『誤解なんです』
誤解されて辟易する。うんざりする。
こういう経験は多かれ少なかれ誰しもが味わうものだろう。
あたしこと美坂香里だって例外ではない。というか、今現在、まさにその真っ只中だったりする。
「……はぁ」
「ん? どうした、香里? ため息なんか吐いちゃって」
「別に。なんでもないわ」
あたしに降りかかっている誤解。その原因がこの男、相沢祐一だったりする。
どうやら、友人知人たちにはあたしと相沢くんはカップルだと思われているらしい。
とんでもない誤解だ。あたしたちは単なる腐れ縁の友達に過ぎない。恋人などと思われるのは、あたしも相沢くんも甚だ不本意である。
確かに、あたしと相沢くんは学校内に於いて行動を共にしている事が多い。けれど、それだけでカップル扱いされては困ってしまう。
一緒に居る理由は、それなりに付き合いが長いから他の人よりは気安い、といった程度でしかない。
この大学だって『たまたま』同じになっただけ。入学後、相沢くんも同じ学校だと知った時にはそれはそれは驚いたものだ。
え? あたしたちが二人で合格発表を見に来ていたのを目撃した人が居る?
……人違いよ。
うるさい、黙れ。あたしが人違いと言ったら人違いなの。
因みに、あたしも相沢くんも今はアパート住まいだったりするのだが、その住所が物凄く近かったりするのは『偶然』である。
誤解なきようお願いしたい。
「ところで、相沢くん。今日の夕食だけど、何が食べたい?」
「なんでもいいよ。任せる」
「そういう回答が一番困るんだけど……ま、いいわ。それじゃ適当に作るけど、後になってから文句を言わないでよ」
なにやら同棲カップルを思わせる会話だったりするが、どうか誤解しないでいただきたい。
これはそんな色っぽいものではない。単に、お互いの利害が一致しただけに過ぎない。
ぶっちゃけると、あたしたちは食費を折半していた。
それにより、
『相沢くんは作りたての温かい料理にありつけ、また高価なコンビニのお弁当を買うのに比べたら遥かに安く済む』
『あたしは、作る手間は一人分も二人分も大して変わらないから、純粋に渡されるお金の分だけ家計が助かる』
といった具合に、双方に利益がもたらされる。
故に、こういう事をしているのだ。なにも好きこのんで『新妻ごっこ』をしているワケじゃない。
甘い空気だのラブラブな雰囲気だの、そんなくだらない物が入り込む余地など無い合理的な判断に基づいた行為なのだ。
「言わない言わない。香里の作る料理で不味いもんなんて無いからな」
「……ばか」
誤解なきようお願いしたい。
○ ○ ○
「どう? お口に合うかしら?」
「ああ。すごく美味いよ」
「そ。それはどうも」
夕食のメニューは肉じゃがにした。
特に理由は無い。たまたま材料が揃っていたからそれにしただけ。
何気に相沢くんの好物だったりするが……あくまでも『たまたま』である。
彼の喜ぶ顔が見たい、だなんて乙女チックな想いはこれっぽっちも抱いていないので勘違いしないでいただきたい。
「あっ。ちょっと動かないで、相沢くん」
「え?」
「口元。拭いてあげるからジッとしてて」
「ん。わかった」
子供みたいな相沢くんに胸の内でため息を吐きつつも、あたしは彼の方へと身を乗り出して、
「……はい、綺麗になったわ」
口元の汚れをペロッと舐め取った。
断っておくが、これは手近な所にナプキンの類が見付からなかったが故の行動である。
いつもいつも、こんなバカップルみたいな事をしているワケじゃない。
緊急避難的な止むを得ない行為だったということをご理解いただきたい。
ただ単に、最も手早く汚れを拭える合理的な手段を選んだに過ぎないのだから。
「へへ。ありがとな」
「う、嬉しそうな顔してるんじゃないの! ま、まったくもう」
イチャイチャしている、などといった不愉快極まりない誤解はしないで欲しいものである。
「香里。風呂、沸いたぞ」
「相沢くん、先に入ってて。あたしもすぐ行くから」
またまた新婚カップルみたいな会話をしているが、これにももちろん理由が存在する。
答は単純明快。節約である。
別々に入浴した場合、どうしても風呂釜にお湯を足したり追い焚きをしたりする事になる。また、風呂の使用時間が長くなれば、当然風呂場の照明が点けられている時間も延びる。ガス・水・電気の無駄遣いもいいところだ。勿体無い。嗚呼、勿体無い。
従って、
「……相沢くん。お、お待たせ」
「あのさ、香里」
「な、なに?」
「どうして、そこまで必死にタオルで身体を隠そうとするかな。すっごく今更な気がするのは俺だけか?」
「う、うるさいわね」
「まあ、いいんだけどな。そういう初々しいところも香里の萌えポイントだしさ」
あたしたちは、この様に二人で一緒に入浴している。あくまでも、あくまでも節約の為に。
「……思うんだけど、相沢くんって基本的に意地悪よね。すぐそうやっていじめるし」
「香里が可愛すぎるからいけないんだよ。だからいじめたくなる」
「ひ、ひとの所為にしないでよ……ばか」
決して楽しんでいたりなどしないので、その辺は誤解なきようお願いしたい。
「おやすみなさい……相沢くん」
「おやすみ、香里」
基本的にあたしと相沢くんは一緒に寝ている。
今日の様に相沢くんがあたしの部屋に来たときでも、またその逆の場合でもそれは変わらない。
本来は来客用の布団を出すべきなのだろうが、正直それはめんどくさい。
それに、布団は使ったら当然干さなければならないし、シーツは洗濯しなければならない。余計な手間が生じるワケである。
なら、多少狭いのを我慢してでも一つの布団を二人で使った方が作業が増えずに楽だ。
そういう合理的な考えの下に選択した行為なのであるから、相沢くんの温もりに包まれて眠るのが好き、などというこっぱずかしい気持ちなんて抱いていないのは言うまでもない。
ちなみに、どういうわけか、なぜか、あたしも相沢くんも一糸纏わぬ姿だったりするが……それは……えっと……あれだ。つまり、なんというか……パジャマの洗濯の手間を省く為とか? うん、まあ、そんなところだ、きっと。
閑話休題。
上記の例を見ても明白な様に、あたしと相沢くんは合理的、且つ利害の一致で行動しているだけの単なる友人に過ぎないのである。
くれぐれも誤解などしないでいただきたい。
○ ○ ○
誤解されて辟易する。うんざりする。
こういう経験は多かれ少なかれ誰しもが味わうものだろう。
あたしこと美坂香里だって例外ではない。というか、今現在、まさにその真っ只中だったりする。
いったいどうしてこんな誤解をされるのか。
いつになったら誤解が解けてくれるのか。
やれやれ、困ったものである。
火の無い所に煙を立たされ、頭を痛める日々のあたしであった。
(追記)
「あの……お姉ちゃん」
「なーに?」
「これ、本気で言ってます?」
「なんで? あたし、なにか変なこと言った?」
「……」
「なによ。変な栞」
「こんな事を臆面も無く言うお姉ちゃんに『変』とか評されるのは激しく不本意ですが……まあ、いいでしょう。ところで、お姉ちゃん。お姉ちゃんはあくまでも祐一さんとは友だちだと言い張るわけですね?」
「言い張るも何も事実だし」
「そうですか。なら、わたしが祐一さんにモーションを掛けても構わない、わけです、よ、ね……」
「……エエ、カマワナイワヨ。……フフッ」
「う、ウソです! ウソ! そんなことしません! 絶対しませんです!」
「そうなの? いいのに。相沢くんだって栞に迫られたら嬉しいだろうしね♪」
「……」