Leaf・アリス・KEY系・月姫人気投票(〜5/17)


集計結果:3位〜10位

項目名獲得票数
3位美坂 香里4,467票
4位HMX-13セリオ1,935票
5位長岡 志保1,650票
6位御影 すばる1,215票
7位岳画 殺1,146票
8位長谷部 彩1,071票
9位水瀬 秋子1,070票
10位遠野 秋葉1,003票






セリオ:「はい、繋ぎの場です。SSがアップされると同時に消される(かもしれない)儚い場です。
     ここでは、惜しくも敗れた香里さんに一言を頂こうと思います」

香里 :「つ、繋ぎって……。なにも、そんなあからさまな言い方しなくてもいいのに」(汗

綾香 :「ま、まあまあ。
     それにしても、本当に惜しかったわねぇ。
     2位の姉さんとはたったの162票差だもん」

香里 :「そうね。でも、負けは負けよ。1票差だろうと1000票差だろうと変わりはないわ」

綾香 :「ま、それはそうなんだけどね」

香里 :「尤も、負けて悔い無しだけど」

セリオ:「そうなんですか?」

香里 :「ええ。熱心な応援も受けることができたしね(投票ページのコメント参照)。
     その点は保科さんも同じだと思うわ。
     だから、あたしは胸を張って言いたいの。
     投票してくれた皆さん、ありがとうございました、と。
     敗者としてではなく、多くの人に支持された幸せな者としてね」

綾香 :「なるほど」

香里 :「それに、さ」

セリオ:「それに?」

香里 :「誰かさん達には『圧倒的』に勝利したし」(ニヤリ

綾香 :「に、ニヤリって」(汗

セリオ:「先程の殊勝なセリフが全部台無し」(汗

 ? :(え、えぅー。そんなこと言う人きらいですー)

?? :(わ、わたしが27位(16票)だなんて。
     そんな酷な事は無いでしょう。世の中、何かが間違っています)

綾香 :「お、おや? どこからか悲痛な声が」

香里 :「そう? あたしにはなーんにも聞こえなかったけど?」(ニヤリ

綾香 :「だ、だから、その笑い方はやめなさいって」(汗

セリオ:「ファンからクレームが来ても知りませんよ」(汗

香里 :「それもそうね。あたしの清楚で可憐で純情なイメージが崩れても困るし」

綾香 :「……。
     ま、いいけどね。それじゃ、最後に何か一言をお願い」

香里 :「一言? それじゃ、えっと……こほん。
     あたしに投票してくれた皆さん、心から感謝します。
     多数の熱い支持を寄せられ、とても嬉しく思いました。
     個別のシナリオもエンディングも無いあたしですが(泣)、どうかこれからも応援して下さいね。
     本当に、本当にありがとうございました」(ぺこり



綾香 :「――というわけで、第3位の香里でした」

セリオ:「ここからは余談です。
     今回の男性キャラの順位ですが、1位が浩之さん、2位が祐一さんでした」

綾香 :「浩之は相変わらず強いわね。
     尤も、それは此処が『ToHeartメイン』のHPだからというのも
     大きな要因なんだろうけど」

セリオ:「かもしれません。これが『Kanonメイン』のHPでしたら、
     順位は逆転していたかもしれませんね」

綾香 :「うん、その可能性はあると思うわ。
     ――ところでさ、ふと思ったんだけど」

セリオ:「なんです?」

綾香 :「この投票で浩之や祐一が1位になったらSSはどうなるのかしら?
     その時は、誰がヒロインになっても角が立つような気が」

セリオ:「た、確かに」

雅史 :「大丈夫。その時が僕が相手役を務めるから」

綾香 :「うわっ! い、何時の間に!?」

セリオ:「っ!? び、ビックリしました」

綾香 :「てか、相手役って何よ!?
     ダメよ! 浩之を男×男の誤った道になんて進ませないからね!」

セリオ:「そうですとも! 絶対に却下です!」

雅史 :「やだなぁ。勘違いしないでよ。
     ただ、浩之と僕の友情ストーリーにすればいいんじゃないかと思っただけだよ」(苦笑

綾香 :「あ、そ、そうなんだ。そ、そうよね。あ、あはは」

セリオ:「も、申し訳有りません。変な誤解をしてしまいまして」

雅史 :「……ま、僕は別にどっちでもいいんだけどね」(ぼそっ

綾香 :「は、はい? 何か言った?」(汗

雅史 :「ううん、何にも」(にこにこ

綾香 :「……」(汗

セリオ:「……」(汗



北○ :「そ、それじゃ……相沢が1位になったら、その時の相手役はまさか……お、俺!?
     こ、困るって……そんな……相手役だなんて……こ、心の準備が……」(照

祐一 :「ちょっと待て! 何故に照れる!? 何故に照れるんだぁ!?」

○川 :「騒ぐなよ、冗談に決まってるだろ」

祐一 :「そ、そうだよな」(安堵

きた○わ:「……」

祐一 :「……を、をい」(怖









第2位 獲得票数4,629票
来栖川 芹香




『因果応報』(たさい)


「……っちゅ」

 とある日曜日の朝。
 全員が何をするでもなくノンビリマッタリとした時間を過ごしていたリビングに、唐突に愛らしいクシャミが響き渡った。

「ん? どうしたの、姉さん? 大丈夫? もしかして風邪?」

 その声の主――芹香に、綾香が気遣わしげに尋ねる。
 それに応えたのは、

「……っちゅ……っちゅっちゅ」

 芹香のクシャミ三連発。

「あらら。こりゃ、どうやら本当に風邪かしら?」

 綾香は心配げに芹香の顔を覗き込みながら、そっと姉の額に手を添えた。

「うーん、ちょっと熱もあるみたいね。でもまあ、まだひき始めってとこみたいだから、油断は禁物だけど、薬を飲んで今日一日ゆっくりと寝てれば大丈夫でしょ。OK?」

 オデコから手を離して綾香が言う。
 小さく「分かりました」と返して、芹香はコクコクと素直に頷いた。

「それにしても……」

 綾香は芹香に向けていた優しげな表情を消し、浩之にジトーッとした目を向けた。

「あのね、浩之。姉さんは身体が丈夫じゃないんだからあまり無茶をするんじゃないって、何度言ったら分かるのかしら?」

 呆れ声の綾香。芹香の風邪は浩之の所為だと決め付けている。
 否、綾香だけでなく、この場にいる全員が浩之が原因だと確信していた。浩之に四方八方から物言いたげな視線が容赦なく飛んでいる。
 『昨日は芹香は健康そのものだった→昨夜は『芹香の番』だった→今朝、芹香は風邪気味になっている』
 この流れを考えれば、浩之が疑われるのは至極当然だった。分かりやす過ぎる程に一目瞭然なのだから。

「……や、やっぱり俺の所為なのかな?」

 浩之の頬に冷や汗が伝う。

「十中八九、ね。あなた、昨夜姉さんに何をしたのよ?」

「と、特に変な事はしてないと思うけどなぁ。ただ……」

「ただ? ただ、何よ?」

 言いよどむ浩之を綾香が促す。

「氷を使って『ナインハーフ』ごっこをしたりとか」

「……へえ。『ナインハーフ』ごっこ、ねぇ」

 綾香の目がスッと細められる。
 その横では芹香が「とても冷たかったです……気持ちよかったですけど……っちゅ」と、頬を朱に染めながら昨晩の心情を吐露していた。

「タマゴを使って『たんぽぽ』ごっこをしたり」

「これもやっぱり冷たかったですけど……ぬるぬるした感触が癖になりそうでした」

「ふーん。『たんぽぽ』ごっこ」

 更に細められ鋭さを増す綾香の双眼。

「あとは、タマゴで汚れた身体を洗う為に風呂場で時間をかけて丹念に……」

「全身、隅から隅までじっくりと……っちゅ……『洗われて』しまいました」

 冷や汗流しつつ告白する浩之と、真っ赤な顔をして俯く芹香。
 その二人に――特に浩之に――呆れと非難の込められた目が集中した。
 場に、何とも言えない重苦しい空気が流れる。

「あー……えっと……その、なんだ……そ、そうだ! 芹香は熱があるんだよな? だったら早く部屋に連れて行って寝かせてやらないとな」

 突き刺さってくる視線を振り払うようにわざとらしく大きな声を上げると、浩之は有無を言わさずに芹香を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこの体勢で。

「じゃ、じゃあ、俺は芹香を連れて行くから、後で誰か薬を持って来てくれ」

 早口でそれだけ言うと、浩之はそそくさとその場を後にした。
 芹香の恥ずかしげな「ひ、浩之さん!? あ、あの……あの……」といった動揺しまくった声にも聞こえないフリをして。

 浩之と芹香が立ち去った後、残された面々がこめかみに指を当てたりしながら深い深いため息を零していたりしたのは言うまでも無い。





○   ○   ○





「ごめんな、芹香」

 芹香をベッドの上に優しく降ろしながら、浩之は謝罪の言葉を投げ掛けた。
 それを聞いて、芹香が不思議そうに首を傾げる。目が「どうしたんですか?」と語っている。

「いや、なんていうかさ。芹香の事を逃げ出す口実にしちまっただろ。だから、な」

 頭を掻きながら浩之が言うと、芹香はクスッと小さく笑って「気にしないで下さい」と。

「そうか? そう言ってもらえると助かるよ。ありがとな、芹香」

 僅かに視線を逸らして浩之が照れくさげに返した。芹香は再びクスリと笑い声を零す。
 先程までとは打って変わり、穏やかな柔らかな雰囲気に包まれる浩之と芹香。

「と、ところで……あの……」

 しかし、暫くすると、芹香が何やら恥ずかしそうにモジモジとしはじめた。

「ん? どした?」

「そ、その……」

 水色を基調にしたシンプルなパジャマを手にして、芹香が浩之に訴えるような視線を送る。
 それを見て、浩之は「おおっ」と言いながらポンと手を打った。

「着替えをしたかったんだな? ま、それもそっか。これから寝るんだもんな」

 納得した口調で尋ねてくる浩之に、芹香はうっすらと頬を染めつつ『こくん』。

「俺の事は気にしないでいいぜ。遠慮しないでどんどん着替えてくれ」

 浩之に悪戯っぽい笑みを向けられ、芹香が困り顔になる。浮かんでいる赤みもいや増していた。

「どうした? もしかして、俺に着替えさせて欲しいのか?」

 からかい口調での浩之の提案。
 それを受け、芹香はほんのちょっぴり唇を尖らせた。無体な事を口にする浩之を上目遣いでジッと睨む。

「冗談だって、冗談。芹香が着替えてる間はちゃんと部屋の外に出ているから。終わったら呼んでくれ」

 それだけ言うと、言葉通りに浩之は素直に部屋から出て行った。
 尤も、少しだけ名残惜しそうな顔をしていたりしたが。


 ――決して長くはないが、何もせずじっと待っているには些か退屈を感じ始めるに充分な時間が過ぎた頃、ゆっくりと――しかし、彼女にしては新記録と言える程に素早く――着替えを済ませた芹香に「お待たせしました」との声で浩之は部屋の中に招き入れられた。
 浩之の目に芹香の愛らしい寝巻き姿が飛び込む。飾り気の無いパジャマだが、清楚な芹香に良く似合っていた。見慣れている姿とも言えるが、それでも、思わず暫しのあいだ目が奪われてしまう浩之であった。

「浩之さん? どうかしましたか?」

 呆けている浩之に芹香が小首を傾げて尋ねる。

「え? い、いや、なんでもないよ。それより、芹香は早く横になった方がいいと思うぞ、うん」

 問われて、浩之は一瞬決まり悪げな表情をする。だらしない見惚れ顔を芹香の前に晒してしまったのが無性に恥ずかしく感じた。
 その気持ちを誤魔化し振り払う為、浩之はあからさまに話を逸らした。
 素直な性格の芹香は何の疑いも持たずに『こくん』と首肯する。
 それを見て、「ふぅ」と安堵の吐息を漏らしてしまう浩之だった。

「ごめんな、芹香」

 ベッドで横になり布団を被った芹香の頭を優しく撫でながら、浩之がペコリと軽く首を折った。
 受けて、怪訝な顔になる芹香。「先程、気にしないで下さいと言ったばかりですのに、どうしてまた?」と、彼女の目が尋ねていた。

「ああ、今度のごめんは、俺の所為で風邪をひかせちゃった事に対してだよ」

 芹香の心の内を正確に読み取った浩之、芹香の髪を愛しげに指に絡めながら、バツの悪い笑みを浮かべつつ問いに答える。

「くちゅっ……そ、そうですか」

 自分が体調を崩した原因となる行為。それらを如実に脳裏に浮かべてしまった芹香が耳まで真紅に染めてしまう。激しい羞恥に耐えられず、布団を引き上げ鼻まで顔を覆ってしまった。

「あ、あの……い、いいんです。そ、それも……気にしなくて」

 照れくささを隠せない表情で浩之にあっさりと許しを与える芹香。
 次いで、隠した口元で「わたしも……とても気持ちよかったですし」と、普段よりも更に小さな声でモゴモゴと零す。

「そ、そっか」

「……はい」

「サンキュ。優しいな、芹香は。けどさ、気にするなと言われてもやっぱ気になっちまうんだわ」

 頬を掻きながら、浩之は芹香に苦笑を向ける。

「だから、もし良かったら、なにか芹香の為にさせて欲しいんだ。芹香の望むことを、な。無論、迷惑じゃなかったらだけど」

「迷惑だなんて、そんなことないです。浩之さんのお気持ち、とても嬉しいです」

 『でも、本当にいいんですか?』。芹香の目が問うてくる。
 穏やかな笑みを浮かべつつ、浩之は力強くゆっくりと頷いて返した。

「もちろん。何でも言ってくれ。今だったらどんなワガママでも無条件でOKだぞ」

「……わかりました。では、お言葉に甘えまして……」

 浩之にあたたかく促されると、芹香は少し考えた後に、

「一つだけ。わたしが眠りに就くまでで構いませんので……っちゅ……隣に、居て下さい」

 そう願いを返した。羞恥を感じさせる微笑と共に。

「隣に? もちろんいいけど。眠りに就くまでなんてケチくさいこと言わずに、一日中だって居てやるさ」

 芹香のささやかすぎる要求に、浩之は少々拍子抜けの気持ちを抱いた。
 しかし、その思いもすぐに吹き飛んでしまう。芹香が、浩之を迎え入れる為に布団を少し持ち上げたのだ。

「え? と、隣って……そういう意味?」

 柄にも無く微かに顔色を朱に変えて浩之が訊いた。『コクン』、芹香が頷く。

「やっぱり、ダメですか?」

 寂しそうな、哀しそうな声で芹香。

「ダメじゃない! ぜんっぜんダメじゃない! むしろ望むところッス!」

 芹香のそんな表情に浩之が耐えられるはずもなく。
 些かオーバーアクション気味に首をブンブンと横に振るや否や、浩之は布団の中にスルリと潜り込んだ。
 そして、芹香の柔らかな身体をギュッと抱き寄せる。

「……え? あう?」

 浩之の素早い行動についていけずに、芹香は頭の中を『!』や『?』で埋め尽くしてしまう。
 だが、やがて落ち着きを取り戻し我に返るとオズオズと両の腕を浩之の背に回した。
 そのまま暫くの間、ぬくもりを堪能し合う浩之と芹香。

「芹香」

「浩之さん」

 相手への愛おしさが溢れてくる。無意識に、お互いを求める腕に力が入る。
 そんな熱い抱擁の最中、不意に二人の視線が交差した。魅了されたかの如く、まばたきすら忘れてジッと見つめ合う。

「……浩之、さん」

 ――ふと、芹香の瞳が閉じられた。同時に、微かに唇が差し出される。
 浩之は柔らかく微笑むと、応える様に芹香の顎に軽く手を添える。自らも目を閉じ、そっと顔を近付けていく。
 しかし、

「ぐあっ」

 もう少しで唇が重なるという、まさにその瞬間。浩之の口から苦しげな声が漏れた。
 と共に、

「ひろゆきぃ。あなた、なーにをやってるのかしらぁ?」

 妙に優しげな綾香の声。
 驚きで開けられた芹香の目に飛び込んできたのは、額に青筋を浮かべて浩之の首根っこを掴んでいる綾香の姿であった。

「まったくもう。油断も隙もありゃしないわね」

「あ、綾香!? お前何時の間に? っていうか、いくら姉妹とは言えノックも無しに黙って部屋に入ってくるのは失礼だと思うぞ」

 冷や汗を流しつつ浩之が正論を放つ。キス寸前の姿を見られた気恥ずかしさを誤魔化す様に、わざとらしく『コホン』と咳払いをしたりしながら。

「したわよ、ノック。何度も何度も。尤も、いろいろと忙しくて気付いてもらえなかったみたいだけどね」

 浩之への返答として、綾香の口から実に嫌みったらしい響きを持つセリフが紡がれた。

「そ、そうか。それは済まなかったな。――で? いったいどうかしたのか? 何か用か?」

 動揺を押し隠し、必死に平静を装って浩之が質問する。

「『何か用?』じゃないわよ。姉さんの薬を持ってきたの。お見舞いも兼ねてね」

「あ、なるほど。薬、ね」

 そう言えば、俺も薬を持ってきてくれる様に頼んだっけ。
 心の中で納得気にポンと手を打つ浩之だった。

「でも、それにしちゃ持ってくるの遅かったな。俺らがここに来てから随分経ったぞ」

「し、仕方ないじゃない。こんな時に限って常備していた薬が切れていたんだもん。これでも急いで買ってきたのよ」

 ちょっぴり唇を尖らせて、拗ねた表情で綾香が言い訳する。

「――って、今はそんなことはどうでもいいのよ! それより、問題は浩之! あなたよ!」

 浩之の首を未だに掴み続けている手にギューッと力を込めて綾香が叫んだ。

「見損なったわ! まさか、病気の姉さんを襲うだなんて! この最低男! 見境無し!」

「いてて! ち、ちょっと待て! 襲うって何だ!? お前、なにか誤解してないか!?」

 首から迸ってくる激痛に顔を顰めながら、浩之が声を張り上げて抗議する。
 だが、当の綾香には一切聞く気がなかった。憤りで冷静な判断力や理性が欠如してしまっていた。

「誤解もヘチマもないわよ! この節操無しの煩悩男の性欲魔人! あなたのその腐った性根を叩き直してあげるわ!」

「だ、だから待てってば! 少しは人の話を……いでででで、ひ、引っ張るなって! 首が……首がぁ!」

「うるさい! 病人に手を出すようなおバカさんには容赦なしよ!」

「いででででででででっ! やめろってーの! ぐはぁっ、やめんかぁぁぁ!」

 騒々しく叫びあう浩之と綾香。
 その様子を、芹香は目をパチクリさせて、ただただ呆然と眺めていた。



「あはははは。なーんだ、そうだったの。姉さんからお願いした事だったんだぁ。なら、初めからそう言ってくれればよかったのにぃ♪」

 芹香に事情を説明され、綾香は心底納得した顔をしてそう言った。
 とある方向に目を向けない様に注意しながら。

「言う暇を与えなかったくせに」

 芹香がボソリと突っ込むと、綾香は「たはは」と苦笑を浮かべて頭を掻いた。
 とある方向に目を向けない様に注意しながら。ツーッと冷や汗を一筋流しながら。
 芹香の口から「ふぅ」とため息が漏れる。

「まったくもう。綾香ちゃんにも困ったものです」

 言いながら、綾香が意図的に見ないようにしている場所へと視線を動かす。
 ――が、綾香がサッと身体を動かして姉の視界を遮った。

「……綾香ちゃん?」

「き、気にしなくていいの。姉さんはなーんにも気にしなくていいのよ。後であたしが処理……もとい、始末……でもなくて……と、とにかくちゃーんとやっておくから」

 何度視線を這わせてもその都度綾香に邪魔されてしまう。そうまで見せなくない――見たくない――ということは、余程凄惨な光景が広がっているのだろうか。芹香の背筋をゾッと冷たいものが流れる。
 その芹香の戦慄を読み取った綾香が場違いとも言える程の明るい口調で促してきた。

「そ、それはさておきとして。……え、えっと。ね、姉さんは少し眠った方がいいと思うわよ。その方が風邪も早く治るしね。うんうん、そうしよそうしよ。はい、決定♪ あ、あはは」

 芹香の肩を軽く押し、満面の――引き攣った――笑みを浮かべて。
「はぁ」――芹香は再度深いため息を吐いた。

「綾香ちゃん」

「な、なに?」

「後で、浩之さんにちゃんと謝るんですよ」

「……はい」

 ガックリと肩を落として、素直にコクンと頷く綾香。
 その様を見て今一度吐息を吐き零すと、芹香は静かに身体を横たえた。綾香の言う事も一理あったから。

 一刻も早く身体を治して、今度はわたしが浩之さんのワガママを聞いてあげたい。
 それに、お詫びの意味も兼ねて、よく効くお薬も作って差し上げたいですし。

 そんなことを考えながら、芹香はそっと目を閉じた。

 尤も、誰かがお見舞いに来る度に「うわっ」とか「げっ」とか「ひえぇ」などという悲痛な声が聞こえてきた為に全く眠ることなど出来なかったが。
 それらの声が耳に入る毎に、心の『お仕置き帳』の綾香の欄の『正』の字を増やしていく芹香であった。


 ――数日後、芹香と浩之の二人に、綾香が思いっきり『なかされたり』したのだが……それは余談である。












第1位 獲得票数5,528票
水瀬 名雪




『夏休みはプールだよー』(名雪ちゃんは甘えん坊)


「ねぇ、祐一。プールに行かない? 近くの市営プール」

 よく晴れた真夏日。
 クーラーの効いた部屋でダラダラと寝転がっていた俺に、名雪がそう提案してきた。

「あん? 市営プール?」

 体を起こして俺が尋ねる。

「うん。行こうよ。せっかくの夏休みなんだし、グータラしてるだけじゃ勿体無いと思わない?」

「思わない」

 キッパリと答えると、俺は再びゴロンと横になった。
 勿体無いなどと思うわけがない。せっかくの夏休みだからこそ存分にグータラできるのだし。
 それに、現在の気温は30度オーバー。何が悲しくてこのクソ暑い中、わざわざ外に出掛けなけりゃならんのだ。

「そ、そんなこと言わないで。行こうよぉ。ねっ、ねっ」

 俺の体をユサユサと揺すって名雪が訴えてくる。
 まるで、日曜日の朝、お父さんに何処かに遊びに連れて行けとお願いする子供みたいだ。

「やだ。めんどくさい。そもそも、なんでそんなにプールなんかに行きたがるんだよ?」

「だって……新しい水着を買ったんだもん」
 
 ほんのりと頬を染めて恥ずかしそうに名雪。

「水着? どんなの?」

「青を基調にしたビキニ。カットとか結構大胆なやつなんだけど、少し冒険してみたの。……そういう水着の方が、祐一も喜んでくれると思ったし」

「へぇ、ビキニねぇ」

 何と言うか、意外だ。名雪のことだから、てっきりおとなしめのワンピースかと思ったのだが。
 ――ちょっとだけ想像してみた。
 真夏の眩しい太陽の下によく映える名雪のビキニ姿。
 名雪の白い肌と青い水着が絶妙のコントラストを生み出し……。
 む、むぅ。いいかも。漢の萌え心がコチョコチョと擽られまくりだ。
 暑いのは嫌だが、名雪の水着姿が見られるのならばその程度は安いものかもしれない。

「行こうよぉ。ねぇ、ゆういちぃ」

 俺の心の内を読み取ったのか、名雪が再度体を揺すってきた。
 加え、名雪の甘いおねだり声。思わず何でも言う事を聞いてあげたくなってしまう様なモエモエな声。

「わ、わかった、わかったよ。そこまで言うなら仕方ない」

 相沢祐一的痛恨の一撃を受け、俺、何気にアッサリと陥落。
 よっこらしょと上体を起こすと、肩を竦め苦笑を浮かべつつも名雪の要求を受け入れた。
 なんのかんの言いつつも、やっぱり名雪には甘いと再認識したり。

「わーい。やったぁ」

 俺の了解を聞いて名雪が嬉しそうに破顔する。
 しかし、俺が次に発した言葉で、その顔は瞬時に曇ってしまった。

「それじゃ、みんなも誘って行くとするか。香里に栞に天野に、それから……」

「ダメ。二人だけ」

 指を折りながらの俺の名前挙げを遮り、不満そうに唇を尖らせて名雪が言う。

「なんで? こういうのは大勢の方が楽しいだろ?」

「それでもダメ」

 不思議顔をして尋ねた俺に、名雪はふくれっ面で返してきた。

「どうしてさ?」

「たまにはわたしだけを見て欲しいし……構って欲しいの。祐一ってば、最近は香里とか栞ちゃんとか天野さんとばかりイチャイチャしてるんだもん」

 俺を軽く睨み付けて名雪が零す。

「う゛っ」

 思わず言葉を詰まらせてしまう。
 身に覚えが無い、と胸を張って言えないのが辛いところ。
 俺に言わせれば一方的に纏わりつかれてるだけなのだが、傍から見ていたら『イチャイチャしている』と言われても致し方ない事をしているのは自覚している。
 ちょっぴり……名雪の視線が胸に痛い。

「ねぇ、祐一。わたしと二人きりじゃ……いや? つまらない?」

 少々後ろめたい気持ちを抱いている俺に向け、名雪は切なげに、しかも微かに上目遣いで間髪いれずに追撃。

「ぐはっ」

 名雪のその表情、正にストライクゾーン。ガード不能のクリティカルヒット。
 漢の琴線に触れまくり。
 そんな顔を向けられて「イヤ」と返せる男がいるだろうか、否、いるわけない。
 思わず反語ってしまうほどに身も心も萌え尽くされてしまう俺。
 もはや、俺が口に出せるのは、口に出すことを許されているのはこの一言のみ。

「二人だけで行かせて下さい、是非」

 相沢祐一、無条件降伏の瞬間であった。



○   ○   ○




 そんなこんなでやって来た市営プール。

「へぇ、結構大きいんだな」

 パパッと着替えを済ませてロッカールーム兼更衣室から出てきた俺の第一声がそれだった。
 てっきり50メートルプールが一つか二つあるだけかと思っていたのだが、実際には、流水プールに100メートルプール、ウォータースライダーに3メートル及び5メートルの飛び込み台、おまけに子供用の小型プールまで備わっていた。
 更に、広々としたシャワールームにカキ氷や焼きソバ等の飲食店。まさに至れり尽くせり。
 この設備で入場料はタダ。ロッカー代だけで済むっていうんだから驚きだ。
 加えて、

「どうでもいいけど、ここ、妙に女の子のレベルが高くないか?」

 色とりどりの水着を着込んだ若くて綺麗な女性たち。
 いやはや、眼福眼福。

「うーん、目の保養になるなぁ」

「へぇ。それは良かったねー」

 背後から……冷たい声。
 その瞬間、暑さ以外の理由で体中から汗が滴り落ちてきた。

「随分と熱心に眺めてたね。わたしが近付いてきても全く気付かなかったくらいに」

 心臓を鷲掴みにされた気持ちってのはこういうものだろうか。
 いつもだったら「俺に気取られずにバックを取るとは腕を上げたな。見事也、褒めてつかわすぞ」みたいな冗談が出てくるのだが、今はそんな余裕すら無い。

「祐一、極悪人だよー。これは罰としてイチゴサンデーだね。それと、晩御飯で……」

「ま、待て! 待ってくれ!」

 このままでは『紅生姜の紅生姜和え 紅生姜風』なんて料理とは言えない料理を食わされる羽目になる。
 それだけは何とか回避したいと思った俺は、どうにか声を振り絞ると勇気を振り絞ってバッと勢いよく振り返った。
 そして、俺は思い付くままに言い訳を、

「ん? 祐一? どうかしたの?」

 しようとした――のだが、何も言えずに固まってしまった。
 不覚にも、本当に不覚にも、名雪の水着姿に心を奪われてしまったのだ。
 清潔感溢れる綺麗な青を基調にしたビキニ。名雪の雪色の肌に映えてとてもよく似合っていた。

「い、いや、別に……その……」

 ただ、布地の面積が微妙に小さく、特に下はお手入れ無しでは着るのが躊躇われるであろうサイズであったりする為……な、なんか、目のやり場に困る。

「うに? 祐一?」

 不自然な視線の逸らし方をしている俺を見て、キョトンとした顔をして小首を傾げる名雪。
 その可愛らしい仕草が大胆な水着とのギャップを生じさせ、実に男心を擽ってくれる。
 ハッキリ言って萌え、激萌え。
 今現在このプールに居る誰よりも可愛いと断言できる。
 ま、そんな事は間違っても口には出さんけど。
 面と向かって可愛いとかなんとか言うのは照れくさいし、見惚れていたなんて恥ずかしい事実は口が裂けようとも言えるわけがない。
 だけど、

「あ、そっか。なるほどねー。えへへ。わたし、祐一が何を考えてるか分かっちゃったよー」

 名雪は俺の心の内を正確に読み取ったらしい。
 先程までの剣呑さはどこへやら。心底嬉しそうに――ちょっとだけ恥ずかしそうに――満面の笑みを浮かべた。
 そして、その笑みのまま、俺の腕にピョンと抱き付いてきた。

「やっぱり、ちょっと大胆だったよね? でも、似合うって思ってくれたんでしょ? ありがと、祐一」

「お、おう」

 気恥ずかしさを覚えつつも、らしくもなく正直に返す俺。
 俺が素直に認めたのが嬉しかったのか、名雪は更にギュッと強く抱き付いてきた。

「む、むぅ」

 腕に押し付けられる柔らかな膨らみ。プニッとした感触が実に心地良い。

「ねぇ、祐一」

「ん? なんだ?」

 俺にくっつきながら、名雪は遠慮がちに訊いてきた。

「今日は、ずっと腕を組んでいて良い?」

 そんな可愛らしいおねだりに、ムニュッに侵食されている今の俺が抗えるわけもなく。

「す、好きにしろよ」

 ぶっきらぼうに答えるのが唯一の抵抗だった。

「うん。好きにするよ。えへへ、祐一、ありがとね」

「べ、別に礼を言われるような事じゃないって。そ、そんなことより、そろそろ泳ごうぜ。いつまでも此処で突っ立ってても仕方ないし」

「うん♪」

 かなりこっぱずかしいが、名雪が喜んでくれるのならいっか。
 その時の俺はそう思っていた。
 しかし、すぐに自分の判断の誤りに気付く事になった。

「なぁ、名雪」

「なーに?」

「腕、離す気無いか?」

「無いよ」

 俺の言葉に名雪が至極アッサリと返してくる。
 まぁ、そういう答が来るのは分かってはいたんだけどさ。
 己の迂闊さを呪いながら、俺はそっとため息を吐いた。
 ちょっと考えればすぐに思い至るはずだったのに。
 プールに入っているにも関わらず、ずっと腕なんか組んでいるバカップル。そんなのが目立たないわけがない。
 しかも、名雪は――俺が言うのも何だが――美少女である。さらに極上のスマイル装備。
 痛いくらいに人の目惹き付けまくり。居心地が悪いことこの上なし。

「なぁ、名雪」

「離さないよ」

 なにも先手を打たんでも。
 困った。このままでは晒し者もいいとこだ。
 男連中からの羨望と殺気の入り混じった視線も鬱陶しいし。
 さて、どうしたものか、と少し思案に暮れる。
 そんな俺の目に、緩やかな曲線を描いている大きなスライダーの姿が目に入った。
 これだ。俺はピンと来た。
 さすがにウォータースライダーでは腕を組んでいるわけにはいかないだろ。
 で、一回離れてしまえば――名雪は多少ごねるかもしれんが――後はどうとでもなる……と思う。
 うむ。ナイスだ、名案だ、流石は祐一くん。
 善は急げ。俺は早速名雪を誘ってみた。すると、名雪は「うん、いいよ。面白そうだしね」と二つ返事。
 俺は心の中で「よしっ」とガッツポーズを取った。

 取ったのだが、

「さ、祐一。滑ろ♪」

 どうやら、俺はまだまだ甘かったらしい。

「ちょっと待て。まさかこのまま?」

「うん。もちろんだよ」

 上まで来ても名雪は全く腕を解こうとしなかった。

「あ、あのな、名雪。腕を組んだままじゃ危ないだろうが。もし、途中でバランスを崩して落ちたりしたらどうするんだよ」

「大丈夫だよ。ギューッと力いっぱい抱きついてるからね」

 俺の正論に、ニッコリと笑って何の解決にもなっていない答えを返してくれる名雪さん。

「祐一、ずっと腕を組んでいても良いって言ったよね? 祐一はウソツキじゃないよね」

 優しく微笑みつつ、名雪が容赦なく俺の退路を断った。

「うぐぅ」

 思わずあゆの口癖を使ってしまうくらいに追い詰められてしまう。
 悔しいが、名雪を説得するのは無理っぽいという事実は認めざるを得ない。
 どんなに筋の通った事を説いても「ウソツキ」の一言で粉砕されるのは必至。
 ――となれば、俺に残された道は一つしかない。

「名雪」

「ん?」

「しっかり掴まってろよ。絶対に離すんじゃないぞ。いいな?」

「うん♪」

 俺は覚悟を決めた。
 ハァと一つ吐息を零すと、俺は名雪と共にスライダーを滑り落ちて行った。

「ぐっはあああああああああ!」

「きゃああああああああああ♪」

 ――結論。ウォータースライダーで腕を組むのはやめましょう。
 なんつーか、マジで死ぬかと思った。
 いったい何度コース外に放り出されそうになったことか。
 やっぱり、スライダーは二人一度に滑るもんじゃないな。

「えへへ。楽しかったね」

 けれど、それでも、満足そうに笑う名雪の顔を見てると、「ま、いっか」なんて思えてしまって。
 俺も妙に充足感を得てしまったりして。

「ああ、そうだな」

 たまには、名雪の甘えに徹底的に付き合うのも悪くないか。
 ふと、そんな事を考えてしまう俺であった。

「さてさて、それじゃ、次はどうしますか、お姫様?」


 その後、飛び込み台――低い方だが――にもチャレンジ。
 3メートルの高さから飛び込んだにも関わらず腕を離さなかった名雪の根性に乾杯。



○   ○   ○




「名雪、なんか凄い事になってるぞ」

「祐一こそ」

 たっぷり遊んだ帰り道。
 俺と名雪はお互いの姿を見て苦笑を浮かべた。
 たったの一日で二人ともしっかりと日焼けしている。
 但し、ずっと絡ませていた腕以外は。
 二人の腕が重なり合っていた部分に見事なまでのラインが走っている。

「まるで蛇の刺青でも入れてるみたいだな。サイケだ。しっかし、今が夏休みでよかったよ。こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしくて……」

 そこで俺の言葉が止まる。目の前によく見知った顔を見つけてしまったから。

「あら、相沢くんに名雪じゃない」

「えぅ!? もしかして二人だけでプールですか!? 酷いです。どうして誘ってくれないんですか!」

「酷ですね。それは人として不出来だと思いませんか?」

 エンカウントしたのは香里、栞、天野の三人。
 神様ってのは結構性悪かもしれない。ついつい罰当たりな事を本気で思ってしまう。

「やぁ、偶然だな。綺麗どころが三人も揃って何してるんだ?」

 非難の声を軽く流して気になった事を尋ねる。話を誤魔化しただけとも言うが。

「別に。ただ、『名雪から相沢くんを奪う計画』を練っていただけよ」

「今は手を結ぶのが得策だと判断しましたので、共同戦線を張らせていただいています」

 聞くんじゃなかった。
 香里と天野からの答えを耳にして俺は心底後悔した。

「ところで、相沢くんに名雪? さっきから気になってたんだけどその腕の日焼けはどうしたの? 変な線になってるけど」

 怪訝な顔をして香里が質問してくる。

「これか? これは……その……」

 さすがに真っ正直に教えるのは恥ずかしいものがある為に言葉を濁してしまう。

「うふふ。これはね、こういうことだよー」

 だが、俺とは対照的に名雪は堂々としていた。得意気な顔をして実演までしてみせた。

「なっ!? ま、まさかずっと腕を組んでいたっていうの!? そこだけ跡になるくらい!?」

「そ、そんな事する人嫌いですぅ!」

「マーキングですか。そんな酷な事はないでしょう」

 悔しげな表情を浮かべる三人。
 対して名雪は誇らしげ。
 四人の間でバチバチと火花が飛んだ。視認できるほどに。
 そして、暫くの後、美坂姉妹アンド天野は、俺の方を向くと唐突にこう宣った。

「相沢くん! 明日はあたしの番よ!」

「一緒にプールに行きましょうね!」

「水瀬先輩には負けません」

「え? 明日? お、おい、ちょっと待てよ」

 展開についていけずに困惑する俺。
 しかし、件の三人はそんな俺に構わず、「それじゃ、また明日」と勝手に話を纏めてそそくさと立ち去ってしまった。「今から水着を買ってこなくちゃ」「祐一さんを悩殺しちゃいますぅ」「清楚さをアピールすべきか大胆にいくべきか、悩みどころですね」等々と口にしながら。

「な、なんなんだ?」

 小さくなっていく香里たちの背中を眺めながら、俺は呆然と立ち尽くしてしまう。
 そこへ、横から決意に満ちた声が届けられた。

「わたしも新しいの買ってくる。みんなには負けられないもの!」

「へ? な、名雪?」

「ごめん、祐一。悪いけど先に帰ってて」

 申し訳無さそうに名雪がパンと手を合わせてくる。

「あ、ああ。それは構わないけど」

「凄いの買ってくるから、明日を期待しててね。わたしだけに視線集中させちゃうんだから。それじゃ、行って来るよ!」

 そう言って名雪はニッコリと微笑むと、香里たちと同様にその場を後にした。土煙が上がるほどのダッシュで。

「は、はぁ。なんだかなぁ」

 呆気に呆気を重ね、俺の脳は完全に活動をストップしていた。
 何も考えられず、ただただ名雪たちの去った方向を見やりつつ立ち尽くすのみであった。



 ――余談だが。
 結局、俺は二日連荘でプールへと繰り出す事となった。強制的に。
 そして、俺は更に真っ黒に日焼けし、更に更にラインも数本増やした。俺の意思とは関係なしに。――ついでに、四人もの美少女を独占していた為に、殺気の込められた視線も増えた。

 その結果、

「みんな、俺の事はマーブル相沢と呼んでくれ」

 期間限定ではあるが一発芸のレパートリーは増えた。嬉しくないが。


 ――ごめん。ちょっとだけ、泣いてもいいですか?





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