『いぬねこ賛歌』



 浩之と雅史、矢島に垣本の四人。ペットショップの前でなにやら議論中。
 いや、正確には矢島と垣本の二人が、だが。

「やっぱり猫の方が良いって」

 垣本が言えば、

「犬だろ、犬。絶対に犬だ」

 負けじと矢島が返す。
 いわゆる猫派と犬派の対決であった。

「猫だよ」

「犬だな」

 これだけは譲れないとばかりに、双方一歩も退かない。
 そんな二人を見て浩之は呆れ顔。あからさまに『どっちでもいいじゃん』という表情をしている。
 雅史は……ニコニコ笑顔。こちらは何を考えているのか窺い知れない。何も考えていないという可能性も高いが。

「なあ、藤田。お前はどっちが良いと思う?」

「犬だよな。男だったら犬だよな」

 一対一の『話し合い』では埒が明かないと判断したのか、垣本と矢島が浩之へと話を振ってきた。

「え? 俺か? そ、そうだなぁ」

 正直「振られても困る」「巻き込まないでくれ」と思わないでもない浩之であったが、取り合えずは素直に考え始めた。「知るか」と突っ撥ねても、それが聞き入れられるとは思えなかったので。

 犬と猫、か。
 犬、ねぇ。
 犬といったら……あかりだよな、やっぱり。
 何と言っても元祖犬チックだし。
 ちょっと離れた場所から「ひろゆきちゃん、ひまかな? ひまかなぁ? かまってほしいな、あそんでほしいな、おはなししたいな」と訴えかける目で『かまって光線』を発するところなどはまさに子犬。
 そのくせ、ベッドの上だと意外と積極的だったりして。
 俺を悦ばせようと、一生懸命にあんな所やこんな所をペロペロと奉仕する様は忠犬そのもの。

「良いな、犬。犬、最高」

 ……いや、待て待て。結論を出すのはまだ早いぞ。猫も捨てがたいと思わないか、俺。
 猫。
 猫といったら……代表格は綾香だな。
 あいつは完璧に猫系だし。
 あかりとは対照的に「ひまなのぉ。かまってかまって、あそんであそんでぇ」とストレートに訴えてくるところなんか実に猫。少々『こっちの都合なんかお構いなし』な部分もあったりするが、そういうお茶目な身勝手さも何気に萌えだったりする。
 けど、ベッドの上だと普段の積極性からは信じられないくらいに『借りてきた猫』になってしまうんだよな。
 俺がちょっと綾香の知識外のことをすると、途端に不安そうな顔になって瞳をウルウルさせちゃったりして。

「うん。猫も良いな。猫、最高」

「――で? 結局、どっちなんだよ?」

 考えに耽る浩之に、焦れた垣本が結論を促してきた。

「そうだなぁ」

 問われ、浩之は心の中で犬と猫を天秤に掛けた。
 と同時に、当然の様にあかりと綾香の顔が脳裏に浮かぶ。
 犬、と結論を出そうとすると綾香が悲しそうな表情に。
 猫、と結論を出そうとするとあかりが寂しそうに。
 辛い。本気で辛い。これは浩之にとって拷問に等しかった。
 答えを出せずに悶絶する浩之。
 そして、その結果、

「俺には、俺には二人とも同じくらい大切なんだぁ! どっちかなんて選べるかよぉぉ! うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」

 魂の大絶叫。滂沱の涙を流しながら、夕日に向かって猛ダッシュ。
 実に『青春』である。

「な、なんだ、あいつ?」

「さ、さぁ?」

 走り去っていく浩之の背中を見ながら矢島と垣本がポカンとした顔で零す。

「つーか、二人ってなにさ?」

「ま、藤田がどんなことを考えていたかは大体想像できるけどな」

 藤田に振った俺たちが馬鹿だった、そう言わんばかりに大袈裟に肩を竦めるヤジー&カッキー。

「そんじゃ、佐藤はどうだ?」

「犬と猫、お前だったらどっちがいい?」

 それではとばかりに、標的を変えて今度は雅史に尋ねる二人。

「僕? うーん、そうだねぇ」

 その問いに雅史は暫し考え、

「僕はハムスターが好きだよ」

 きっぱりと答えた。満面の笑みで。

「い、いや、そうじゃなくて。そうじゃなくて」

「犬か猫って訊いてるんだけど」

 ちょっぴり困惑した顔で垣本と矢島が返す。

「うん。犬も猫も可愛いと思うよ。だけど、僕はハムスターが好きなんだ」

 雅史、ニコニコと。
 それはもうニコニコと。
 爽やか過ぎるほどにニコニコと。

「そ、そっか」

「ハムスター、可愛いよな」

 逆らってはいけない。本能的に感じた垣本と矢島には、ただただ雅史の言を肯定するしか他に無かった。

「うん。ハムスターが一番だよ♪」

 議論の結果――雅史の一人勝ち。
 天然物には勝てない。その事実を、心に深く深く刻み付ける垣本と矢島であった。



 ちなみに、その日の夜、

「うーん。これだけじゃ、まだ犬と猫のどっちの方が良いかなんて判断出来ないなぁ。てなわけで、もう一回」

「……ま、待って。少し、少しでいいから休ませて」

「はうぅ。今日の浩之ちゃん、妙に燃えてるよぉ」

 浩之の部屋でちょっとした検討会が行われたりしたのは言うまでもない。
 藤田浩之、どこまでも期待を裏切らない漢であった。