「あけましておめでとうございます、ひかりおば……お義母さん」

「はい。あけましておめでとうございます。……浩之くん、一人?」

 新年の挨拶として神岸家へとやって来た浩之に、ひかりは小首を傾げながら尋ねた。

「あかりたちは? 皆で来る予定だったと思うけど」

「え、えっと……それがですね……」

「どうかしたの? もしかして、体調でも崩したのかしら?」

 心配げな表情を浮かべてひかりが問う。

「体調を崩したと言えばその通りかもしれませんが……何と言いますか……あ、あはは」

 冷や汗をダラダラと流して乾いた笑いを零す浩之。
 そんな息子の姿に、頭の中に大量のクエスチョンマークを飛ばしてしまうひかりだった。




『一月一日』




「うむ、実に良い天気だ。なんとも清々しい気持ちにさせてくれる青い空。爽やかで清涼な風。一年の始まりに相応しい朝だな。あっはっは」

「あっはっは、じゃないわよ! このバカ浩之!」

「浩之ちゃん。現実逃避はいけないと思うよ」

「まさかこんな新年の迎え方をするとはな。……不覚や」

 窓の外を眺めて高笑いしていた浩之に、女性陣が次々と文句を言い放つ。
 それを耳にして、冷たい汗が一筋二筋と浩之の頬を流れていった。

「い、いやぁ。まさかこんなことになるなんてなぁ。は、はは、ははは」

 皆の方へと振り向いて誤魔化すように浩之が笑う。彼の目へと飛び込んでくるのは死屍累々。力尽き、身を起こすことすら出来ない愛しい恋人たちの姿だった。
 そんな気息奄々の一同から、浩之へと一斉に非難の視線が向けられる。

「な、なんだよ。そんな目をするなよな。おまえらだってノリノリだったじゃないか」

「それは否定しませんけど……」

「限度ってものがあると思います」

 セリオと芹香の反論を受け、浩之が『う゛っ』と言葉を詰まらせた。

「た、確かにちょっと暴走しちまった気もするけど……で、でもさ、昔からよく言うじゃないか。『今年の煩悩、今年のうちに』って」

「先輩、あれは『ちょっと』じゃなかったと思います。それに『煩悩』じゃなくて『汚れ』です」

「ある意味『汚れ』といえば『汚れ』って気もしますけど」

 苦し紛れの浩之の発言に対し、葵がため息と共に突っ込み、琴音は冷徹に切って捨てた。

「まあ、浩之くんの言い訳になってない言い訳はさておき……。今日はどうするの? みんなの家に挨拶に行くんじゃなかったっけ?」

 いたた、と腰を摩りながら理緒が尋ねる。

「ど、どうすると言われましても……誰も動けませんよ」

 床にベタッと突っ伏した格好でマルチが答えた。それに他の者も『うんうん』と同意する。

「正確には、ヒトリだけいるけどネ。ゲンキに動けるのが。ネッ、ヒロユキ」

 レミィの発言を受け、皆の視線が浩之へと集中した。

「え? な、なんだよ。もしかして、俺ひとりで行ってこい、と? おいおい、ちょっと待ってくれよ。それってつまり、お前らが来ない理由を俺の口から親御さんに説明しなきゃいけなくなるわけで。いくらなんでもそいつは酷というか、ぶっちゃけ針の筵……い、いえ、なんでもありません。喜んで行かせていただきます」

 皆からの『自業自得でしょ』という半眼を受け、浩之があっさりと白旗を揚げる。
 こういう時の女の子に逆らってはいけない、今までの経験からしっかりと学習している浩之だった。
 その割りには肝心な所で全く学習能力が発揮されていなかったりするが……その部分での学習を浩之は――そして何気に女性陣も――大して求めていなかったりするので、きっと問題ない……はずである。


○   ○   ○



「――とまあ、かくかくしかじか、というわけでして」

「……あらあら」

 浩之からの説明を受け、ひかりは頬に手を添えて嘆息した。

「呆れたものねぇ」

「うっ。す、すみません。少し調子に乗ってしまいました。反省してます」

 言葉通りに呆れが色濃く出たひかりの声を耳にして、浩之が身を縮ませて頭を下げる。

「あら、勘違いしないでね。わたしが呆れたのは浩之くんじゃないわよ。あかりたちの方」

「……へ? あかりたち?」

 予想外の発言に浩之が目を丸くした。

「まったくもう。十人も居て、浩之くん一人を陥落させられないどころか、逆に弄ばれて手篭めにされちゃうなんて」

「て、手篭めって……んな、人聞きの悪い」

 抗議の声を上げる浩之だったが、それをひかりは丁重にスルーした。

「あの娘たちにはもっといろいろと勉強させないとダメね。そろそろ、姫川さんや松原さんと話していた事を実行すべきかしら」

「な、なにをするつもりですか?」

「うふふ。な・い・しょ♪」

「……よく分かりませんけど……お手柔らかにお願いしますね」

「それはあかりたち次第ね。ふふっ」

 楽しげなひかりの笑顔に異様な迫力を感じ、浩之は背筋に冷たいものを覚えるのだった。


○   ○   ○



「あっ。おかえりなさい、浩之ちゃん……って、どうしたの?」

「ヒロユキ? なんか、顔色わるいヨ?」

「先輩? なにかあったんですか?」

「いや、なにもない。なにもないよ。……俺は、な」

 浩之から同情めいた目を向けられ、あかりたちは揃って首を傾げた。

「なあ、あかり」

「な、なに?」

「それに、みんなも」

「なによ?」

「なんですか?」

「……頑張れよ」

 突然の浩之からの激励に「え?」と困惑するあかりたち。
 そんな彼女たちに痛ましさの混じった生温かい視線を送りながら、娘への教育に燃える母親たちの様子を脳裏に思い浮かべ、胸の中でそっと手を合わせる浩之だった。