『1月23日』
夕闇の中を走る走る。
息を切らせ、制服のまま大疾走。
向かう先は愛しのあいつ、藤田の浩之くんが住まう家。
長瀬さんが車で送ってくれるって言ってくれたけど、あたしは謹んでそれを辞退。
理由なんか特に無い。
それでも敢えて挙げるとするなら、なんとなく走りたかったから。ドキドキワクワクと浮き立つ心を抑えられなかったから。
けど、それも仕方が無いよね。今日は特別な日なんだもの。
1月23日。
別に世間様にとってはなんでもない日。ただの365分の1。
けれども、あたしにとっては特別特別。なぜなら、あたしが生まれた日。いわゆる一つの誕生日。
しかもしかも、今回は更に特別だったり。
だって、あいつと出会ってから、恋人と呼ばれる関係になってから、初めて迎える誕生日だもの。初めて二人っきりで過ごす誕生日だもの。
いつもだったら、1月23日は盛大にパーティー。財界のお偉方が勢揃いしちゃったりする無駄に豪華な疲れるパーティー。
でもでも今年は違うのよ。
パパにママにおじい様。あらゆる人に泣きついて、ペコペコ頭を下げて、パーティーを一日ずらしてもらう事に大成功。23日の自由を勝ち取ったの。
これも日頃の行いの良さの賜物ね。
そう言って胸を張ったあたしに、姉さんがため息混じりにポツリと一言。
違います。無理にパーティーに出席させたって、どうせ脱走してしまうのでしょ? 途中で居なくなってしまうのと一日ずらすのとを比べて、被害の少ない方を選択したに過ぎません。
……ごもっとも。
ま、なんにしても23日は晴れてフリーの身。従って、あたしは大手を振って堂々と浩之の元へ。
ちなみに、浩之には、あたしが今日家に行く事を全然話していない。見事なまでのノーアポ。
浩之の驚く顔が見たいが故の行為なんだけど……これで彼の家に行って、もし別の女が居たりしたら暴れるわよ、あたしは。しかも本気で。
だけど、なんとなく読まれてる気はしてたのよね。
浩之が家の前で待ち構えていたのを見て、ちょっぴり悔しいやら嬉しいやら。
取り敢えず、あたしの中の『浩之くん好感度ゲージ』を1ポイント上昇させておいた。
この日、浩之はあたしにいろいろプレゼントしてくれた。
綺麗な花束。
大きなバースデーケーキ。
浩之が直々に腕を振るった料理の数々。
淡い光沢が美しいシルバーのイヤリング。
笑顔と共の「おめでとう」。
あたし、もう幸せで死んじゃいそう。
今だったら、幸福感で他界した世界で最初の人間になれる自信あり。
けどけど、浩之からのプレゼントはそれらで終わりではなく、更に強烈な駄目押しが待っていた。
「ホントは指輪を贈りたかったんだけどな。サイズが分からなかったんで断念した。あんなに幾つもサイズがあるなんて予想外だったし。だから、これは来年のお楽しみって事にしておいてくれ」
「ありがと、期待してるわ。ところで、その指輪ってどこに嵌めればいいのかしら?」
「綾香の好きなとこに」
「好きなとこ? ホントに? どこでもいいの?」
「ああ」
指輪の約束――それはつまり、来年もあたしの誕生日を祝ってくれる事の約束でもある。
なんでもない事かもしれない。恋人だったら当たり前の事かもしれない。
それでも、あたしにとっては何よりも嬉しい贈り物だった。
こんなの、乙女チック過ぎてあたしには似合わないかな? けど、事実なんだから仕方ないわよね、うん。
ちなみに、指輪の場所は左手の薬指に大決定。件の指に『売却済み』の札をペタリ。
異議の申し立ては全て却下するからそのつもりで。
1月23日。
自分の誕生日ながら、あたしはこれまで大して感慨を持っていなかった。
けれど、今は少し違う。
この日が無ければあたしは居なかった。生を受けていなければ浩之に会えなかった。
だから、思う。1月23日という日があって良かった、と。
些か突飛ではあるけれど、心からそう思う。
大切な人と過ごしたファーストバースデー。
今日、あたしはまた一つ大人になった。
世界で一番大好きな人の愛に包まれながら。
最後に、あたしからあたしへメッセージ。
「ありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう」
< おわり >
(余談)
この日、実は、一つ大人になったと同時に『女』にもなってしまったのだけど……それはここだけの秘密って事で。