『(Ba)カップル Light 〜浩之&綾香〜 第4話』



 お姫様抱っこの体勢でヤックを後にした浩之くんと綾香ちゃん。
 さすがにそのままで街中をうろつく気にはなれなかったのか、近くにあった公園に一時避難です。

「ふぅ、やれやれ。どっこいしょっと」

 手近のベンチに綾香ちゃんを座らせると、お約束とも言えるセリフを放ちながら浩之くんもその隣に腰を下ろしました。
 綾香ちゃんの目が露骨に「ジジくさ」と語っています。

「なんだよ、綾香。なにか言いたそうだな?」

 半目で尋ねる浩之くん。

「べっつに〜。なんにも無いわよ」

 それを、綾香ちゃんは軽〜く受け流します。

「本当か?」

「ええ、もちろん」

「さいですか。ならいいけどな」

 もともと深く突っ込む気が無かったのか、浩之くんは拍子抜けするほどアッサリと追及の手を止めました。

「ところで綾香、腰の方は大丈夫か? 少しは回復したか?」

「うーん、まだちょっと……」

 浩之くんの問いに、綾香ちゃんが苦笑を浮かべて答えます。

「もう。浩之の所為よ。あんなに激しくするから」

 頬を薄っすらと染めて綾香ちゃんが小声でポツリ。
 何と言いますか、なかなかに誤解を招きそうな発言のオンパレードです。まあ、一概に誤解とも言えないかもしれませんが。

「いや〜、だってなぁ。綾香があんまりにも可愛かったもんだから」

 頭を掻きながらタハハと笑って浩之くんが宣いました。

「な、なにを言うのよ。ばかねぇ」

 呆れたような口調で綾香ちゃんが零します。
 ですが、更に濃くなった顔の朱色が、綾香ちゃんの本心を如実に語っていました。
 可愛いと言われて嬉しくって仕方が無いといった気持ちが全く隠せていません。正直者です。

「ばかって、ひでーなぁ」

「事実でしょ」

 苦笑いをしながらの浩之くんの訴えに、綾香ちゃんは取り付く島もないセリフを返しました。
 容赦なく一刀両断。
 その綾香ちゃんからの回答を聞いて、顔に張り付かせた苦笑を一層深いものにする浩之くん。
 きっと心の中で「やれやれ」などと漏らしながら肩を竦めているのでしょう。

「そんなことよりさ、ちょっといい?」

 浩之くんの心中を知ってか知らずか、綾香ちゃんはマイペースに話を続けます。
 少々いたずらっぽい笑みを浮かべてそう声をかけてきました。

「ん? なんだ?」

「膝、貸りるわね♪」

 言うや否や、綾香ちゃんはコロンと横になってしまいました。宣言どおり、浩之くんの膝を枕にして。

「お、おい」

 予想外の行動に、浩之くんは少し動揺。

「なにやってるんだよ。こら、頭を上げろって。恥ずかしいじゃねーか」

「あたしは恥ずかしくないもの」

 浩之くんの声を、綾香ちゃんはサラッと流しました。

「いいじゃない偶には。いつもはあたしがしてあげてるんだから。……だめ?」

 次いで、横になったままで、ちょっぴり小首を傾げるおねだりポーズ&表情。

「う゛」

 綾香ちゃんにベタ惚れの浩之くんがそんな攻撃に耐えられるわけがありません。
 まさにクリティカルヒット。痛恨の(綾香ちゃんにとっては会心の)一撃です。

「ったく、しょーがねーなぁ」

 てなわけで、アッサリ撃沈。
 なんのかんのと言いながらも、結局は綾香ちゃんには甘々の浩之くんなのでありました。

 どうでもいいですが、相変わらずこの二人はラブラブ一直線ですね。
 最初に述べました通り、二人がいるのは公園です。しかも、今はまだ日が高かったりします。
 となれば、公園には当然二人以外の人が沢山います。多くの人たちが憩いのひと時を楽しんでいたりします。
 そんな平和で穏やかでのんびりした時間に突如現れた熱愛カップル。人目を惹かないわけがありません。
 ヤックのときもそうでしたが、浩之くんと綾香ちゃん、早くも目立ち始めています。

 ですが、周囲から注がれる視線もなんのその。

「えへへ〜♪」

 綾香ちゃんはご満悦の顔で浩之くんの膝枕を堪能しています。

「なにがそんなに嬉しいんだか。男の膝枕なんて感触だって悪いだろうに」

「そうでもないわよ。思ってたよりずっと気持ちいいし」

 満面の笑顔で答える綾香ちゃんに、浩之くんは「そんなもんかねぇ」と言いたげな視線を送ります。

「まあ、姉さんにしてもらう膝枕と比べたら確かに柔らかさには欠けるけどね。でも、充分心地いいわよ」

「なぬ!? 先輩の膝枕とな!?」

 何気なく零した綾香ちゃんの言葉に浩之くんが過剰反応。

「お前、先輩に膝枕とかしてもらってるのか?」

「え? う、うん。ときどき」

「な、なんと!?」

 浩之くん、思わずシャウト。顔が微妙に劇画チックになっています。
 何気に衝撃が大きかったみたいです。

「あ、あの〜。浩之?」

「先輩の膝枕。ああ、なんて甘美な響きなんだ」

「ひ、浩之? おーい! やっほー!」

「きっと柔らかでプニプニでスベスベなんだろうなぁ。ああ、桃源郷」

 完全にドリーマーと化している浩之くん。綾香ちゃんの声なんて全然聞こえていません。

「……むっ」

 恋人に綺麗にシカトされて面白いはずがありません。
 となれば、綾香ちゃんが次のような行動に出たとしてもそれは無理からぬことでしょう。。

「ひ・ろ・ゆ・き!」

 腿のお肉をギューッと抓み。思いっきりギューッと。

「あだだだだだっ! な、なにするんだよ綾香!」

「知らない! 浩之のばか!」

 浩之くんからの文句を撥ね返して、綾香ちゃんは「ふんっ」と拗ねモード発動。
 体の向きを変えて、浩之くんから顔を背けてしまいました。

「……あ」

 その姿を見て、浩之くんは理解しました。ようやく我に返ったと表現しても良いでしょう。
 デートの最中に他の女の子の事に気を取られる。綾香ちゃんがご機嫌斜めになるのも無理ありません。

「わ、わりぃ。ちょっとデリカシーに欠けてたな。いくら先輩の膝枕が素晴らしく魅惑的だったからって……」

「ふ〜ん。素晴らしく魅惑的、ねぇ。そんなに魅力を感じたのなら、これからは姉さんに膝枕してもらったら? どうやら、浩之はあたしの膝枕では満足していただけないようだから」

「う゛」

 浩之くん、見事なまでに大失言。

「そ、そんなことないぞ。俺にとっては綾香の膝枕がベストだからな。まさに膝枕の中の膝枕だ」

「いいのよ。無理して持ち上げなくても」

「無理なんかしてねーって」

「どうだか」

 綾香ちゃん、拗ねモード続行中。完璧に『聞く耳持たず』状態です。

「俺にとっては綾香の膝枕がベストだよ。いや、ほんとマジで。やっぱさ、好きな娘にされる膝枕が一番気持ちいいし」

「……ぅ」

 浩之くんの『好きな娘』という単語にピクッと反応を示す綾香ちゃん。たったそれだけで、耳、そして首筋がポッと紅く染まりました。
 しかし、顔はそっぽを向いたまま。この程度では、まだまだ拗ねモード解除とまではいかないようです。

「なあ、綾香。頼むから機嫌直してくれよ。そして、いつもの可愛い笑顔を見せてくれないか」

「か、可愛……ふ、ふんだ。そ、そんなので誤魔化されないから」

 尤も、風前の灯のようではありますが。
 ここらが攻め時と見た浩之くん。一気呵成に綾香ちゃんを落としに掛かります。
 先ずは、

「綾香」

 耳元でそっと名前を囁いた後、フッと軽く一息。

「ひゃんっ!」

 耳に息を吹きかけられ、綾香ちゃんは甘い声を上げてピクンと身を震わせました。

「な、なにする……っ!?」

 更に、抗議をしようと顔を向けてきた綾香ちゃんに――正確にはその唇に、浩之くんがチュッと口撃。
 ビックリして手を口に添える綾香ちゃん。
 そんな彼女に対して、浩之くんは穏やかな笑顔で言いました。「好きだよ、綾香。誰よりも、な」と。
 ですが、次の瞬間、急にシリアスな顔になると、

「ごめん、無神経だったよ。反省してる、この通り」

 浩之くんはそう謝罪しつつ綾香ちゃんに深々と頭を下げました。
 耳に息&軽いキス、加えて愛の言葉と強烈なコンボを喰らって「あうあう」状態に陥っていた綾香ちゃんですが、その浩之くんの神妙な様を目にすると、顔を『しょーがないわねぇ』と言いたげな物に変えて「ふぅ」とため息を一つ。

「ねえ、浩之。本当に反省してる?」

「してる。マジで悪かったと思ってる」

「あたしのこと、一番好き?」

「ああ、好きだ」

「だったら、証拠を見せて。そうしたら許してあげる」

「証拠?」

 浩之くんがキョトンとした顔で尋ねると、綾香ちゃんは浩之くんへと手を伸ばして恥ずかしそうに言いました。

「さっきのみたいな不意打ちのキスじゃなくて……ちゃんと、して」

 顔を桜色に染めての綾香ちゃんの訴え。浩之くんに断れるわけがありません。
 小さくコクンと頷くと、浩之くんはゆっくりと顔を寄せ、3秒ほど唇を重ね合わせました。

「どうですか、お姫様? これでお許しいただけますか?」

「んー、もう少し、かな」

 おどけながらの浩之くんの問いに、綾香ちゃんがはにかんで答えます。

「ふむ、どうやらいまいち物足りなかったみたいですな。では、今度は本気でいくとしますか」

 そう宣言すると、浩之くんは再度綾香ちゃんと唇を合わせました。

「え!? ほ、本気!? 浩之、ちょっと待って。そこまでは……ん、んんっ!」

 驚いたような綾香ちゃんの声を綺麗にスルーして。

「……ぅん……っ……」

 堪えきれずに溢れてくる綾香ちゃんの甘い喘ぎ、潤んでいく瞳、漏れ聞こえてくるピチャピチャという淫靡な音。
 それらが、綾香ちゃんの口内で縦横無尽に動き回っているであろう浩之くんの舌の激しさを伝えています。

「っっ! ぁんん……ん……っふ……」

 更に、時折ピクッと震える綾香ちゃんの身体が、浩之くんの『本気』という言葉に偽りが無かったことを如実に示していたりします。

「……っぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 そんな全力口撃が5分ほども続き、ようやく解放された時には綾香ちゃんは既にグッタリ。
 目はトロンとなり、顔は真っ赤に色付き、口からは荒い吐息が。

「今度こそご満足いただけましたかな、お姫様?」

 いたずらっぽい笑みで訊いてくる浩之くん。
 綾香ちゃんはその問いに、浩之くんの体をギュッと力いっぱい抱き締めるという行為で答えました。
 そして、同時に小声でボソッと。

「ねえ、浩之。あたし……どこか、二人きりになれる所に行きたい」

 あからさまなおねだり。
 熱いキスを交わしているうちに、すっかり出来上がってしまったみたいです。

「え? 二人きりになれる所?」

 浩之くんの問い返しに、綾香ちゃんは無言でコクンと首肯。
 もう、顔どころか全身がバラ色です。

「二人きり、か」

 思わず反芻してしまう浩之くん。
 それが何を意味するか分からないほど鈍感でも幼くもありません。
 また、その魅力的な誘いを断れるほど無欲でもありません。

「俺の部屋でいいか?」

 浩之くんはいくつかの候補を頭の中に浮かべると、その中で一番確実な場所を綾香ちゃんに提示しました。

「うん。浩之の部屋に行きたい」

 綾香ちゃん、即座に承諾。

「そっか。じゃ、早速行くとしますか」

 言いつつ、浩之くんは目で、綾香ちゃんに立ち上がるように促しました。
 それに応じ、横たえていた身体をゆっくりと起こす綾香ちゃん。
 そして、そのまま流れるような動作でベンチから立ち上がる――はずでしたが、

「あ、あれ?」

 腰から下に全く力が入らず、再びベンチにペタッと座り込んでしまいました。
 ヤックのときと同様に。

「あ、あはは。またみたい」

 ばつが悪そうに頬を掻きながら、綾香ちゃんが浩之くんに上目遣いで助けを求めます。

「やれやれ、しょーがねーなぁ」

 苦笑を浮かべつつ、浩之くんは綾香ちゃんをヒョイと抱き上げました。
 もちろん、またもやお姫様抱っこです。

「ごめんね、浩之」

「良いってことよ。あとでたっぷりとお返ししてもらうからさ」

「……ばか」

 ニヤニヤと笑いながらの浩之くんの意味深――でもない発言。
 それに対して、綾香ちゃんは唇を尖らせて呆れたように呟きます。
 その割りには、声色には満更でもなさそうな響きが多分に含まれていますが。

「そんじゃ、行くか」

「うん♪」

 ヤックで、そして公園で散々甘い空気を振り撒いた二人ですが、どうやらそれはまだまだ序の口だったようです。
 言うなればここからが本番、『お楽しみはこれからだ!』といったところでしょうか。

「綾香。今晩は寝かせてやらねぇからな」

「もう。すぐそういうこと言うんだから。浩之ってば本当にエッチねぇ」

 どうでもいいが君たち、公共の場でそういう会話をするのはやめなさい。


 ――さて、ここからは余談です。
 仲のよさを見せ付けるようにしながら二人が公園から立ち去った後。
 その公園はちょっとだけ普段よりもヒートアップしていました。
 今更ですが、公園には当然二人以外の人が沢山いました。多くの人たちが憩いのひと時を楽しんでいたりしました。
 そんな平和で穏やかでのんびりした時間に突如現れた熱愛カップル。人目を惹かないわけがありません。
 しかも、ディープなキスシーンまで披露しては完璧に注目の的となってしまっても無理からぬこと。

 子供達は「チューしてた! チューしてた!」と騒ぎたて、近所の上品で物腰柔らかなご婦人方までもが、

「んま! こんな白昼堂々はしたないザマス!」

「そうでガンス! まったくでガンス!」

「フンガー! フンガー!」

 と負けずに熱論を繰り広げる始末。
 いつもは静かな公園ですが、今日は少しばかり例外となってしまったみたいです。

 バカップルの影響力、侮りがたし。





< つづく >


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