号などが書かれているのが見えた

私は直径3センチ程の女物の懐中時計を手に取り
さっそく作業に取りかかる

ソレは親指の先ほどの銀色のケースで
蓋の部分には柔らかな色のエナメルで赤や青の矢車草が描かれている
竜頭にはハイカボッションの蒼いサファイアが留められており
風防は薄いサファイアクリスタル製のようだった

ほっそりしたブルースチールの針が良く似合う
ローマ数字の白い琺瑯引きの文字盤
12時の方向に小さなピンクのスターサファイアを嵌め込む
丸くカボッションカットされたソレは
硬質的な輝きというよりも
とろりとした蓮の花のような柔らかい輝きを放っていた

爪の先ほどの歯車だの発条だのを嵌め込んでゆく
濃紺地に金色のムーンフェイズ
所々に銀色の星が散らされている物だ
ソレを柔らかい鹿皮でやさしく磨き嵌め込む
軸受けのルビーがチラチラと輝き本当に美しい
金属と鉱物はなんと相性が良いのだろう

ほぼ組み立てを終えた私は
最後の歯車を組み込もうと手元の部品を漁ってみた
しかし…

大き過ぎる物
小さ過ぎる物
厚過ぎる物
薄過ぎる物
大きさ厚さは申し分ない程ぴったりでも端が割れている物…

こんなにもたくさんの歯車があるにも関わらず
如何にも見合う物が見つからない
どんなに沢山の歯車が有っても
最後の歯車が無い事にはこの時計は完成しないのだ

私は男に最後の歯車が見つからないと訴えた
如何すれば…如何すれば…

すると男は薬箪笥の中から
様々な大きさの板のような物を取り出し
私の前にザラザラと落とした

それは魚の鱗だった

白っぽい半透明の鱗や
うす桃色の鱗や
真っ黒な鱗…

中には貝殻や骨なども混じっている様で
触れる度にシャラシャラと音を立てて崩れていった

「最後の一つは金属ではいけない。
生を閉じたモノに新たに生を与えたモノでなければ時を刻むに相応しくない」

男は山の様に積まれた鱗の一つを摘み取ると
白衣のポケットから小刀を取り出し
さりさりと歯車を作り始めた

乳白色の鱗は私にはあまりにも脆く感じられ
金属と触れ合うことで
ソレが壊れてしまうのではないかと酷く心配になってしまった

それを男にたずねようかと迷っていると
男はニヤリと笑いながら

「侮り過ぎるところがキミの悪い所だ。
キミが思っているよりも彼等は強い。時に金属など凌駕するほどに」

それでも小刀などで削れてゆく鱗をみていると
とても不安で仕方がなかった

男は削り終えた歯車を
私が組み立てた懐中時計へと嵌め込み
テンプなどへ注油をして裏蓋を閉じた

男は愛おしそうに時計を一撫ですると
私にソレを手渡して言った

「さぁ発条を巻きなさい。コレは貴方の時計だ」

私は恐る恐る竜頭を巻き指を離す

かちっ!
チッチッチッチッ…

微かな音をたてて発条が時を刻み始めた
先ほどの歯車も無事に機能しているようだ
時計に耳を寄せてみると
しゃっしゃっしゃっしゃっ…という
ガンギ車の正確な音が聞こえた

時計の時を刻む音はどこか心音に似ているような気がする

「見なさい。時が逢う」

蓋を開ける
文字盤を見る
12時のところに長針に短針が寄り添う様に有る

そして…

チッ…

赤い…

チッ…

秒針が…

チッ…

長針と…

チッ…

短針に…

かちん!

…重なった。

てぃーんてぃーんてぃーん…

部屋中に時報を響かせ始めた途端壁が破れ
ごおぉぉぉ……と唸りを立てて海水が流れ込んで来て
あっという間に私の身体は浮かび上がってしまった

天井まで海水が満たされ空気が一切無くなってしまった部屋
それでもなお勢い良く流れ込む海水に恐怖を感じ
私は必死に男に救いを求めた
男はしっかりと床に足をつけたままだ

白衣を揺らめかせた男は
時計と共に私の両の手を取りぎゅっと力強く握り締めた
男の手は暖かくがっしりと大きく
私は冷たい海水の中でも
不思議と恐怖感は無くなっていくのを感じていた

がぼっごぼぼぼっ…!!

天井が水圧で破れ身体が吸い出されてゆく
しかし男の足は床を離れない
私だけがこの四角い部屋から吸い出されてゆくのだ

「では行きなさい。発条が切れた時にまた逢おう」

男が笑って私の手を離す

外へと勢い良く吸い出されてゆくのを感じる

私の手の中でいつまでも時報は鳴りつづけていた
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