XF−13計画 〜それでも巨鳥は飛んだ〜


天領における気圏・低軌道宇宙両用戦闘機の開発。その成功までには様々な苦難があった。

割り当てられた不吉な数字―――立ち込める暗雲
理解なき嘲笑―――開発する意義とは
突き付けられた難問―――二つのエンジン
武装搭載方式の混乱―――破棄された試作ポッド
思い切った搭載レーダー―――探知距離の優先
そして大空へ、宇宙へ―――皆笑った

三番目の巨鳥。彼女が天空へと舞い上がるまでの軌跡を、ここで追ってみたいと思う。


充実した陸上戦力に比して、十分とは言い難い航空・航宙戦力。オリオンアーム・テラ領域がそのような状況にある中、それは計画された。
基本コンセプトは、大気圏内における空戦と、惑星周辺の低軌道宇宙戦の双方に対応した汎環境戦闘機というものであった。

同種の戦闘機は本機の開発以前に2機種が既にロールアウト済みだった。だが1機種は正式採用に及ばず、量産機は1種のみ。未だ発展途上にある兵器カテゴリーであるとして、さらなる開発が行われることになったのである。

未だ技術的な熟成が進んでおらず、最新技術の導入もある状況がゆえに、その開発には秘匿性が求められた。よって、表向きは単段式宇宙往還機(SSTO)の開発実験機とされることとなった。
そして真の開発計画として与えられた番号は13。XF−13というのが、この鳥に与えられたコードだった。
その不吉さに、元より開発の難航が予想されていた本計画の開発技術者達は当時、より一層の不安に駆られたという。

だが、ある技術者は言った。

「13? 不吉? 大いに結構。相対するものに恐怖を与える翼を創ってやろうじゃないか。実験機でも試験機でもない。十二分に実用に耐える戦闘機をな!」

その言に、開発チームの士気は大いに上がった。この時以降、「実用戦闘機を創る」という言葉がスローガンになった。


計画において、まずは目指すべき方向性が討議された。その主たる論点は、表向きの計画同様、陸上から低軌道宇宙に進出する能力を持たせるか否かであった。
基本コンセプト上、気圏と低軌道双方での活動能力の獲得は元より決まっていた。討議される中、低軌道から気圏への突入能力を持たせることも、容易に重力に捕らわれる恐れのある、低軌道戦闘からの生還を為しえるためにも、決定された。
だが、巨大な出力と燃料を必要とし、機体強度の確保と軽量化の両立など高い技術的ハードルを要する、気圏からの低軌道進出能力までも持たせるべきかについては、議論が分かれた。

「開発・建造コストが嵩みすぎる」「技術的な難度が高すぎる」「その上で実用機を開発するのは無理だ」
「せっかくの汎環境機なんだ、出来うる限りの能力は持たせよう」「軌道まで上がれれば、陸上からの空間迎撃が可能じゃないか」

様々な意見があった。否定する者、肯定する声。
それでも皆、心の中は同じだった。自分たちの手で、最高の機体を作りたい。
最終的には、十分な軌道上での活動時間を確保するためにはマスドライバーや追加ブースターの助けを必要とするものの、追加装備なしで陸上から軌道上に到達し、その後帰還する能力を持たせると決まった。技術者たちの挑戦心がそうさせたのである。

そしてその方向性に合わせ、機体の基本形状も決まった。
翼面荷重の低減、気圏内で超高速飛行する際の抗力極小化、大迎角での低失速性、軌道上からの気圏突入する際の安定性などを実現するために、無尾翼デルタ型を基本に、リフティングボディ形状を取り入れたのである。
また、必要とされる燃料量や機器総量から、全長も30m超クラスとされた。

乗員に関しては、単座とした際には高コストとなる高度な機体自動制御機構が必要とされるため、その緩和のためにメインパイロット1名に加えてコ・パイロット1名も搭乗する複座型が選択された。

こうして未だ朧気ながらも、生み出すべき鳥の形が見え、本格的な開発がスタートした。


開発にはその初期から様々な困難が伴った。
だがその中でも最も苦難となったのは、あるいは人々の視線であったかも知れない。

真の開発計画を知る者からは、すでに実機がロールアウトしている高コスト機を、さらに新規開発する意味があるのかという疑問。SSTO能力を持った実用戦闘機など出来るわけがないという嘲笑。
表向きの計画内容を聞いた者からは、いつ戦争となるかも知れないこのご時世に、何を悠長に民生技術の開発などしているのかという憤慨。

表立って開発チームに伝えられたことは少なかったとは言え、それらの声は自ずと彼らの耳に届いた。

確かに高コストの開発だ。だが技術は継続してこそ実用に足るのだ。
出来るわけがない? 挑戦しなければ永遠に誕生しないじゃないか。
本当は開発しているのは、戦闘機なんだ。それに戦争だけに目を向けていいわけでもないだろう。

開発者たちにも反論はあった。声を大にして言いたかった。
だが秘匿計画ゆえに、それが出来ようはずもない。

密かに涙するものが居た。安酒を煽る夜もあった。
だが、誰1人として辞める者は居なかったという。
彼らは黙々と、ただひたすらにその責務を邁進していったのである。
自分たちが生み出そうしている鳥の、その存在意義を信じて。


技術的に見た場合、もっとも冒険的だったのは搭載エンジンであった。
自力で軌道上まで上がるためには、巨大な推力が必要とされる。だがロケット推進では気圏での運用に適さない。
そこで開発チームは、スクラムジェットエンジンを主軸とした、複合方式を選択した。

超音速の大気を取り入れ、超音速のまま燃焼する。エンジン全体には十二分の耐久性と耐熱性が求められた。また通常のジェット燃料では粘性が高すぎて超音速燃焼に適さないため、推進剤には液体水素が採用された。
この液体水素は単なる燃料としてだけではなく、冷却液兼用とすることで、冷却専用に何らかの液体を搭載することを不要とし、その分燃料搭載量を拡大できた。

だが、スクラムジェットには大きな欠点があった。燃焼の前提として、超音速での大気取入れが必要とされる。それは逆に言えば、超音速で飛行していなければ動作しないということになる。
すなわちそれ単体では、停止状態からの加速はもとより、音速以下の飛行も不可能だったのだ。
それだけではなく、大気の薄い超高高度や、そもそも大気の存在しない低軌道宇宙では稼動しよう筈も無かった。

気圏における停止状態からの加速と音速以下の飛行、真空下における推進。これらを実現するためには、スクラムジェットに加えて別の方式での推進力確保が必須であった。
だが、別方式のエンジンをも搭載すれば、重量増大は避けられない。軽量化を求められた本機において、それは看過しうる問題ではなかった。

技術者たちは悩んだ。
外装式でロケットブースターを付加するか? 否。その程度ではまともな低軌道運用は難しい。
ではロケットエンジンを別途内蔵するか? 否。重くなりすぎる。
提案されては否定されていく数々の試案。解決をもたらしたのは、補助的な業務に当っていた、ある若い整備士の一言だったという。

「燃焼室に酸素ぶち込んだら燃えるんじゃないすか?」

あまりに単純な方法ゆえに、専門技術者の脳裏には欠片も思い浮かばなかった考え。
もし実現できれば、燃焼室から噴射口までは共通化でき、新たに搭載するのは酸素タンクと燃焼室への誘導噴射機構だけで済む。
こうして技術者たちは、一種のロケット推進装置としても使用可能なスクラムジェットエンジンの開発に挑むこととなった。

酸素は搭載量の確保のため液体酸素でなければならず、かつそれを液体水素と混合燃焼した上で、十分な推進力として利用しなければならない。
そして燃焼室はスクラムジェットとロケット、双方への対応が必要である。

ロケット推進にしても、停止状態からの加速、気圏での音速以下の飛行、気圏高高度から低軌道宇宙への進出、真空下での機動。そのすべてを十分に満たすためには、自由な点火と停止、微細な推力調整が必須であった。

また機体全体の軽量化のためには、単発の搭載でそれらの条件を満たすことが望ましい。

その試作は、実に二桁を超えたと言う。
それでも彼らは、その単純でいて技術的挑戦でもあるエンジン開発を、やり遂げた。
結果としてそのエンジンは単発にして、この機体に卓越した高速性を与えた。
それどころか、開発チームは高い運動性をもたらす三次元推力変更ノズルの装備にすら対応して見せたのである。これは空力を利用できない真空下での機動にも寄与することとなった。

そして大きな燃料搭載量と低い空気抵抗を実現するために、液体水素・酸素共に、外装式ではなく機体の一部を為すよう設計された、コンフォーマルタンクに収められることとなった。
元より30mという長大な機体サイズも、燃料等裁量の増大を睨んでのことであったため、最終的には十分に実運用可能な搭載燃料を確保できた。


さて、先に述べたように、この計画は表向きSSTO開発実験機とされた、秘匿計画だった。それゆえ、特に軍事使用と直結する武装の開発に関しては、さらに秘匿性の高い半独立的な開発チームが編成されていた。

だがそこに、本開発チームと武装担当の間での齟齬が発生してしまい、いくつかの悲喜劇があったという。

比較的早期に仕様が決定されたのは、固定武装だった。
空力フェアリングに包まれ、機体に滑らかに融合する、半コンフォーマル方式の武装ポッド。
機体右側には、長い全長を生かして長砲身高初速化した20mm口径の多連砲身回転式機関砲をガンポッドとして搭載。
左側には、空力バランスを適正化するためガンポッドと左右対称形状・位置とした上で、化学レーザー砲を搭載。これには対艦攻撃力を睨んだ高出力長照射(ビーム)モードと、対空・対機動兵器用に命中率を重視した中出力間欠照射(パルス)モードの切り替え能力が付加された。

これら二つの開発には機体形状が密接な影響を及ぼすため、さほどの齟齬もなく完成を見た。
射撃時に目標との衝突コースを取らずに済むよう、両武装ともに機体平面から±3゜の俯仰角が取れる設計とされたのだが、その際の射線計算に多少のごたごたがあった程度であった。

大きな問題となったのは、ミサイルの搭載方式に関してであった。

真空下ではレーザーは十分に効果を発揮する。だが気圏ではそうは行かない。大気に含まれる様々な粒子の影響を受け、霧や雨の中では大きく威力が減衰してしまう。
また推進力を使うことなく空力を利用しての機動が可能な航空機は、概して運動性が高い。また交戦距離も空間戦に比べて短くなる傾向にある。
そしてこの機体は規格外といっても過言ではない速度を誇る。すなわち、通常の気圏戦闘機とは隔絶した目標との相対速度を生ずるということである。

このような状況下で、攻撃力を前述の二種だけに頼るのは厳しいと考えられた。
そこで自然な流れとして、気圏戦闘用に誘導兵器、すなわちミサイルを搭載することとなった。

各種空対空ミサイルに関する専門家が集められ、搭載するミサイルと、その装備機器の開発が進められた。
だが、そこに大きな落とし穴が待っていたのである。

ミサイル開発チームは前述の通り、大気圏内技術の専門家集団だった。当然ながら通常航空機に関する経験が深く、気圏限定使用と指定されたこともあって、その脳裏には機体や主翼の下にミサイルをぶら下げるという航空機一般の搭載方式があった。

超高速がもたらす抗力や衝撃に耐えるには、十分な強度と空力的に優れた形状が必要である。幸い機体にはリフティングボディ形状が取り入れられており、底部はフラットである。それならば高強度空力フェアリングの内部にミサイルを積んで、底部に装着してしまえばいい。
そう考えた彼らは、その通りのミサイルポッドを開発した。

一方で本開発チームは、軌道上から降下し、そのまま気圏戦闘に入るというケースも想定していた。
よってミサイル開発チームが試作ポッドを提示したとき、その搭載方法を説明されて仰天したという。機体底部に装着されては、気圏降下時の摩擦熱に耐えられるはずも無く、また必要な空力適性が崩れてしまうのだから。
だがそう指摘されたミサイル開発陣も驚いた。そんな話は聞いていないと。

そもそも開発条件として、機体底部並びに主翼下への装備を禁じていれば起こらなかったはずの齟齬である。
何ゆえそうしなかったのか。またそれが為されなかったとしても、何ゆえ開発途上で双方が気付かなかったのか。

結局はその秘匿性ゆえの意思疎通不足と両チームの思い込みが招いた悲劇だったのだが、起こるはずのない珍事として人々に記憶されることになってしまった。

当時を振り返って、ある技術者はこう言った。

「今考えても、なんであんなことが起こったのかさっぱり分かりません。まぁ今となっては一生忘れそうにない思い出ですけどね」

当然ながら、試作品は破棄され、その搭載方法は一から検討しなおされることとなった。

幸い搭載ミサイルはそのまま使用できるため、軌道上からの大気圏突入に耐えられる搭載方法が実現できればよい。
今度は先のような間抜な事態を招かないようにと、出来うる限り両チームの連絡を密にして、開発が進められた。

最終的には機首尾線上の機体上面をフラット化し、武装ジョイントを設置、機体とほぼ一体化する形でミサイルポッドを搭載する方式が採用された。

長大な機体に合わせて機首尾線方向に長い形とされたポッドには、2発×4列、計8発のミサイルが収められた。
その搭載が不要な際には、別途開発したフェアリングをジョイントを介して装着することにより、空力バランスを取ることとなった。

この武装ジョイント方式。将来的には他の兵装、例えば偵察用センサーポッドといった機器の搭載余地が生まれることになったのは、怪我の功名と言えるかもしれない。

なお、ミサイル自体は機体の優速がそのまま初速に反映されるため、加速力と推進時間よりも、精密な誘導性能と運動性が重視された。
またある意味高速すぎる機体側から目標を補足し続けるのは困難と予測されたため、ロックオンして発射すればミサイル自体が目標を自立追跡する、所謂撃ちっ放し方式が採用された。

発射実験を見たある人物は、その鋭い機動を「まるで壁に当って弾かれたように曲がる」と評したという。


戦闘機に必須な装備といえば、前述したものの他に、各種レーダーが挙げられる。
安全な航行を確保するための航法レーダーに、周囲を捜索して目標を探知・追跡する索敵レーダー。
これらについても、その開発は難航した。

前述したように、空間戦闘は概して距離スケールが大きくなる傾向にある。また気圏においてスクラムジェットがもたらす超高速性を安全に発揮するためにも、搭載するレーダーは従来の航空機に比して広範囲かつ長距離を観測できなければならなかった。
それだけでなく、低軌道とは言え宇宙空間においては、360゜全方位の状況を把握しなければ航行は難しい。
すなわち、ルックダウン能力どころではない広範な探知性能が必要とされたのである。

だがそれらを十全に為しうるレーダーを開発・製造すれば、高コスト化は避けられない。特に一段上の精密さを要する索敵レーダーにおいては、その問題が顕著に現れる。
実用機の開発を目指した技術者たちにとっては、頭の痛い問題となった。

そこで彼らは、思いきった方策を取った。
昨今では当たり前のように採用されている多目標同時処理能力を最低限度とし、その分の技術的リソースを探知距離に回したのである。
また航法レーダーこそ全周囲探知能力を持たせたものの、索敵レーダーに関しては従来型の戦闘機同様、前方のみを探知範囲とした。その航法レーダーに関しても、前方探知能力が重視されている。

こうして、レーダーについては、高コストではあるものの、なんとか実用的な範疇に収めることに成功した。


他にも挙げようと思えば様々なエピソードがある。
機体の軽量化のため内部構造に対して大胆なまでに採用された樹脂系素材。
耐熱性と強度はもちろん、保守性の確保をも計った機体外装。
航空・航宙能力を十分に発揮するための機体制御システム。
巨体ゆえに難しかった実物大モックアップによる風洞空力実験。
建造・整備・運用コストを下げるための総合的な設計努力。

これらに関しても、様々な逸話があった。
それらの困難を、技術者たちはひとつひとつ乗り越えて、形にしていったのである。


そして、彼らの苦難が報われる時がやってきた。
開発の一応の最後を飾る、総合飛行試験の日である。

いつしか関係者の間でガルーダの愛称で呼ばれるようになった機体には、その名と同じ精悍な神鳥が描かれ、隅々まで磨きぬかれた外装は、美しいとしか言い様がない輝きを放つ。

経験豊かなテストパイロットが操縦桿を握り、冷静なコ・パイロットはどんな小さな異常も見逃すまいと、計器を睨む。
沢山の親たちが鈴なりに見守る中、熟練の航空・航宙管制官に導かれて。
機体は水素と酸素を燃やしてゆっくりと誘導路を前進、発進位置に付いた。

スロットルが全開位置へと動かされ、凄まじい炎を上げて加速する。
数多くの障害を乗り越えた巨鳥は、大空に舞い上がった。
ぐんぐんと大迎角で上昇していく、今や地上からは点としても見えない翼。

「衛星軌道に到達。オールグリーン」

その報告が為された瞬間、皆飛び上がった。狂喜した。

そして無事に自分たちの子が大気圏へと舞い戻り、滑らかに着地したとき、抱き合って笑った。
泣き笑いだった。


かくして、この世界に新たなる友が誕生したのである。

この場を借りて、その開発に関わった全ての人々に、心からの敬意を表したいと思う。


試作機設定文 作成:リバーウィンド@akiharu国