『せかいいちのひるやすみ』
いつも思う。このクラスの奴らは本当に気の良い連中だ。
俺が世界一のエージェントだと知っていても、そんなことを全く気にしない素振りで接してくれる。
理解ある皆の態度にはいつも感謝させられる。
だけど……
「はい、宗一。あーんして」
「宗一君、私が食べさせてあげます」
昼休み。俺の右側から皐月嬢が箸で摘んだ玉子焼きを差し出し、左側からゆかりんがスプーンに載せたピラフを俺の口へとロックオン。
「さすがは世界一。うんうん、実にアレな男だねぇ」
そんな情景を受け入れきった周囲の面々から投げ掛けられる、なんとも表現し難い生温い視線とありがたいからかいのお言葉。
――いくらなんでもこんな理解はいらんわ。
つーか、いとっぷ。アレとか言うな、アレとか。
「そーいち、あーんだってば」
「宗一君、パックンしてください」
どうでもいいけど少しは空気を読んでくれ、君ら。どうしてわざわざ周囲に肴を提供するような行為をしたがりますか。
そういうのは部屋に帰ってからいくらでも……もとい、健全な学生としましては節度有る振る舞いをしなければいけないとか思っちゃったりするわけですよ、ハイ。だから、今はその手のイチャイチャは我慢していただきたい所存でして。
「むぅ、あーんしない」
「宗一君、口を開ける気ナッシングっぽい?」
「おのれ、そーいちのくせに生意気な」
「ふぅ、仕方ないね」
頑なに要望を拒む俺に、二人はどうやら諦めたご様子。あとで盛大壮絶にご機嫌取りをする必要はあるだろうけど、ここでバカップルぶりを晒すよりは遥かにマシだろう。なんにせよ、これで漸く落ち着いてメシが喰え……
「つまり、これはアレね。あーんだけでは物足りないと。まったく、宗一ってばワガママなんだから」
「だね。やっぱり、いつもの様に『くちうちゅち』じゃないとお気に召さないみたい。ホント、宗一君ってばエッチなんだから」
「待て。ちょーっと待て、おまえら」
落ち着けませんでした。寧ろ更に泥沼化。
どこをどうしたらそういう発想に辿り着きますか?
あと、ゆかり。誤解を招くから『いつもの様に』とか言わないように。別にいつもいつもそんな事をしてるわけじゃないんだから。
……ホントだぞ。ホントに『いつも』じゃないからな。
どうでもいいが、周りから注がれる視線がいろんな意味でちょっぴし痛くなってきた。みなさん、耳が空飛ぶ子象状態になってます。
思わず頭を両腕で抱え込んでしまう宗一君でした。
「まあまあ、皐月ちゃんもゆかりちゃんも。あんまり宗一を困らせちゃダメよ。彼、これでも意外と信じられないけど嘘みたいだけどこんな顔してるくせに結構ナイーブだったりする面もほんの少しだけ微かにだけど持ってるような気がしなくもないから」
「フォローする気があるんだか無いんだかよく分からない発言をありがとうリサ」
ありがたくて涙が出てきちゃいそうだよ、だって男の子だもん。
「つーか、リサ。何故に普通に自然にナチュラルに混ざってるかな、おまえは。ここ、一応学校なんですが?」
「迷惑だった?」
微妙に上目遣いで問うてくるリサ。薄っすらと瞳を潤ませているのが雌ギツネの面目躍如。
「いや、別に迷惑ってことはないんだけどさ」
「一人での食事って寂しいのよね。一度ヒトの温もりを知ってしまったら、もう孤独には戻れないわ」
「『ID13』の元エースとは思えないセリフだな、それは。――で? 本当のところは?」
「皐月ちゃんに誘われたのよ」
寸前のウェットな雰囲気はどこへやら。リサはアッサリと身に纏う空気をいつもの物へと戻した。
「皐月に?」
「ええ。『リサさんも一緒にお昼食べませんか?』って」
「そうなのか?」
俺は皐月へと視線を向ける。
「そーよ。ご飯は大勢で食べた方が美味しいもの。それに、リサさんとあたしたちは『そーいちのあしすたんと』という絆で結ばれた仲間なの。リサさんだけ仲間外れにするだなんて、お天道様が許してもこのあたしが許さないのだよ」
「うんうん。リサさんが一緒の方が私も嬉しいです」
無意味にえへんと胸を張る皐月、ニコニコと満面の笑みを浮かべるゆかり。二人の言葉を聞いて満更でもない顔をしているリサ。
そんな三人を見ていると、『それもそっか』という気持ちになってくる。俺もリサと食事を共にするのは楽しかったりするし。
「ま、いっか。でもさ、取り敢えず教師の連中にだけは見付からないように気を付けてくれよ。このクラスの奴らは……良くも悪くも異様に順応性が高いから問題ないけど、先生達に見付かったら流石に少々面倒なことになりそうだからさ」
「大丈夫よ、その点は問題ないわ」
小さく微笑んで、自信満々にリサが返す。
「なんで?」
「もし見付かっても、『私、宗一の妻です』と答えるから」
「そっか。夫婦あったら一緒にメシを食うのは当然だもんな。ならば大丈夫……って、んなワケあるか!」
それは全然大丈夫じゃないだろ。むしろ火に油。というか、そもそも理屈が通ってねぇし論点がずれまくってますよ?
「リサさん、ダメだよ。それはダメだって」
「そうです。いくらなんでもそんな嘘はダメダメです」
そうだ、ダメのダメダメだ。皐月、ゆかり、もっと言ってやれ言ってやれ。
「宗一の妻はあたし。他の人は愛人なの」
「宗一君の妻は私です」
……ああ、やっぱり。やっぱりな。言うんじゃないかなぁとは思ってたよ、その手のセリフ。
どんな場面でもお約束を外さない君らがとっても大好きです、どちくしょーが。
「……ゆかり? それはちょーっと聞き捨てならないわね」
「……皐月ちゃん? 妄想はほどほどにしておかなきゃいけないと思うよ」
にっこりと。それはもうにっこりと。
顔を見合わせて微笑みあう二匹の雌獣。
優しげな笑顔に殺気が充満しております。
更に、
「ふーん、そういうことを言うんだ? 皐月ちゃん、ゆかりちゃん、なんなら受けて立つわよ」
最強のスマイルフォックスも一匹追加。
泥沼です。ドツボです。まるで蟲毒です。
――誰か助けれ。
周囲をざっと見回せば、返って来るのはニヤニヤとした生ぬるーい視線。あーんど激励のサムズアップ。
救援信号は綺麗にシカトされました。笑っちゃうほどに孤立無援です、ハッハッハッ。
てめぇら、月の出ている夜ばかりと思うなよ。
「いつかはハッキリさせなければいけないなぁとは思っていたんだよね」
「良い機会です。そろそろ白黒付けましょう」
「OK。異存は無いわ」
俺の内心を余所に、目の前では三大怪獣南海大決戦と云わんばかりの様相を呈してきていた。
「い、いや、あの……皆さん? せっかくの昼休み、仲良く穏便に過ごそうよ。ねっ?」
さすがに放っておくわけにもいかないので、なんとか宥めようとする俺。自分で言うのも何ですが実に健気です。
しかし……
「ああん?」
「宗一君は」
「黙ってて」
「……はい」
睨まれました。一斉に睨まれました。マジ怖かったです。無理、収束は無理。下手に止めようとしたら、寧ろ俺が終息しかねない。
てか、俺って立場弱っ。
「流石はNASTYBOY。尻の敷かれっぷりも世界一か」
どこからかそんな感嘆交じりの呟きが聞こえてきた。
うん、また一つ、このクラスの奴らは俺に対する理解を深めたようだ。
「……嬉しくねぇ。ちっとも嬉しくねぇ」
だから、そんな理解はいらんっつーの。
「っていうか、誰でもいいから我に助けを、いやホントマジで、ヘルプミー、助けて神様、ハリーハリー」
間近で展開されている狂騒劇を横目に、俺は生まれて初めて真剣に本気で――ちょっぴり錯乱しつつ――神へと願ってしまうのだった。
因みに女三人が姦しく騒いでいるのと同時刻、学校近くの路上に……
「このクッキー、宗一さん、食べてくれるでしょうか?」
「大丈夫よ、七海ちゃん。一生懸命、愛情を込めて頑張って作ったんですもの。そうちゃんのことだから、きっと美味しい美味しいって食べてくれるわ」
「え、えへへ」
「きゅきゅ」
などという会話を交わしながら、手を繋いでノンビリと歩いている一見親子かと思わせるような微笑ましい二人プラス一匹がいたりするのだが……
全能ならぬこの身では知る由も無かった。
そして、事態は更なる泥沼へ。
神も仏も居やしなかった。というか、寧ろニヤニヤ笑いでスルーされたっぽい。
「ごめんなさい、泣き喚いていいですか?」
教室中からの生暖かい視線を一身に浴び、思わず嗚咽してしまうなすてぃぼぉい君だった。