『アレな話』
「あのさ、セリオ。前々から気になってた事があるんだけど、訊いてもいいかな?」
情事の後のマッタリとした空気が流れる中、浩之がセリオの髪を撫でながら口を開いた。
「……ええ、構いませんよ。なんですか?」
まだどことなくボーっとした、余韻の残った声色でセリオが返す。
「セリオやマルチって定期的にメンテに行くだろ。その時ってさ、当然全身至る所をチェックすると思うんだけど……」
そこで一旦言葉を切ると、浩之はセリオの下腹部へと手を伸ばした。
「こことかも、やっぱ長瀬のオッサンが調べてたりするのか?」
「えっ!? い、いえ、ソコはさすがに女性の方が」
「ふーん、そうなんだ」
「は、はい。……って、ちょっと、ゆ、指を動かさ……ぁん……」
○ ○ ○
「全て異常なし。傷一つ付いてないわ。マルチちゃんもそうだけど、あなたたちって本当に大事にされてるのね」
セクシャルな部分をチャックし終えた所員がセリオに告げる。半ばからかうような口調で。
「そ、それは……その……はい」
照れて俯いてしまうセリオに、周囲の女性所員たちから微笑ましげな視線が向けられる。
「うんうん、やっぱり好きな男の子と愛し合えるようにしたのは大正解だったわねぇ。あなたたちを見てると本当にそれが確信できるわ」
「そうですね。渋ってた男性所員の方もいましたけど、この件に関しては譲らなくて良かったですよ」
「愛を育む為には、身体が繋がる事も絶対に必要ですしね」
お茶を飲みつつ満足気な表情を浮かべる所員一同。
その真っ只中で、セリオは頬を真っ赤に染めてただただ小さくなっていた。話の内容が内容なだけに恥ずかしくて仕方がない。
「ところで、セリオちゃん」
「は、はい? なんですか?」
「セリオちゃんの『オンナノコ』なんだけどね」
露骨な隠語を口に出され、セリオが耳まで赤くする。
しかし、そんな様子に構わずに、眼鏡を掛けた女性所員は至極真面目な顔で口にした。
「ちょっと機能を加えてみようかなぁって思ってるんだけど、どうかしら?」
「ど、どうかしらと言われましても……例えば?」
なんとなくいやーな予感を抱きながらセリオが尋ね返す。
「ウネウネと蠢くようにしてみたりとか」
「……それは勘弁してください。なんか怖いです、いろいろと」
「じゃあ、振動するようにしてみたりとか」
「振動、ですか?」
「ええ。先日、みんなで仕事中にとあるカタログを見てた時に思い付いたのよ。まあ、ぶっちゃけ大人の玩具だけど」
「大却下です。というか、仕事中はちゃんと仕事して下さい。あまつさえ、そんないかがわしい物をわたしに付けようだなんて考えないで下さい思わないで下さい。バイブレーションなんて携帯電話だけで充分です」
こめかみの辺りを揉み解しながらセリオが訴える。彼女の脳裏では『上司が上司なら部下も部下』という言葉が何度もリフレインしてい
た。マッドに交わればマッドに染まってしまうものなのであろうか。
「普通で結構です。普通がいいんです。怪しげで妖しげな機能なんてノーサンキューなんです」
「うーん、セリオちゃんがそこまで言うならそういう類は止めておきましょうか。じゃあ、その代わりに……」
「その代わりに?」
「感度を三倍くらい高めてみるとか」
「絶対にやめてください!」
叫んだ。それはもう大声で。目の前にある机をダンッと強く叩きながら。
「なんで? 感じやすくなるのって嬉しくない?」
「冗談じゃないです。三倍なんかにされてしまったら、わたしのCPUが耐え切れずに焼き切れてしまいます」
のほほんとした声で問うてくる女性所員に、セリオは断固とした口調で言い返す。
「そう?」
「そうです。大体、今でさえ……」
「今でさえ? 今でさえどうなの? お姉さん、じっくりと教えて欲しいなぁ」
セリオの言葉尻を捕らえ、機を見るに敏で突っ込んでくる『お姉さん』。
「う゛っ」
失言。勢いあまって余計な事を口走ってしまった事を心の底から後悔するセリオだった。
「ダメですよ、先輩。そんなことを訊いたらセリオちゃんが可哀想じゃないですかぁ」
「そうそう、その通りです」
口では窘めるような事を言いつつも、顔のニヤニヤを隠そうともしない所員ズ。
「そうですよ。それにわざわざ尋ねるまでもありませんし」
「だよねぇ。『どうだい、セリオ。気持ち良いかい?』」
「『ダメです、浩之さん。そんなにされたら、セリオ、感じすぎちゃいますぅ』」
奇怪で滑稽で傍迷惑な18歳未満お断りの寸劇まで始める者達。
「それもそっか。なら、感度なんて高める必要ないわね。もう充分『間に合ってる』みたいだし」
真面目な口調と表情でしっかりとトドメを刺してくる先輩氏。
「う、うう、ううう」
四方八方からの集中砲火。それを一身に受け、顔を羞恥で真紅に染め上げながらセリオは思った。
(来栖川エレクトロニクスって……どうして『こういう人』が多いのでしょうか?)
そのとき不意に唐突に、萌えに魂を焦がしている某来栖川会長っぽい老人の顔がセリオの脳裏に浮かび上がった。
(ああ、なるほど。集まるべくして集まったのですね、きっと)
類友、そんな言葉を噛み締めながら、セリオは眉間を揉み解しつつ深いため息を零した。
○ ○ ○
「――とまあ、こんな感じだったりするんです」
「そ、そっか。なんというか凄いな、それはもういろんな意味で。つーか生々しい」
微妙に引き攣った声色で浩之が返す。
そんな所にセリオやマルチのメンテを任せておいて本当に大丈夫なのだろうか、些か不安を覚えてしまう浩之だった。
「ところで浩之さん?」
「ん?」
「あ、あの……浩之さんはウネウネとか振動とかに興味あります? もし、浩之さんがお望みなら……わたし、バイブ機能を備える事にも
吝かでなかったりしますが……」
「いや、いらんから」
「そうですか? 遠慮しなくてもいいのですよ? わたし、浩之さんが悦ぶ事ならどんな事でも……んんっ」
セリオの口を浩之が唇でそっと塞ぐ。
「ホントにそういう余計な機能はいらないって。無理をする必要もない。俺が好きなのは、今の、そのままのセリオなんだからさ」
「……浩之さん」
セリオの胸に感動と嬉しさが込み上げる。図らずもちょっぴり瞳を潤ませた満面の笑みを浮かべてしまうセリオ。
「――って、あ、あの、浩之さん? なにか、その、ぼ、膨張してませんか?」
好きな娘にそんな表情をされれば誰でも愛おしさを覚えてしまうもので。
しかもベッドの中、お互いに裸、情事の余韻といった付加価値。
浩之ならずとも漲ってしまうのは致し方のないこと、であろう。たぶんおそらく。
「これは……セリオがあまりにも可愛い顔するもんだから、つい」
「もう、浩之さんのばかぁ」
ハートマークが何個も付随したセリオからの甘い非難。そんなものを送られて浩之の理性の糸が保つはずもなく。
その結果、怪しげな物が付いていない素のセリオの体を、浩之はじっくりと丹念にこれでもかと愛でまくり……
――この晩、浩之の部屋から物音が途絶えることは無かった。
「うううっ、腰に力が……。足もガクガク。お、起き上がれなひ」
それにより、次の日、セリオが学校を休んだのは様式美的なお約束。