Leaf・アリス・KEY系・月姫人気投票(〜2/17)


集計結果:3位〜10位

項目名獲得票数
3位御影 すばる4,311票
4位倉田 佐祐理3,829票
5位長岡 志保3,301票
6位藤田 浩之3,260票
7位来栖川 芹香3,020票
8位来栖川 綾香1,808票
9位天野 美汐1,698票
10位長谷部 彩1,481票











第2位 獲得票数5,844票
美坂 香里






 どうしろと言うのだろう?
 時は放課後、場は百花屋。向かいの席には相沢君。
 あたしの前には紅茶のカップ、相沢君の前にはコーヒーとチーズケーキ。
 そこまではいい。
 だけど、あたしの眼前に差し出されてくる相沢君の手&スプーン&チーズケーキの三位一体攻撃、これはなに?

「あ、相沢君!? 熱でもあるの?」

 まさか、喫茶店と言う公共の場で、多くの人目のある場所で、あたしに『あーん』などというバカップルみたいな真似をしろと言うのだろうか?
 真面目な優等生で通っているこのあたしに?

「何を言うか。恋人と喫茶店に来たら『あーん』をするのは決まりなんだぞ。かの小野妹子もそう言っている」

 言ってない言ってない。
 『恋人』という単語に今更ながら少々頬を染めたりしつつも、あたしは首を横に振りつつ心の中でツッコミを入れる。

「どうでもいいけど、小野妹子って最初は女だと思ってたよ。『妹』に『子』だもんな。イメージ的には栞? それなのに、本当は男なんだもんな。騙されたって感じだよ。漢の純情を踏みにじられた気分だ。香里もそう思わないか?」

「思わないって」

 一言だけであたしは切って捨てた。と言うか、それ以上の言葉は出せなかった。呆れて。

「そっか? ま、いいや。取り敢えず、そういうワケだから『あーん』だ」

「ど、どういうワケよ!? 全然理由になってないでしょうが!」

「いいからいいから。細かいことは気にするな」

「細かくなーい!」

「さあ、香里。あーん」

 あたしの声をどきっぱりとシカトして、相沢君がケーキを差し出してくる。あからさまにイタズラっぽい笑みを浮かべて。間違いない、あたしをからかって楽しんでいる。あたしが狼狽する姿を見て面白がっている。
 おかしいと思ったのよ。普段は甘い物を頼まない相沢君が、今日に限ってケーキなんか注文するから。
 なるほど、これが狙いだったのね。まったくもう。子供と言うか何と言うか。

「ほら。あーん」

「あ、あのね、相沢君」

「香里ちゃーん。あーんして下さいねぇ」

「い、嫌よ、そんなの。は、恥ずかしい」

「かおりん、あーん」

「だ、だめだってば」

「あーん」

 あたしが何度拒否しても相沢君は手を引っ込める気配をまるで見せない。素直に口を開くまで延々と続ける気みたいね。
 ど、どうしよう。
 バカップルみたいに『あーん』なんてするのは物凄く恥ずかしくて抵抗がある。だけど、このまま『あーん』攻撃に晒され続けるのも死ぬほど恥ずかしい。そろそろ周囲からの視線も集まり始めてるし。
 ――ふぅ、仕方ないわね。
 一つ深いため息を吐くと、あたしは観念して口を開けた。どうせ恥をかくのなら、一瞬で終わる方を選んだのだ。

「うむ、ようやく素直になったな。よいよい、褒めてつかわすぞ」

 ワケの分からない事を言いながら、相沢君があたしの口内にチーズケーキを運び入れた。

「どうだ、美味いか?」

「わ、分かんない」

 甘くて美味しい――のだろう、たぶん。
 けど、今のあたしに味なんか全く認識できなかった。あまりの恥ずかしさに、穴があったらダイブしたい気分だ。
 今だったら秋子さんの自信作だって完食できるわ、絶対に。

「そっか。それは残念だな。こんなに美味いのに」

 そう言うと、相沢君はケーキを一切れ自分の口へ。

「うん、やっぱり美味い。しかも、香里風味が加わってるから尚更だな。甘露甘露」

 あたしに見せ付けるようにスプーンを軽く振って、相沢君がいやらしく笑う。

「……っ!」

 あたしの頬がボッと染まるのが自分でも分かった。
 間接キスの事実を必要以上に強調され、改めて恥ずかしさが込み上げてくる。
 あああああっ。やむを得なかったとは言え、あたしってばなんて血迷った行為を!

「あはは。耳まで真っ赤になってるぞ。香里は本当に可愛いよなぁ」

 相沢君が言葉で追い討ちをかけてきた。
 それを受けて、あたしの顔は羞恥の色をまた一段濃くしてしまう。もう、相沢君の方をまともに見ることすら出来ない。

「そういう純なとこ、俺は大好きだぞ」

「……ぅぅっ」

 相沢君は本当にひどい人だと思う。いつもこうしてあたしをいぢめる。しかも一切の容赦なく。
 いったいどこまであたしをいぢめ抜けば気が済むのだろう。
 その所為で、最近はすっかり『いじめられる悦び』を覚えてしまって――じゃなくて! そうじゃなくて、あたし!
 え、えっと、だから、その……悦びじゃなくて……く、悔しさ?
 そ、そうそう、それ! 悔しさよ、悔しさ! 最近では悔しくってたまらないのよ!
 なにやら必死になって自分に言い聞かせている感じがしなくもないけど、気のせいだという事にしておく。お願いだからしておいて。
 とにもかくにも、いつまでも相沢君ペースでやられっぱなしというのは面白くない、と思う。
 一瞬『それもいいかも』という考えが脳裏を過ぎったが、頭をブンブンと振ってなんとか追い払う。

「どうした、香里? なにやら葛藤しているみたいだけど?」

 穏やかな笑みを浮かべて相沢君が尋ねてくる。あたしの心の内を見越したかの様に。
 その余裕の態度が気に入らない。ムカムカする。ギャフンと言わせたいという欲求が沸き上がってくる。
 だから、反撃決定。相沢君の澄ました顔を崩してみたい、ペースを乱したい、心底驚かせたい、等々の理由により全会一致で大決定。
 ――後にして思えば、この時のあたしはどうかしていた気がする。頭に血が上っていたと言うか舞い上がっていたと言うか冷静な判断力を失っていたと言うか。
 あたしは、冷めかけた紅茶を少し含むと、僅かに腰を浮かせて相沢君の両頬に手を添えた。
 そして、相沢君の口が何かを発する前に、彼の唇にあたしのそれを押し当て、口内の液体を一気に流し込んだ。

「ふふん。ど、どう?」

 唇を離すと共に、勝ち誇った笑いを顔に貼り付けるあたし。
 そのあたしの前では、相沢君が驚いた表情を浮かべて凍り付いて――

「へぇ、香里にしてはやるもんだなぁ」

 いなかった。
 無茶苦茶平然としている。

「こんな衆人環視の中で口移しとは。いや、ホントやるもんだ」

「――っ!?」

 完璧に意識から外れていた。除かれていた。眼中外となっていた。
 ここは喫茶店なのだから、周りには当然他のお客が大勢いる。
 そんな中であたしってば……く、口移しを……。
 あああっ! あたしのバカ! バカバカバカ! なにを血迷ってるのよぉ!
 後悔と羞恥が怒涛のように押し寄せてくる。
 思わず頭を抱えてしまうあたし。
 だけど、あたしの羞恥はそれだけでは終わらなかった。

「注がれたら御返杯が礼儀だよな」

 ボソッと不吉なことを零す相沢君。

「えっ!?」

 反応して、ついつい顔をバッと勢いよく上げてしまう。
 その顔を相沢君に優しく捕らえられ、次いであたしの唇に相沢君の唇が。
 口の中に広がる珈琲の苦味と……舌の感触!?
 慌てて身体を離そうとしたが、時すでに遅し。あたしの『弱点』を知り尽くしている相沢君からは逃げられない。たちまち脱力させられてしまう。
 ううっ。今日も結局相沢君にいぢめられて終わるのね。反撃失敗なのね。
 今や店中から集中する好奇の視線を痛いほど感じながら、あたしは胸の内で滂沱の涙を流していた。
 だけど、それらの気持ちと相反するように、あたしはこうも思っていた。こんなのもちょっと良いかも、と。
 この恥ずかしさ、癖になりそう。たまにはバカップルになっちゃうのも悪くないかな、うん。
 なんのかんの言いつつも、思いっ切り相沢君に染められ切ってしまっているあたしなのであった。

 ――ちなみに。
 例の日以来、あたしと相沢君が百花屋に行くと、期待に満ち満ちた目が向けられるようになってしまった。困ったものである。
 もっとも、その原因は、毎回毎回毎回毎回見事なまでに律儀に『応えて』しまう相沢君――と拒否できないあたし――にあるのだが。
 まあ、余談である。










第1位 獲得票数8,248票
水瀬 名雪






「……あ、朝か」

 スズメの囀りと、窓から差し込んでくる柔らかな光に導かれるように、俺は意識を覚醒させた。
 寝ぼけ眼を時計に向ける。6時少し前。目覚ましが鳴るまでにまだ30分以上ある。
 少々得した気分だ。もう暫く、布団の暖かさとムニッとした柔らかさを堪能出来るのだから。
 起きなければいけない時間まで全身で心地良さを満喫しようと、俺は体中から力を抜いてそっと目を閉じた。

「――って、ムニ?」

 腕に当たる弾力と温もり。

「なんだ? ピロでも潜り込んできたか?」

 未だ半分寝ている状態で、感触の正体を確かめようと視線を向ける。
 で、次の瞬間、俺の眠気はバッチリ飛び散った。

「な、な、ななな、名雪!?」

 そう。俺に対して柔らかな触感を提供していたのは従妹の「くー」娘だった。

「どうして名雪が此処に!?」

 昨夜の名雪は、部活で疲れたとかで午後8時には御就寝なさったはず。めずらしく一人で。
 その為、俺は数週間ぶりに一人寝をする事になったのだが。

「くー」

 俺の驚きを余所に、名雪は幸せそうな寝息を立てている。
 しかも、俺の腕に胸をピッタリと押し付けるようにしながら。

「……う」

 い、いかん。思わず顔がニヤけてしまうほど気持ちいいぞ。
 ついつい邪な気持ちがムラムラと。

「な、名雪ってけっこう胸あるよな。普段の子供っぽい言動を考えると甚だ意外だけど」

 寝ているうちに自然に外れてしまったのか、それとも最初からはめていないのか。名雪のパジャマのボタンは上から二つまで開いていた。従って、胸の谷間がバッチリと俺の目に。
 何と言うか、朝っぱらから刺激が強いッス。

「それにしても、こうして見てみると名雪の肌って白くて綺麗だな。いつもは暗い中でしか目にしていないから、あまり実感できなかったけど」

 言いながら、視線をマジマジと名雪の胸元に送る俺。

「うん、やっぱし綺麗だ。陳腐な例えだけど、まさに雪みたいに思える」

 見蕩れるあまり、思わず赤面物のセリフすら零してしまう。

「……名雪」

 いつまで眺め続けても厭きの来ない名雪の美肌。
 それをジーッと観賞しているうちに、俺の中にある欲求が湧き上がってきた。
 つまり『もっとよく見たい』と。
 考えてみれば、これはチャンスかもしれない。名雪の裸は既に何度も目にはしているが、先にも言ったようにそれは暗闇でのこと。恥ずかしがって、名雪は明るい中では脱いでくれないのだ。
 とすれば、今は千載一遇の好機。

「こ、これはあくまでも高尚な学術的好奇心なのだ。決していやらしい気持ちなんかじゃないぞ」

 誰も聞いていないのに言い訳がましい事を口にしつつ、俺はソロソロと名雪のパジャマへと、ボタンへと手を伸ばす。

「隠された秘宝を白日の下に! いざ行かん、我は相沢探検隊! 気を付けろ、カメラの先には毒蜘蛛が!」

 ハイテンションなあまり、我ながらワケのわからない事を口走っている俺。ちょっぴり頭的に危険領域に立ち入りかけているかもしれない。

「で、では!」

 無駄に気合を入れながら、ボタンに到達した指に力を込める。

「い、行くぞ!」

「祐一? どこに行くの?」

「そりゃお前、神秘の秘境の奥に幻の雪山を発見しに……」

「うにゅ?」

 あ、あれ? なにやら会話が成立してます?
 俺は手を引っ込めながら、おそるおそる名雪の方へと顔を向けた。
 そこには、不思議そうな表情をした名雪、お目々パッチリバージョンが。

「い、いや。なんでもないんだ。気にしないでくれ。あ、あはははは」

 普段は起こしても起きない眠り姫のくせに、どうしてこういう時ばっかり目を覚ましますか?
 乾いた笑いを漏らしながら、俺は心の中でガックリと膝をついていた。我、野望失敗也。

「そう? それなら別にいいけど」

 首を傾げながらも俺の言葉を受け入れる名雪。しかし、

「……って、あああぁぁぁぁぁっ!」

 すぐさま大絶叫。と同時に、俺に非難めいた視線を飛ばしてきた。

「な、なんだ!? どうした!?」

 内心で『しようとしていた事がバレたか!?』と恐々としながら俺が尋ねる。

「祐一……エッチだよ」

 その一言がグサッと胸に突き刺さる。うぐぅの音も出ない。

「昨日は別々に眠ったはずなのに。いつの間にわたしのベッドに潜り込んできたの? もう、祐一ってば本当にスケベなんだから。それとも、わたしと一緒に眠れなかったのがそんなに寂しかった? 祐一、意外と甘えん坊さんなんだね」

 なんだ、エッチってそういう意味でか。バレたワケじゃないんだ。良かった良かった。
 俺はほっと安堵の吐息を零した。
 ――じゃなくて! 安心してる場合じゃないだろ、俺!
 なんか、ある意味、もっと痛い方向に勘違いをされてるし! 『あの』名雪に甘えん坊だなんて思われるのは癪だぞ。そんな事を思われるぐらいなら、まだバレた方がマシ……かもしれない?

「違う! 違うぞ、名雪! 俺は潜り込んだりしてない!」

 ともかく、名雪の誤解を解こうと必死に訴える。そんな俺に、名雪は相変わらず責めるような、それでいて『仕方ないなぁ』とでも言いたげな目を向けてきた。

「本当に違うんだって! つーか、部屋をよく見てみろ! 此処は誰の部屋だ!? 言ってみろ! 俺の名前を言ってみろ!」

「う、うにゅ?」

 促されるままに名雪が視線を巡らせる。ちょっぴり○ャギ様テイストの混ざった俺の叫びに圧倒されつつ。

「あれ? 此処って祐一の部屋?」

 名雪がビックリしたような声を上げる。目をパチクリさせているのが妙に可愛らしい。

「そうだよ。俺の部屋だ」

「なるほど。ということは……」

 名雪は俺の顔をジッと見詰め、

「祐一ってば、眠ってるわたしを自分のベッドに連れ込んだんだね」

 そう宣った。『謎は全て解けた』と言わんばかりにどきっぱりと。

「もう、そんなにしてまでわたしと一緒に寝たかったの? 祐一ってばやっぱり甘えん坊さん」

「ちっがぁぁぁう!」

 頬を染めた満更でもない表情で発せられる名雪の戯言を、俺は魂的シャウトで力一杯否定した。

「そんなことしてねぇ! お前が! 名雪が! 勝手に潜り込んできたんだ! 俺の知らない間に!」

「え? わたしが?」

 名雪の疑問の声に、俺はコクコクと首肯することで応える。

「うそだよぉ。わたし、そんなことしないよ。わたし、ずっと自分の部屋で寝てたもの」

「いーや、事実だ。名雪には『寝たまま歩き回る』という特技があるからな。大方、またその技能を発動させたんだろう」

「うー、そうなのかなぁ?」

 納得いかない顔で名雪が呻く。

「たぶん、いや、絶対にそう。決定」

「うわ、断言されちゃったよ」

「当然だろ。ほぼ間違いなくそれが事実なのだから」

「うー」

 いまいち釈然としない顔の名雪。唇を少し尖らせている。

「しっかしさ、名雪は甘えん坊だよなぁ。眠っているにも関わらず、わざわざ俺を求めて部屋にまでやって来るんだから」

 先程の仕返しの意味も込め、からかうような口調で俺が言うと、名雪は耳まで真っ赤に染めてしまった。
 顔まで布団に埋めて、恥ずかしげに「うー」と唸り声を上げる。

「名雪は俺がいないとダメなんだな。一人じゃ寂しくて寝られないってか」

 名雪の顔を覗き込んで、意地悪い笑みを浮かべる俺。
 それに対し、名雪は少し逡巡した後、

「うん。そうかもしれない」

 観念したように、それでいてどことなく嬉しげに頷いてきた。

「わたし、祐一が隣にいないと……祐一の体温が感じられないとダメなんだと思う。一人で寝ていてもなにかが欠けているような気がするし……祐一に抱かれていないと妙に落ち着かないし……」

 頬を染めつつの名雪の告白。
 聞いている俺の方が恥ずかしさで死にそうになるセリフが続く。

「祐一を求める気持ち。それは、わたしが自分で思っているよりも強いのかもしれない。眠っているにも関わらず祐一に引き寄せられてしまうくらいだもの」

 自分の言葉に酔っている風に見える名雪。目が潤んでウットリとしている。

「それだけ、わたしは祐一のことが大好きなんだよ。少しでも離れていたら寂しく感じてしまうくらいに、祐一のことが好きで好きで仕方ないんだよ」

「そ、そっか」

 名雪の熱っぽさとは対照的に、俺は頬をコリコリと掻きながら素っ気無く応えた。
 照れくささからだが、まともに名雪の方を見る事が出来ない。視線を合わせられない。
 そんな俺の態度が名雪に不安の気持ちを抱かせたのだろうか。

「ねえ、祐一。祐一はそういう風に想われるのって迷惑?」

 名雪は真剣な表情で尋ねてきた。

「ばか。迷惑だなんて思うわけないだろ」

 だから、俺もおちゃらけ一切無しでマジで返した。名雪の瞳をしっかりと見詰めつつ。

「ホントに? 邪魔じゃない? 鬱陶しくない?」

「当たり前だろ。俺だって……名雪のこと好きなんだから」

 一気に言い切った。頬や耳、首筋が燃えるように熱い。
 たぶん、今の俺の顔色は凄いことになっているだろう。

「祐一! 大好き! 大好きだよ!」

 俺の言葉が終わるや否や、名雪が勢いよく飛び込んできた。
 何度も何度も想いを訴えつつ、陶酔した表情で俺の胸に頬を摺り寄せる。

「名雪」

 応えるように、俺も名雪をギュッと抱き締めた。
 密着した名雪の身体の柔らかさ、温かさ。名雪から伝わってくる優しい匂い。その全てが愛おしい。

「祐一……祐一」

「名雪」

 俺たちは、お互いの名前を囁きながら、強く強く抱き締め合った。

 時計にそっと視線を移す。
 どうやら、目覚ましが鳴るまではまだ少し余裕があるみたいだ。
 スズメの囀りで意識を覚醒させた今日の日の朝。
 やっぱり少々得した気分だ。誰にも急かされる事無く、邪魔されること無く、布団の暖かさと名雪の柔らかさをのんびりと堪能出来るのだから。
 俺は体中から力を抜いてそっと目を閉じた。

「名雪。俺、お前のこと、マジで大好きだぞ」

 起きなければいけない時間まで、全身全霊で心地良さを満喫する為に。





< 以下余談 >

「ね、ねえ、祐一?」

 暫く抱き締めていると、急に名雪がモゾモゾし始めた。

「なんだ?」

「その……当たってる」

 首筋まで真っ赤に染めて名雪が訴えてくる。

「え?」

「か、固いのが」

 固いの? そ、それってつまり『マイサン』ですか?

「う゛っ! し、仕方ないだろ。朝なんだし、名雪を抱き締めてるんだし……どうしたってこうなるさ」

 言い訳じみた発言をする俺。
 さっきまでの良い雰囲気が台無し。格好悪い事この上ない。

「ね、ねえ、祐一?」

「な、なんでしょう?」

「……そんなにしちゃって……したいの?」

 したいって……何を? もしかして『ナニ』?
 俺の疑問を感じ取ったのか、名雪が無言でコックリと頷く。
 そりゃまあ、したくないことはないけど。でも、こんな朝っぱらからは……いくらなんでも……なあ?

「わたしは……いいよ。祐一のこと、好きだもん」

 全身を湯気が出そうなほど真紅に染めて、名雪が聞き取れるギリギリの声で囁く。
 そ、そんな可愛いこと言われたら……俺は……俺は……





「おっ。やっと登場か、水瀬夫妻。随分ゆっくりとした登校だな」

「相沢君も名雪も、今日はまた一段と遅かったわね。もう昼休みよ。いったいどうしたの?」

 北川と香里の問いに、俺も名雪も何も答えられずに黙り込む。
 言えるわけない。
 朝も早くから頑張ってしまいました、だなんて。

「あれ? 水瀬の首筋にキスマークが」

 唐突に北川が名雪を指差して言う。

「な、なに? そんなはずは! ちゃんと気を付けたのに!」

「ええ!? キスマーク!? ホントに!?」

「なーんてな……って、マジなのかお前らぁ!?」

 北川が驚愕の叫びを上げる。その隣では、香里が呆れ返った顔をしていた。
 しまった。やられた。まさか、こんな典型的で捻りの無い手に引っ掛かるなんて。
 咄嗟に名雪の首筋に視線を向けた俺と、隠すように慌てて首筋を押さえた名雪。
 もうバレバレ。もはやどんな言い訳も通用しない。

「こ、これは……何と言うか……」

「う、うー」

 この後、俺たちがクラス中の玩具にされたのは言うまでも無い。

 ……しくしく。





戻る