『だってバレンタインですし』
2月14日、バレンタインの藤田邸。
「ねえねえ、浩之ちゃん。どう? 可愛い、かな?」
「ちょっと……恥ずかしいね」
あかりと理緒がショーツの上からエプロンのみという姿ではにかむ。
「うふふ。浩之、こういうの嫌いじゃないでしょ?」
「そんなん訊くまでもないな。そうやろ?」
綾香と智子がワイシャツだけを羽織った格好で挑発的に微笑んだ。
「どうですか、浩之さん。悩殺されちゃったりします?」
「えへへ。せくしーですかぁ?」
ちょっぴり背伸びした黒のビキニを着た琴音、白いスクール水着を身に纏ったマルチ。
「ヒロユキ、見て見て。カッコイイでしょ?」
「あ、あまり見ないで下さい。で、でも……先輩になら見て欲しい、かも」
クラブでいつも使用している物を着ているレミィと葵。但し、レミィは弓道着のみで袴無し、葵も体操着のみで下はショーツだけ。
「……照れます」
「気に入っていただければ嬉しいのですが……」
芹香は素肌の上にマントだけを、セリオはメンテ中に着るレオタード状の衣装――1サイズ小さくピチピチ――を着用。
フェティッシュな、所謂『萌え』な姿をしている10人の美少女。
普通なら狂喜乱舞してもおかしくない光景である。
――にも関わらず。
彼女たちから視線を向けられている、沢山の愛情を向けられている少年は何とも渋い顔をしていた。
「……あの、皆さん? 少々お尋ねしても宜しいでしょうか?」
不自然なまでの平坦な声で問うてくる浩之に、あかりたちは揃って『?』という顔になる。
「俺の為にそういう格好をしてくれるのは凄く嬉しい。男冥利に尽きる。でもな……」
そこで一端言葉を切ると、浩之は深いため息を零した。
「この扱いは何さ?」
そう言うと、彼女たちへと背中を見せる。
否、正しくは縛られている両の手を。
その質問に、浩之の愛する10人の美少女は顔を見合わせた。
「だってバレンタインですし」
代表して芹香が返答する。サラッと簡潔に。
「全然、まったく、これっぽっちも答えになってないっぽいのですが!?」
ワケわかんねぇよ、といった顔で浩之が吼えた。
「はいはい、騒がない騒がない。ちゃんと説明してあげるから」
駄々っ子を宥めるような口調で綾香が諭す。
「つまりね、姉さんの言った通りバレンタインだからなのよ。バレンタインって、女性から男性に想いを伝える日でしょ。だから……」
綾香が傍らの面々へと視線を送った。
それを受け、皆が微かに頬を染めて頷く。
「いつもは浩之ちゃんが『愛して』くれるけど、今日はわたしたちが」
「浩之さんの事を愛したいのです」
浩之の耳に口を寄せてあかりが囁き、反対側の耳元でマルチがその後を継いだ。
「早い話、今日だけは浩之さんは完全に受け身になって下さい、ということですよ」
若干照れくさそうに笑って琴音が纏める。
「そうそう。ぶっちゃけ、ヒロユキはトドになってればOKネ。……アレ? カツオだっけ? サンマ? メザシ?」
「……マグロや」
身も蓋も無いことを言うレミィに、智子がこめかみを押さえながらも律儀に突っ込んだ。
「あー、まあ、なんだ。みんなの言いたい事は分かった。けどさ、そんだったら『何もするな』と言うだけで充分じゃないか? なにも縛らなくてもいいんじゃないかと思うんだが」
至極真っ当な疑問を口にする浩之。
だが、
「浩之さん、『何もするな』と言われてその通りに出来ます? 我慢できます? できませんよね」
「わたしも無理だと思うよ。うん、絶対に絶対に無理」
それはセリオと理緒の両名によってアッサリと一刀両断された。
周りでは他の面々も「うんうん」と頷いている。
「……ぅぐ」
さも当然のように言われて、浩之は思わず言葉を詰まらせてしまった。
否定したいが、どうにもこうにも反論の語が出てこない。悔しいが、自分でも己に自信が持てなかったから。
文字通りぐうの音も出なかった。
「ごめんね、浩之。あたしたちだって、本当は縛ったりなんてしたくないのよ。でも、そうしないと間違いなく抵抗するでしょ?」
申し訳無さそうなセリフとは裏腹に、とてもとても楽しそうに、尚且つ妖艶に微笑む綾香。
「異様に嬉しそうだな、おい。てか、抵抗って? いったい何をしやがる気だ?」
嫌な予感を覚え、浩之は冷や汗をかきながらジトーッとした半眼で尋ねる。
「べっつにぃ。いつもいつも『可愛がられてる』仕返しだとか、『いぢめられてる』復讐だとか、そんなこと全然考えてないわよぉ♪」
「……ちょっと待て」
獲物を見つめる目で発せられた言葉を受け、浩之の背筋にゾクッと悪寒が走った。
「ま、偶には縛られてみるのも悪くないで」
智子が浩之の肩をポンと叩く。妙にニコニコとした素晴らしすぎる笑顔で。
「あ、あの……先輩、覚悟して下さいね。そ、その……我慢できなかったら……だ、出しちゃっても構いませんから」
葵がモジモジとそんな事を宣った。浩之が心の中で「何をだ!?」とツッコミを入れてしまったのは致し方ない所であろう。
「……いっぱい、鳴かせてあげます」
首筋まで真っ赤に染めて芹香が、らしくもない艶めいたセリフを口にする。
そして、それを受け、あかりたちが一斉に浩之へと躙り寄った。瞳に期待の色を湛えて。
「待て。お前ら、暫し待て」
「わたしたちが『待って』とか『ダメ』とか言っても、浩之さんはやめてくれませんよねぇ♪」
ニッコリと笑って琴音が退路を絶つ。
「そ、それは……あうー……で、ですから……お、おわっ!? そ、そんな、ダメだって、いきなり……うぁ! ちょ、ちょっと待っ……」
無論、浩之の訴えが届くはずもなく。
『今夜は寝かせてあげないから』
愛する少女たちに、綺麗に揃った――ハートで彩られた――声で刑の執行を宣言されてしまう浩之であった。
「い、いやー、おやめになってーーーっ、あーーーれーーーーーーっ!」
結局、夜が明けるまで、浩之の口から叫びやら呻きやらが止まることはなかった。
――で、一晩中、至る箇所を丹念に熱心に『愛され』続けてしまった浩之であるが、「まあ、これはこれで。偶には受け身に徹するのも悪くないな」と満更でもなかったりするのは言うまでもない。
ちなみに、あかりたちは失念していた。
バレンタインデーにはホワイトデーが付き物であるということを。
ホワイトデーには『三倍返し』なる言葉がお約束になっていることを。
「こりゃあ、3月14日は死ぬ気で頑張らないといけないなぁ」
彼女たちがどのような運命に曝されるのか。
それは、心底楽しそうにニヤリ笑いを浮かべる浩之のみぞ知ることである。