『たまには風邪も』
「コホッ! コホッ!」
「綾香、大丈夫か?」
「うん。……コホッ! だ、大丈夫よ、これくらい。コホンコホン! コホン! コホッ!」
おいおい。全然大丈夫には見えないんだけど……。
「お前……説得力って言葉、知ってるか?」
「………………う゛。…………コホン!」
「……ったく。今日はゆっくり寝てろよ。おとなしく、な?」
「……うん。……コホン! しょーがないわね。そうする。
…………つまんないけど。……コホッ!」
本当に、心底つまらなそうに言う綾香。
行動派なやつだから、黙って横になっているのが暇で暇で仕方がないのだろう。
「まあ、その代わりと言ったらなんだけど、して欲しい事があったら遠慮しないで言えよ」
「え?」
「今日くらいは、どんなワガママを言っても許してやるからさ」
「…………浩之。…………ありがとう…………気を遣ってくれて…………」
「ば、ば〜か。そんなんじゃねーよ。
それに、礼を言うほどの事でもねーだろうが」
普段の綾香からは想像できない程のしおらしい態度で礼を言われ、思わず少し動揺してしまった。
「…………くす」
そんな俺の様子が可笑しかったのか、綾香が小さく笑う。
「えっと…………そ、それで……なんかして欲しい事はあるか? なんでもいいぞ」
気恥ずかしくなった俺は、なんとか話題を逸らそうとして、やや早口でそう言った。
「ホントに? コホッ! なんでもいいの?」
「ああ。もちろんだ」
「それじゃあ…………」
そこで言葉を切ると、綾香は頬を朱に染めた。
「今日は、ずっとあたしのそばにいて欲しい」
そして、囁くように言葉を紡いだ。
「な、な〜んちゃって。コホッ! ウソよ。冗談。コホン! いくらなんでも……そんなのは……」
「ダメじゃねーぞ」
おそらく……綾香は、『そんなのは』の後に『ダメだよね』などと続けるつもりだったのだろう。
だから、俺は、先手を打って、綾香の言葉を遮った。
「言っただろ。なんでもいいって」
「…………浩之」
「今日は、ずっとずっとお前のそばにいる」
俺は、綾香の目を見て言い切った。
「だから……早く治せよ、風邪」
「…………うん。…………ありがと」
「……たまには……風邪をひくのもいいかも、ね」
「ん? なんか言ったか?」
「うふふ。な〜んにも」
「???」
< 終わり >
(追記)
「大丈夫? アヤカ」
「うん。だいぶよくなったわ」
「そう? 良かった。
…………それにしても……」
「なに?」
「あのアヤカが風邪をひくなんてネ。
こういうのを『鬼の産卵』って言うのネ」
言わねー。
つーか、鬼って卵を産むのか?
「違いますよ、宮内先輩。
今の綾香さんの状態をあらわす言葉でしたら……えっと……確か……『鬼の錯乱』ですよ」
それも違う! 錯乱してどうする!?
「正しくは『鬼のかくらん』です」
「分かりましたぁ。…………つまり…………綾香さんは鬼さんなんですね?」
「全然分かってないやないか。まあ、誰かさんが鬼だって事は否定せんけどな」
おいおい。その辺でやめといた方がいいと思うぞ、俺は。
…………手遅れかもしれないけど。
「うぐぐぐ。だーれが鬼よ!? みんなして、好き勝手に言ってくれちゃって〜!
風邪が治ったら、全員、取り敢えず一回ずつ蹴る!!」
「まあまあ。抑えて抑えて」
悔しげに叫ぶ綾香を、俺は苦笑しながら宥める。
「そうですよ。落ち着いて下さい。
みなさんは、ただ、正直なだけなのですから」
…………おい。
フォローになってねーよ、それ。
「セリオ……。あんたは蹴り二回ね」
「そ、そんな! 事実を言っただけなのに」
「…………さらに一回追加」
「ううーっ。なんで〜〜〜?」
セリオのやつ、墓穴を掘りまくってるな。
俺は、そんなセリオに対して、心の中で、一つの言葉を贈るのであった。
『キジも鳴かずば撃たれまい』
それにしても、『鬼のかくらん』か。
綾香にピッタリだな。
うぷぷ。
「ひ〜ろ〜ゆ〜き〜!! あなたも一回追加ね」
……………………ぎゃふん。
< 終わり >
☆ あとがき ☆
ぎゃふん
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