やっほー。藤田沙夜香でーす。

 今日は、パパと綾香ママと一緒に、家の中にあるトレーニングルームで練習。

 でも、本当は、あまり一緒にはやりたくないんだけどね。

 え? 何故だって?

 …………だって……ねぇ。


たさいシリーズ外伝 その4 『トレーニング』 〜こねこの場合〜

「今回も勝たせてもらうわよ、浩之」  今は、パパとママのスパーリングの真っ最中。  パパに向かってジャブを放ちながら、綾香ママが不敵な笑みを浮かべている。 「甘い甘い。今日は俺が勝たせてもらうぜ」  そのジャブを上半身を動かすことだけで楽々かわしながら、パパがママに宣言する。 「はいはい。口で言うだけならタダだもんねぇ……っと!」  右ハイキックを放つママ。  それは、軽い口調とは裏腹に、スピード・タイミング共に申し分のない、非常に切れ味鋭いものだった。  これは決まる!  あたしは、そう思った。ママも、きっとそうだろう。  だけど、パパはそれをいとも容易くガードした。  ――と同時に、ママに向かって一気に間合いを詰める。 「っ!! やばっ!!」  驚愕の表情を浮かべつつ、急いで右足を戻し、パパを迎撃しようとするママ。  だけど、パパの方が一瞬早かった。  ぺちっ! 「痛っ!」 「勝負あり……だな」  ママの額に軽くデコピンをして、パパはニヤリとした笑みを浮かべた。 「らしくないミスだったな、綾香。キックがいつもより少し大振りだったぞ。  あれじゃ、反撃してくれって言ってるようなもんだ」 「うう〜〜〜っ。決まると思ったのにぃ〜」  パパの指摘に、ママが本気で悔しそうな顔をする。 「これで、通算対戦成績は、また俺が一歩リードだぜ」 「うう〜〜〜っ」 「残念だったなぁ、綾香。せっかく、前回追いついたっていうのに」 「うううううぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っっっ」  パパのからかうような言葉に、さらに悔しそうに唸るママ。 「……うう〜。覚えてなさいよ。次は……次は絶対に負けないから」 「はいはい。口で言うだけならタダだからな」 「うううううぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っっっ」  ママは、目に涙まで浮かべてパパの事を睨み付ける。 「おいおい。何も泣かなくてもいいだろ」  あたしもそう思う。 「だって……」 「そんなに勝ちたかったのか?」 「…………うん」 「だったら、今度のスパーリングの時は、変なミスを犯さないことだな」 「う、うるさいわねっ! 分かって……!?」  半ば、ふてくされてしまったママ。そんなママを、パパは優しく抱き締めて、そして……。  …………あうあう。の、のうこうなきすしーんがはじまってしまった。  し、しばらくお待ち下さい。 「…………な、なにするのよぉ、急に」  恨みがましく文句を言うママ。  パパのことを上目遣いで睨んでいる。  そのくせ、抱かれている腕を振りほどこうともしないのは……まあ、ご愛敬ね。 「拗ねてる綾香があんまりにも可愛かったもんだから。つい、な」 「う゛っ」  瞬時に、ママのほっぺたが真っ赤に染まった。 「……ふ、ふんっだ! こんなのでご機嫌を取ろうとしたって無駄だからね」  プイッと、そっぽを向くママ。  自分では、精一杯、怒っている表情を作っているつもりなんだと思う。  でも、にやけきった目元が、口元が、その努力を見事なまでに木っ端微塵に打ち砕いていた。 「おやおや。それは厳しいなぁ。  だったらどうしたら、俺が大好きな、いつもの『笑顔の素敵な綾香』に戻ってもらえるのかな?」  うわ。パパってば、なんて恥ずかしい台詞を。  パパって、たまに、恐ろしい程の『歯の浮くようなセリフ』を言うのよね。  もっとも、言った後で凄く後悔するみたいだけど。 「そ、そうね。  もう一回……その……キス……してくれたら……考えてあげてもいいわよ」  ママはママで素直じゃないし。  なーにが『考えてあげてもいいわよ』よ。 「はいはい。分かりましたよ、お姫様」  ……てなわけで……第2ラウンド、スタートしちゃうし。  はぁ。まったくもう。  とても40近い夫婦とは思えないわね。  娘の前だっていうのに、イチャイチャイチャイチャ……。  まあ、それだけ仲が良いってことなんだろうけどさ。  でもねぇ、物には限度ってもんがあるわよ。  四六時中、目の前でベタベタされたら、誰だって呆れ返りたくもなるわ。  あたしは、その自分の思いを証明するかのように、小さくため息を吐いた。  だけど……何て言うか……ちょっとだけ羨ましく感じるのも事実なのよねぇ。  だって、娘のあたしから見ても、パパは格好いいと思うし……優しいし……。  はっきり言って理想のタイプだし……。  す・て・き……………………ポッ  ……って、ちょっと待った! 今の無し! わー! わーっ! わーーーっ!!  『ポッ』ってなによ!? 『ポッ』って!?  これじゃ、あたしがまるでファザコンみたいじゃないの!  た、確かに、パパのことは大好きだけど、でも、そんな気はないんだからっ!!  あたしは、両手をわたわたと動かして、脳裏に浮かんだ『ポッ』を必死に打ち払った。  な、なにやってるのよ、あたしは。これじゃ、まるっきり琴音ママじゃない。  あたしには妄想癖は無いんだからね。  それにしても……第2ラウンドが始まってからずいぶんと経つけど……  ま、まだ継続中だしぃ〜。  やれやれ、よく続くわねぇ。  こうなったら、いっそのこと――  『目指せギネスブック! 狙うは世界最長記録』  ――よっ!!  ……………………。  …………あほくさ。  なんか、本気で虚しくなってきちゃった。  はぁ。もう上がろっと。  ……結局、今日もまともに稽古を付けてもらえなかったなぁ。  あたしは、大きなため息を吐きながら、トレーニングルームを後にした。 「もう、万年新婚夫婦とは、絶対一緒にトレーニングなんかしない!!」  強く強く心に誓うあたしであった。  ちなみに……パパとママがトレーニングルームから出てきたのは、  あたしが上がってから、さらに1時間が経ってからのことだった。  なにをやってたんだか。ったく。
○   ○   ○

 やっほー。藤田沙夜香でーす。  今日は、パパと綾香ママと一緒に、家の中にあるトレーニングルームで練習。  でも、本当は、あまり一緒にはやりたくないんだけどね。  え? 何故だって?  …………だって……ねぇ。 「沙夜香ぁ。そろそろトレーニングを始めるわよぉ」 「や、やっぱり、あたしはいいっ! 遠慮しとくっ!!」 「なにバカなことを言ってるのよ。さっさと来なさい!」 「ふにぃ〜〜〜〜〜〜っ」  本当にやりたくないのよ。本当に。

いや、マジで。
< おわり >

 ☆ あとがき ☆  予告通りの『こねこの場合』です。  えっと、今回のSSですが……
 没稿(『ポッ』のシーンから続きます) 「なにやってんだ、沙夜香?」 「ひとりで暴れて、どうしたの?」 「わきゃっ!」  自分のすぐそばから聞こえてきたその声に、あたしは飛び上がらんばかりに驚いた。  パパとママは、そんなあたしのことを『不思議な物』でも見るような表情で見つめている。 「本当になにやってんだ、お前は?」  心底呆れたような顔をしてパパが訊いてきた。 「きっと、エッチなことでも妄想してたんじゃないの?」  ニヤニヤした笑いを浮かべながら、ママがパパにとんでもないことを言う。  し、失礼ねぇ。『エッチな妄想』なんかじゃないわよ。  ……琴音ママじゃあるまいし。 「そっかそっか。なるほどなぁ」  ……って、パパ! なにを納得してるのよ!! 「違うわよ! あたしは『エッチは妄想』なんかしてないわ!!  ただちょっと、パパに見とれちゃっただけで……」  …………………………………………あ。 「え、えっと……あの……その……あうあう」  だ、大自爆。 「へぇ〜。俺のことをねぇ。そいつは照れるなぁ」 「ふ〜〜〜〜〜〜ん」  頭を掻くパパを、ママがジトーっとした視線で睨み付ける。 「ねぇ、浩之?」 「ん? なんだ?」  ニッコリと笑ってママが言う。 「もしも、娘にまで手を出したりしたら……殺しちゃうわよ、マジで」 「出すかっ!!」  もっとも、目は全然笑ってなかったけど。
 なーんて展開も考えてました(;^_^A  ただ、あまりにも沙夜香がファザコンっぽくなってしまいますし、  それに、話が長くなってしまう為、前作(こいぬの場合)との尺的なバランスが  取れなくなってしまうという理由から、泣く泣く(笑)没にしました。  浩之と巡る母娘の対決を書いてみたかったですけどね(^ ^;  ま、いつか書くかも( ̄ー ̄)ニヤソ  ではでは、またお会いしましょう\(>w<)/  (追)  次の作品はおそらく『たさい』本編になります。  最近、外伝率が高かったから、少し本編率を上げようと思います(;^_^A  でも、『EVA』や『名雪ちゃん』も書かなきゃいけないんですよね(−−;  ……………………うぐぅ。



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