『ちょー高性能』
「皆さんで宿題ですか?」
居間で数学の教科書とノートを広げている下級生トリオを目にし、近づきながらセリオが尋ねた。
「はい。一人でやるよりも皆で教えあった方が効率がいいですから」
ノートから顔を上げ、琴音が答える。
「とは言っても、わたしとマルチちゃんは殆ど教わってるだけの身なんですけど」
シャーペンの動きを止めて、葵が苦笑する。マルチもばつが悪そうな顔で「えへへ」と笑った。
「琴音さん、成績優秀ですものね」
セリオは、そう言って琴音のノートを覗き込む。
「それはおだて過ぎですよ。わたし、文系ですから数学とかは苦手ですし」
琴音の言葉を聞いて、なるほど、とセリオは思った。
彼女のノートを見たところ、本人の言うとおり、文系と比べたら確かに『苦手』だということが見て取れた。些細なミスも幾つか目に付く。
しかし、それでも正解率は軽く九割を超えていた。
「おだてでも何でもなく、充分に成績優秀ですよ。ただ、ちょっとイージーミスが多いですね。それさえ無くせばテストでももっと高得点を取れるようになりますし、その結果苦手意識も払拭できます。問題を解いた後、しっかりと何度も見直すことをオススメします」
ノートから目を離してセリオは簡潔にアドバイスを送る。素直に「はい」と応える琴音にセリオは笑みを返した。
「葵さんはどうですか? 数学は」
次いで、葵のノートに目を落とす。
「わたしは……その……ぼちぼち、です」
あはは、と苦笑いする葵。
彼女のノートの正解率は六割から七割弱ほど。良くもないが悪くもない、というところか。本人曰くの『ぼちぼち』が一番適した表現だとセリオには思えた。
葵の素直で真っ直ぐな性格が災いしてか、ひっかけの類の問題に悉く躓いてしまっている。
――が、基礎はしっかりと出来ているので、その辺に気を付ければもっと正解率も高くなるはずだ。
そう助言を受けた葵は、彼女らしく元気に「はい!」と頷いた。
「で、次はマルチさんですが……」
マルチのノートを覗き込んだ瞬間、セリオの口がピタッと止まる。言葉が出てこない。
その様を見て、琴音と葵は顔を見合わせて『さもありなん』と頷いた。
マルチの正解率。それはお世辞にも高いとは言えないものだった。と言うか、ぶっちゃけ低い。三割、よくて四割か。
セリオは口に手を当てて、ニ、三歩後ろへとよろめいた。
「ま、マルチさん……」
気を取り直すべく一つ吐息を零すと、セリオはマルチの肩にガシッと手を置いた。
そして、声を大にして力一杯叫んだ。
「さすがです。さすがです、マルチさん。ロボットなのに、コンピューターなのに、数字に弱いだなんて。やっぱりマルチさんは凄いです。わたし、憧れてしまいます」
それを聞いて、「え、えへへ」と照れるマルチ。ガックリとテーブルに突っ伏す琴音と葵。
「こ、コンピューターが数字に弱いのって凄いことなのかな?」
「さ、さあ? まあ、ある意味凄い気もするけど」
葵の問いを受け、曖昧な表情で琴音が首を傾げる。
一瞬『嫌味で言ってます?』と思った二人だったが、セリオの様子を見る限りそれは無さそうだと考えを改めた。
どこをどう見てもセリオは本気で感心している。感動すらしている。目をウルウルと潤ませて尊敬の眼差しすら送っている。
「マルチさんは凄いです。数学が苦手なコンピューター。ああっ、なんて素晴らしい。まさに画期的。さすがは超高性能」
「せ、セリオさんってばぁ。そ、そんなに褒められたら照れちゃいますよぉ」
「わたし、マルチさんが羨ましいです。わたしもそんな計算を間違えられるほどのCPUが欲しかったです」
盛り上がりまくるメイドロボ姉妹。その会話を「それはどうよ?」などと思いながら聞いていた琴音と葵。
「ねえ、琴音ちゃん」
「なに、葵ちゃん」
「……高性能って……奥が深いんだね」
「……そーだね」
なんとなく世の理不尽を感じてしまう二人だった。