『あのころは』
休み時間にて、琴音が葵やマルチ、親しい多くの友人たちとお喋りを楽しんでいた時の事。
ふとした会話の流れから、話題が『一年前』となった。
「あの時はこんな事があったよね」などと、皆が一年生だった頃の思い出を懐かしみながら話している。
そんな中、若干遠い目をして琴音がポツリと零した。
「そういえば、一年生の頃って、わたしって無口で大人しくて……有体に言ってしまえば暗い女の子だったよねぇ」
――途端、教室中がシーンと静まり返る。
そして、次の瞬間。
室内の至る所から『あはははは』と大爆笑が巻き起こった。
その級友たちのリアクションに、葵とマルチは『さもありなん』と何度も深く首肯する。
「姫川さん。それ、ナイスギャグ」
「もしかして、琴音、また妄想中?」
「無口? 大人しい? おいおい、寝言は寝てから言ってくれよ」
「……あ、あのねぇ」
言われたい放題の琴音。彼女のこめかみがちょっぴりピクピクと痙攣した。
「ま、まあ、二年になって初めて同じクラスになった人たちにそう言われるのは……百歩譲って仕方ないとしましょう。でもね……そこと、そこと、あとそっちとそっちも!」
琴音は何人かの男子生徒女子生徒を次々と指差していく。
「あなたたちは去年わたしと同じクラスだったじゃない。なのに、なんで一緒になって笑ってるのよ!? 入学当時のこと覚えてないの!?」
『入学当時?』
昨年琴音と同クラスだった者たちが一様に首を捻った。全員が「うーん」と記憶を辿る。
「あ、そう言われてみれば」
その中の一人がポンと手を打って声を上げた。
「思い出してくれた?」
「ああ、思い出したよ。姫川って、確かに入学したばっかりの頃って……」
「でしょでしょ」
我が意を得たり、とばかりに琴音が身を乗り出す。
――が、
「すっごく猫を被ってたよな」
その次の発言で見事にこけた。
「あーっ! わたしも思い出した! そうそう。琴音ってば、物静かな少女を『装ってた』よね」
「……おおっ。そういや、あったな。姫川が、自分を『可憐な乙女に見せよう』と頑張ってた時期が」
「え? なになに? もしかして、姫川さんって入学したばっかの時ってそんな『演技』をしてたのか?」
「高校に入ったのを機に、清楚な女性に転身しようとしてたんじゃないの?」
「一種の高校デビューってやつね」
「全く長続きしなかったけどな。保ったのって一ヶ月くらいじゃなかったっけ?」
「それは仕方ないわよ。だって、『あの』琴音よ。静かにしてるのなんて無理に決まってるじゃない」
「そうよねぇ。よく一ヶ月も保ったと褒めてあげてもいいくらいじゃないの?」
入学当時の琴音をネタにワイワイと盛り上がる級友一同。
皆の会話を耳にして、「やっぱりそういう風に解釈しちゃうよね。うんうん、わかるわかる」と何度も何度も頷く家族二名。
その様に、琴音は再度こめかみをひくつかせてしまう。
「あ、あなたたち……人を何だと……」
尤も、琴音も頭では理解していた。
彼らがあの様な『誤解』をしてしまうのは、それだけ現在の明るく元気な自分の姿が浸透しているからなのだと。
昔のイメージを木っ端微塵に砕いて忘れ去らせてしまう程に、今の自分のインパクトが強いのだと。
それに……
琴音はこうも思った。
『不幸な予知を行う得体の知れない疫病神』などとして覚えていられるよりは、今の方が何万倍もマシではないか、と。
皆の『記憶違い』は、寧ろ喜んでもいいくらいなのではないか、と。
ただ、それでも尚、
「なんか、なんか納得いかない」
どうしても釈然としないモノを感じてしまう琴音だった。
「――っていうか、みんな酷いよね。演じたりしなくっても、わたしは充分に可憐で清楚な乙女なのに。……あ、ちょっと訂正。乙女という部分だけは、ね。だってだって、わたしは浩之さんにあんな事やこんな事を……。昨晩だってあんなに何回も何回も激しく……って、やーん、浩之さんのえっちえっちえっちぃ♪」
こんなことばっかり口にしてるから皆に『誤解』されるのだ、などという野暮なツッコミは無しということで。