『藤田家のたさい』外伝

柏木家の幸せ〜幸せへの前奏曲(プレリュード)〜
最終章 悪夢の終幕


「久しぶりだな、耕一」  耕一たちの目の前に現れた人間、それは耕一の父だった。 「おじさま!」  千鶴が叫んだ。 「みんな、元気そうで何よりだ、うん」  耕一の父は千鶴たちの方を向いてにっこりと笑った。 「何言ってんだくそ親父、この状態のどこが元気だ!」  だが耕一の父は、耕一の言葉を無視して亡霊の方を向いた。 「よう、エルクゥの残りカスども」 「残りカスだと――」 「そう、残りカス。でもお前ら、精神体を融合させたといっても、よくもまあ五 百年間も魂だけで生き残ってたな、ほんと感心するぜ。だがな、俺の大切な息子 とその許嫁をここまで痛めつけたんだ、きっちりとその落とし前はつけさせても らう!」 「何を言うかと思えば、貴様にそんなことができるのか――? 貴様ごときが我 らに勝てると思うの――」  亡霊が話し終わるまでに耕一の父の手の平から放たれた光線が、亡霊に当たっ た。 「うるさい」 「おのれ――」  耕一の父は、亡霊をばかにしたような目つきで見た。 「『勝てると思うか』だと? 逆じゃないのか? お前は確かに、今の耕一たち には勝てる。だが、それは耕一たちが相手だからだ。いくらお前が亡霊の集合体 だとしても、その力は五百年間生き続けるためにほとんど使われてるんだろ?  そんなんじゃ、ついこの間死んだばっかりで、生きのいい精神体の俺には勝てな いな!」 「ぐっ、なるほど、確かにそうだな――。だが、今の攻撃でわかったぞ、貴様の 力では我らを消滅させることはできない――。貴様の中途半端な攻撃では、我ら の力を削るのみ――。少しでも我らの力が、精神体が残っている限り、必ず我ら は復活する――。決して次郎衛門を救うことなどできん――」  耕一の父は、肩をすくめた。 「確かにな。少なくとも、千鶴たちが全力で出すぐらいの力がなければ、普通は お前を消滅させられない。だけどな、そんなことをしなくっても、お前を完全に 消滅させる方法はあるんだよ」 「何――?」 「ん! 来たか!」 耕一たちの側に、再び見知らぬ人影が三つ降り立った。 「みんな、元気にしてたか?」 「千鶴、梓、楓、初音、大きくなったわね」 「元気そうね、耕一」  その姿を見た耕一たちは思わず叫んだ。 「お父さん! お母さん!」 「お袋!」  三つの影の正体は、千鶴たちの両親と耕一の母だった。 「そんな、どうして? おじさまだけでなく、お父さんやお母さん、おばさまま でが耕一さんの精神世界にやってくるなんて」  不思議がる楓に、困ったような顔をして千鶴たちの母が話しかけた。 「楓、そんなこと言わないの。せっかくあなたたちを助けるために、ちょっとし た里帰りをしに来たのに」 「里帰り?」 「そうよ、うちの耕一だけじゃまだあなたたちを助けられないからってうちの人 がね、無理してこっちに来たの。結構大変だったのよ、私と義姉さんはエルクゥ の力なんて持ってないから。それに時間制限もあるしね。ま、つもる話はあとに して、とりあえず義兄さん、亡霊をやっつけてください」 「ああ、任せといてくれ。じゃあ行って来る!」  千鶴たちの父は、亡霊と小競り合いをしている耕一の父の方へ、走っていった。  今まで黙ってその光景を見ていた初音が、母親に話しかけた。 「ねえ、お母さん」 「何、初音?」 「お母さんは、わたしたちを助けに来たんじゃないの?」  初音の質問を受けた千鶴たちの母は、ため息をついた。 「はぁ、何言ってるのよ。お父さんたちと違って、私たちは普通の人間なのよ。 あんな変なのと戦えるわけないじゃない。私たちは、応援。あなたー、がんばっ てねー」 「あ、そう……」  初音が母との和やかな会話を楽しんでいる頃、千鶴たちの父は、耕一の父と合 流した。 「よう、待たせたな!」 「兄貴、遅いぞ、何やってたんだ」 「ははは、すまん。なんでもうちのやつがな、『千鶴たちの将来に必要なもの』 を探す、とか言って、こっちに来てから寄り道してたんだ」 「何やってんだか……」 「まあ、気にするな。とにかく、こいつの始末だ」  耕一の父と千鶴たちの父は、亡霊の正面に立った。 「二人になっても同じこと――我らを滅ぼすことはできない――」 「だから、世の中には技ってもんがあるんだよ。少しは学習しろ」 そう言って耕一の父は亡霊の背後に移動し、ちょうど千鶴たちの父とで亡霊を 挟む形に立った。 「じゃあいくぜ兄貴!」 「おお!」  亡霊を挟んで立った二人は、すかさず何かの印を結び呪文を唱え始めた。 「何をするつもりだ――。ん――? まさか――!」 「残りカス、地獄の闇が、お前を待ってるぞ!」  耕一の父の言葉と同時に、亡霊の真下の空間に黒い穴が空いた。 「おのれ、くぁ、ぐぅおおぉぉ――。おぉーのぉーれぇー――」 亡霊は黒い穴に沈み始めた。 「おのれぇー――。我らはあきらめんぞ、なんとしてもここから出てやる――」  亡霊は何とかしてそこから脱出しようとするのだが、徐々にその体は穴に沈ん でいった。 「お、おの、れぇ――なんとしても――」 「往生際が悪い! 闇よ……救われぬこの魂に、永遠の眠りを、完全なる無を!」  その瞬間、穴がすさまじい勢いで亡霊の体を吸い込み始めた。 「ぐおぉぉー――なぜだ、なぜ我らが負けた――」 「わからないのか。お前は完全に計算を誤ったんだ。耕一が、千鶴たちの危機を 目の前にしてもお前たちの支配下に置かれると考えた時点で間違ってたんだ。人 の想いを侮った時点で、すでにお前の負けは決まっていたんだ!」 「信じぬ、そのようなこと信じぬぞぉぉ――。我らは滅びぬぞぉぉぉぉぉ――」  亡霊の体はさらに穴に吸い込まれ、完全に穴に消えた。  亡霊が穴に消えると同時に、穴も閉じていった。  亡霊が消えると同時に、耕一は父親の側に行った。 「親父何をしたんだ? 奴はどうなったんだ?」 「俺たちがこの世にくるときに使った道にちょっとした細工を加えて、地獄の一 番やばい所への道を作った。そこへ奴を堕としてやった」 「やばい所?」 「ああ、そこに行った魂に安らぎはない。あるのは魂の完全な消滅。それだけだ」 「じゃあ、奴らは、エルクゥの亡霊は……」 「完全に、滅んだ」  闘いが終わったあと、耕一たちはそれぞれの家族に分かれ、両親との感動的な 再会の時を迎えた。  耕一は、父親と向かい合って立った。 「親父、俺の今一番やりたいことはわかるな?」 「ああ、やってくれ」 「じゃあ、遠慮なく!」  耕一は父親を殴りつけた。彼の父は、その衝撃で地面にたたきつけられた。 「痛ててて……」  耕一は倒れた父親を冷たい目でにらみつけると、その胸ぐらをつかんだ。  一呼吸置いて、再び拳を握りしめた耕一の右腕を彼の母親が押さえつけた。 「待ちなさい、耕一。これ以上はだめよ!」 「離してくれ、お袋! こいつが、こいつのしたことは!」 「わかってるわ! わかってるけど……お願い、やめて、耕一!」 「お、お袋……くっ、わかったよ。ほら、親父立てよ。いつまで倒れてるんだ、 みっともない」  耕一は父親を離すと、彼から離れた。 「親父、先に礼を言っておく。みんなを助けてくれて、ありがとう。それから、 もう一度千鶴さんや梓、楓ちゃんや初音ちゃんに会わせてくれて、ありがとう」 「耕一……」  耕一の父は、ゆっくりと立ち上がった。 「すまなかったな、耕一。お前にも辛い思いを――」 「ちょっと待て。何言ってんだ、親父。俺がいつ辛い思いをしたんだ? 俺は辛 いことなんか、親父がいなくったって、辛いことなんかちっともなかったんだ。 へん、うぬぼれるなよ。親父なんかいなくたって、俺は立派に生きてるんだ。勘 違いしてもらっちゃ困るな」 「耕一、なんてことを」  耕一の母が耕一に注意しようとしたが、彼女の夫がそれを止めた。 「いや、いいんだ」 「でも……」  耕一は両親を無視して話し続けた。 「とにかく、俺はもういいからお袋にきっちりと詫びを入れろ」 「耕一、あなた何を?」 「もうとぼけなくたっていいんだ、お袋。俺知ってたんだ。親父が隆山に行って から、表面上は気丈に振る舞ってたけど、お袋がどんなに哀しんでたか」 「何を言ってるの。私は、そんなことちっとも思ってなかったわよ。この人を信 じてたもの」 「じゃあ、いっつも夜中に声を殺して泣いてたのは誰だ? それも親父の写真を 見つめて」 「そ、それは……」  耕一の母親はその言葉に言い返すことができなかった。 「俺は元々、この隆山で、親父を許そうと思ってたんだ。千鶴さんたちに会えば、 きっと親父のやったことを許せると思ったんだ。千鶴さんたちが昔のままの、素 敵な優しい人たちだったら、きっと親父は間違ったことをしちゃいないって」 「耕一、あなた……」 「それに鬼の力がよみがえったときに、親父の辛さ、苦しさ、みんなわかったん だ。だから俺は親父を許そうと思った。だけどできなかった。お袋の涙を思い出 すと、どうしても親父を許せなくなった。親父にとって、お袋は世界で一番大切 な人なんだろ?」  耕一の父は黙ってうなずいた。 「だったら、その大切な人をなんで哀しませたってな。そう考えたら、腹が立っ てしようがなかった。でも、もういいや。お袋は親父を殴ろうとする俺を、必死 で止めた。あれだけ自分を泣かせた人間を。ふん、もうやってられないぜ、ばか ばかしい。あの世でずっと二人でイチャイチャしてろ!」 「耕一、ありがとう」 「辛気臭い面すんなよな、親父。似合わないぜ」 「そ、そうかもしれないな」  耕一の父は、小さく笑った。 「それから二人の遺影、ちゃんと並べといてやったんだからな、感謝してくれよ」 「そうか、ありがとう、耕一。あ、そうだ耕一。お前に――」 「え――!? 耕一さんの――!?」 「ん? なんだ、なんだ?」  少し離れた場所で耕一と同様、両親と再会していた千鶴たちの方から、大声が 聞こえた。 「なんだ? 俺がどうしたんだ? うぅなんか嫌な予感がする。ちょっと行って 来る!」  耕一は千鶴たちの方へ走っていった。  耕一の両親は、彼の走る姿をじっと見ていた。 「あなた、耕一ったらあなたがいなくても何ともないなんて……」 「あいつは本当に優しい男になった。ありがとう」 「え?」 「あいつが辛いと言えば、あいつから父親を奪った千鶴たちが哀しむことになる。 耕一にとってはそれが一番辛いことなんだ。耕一は本当に優しい、強い男に成長 した。もう一度礼を言うよ、ありがとう、耕一を立派に育ててくれて」 「そうだったんですか……でも、耕一が優しいのは、きれいな女の人に対してだ けかもしれませんよ、誰かに似て。ねえー、あ、な、た!」  耕一の父はそれには何も答えなかった。  だが、その顔は真っ青だった。  耕一が父親と和解していた頃、千鶴たちも両親との再会の喜びを味わっていた。 「お父さ――ん、お母さ――ん」  千鶴たちは、両親に抱きついた。 「みんな、ごめんなさい。辛い思いをさせて」 「ううん、いいの。お父さんやお母さんの辛い気持ちはみんなわかっているから。 それに、今日私たちを助けに来てくれたし」 「ありがとう、本当に優しい、素敵な女性になったわね、あなたたち。これなら、 いつお嫁に行っても大丈夫ね」 「ああ、それに本当にきれいになった。お父さんはうれしいぞ」 「ほんと? わたしきれいになった? 耕一お兄ちゃんなんていっつも『かわい い』ってしか言ってくれないのに」 「本当にきれいだよ。初音だけじゃない、千鶴も梓も楓もお父さんがあと二十歳 若かったら交際を申し込むところだ。……だが、胸は梓だけしか――い、痛い、 痛い! ご、ごめんなさい、許してくれ母さん!」  千鶴たちの父は、彼女たちの母に腕をねじりあげられた。 「当然でしょう。年頃の娘になんてこと言うの! 第一、耕一くんの好みがわか らない以上、一般論で話したってしょうがないじゃない!」 「お母さん、何を……?」  全員を代表して梓が尋ねた。 「え? だってあなたたち、みんな耕一くんのことが好きなんでしょ?」  その言葉に、千鶴たちは全員、真っ赤になってうつむいた。 「……本当に正直な娘たちね。とにかく、耕一くんがもし貧乳が好きなら、梓よ りも千鶴や楓、初音に分があるわけでしょ。あなたの好みでみんなを傷つけない の!」 「だけど耕一くんも男だ。そもそも女性の胸というのはだな、昔から女性の魅力 の中でも最高の――」 「本当にいいかげんにしなさい!」  千鶴たちの父が言い終わらないうちに、彼の妻の右ストレートが、見事に彼の 顔面に決まった。 「う、うが、が……ごめん、なさい」 「あなたは反省という言葉を知らないんですか!」  なおも夫婦喧嘩を続ける両親を見ながら、梓が千鶴に小さな声で話した。 「千鶴姉、この世界の強さって、精神力の強さじゃなかったのか?」 「あれが我が家での、精神力の強さ関係なのよ……」  しばらく夫を踏みつけていた千鶴たちの母親が突然、彼女たちの方を振り向い た。 「そうそう、そんなことより、今からとっても重要なことをあなたたちに話さな いといけないの」 「重要なこと?」  四人の声が重なった。 「ええ、このことを知っているかどうかで、あなたたちと耕一くんのこれからの 人生が大きく様変わりするの」 「お兄ちゃんとわたしたちの?」 「ええ。じゃあ言うわよ……」  千鶴たちはごくりとつばを飲み込んだ。 「それでは、発表しまぁす! 柏木耕一の秘密100連発! 耕一くんのあんな ことやこんなことまで、みーんなばらしちゃいま、しょう!」 「え――!? 耕一さんの――!?」  千鶴たちは母親に詰め寄った。 「はいはいはい、押さない押さない。それでは、まずは一つ目から……あら主役 が来たようね。まあ、これからのこともあるし、彼にも聞いてもらいましょうか。 ふふふ、楽しくなるわよー!」  耕一は息を切らせながら千鶴たちの所へやってきた。 「みんなどうしたの? あ、おばさん、ごぶさたしてます」 「はい、こんにちは。今からちょっとしたイベントをやるのよ。あなたも聞いて てね」 「はあ」 「それでは、発表します! 柏木耕一100の秘密その1!」 「え?」 「彼はなんと、十一歳までおねしょをしていた!」 「え――! 何それ――! 恥ずかしい――!」 「な、何言ってんですかおばさん!」 「あら事実じゃないの? それとも私がうそをついているとでも? 情報元は確 かよ」 「ま、まさか、その情報元って……」 「もちろん私! それからこっちに来る間に覗いてきた、あなたの記憶も情報元 になってるわよ」 「お袋!」  いつの間にか耕一の母が彼の側に立っていた。 「義姉さん、私も混ぜてもらうわ」 「喜んで。じゃあ、続きよ。柏木耕一100の秘密その2! 耕一くんは昨日の 夜、寝言である女性の名前をつぶやきました。その人の名は……」 「うわ――!!」 「秘密その3! 耕一が昔、千鶴ちゃん宛に書いたまま出せなかったラブレター の内容を初公開!」 「やめてくれ――!!」  耕一の父と、いつの間にか復活していた千鶴たちの父は、耕一たちから離れた ところで、耕一の叫びを聞いていた。 「兄貴あれなのか、『千鶴たちの将来に必要なもの』って?」 「ああ、そうらしいな。予想はしていたが、まさか本当にやるとは」 「うーむ……それにしてもむごいな」 「確かに……だが、昔を思い出す」 「兄貴もか」 「ああ。俺があいつと結婚する前の日にな、あいつに今までの俺の女性遍歴をず らずらと並べられた。本当に怖かった。あいつにだけは絶対逆らわないこと、そ のことが俺の全細胞に絶対命令として伝わった」 「ふっ、兄貴はまだいい。俺は、あいつとつきあいだしてすぐにそいつをやられ たんだ。あのときの恐怖は、いまでも覚えている。そのあと三日間、一睡もでき なかったしな」  耕一の父は、少し目を潤ませていた。 「そうか。お互い、苦労したな……」 「妻となるべき女性には逆らえない、それが柏木家の男性の定めなのかもしれな いな。その点では、いきなり四人の女性に、100の秘密か。耕一はすでに俺た ちを超えたな」 「そうだな。しかし、いいじゃないか。俺もお前も、結婚して少しも後悔なんて しなかっただろ。耕一くんも大丈夫……だと思う……たぶん」 「……ああ。だが、今回だけは俺もあまり自信がない。あいつが千鶴たちに好意 を持っていることはわかるが、果たしてあの拷問に、あいつの精神がたえられる のかどうか……」  柏木の兄弟は、小さくガッツポーズをした。 「ファイト、耕一!」  父親たちがのんきな会話を続けている間も耕一の秘密の暴露は続いた。  耕一は自分の過去のことや体の隅々のことはもちろん、最近Hな想像をすると きは、全て四姉妹がらみになったこと、そしてその想像の内容までおよそ秘密と いうものは、全て四姉妹に知られてしまった。  しかもその総数、237個。当初の予定をはるかにオーバーしていた。 「俺の人生って一体……」  結局、全ての秘密をばらされた耕一は、全身の生気を抜かれたようになって、 ぱったりと倒れた。  ある意味、亡霊に苦しめられているときよりひどい状態かもしれなかった。  その一方、秘密の暴露を終えた母親たちはがっちりと握手を交わしていた。 「義姉さん、これで耕一たちも大丈夫ね」 「もちろん、妻が強い方が、結婚生活は円満なのよ」  二人は倒れている耕一を見た。 「あとは、四人の許嫁のうち、誰を選ぶか、ね」  その言葉を聞きつけた四姉妹は母親たちに問いつめた。 「お母さん、それどういうこと!」 「あたしと耕一が許嫁って本当なのか」 「姉さんじゃなくって私です」 「真打ちって最後に出るものなんだよ、お姉ちゃんたち」  母親たちは、その剣幕にしどろもどろになって答えた。 「こ、耕一が生まれたときに、私と義姉さんとで決めたの。千鶴ちゃんと耕一を 将来結婚させようねって。そのあと梓ちゃんと楓ちゃんと初音ちゃんが生まれた から、四人のうちの誰かと耕一を結婚させようってことに変更したけどね。まあ、 あなたたちが嫌なら別に――」 「嫌じゃない!!」  四人の声が見事に重なった。 「ふふ、それならいいわ。あとはあなたたち次第。みんな、がんばってね。耕一 を押し倒すぐらいの勢いでやらなきゃだめよ!」 「おばさま!」 「だってあの子、そういうのに鈍いから。でも気をつけなさいよ、ぼうっとして るようであの子結構もてるのよ。今だって大学で同じゼミの『小出由美子』って いう娘と仲いいし。でも、本人は相手の娘の気持ちに全然気づいてないみたいだ から、まあ、あなたたちなら大丈夫ね」  耕一の母親は、生気を残らず失って倒れている自分の息子を見た。 「ほら、起きなさい、いつまで寝てるの。母さんたちは帰るのよ。お見送りぐら いちゃんとしなさい」 「え、おばさま、もう帰るんですか?」  楓が哀しそうに聞いた。 「ええ、元々私たちは、耕一の力を利用してこっちに来てるようなものなの。だ から、あまり長い間こっちにいることはできないわ」 「そうなんですか……」 「それはそうと楓ちゃん」  耕一の母は、楓を見つめた。 「あなたはこれまで、とても辛い思いをしてきたわ。けど、これからはそんなこ と気にしないで。あなたらしく、自分の気持ちに正直に生きていきなさい。あな たには、幸福になる権利があるのよ」 「え……はい! ありがとう、ございます。さよなら、おばさま」 「さよなら。じゃあ、帰りましょうか、義姉さん」 「ええ。千鶴、梓、楓、初音、またね。あなたたちに会えてうれしかったわ。い いこと? そう簡単にこっちに来ちゃだめよ。許さないんだから」 「うん、さよなら、お母さん」 「あなた――! 義兄さ――ん! 帰るわよ――!」  耕一の母親の声に呼ばれて、柏木兄弟がやってきた。 「さあ、帰るか。あれ、耕一の奴まだ倒れてるのか。おい、起きろ耕一……だめ か。しょうがないなあ」  耕一の父は、ため息をつくと梓たちの方を向いた。 「仕方ない。梓、初音ちょっと」  梓たちは、耕一の父の側に行った。 「何、おじさま」 「本当は耕一にも言っておかないといけないんだが、まあいいだろう。あとでお 前たちから説明しておいてくれ」 「だから、なんなの、おじさま」 「ああ、梓と初音はおそらく鬼の力に目覚めたばっかりだろう」  梓と初音はうなずいた。 「そうだけど、それがどうしたの?」 「だから、お前たちに鬼の力の使い方を教えておいてやろうと思ってな」 「力の使い方?」 「そう、使い方。必要になるかどうかはわからないが、まあ知ってても損はない からな」 「ふーん」  梓と初音は、あまり関心がなさそうな顔をした。 「そういう顔をするなよ、結構おもしろいんだから。じゃあ、説明するぞ。鬼の 力の基本的な使い方には二種類ある。戦闘の仕方と、テレパシーの使い方だ。あ と、それから応用編として空の飛び方、なんてのもあるな」 「空まで飛べるの!」 「ああ、すごいだろう。まずは、戦闘の仕方だが、俺たち鬼は基本的に闘気を身 にまとって闘う」 「闘気?」 「まあ、体の中に秘められたエネルギー、のような物なんだが具体的には――」  それからしばらくの間、耕一の父の「鬼の力の使い方講座」は続いた。 「――、というわけだ。わかったか?」 「うん、なんかすごいね!」 「そうだろ。力の使い方は、本来柏木家では親が子に教えていくものなんだが、 まあ千鶴と楓にも俺が教えたからな。いいとしよう。それから頼むぞ、あとで耕 一にも教えてやってくれ」 「うん、それはいいけど、耕一お兄ちゃんが起きるまで待ってればいいのに。そ の方がお兄ちゃんも喜ぶと思うよ」  耕一の父は、笑いながら初音の頭をなでた。 「そうしたいんだがな、あまり時間がない。うちのやつも言ってたろ、『耕一の 力を利用してこっちに来てる』って。だから、あまりこっちにいることはできな いんだ」 「そうなんだ」  初音と梓は千鶴たちの所に戻った。  話が終わったのを確認した千鶴たちの父が、声を出した。 「話も終わったことだし、そろそろ帰るか。元気でな、千鶴、梓、楓、初音」 「さよなら、お父さん」 「四人とも、しっかりな」 「さよなら、おじさま」  両親たちは上空に黒い穴を空けて、死後の世界に帰ろうとした。そのとき、 「ちょっと待ってくれ!」  目を覚ました耕一が両親たちを止めた。 「親父、俺の力、一体どうなるんだ。もしかしたら、親父たちみたいに……」  千鶴たちははっとして耕一を見た。  両親に再会したせいですっかり忘れていたが、耕一は完全に鬼の力に目覚めて いたのだ。  千鶴たちは嫌な予感がした。 「ん? ……ああ、そうだそうだ、忘れていた。元々これをやるために、お前を 隆山に呼んだんだったな」  耕一の父はふっと笑うと、耕一の額に人差し指を突き刺した。 「お、親父何を!?」  しばらくして指を引き抜いた耕一の父は、にっこりと笑った。 「これで大丈夫だ。お前の鬼は、俺たちみたいに暴走しない。安心しろ」  耕一は胸をなで下ろした。 「よかった……ん? でも親父、こんなことができるんだったら、なぜ親父たち 自身は力の制御ができなかったんだ?」 「できるわけないだろ。勘違いするなよ耕一。鬼の力を制御したのは、お前自身 だ。お前は千鶴たちを守るために、自ら鬼の力を制御して亡霊の呪縛から脱出し たんだ。俺はその力の流れを安定させたにすぎないんだ」 「え?」 「はは、まったく、大したやつだよお前は。あれだけの力を制御してしまうんだ からな。いいか自分に自信を持て、耕一!」  耕一の父は、耕一の肩に手を乗せた。 「みんなを、千鶴を、梓を、楓を、初音を守ってくれ。お前になら、いやお前に しかできないことなんだ」 「わかってるよ。みんな、俺なんかを助けるために辛い思いをしてくれたんだ。 今度は、俺がみんなを守る。どんなことがあってもな」 「そうか」 「ただし、はっきり言っておくぞ親父。これは俺の意志でやることだ。親父に言 われたからやるんじゃない、わかってるな」 「そうか。それでいい」  耕一の父は、少しだけ笑った。 「よし、じゃああの世に帰る。元気でな」  耕一の父は、空の穴に入り始めた。  そのあとに続いて、耕一の母親も穴に向かった。 「ああ。さよならお袋、もう二度と親父から離れるんじゃないぞ!」  耕一の母は、恥ずかしそうにうなずいた。  そのまま耕一の両親は、上空の穴に消えていった。 「さようなら、おじさん、おばさ――ん! さようなら、お袋! ……親父!」  耕一の両親に続いて、千鶴たちの両親も穴に消えていった。  やがて、両親たちの姿は、完全に消えた。  同時に、千鶴たちも耕一の精神世界から消えた――。 いつの間にか、夜が明けていた。  窓の外から雀たちのさえずりが聞こえ、空には雲一つなく、澄み切った青空が 広がっていた。 「う、ううーん……」  目が覚めたのは、耕一だった。  だが、耕一は起きあがれなかった。  千鶴たちが彼の体を枕にして寝ていたからだ。 「みんな、あんなことがあったから疲れてるんだよな。このまま、そっとしてお こう」  耕一は、四人が起きないように体を動かして布団を抜け出し、顔を洗いにいこ うとした。 「よっと……ってわわ!」  耕一は何かに足を捕まれて転んだ。 「いてー。あれ、楓ちゃん。あ、みんなも起きたの……ど、どうしたの?」  四人は耕一をじいっと見た。 「体? はは、大丈夫だよ。ほら、亡霊の影もないし、鬼の力も暴走しないし」  耕一は腕を振ったりして、体を動かして見せた。 「もう大丈夫だよ!」  その瞬間、四人は耕一に抱きついた。 「耕一さん!!」 「耕一!!」 「耕一さん!!」 「耕一お兄ちゃん!!」  耕一は四人に抱きしめられながら、優しく言った。 「……みんな、俺なんかを助けに来てくれて、本当にありがとう。俺、もう元気 だよ。みんなのおかけだ」  しばらく誰も、身動きひとつしなかった。  やがて、梓が耕一から離れた。 「おい、千鶴姉、初音、ちょっと……」  梓のやろうとすることに気づいた二人も耕一から離れた。  三人は、そろって部屋から出ていった。 「あれ、みんなどうしたんだろうね、楓ちゃん」  耕一は、まだ自分に抱きついていた楓に話しかけた。 「おそらく、みんな私に気を利かせてくれたんです」 「気を?」 「はい、私が耕一さんと、話ができやすいようにって」  楓は耕一から離れて、彼をじっと見つめた。 「耕一さん……」  少しずつその目が潤んできた。  耕一は黙ってうなずいた。 「耕一さん!!」  楓は再び耕一に抱きついた。  耕一は楓の体をしっかりと抱きしめた。 「ごめんなさい、ごめんなさい耕一さん! 本当はこうして、すぐにでもあなた に抱きしめてもらいたかった。あなたのぬくもりを感じたかった。でも、できな かった。前世のことを知らない耕一さんを刺激したくなかった。何も知らない耕 一さんを苦しめたくなかった! だから、耕一さんを避け続けた。ごめんなさい 耕一さん!!」  耕一は黙って楓の頭をやさしくなで続けた。  しばらくすると楓は落ち着きを取り戻して耕一から離れた。 「耕一さん、本当にごめんなさい」 「ううん、いいよ。俺は怒ってなんかいない。昨日も言っただろ? 楓ちゃんに 嫌われてなくってうれしいって。それにね、もう亡霊はいないんだ。楓ちゃんも、 もう前世のことを気にする必要なんてないんだよ。エディフェルもリネットも、 リズエルもアズエルも、そして次郎衛門も、もう過去の人なんだ。彼らの切ない 想いは俺にもわかる。だけどね、この時代で俺たちが再会したこと。これだけで、 俺たちの彼らへの義理立ては終わってるんだ。彼らだって、それ以上のことは望 んでいないはずだ。だからね、楓ちゃん。もう過去の想いにこだわる必要はない んだ。これからは、柏木楓として本当に好きな人を捜すんだ。いいね、楓ちゃん」  楓は耕一を哀しそうな目で見つめた。 「耕一さん……わかりました。じゃあ最後に、最後に一つだけ私のお願いを聞い てください。次郎衛門とエディフェルの生まれ変わりでなく、仲のよい従兄妹で もなく、一人の柏木耕一という男性として、私を、柏木楓という女を抱きしめて ください」 「え?」  楓は三度(みたび)耕一に抱きついた。 「楓ちゃん」 「何も、言わないでください。わかっています。精神世界での耕一さんの千鶴姉 さんへの告白、私も聞きましたから」 「こ、告白ぅ?」 「姉さんの哀しみをいっしょに乗り越えるって言ったじゃないですか」 「あれは……」 「いいんです。あのときなんとなくわかったんです、耕一さんが千鶴姉さんのこ とを愛しているのが。そして今の耕一さんの言葉でそのことを確信しました。で も、私はかまわない。ひたすら耕一さんだけを想い続け、一生独身を貫く覚悟!」  楓はぐっと拳を握りしめた。 「あの、楓ちゃん?」 「そしてずっと二人の幸せを願い続けるのです! ああ――! なんてけなげな 私なんでしょう!」 「だから楓ちゃんってば!」 「でも、時々は私のことも思い出してくださいね。あなたのことだけを想い続け ている、けなげでかわいい女がいたということを。そして、たまには私ともって それじゃ不倫だし、でもでも、それはそれで結構ドキドキして楽しそうだし、そ の方が興奮するかも……なんて、きゃーやだやだ、私ったら!」  楓は耕一の胸に顔をこすりつけた。 「お願いだから返事してよ!」 「それでそれで、人目を忍んで私たちは会い続けるんです。けど、ついに千鶴姉 さんにばれて、修羅場が起こって、耕一さんにどちらを選ぶかって問いつめて、 考え込んだ耕一さんは千鶴姉さんに『すまない』と一言だけ言って、私と熱い口 づけを交わすんです。ああーうれしい! やっぱり耕一さんは私のことを!!」 「楓ちゃん!!」 「は、はい!?」  自分の世界に入っていた楓が、ようやく現実世界に帰ってきた。  その様子を見て、耕一はため息をついた。 「あの、楓ちゃん。悪いんだけど、何か勘違いしてない?」 「勘違い、ですか?」 「うん。俺は確かに千鶴さんの苦しみを彼女といっしょに乗り越えようって言っ たけど、それは家族として、楓ちゃんや梓、初音ちゃんともいっしょにってこと だったんだけど」 「え……? じゃあ、つまり」 「うん、俺みんなのことが大好きだよ。でも、そんな恋愛なんて。だって、みん なだって俺のこと……その、大好きな……従兄妹って考えてるんだろ?」 「え、え……」 「え――――!!」  耕一の部屋のふすまが外れて、廊下から千鶴、梓、初音の三人が倒れてきた。 「みんな、どうして?」  千鶴は耕一の質問には答えず、彼の胸ぐらをつかんだ。 「どういうことですか、耕一さん! あれはプロポーズじゃなかったんですか?」 「プロ、ポーズぅ? なんで、そうなる、の?」 「やっぱり違うのね……くやしいぃ! じゃあ耕一さん、今からすぐ私にプロポ ーズしてください、さあ早く! 婚姻届もすぐ準備しますよ、実印は持ってきて ますね!」  そのとき、梓が千鶴の手を払った。 「その手離せよ、千鶴姉。何わけのわからないこと言ってんだよ。やっぱりおか しいと思ったんだよな。耕一が千鶴姉を選ぶわけないもんな。と言うことは、相 手は昔っから耕一といっしょにいたあたしで決まり!」 「違うよ、耕一お兄ちゃんは私とずうぅっといっしょにいてくれるって約束して くれたもん。それこそプロポーズだよね、お兄ちゃん」 「みんな、一体何を……?」  千鶴たちは、すでに耕一を無視して口論を始めていた。  耕一は、自分と同じようにあっけにとられていた楓に話しかけた。 「ねえ、楓ちゃん。これ一体どういうこと?」  その声にはっと気づいた楓は、クスクスと笑い出した。 「ちょっと、楓ちゃんまで……ねえ、何がどうなってるの?」  楓は、耕一に天使の笑顔を向けて言った。 「な、い、しょ、です!」  前世の記憶がよみがえって以来初めての、楓の心からの笑顔だった。  彼らの幸せは、今始まった――。
<完>


 〜あとがき〜

 つばさです。長い話を読んでくださって、ありがとうございます。

 この話を書いた理由は、「シリーズを重ねるうちに、設定がめちゃくちゃにな
り始めたので、一本串を通しておきたかった」ということです。別に耕一を苦し
めたかったわけではありません(ごめん、耕一)
 従って今回はゲーム本編を下敷きにしました。初音シナリオに千鶴シナリオ、
楓シナリオの一部を加えて肝心な所がなくなったような物(泣)

  最近ますます「たさい」という世界からかけ離れ始めていますが、とりあえず
これが全ての始まりの話です。終盤までとラストのギャップが激しいと感じる方
もいるかもしれませんが、私が書きたかったのはあくまでこの流れ。どう感じる
かは、読者の方それぞれですけど。

 それにしても、書いてて「もう書くのやめよう」と何度も思いました。この話
のために、さっと「痕」本編の復習をしたんですけど……改めて自分のバカさ加
減がよくわかって、情けなくって。「痕」本編に全然足元にも及べなくって……
(張り合おうとすること自体すでにバカ)どうして私が書くと、こういいかげん
な話になるんでしょうか。はぁ。
 やっぱりすばらしいお話です、「痕」って。  

  それから、チェックはしていますが、長い話なので、文章の整合性がとれてい
ない箇所が「まだ」あるかもしれません(泣)(投稿寸前に大きな間違いを見つ
けたし)気づいた方は教えていただけるとうれしいです。
 ご意見、ご感想、苦情は、掲示板かこちらまでどうぞ。

 それでは。




 大作!!

 合計約90KBもの長編でございます。執筆ご苦労様でした。

 『痕』の良いとこ取りとも言える作品ですね。
 いや〜、堪能させていただきました。

 この作品では何と言っても『両親ズ』
 おいしい役どころですねぇ。シリアスでもギャグでも(^ ^;

 それにしても、柏木家ってやっぱり女性の方が強いのですね。
 耕一、237個も秘密をばらされるし。
 もう、千鶴さんたちに弱みを握られまくり(^ ^;

 苦難を乗り越えた柏木家。
 これからは幸せいっぱいになって欲しいですね。


 つばささん、本当にありがとうございました\(>w<)/



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