『怖い話 そのに』



「今の映画、面白かったね〜」

「そうだね。でも、森本さんにとっては『面白かった』よりも『怖かった』の方が適当なんじゃないの?」

 映画館から出てすぐに、つい先程見終わったばかりの作品に対する率直な感想を口にしたわたしに向けて、姫川さんがややイジワルっぽさを含んだ顔をしてツッコミを入れてきた。

「そ、そうとも言うけど」

 苦笑を浮かべてわたしは応える。

 一連の会話から見当が付くだろうが、わたしたちが観てきたのはホラー作品である。巨大な植木バサミを持った異形の殺人鬼が、無差別に人々に襲いかかっていくという内容だった。

「本当に凄かったよ、森本さんの悲鳴。『キャー』とか『イヤー』とか。よっぽど怖かったんだね」

「うん。怖かった」

 わたしはうなずいて素直に認めた。

「だって、あの殺人鬼ってば、主人公たちが何度やっつけても、次の瞬間には平気な顔して立ち上がって襲いかかってくるんだよ。無茶苦茶怖かったよ〜。……って、そういえば、姫川さんは殆ど声を出したりしなかったね。もしかして、全然怖くなかった?」

「そんなことないよ。そこそこ怖かったし。だけど……」

 そこまで言うと、姫川さんの口が止まった。

「だけど?」

 その先が気になったわたしは促す様に返した。

「わたしのすぐ近くには、件の殺人鬼なんかよりももっとタフな人がいるから。それこそ血も凍る様な恐怖心を感じるくらいの。だから、映画程度じゃ悲鳴を上げる程は怖くはないかな」

「は、はあ。映画の殺人鬼よりもタフな人、ねぇ」

 姫川さんの言葉を聞いて、わたしは呆けた様な声を上げた。
 そんなわたしに構わずに、姫川さんは尚も淡々と話し続ける。

「そう。例えばね、この前のことなんだけど……





『ふにぃ〜』

『あれ? 琴音ちゃん、もうバテちゃったのかい? まだ、たったの3ラウンドしかこなしてないのに』

『ふにふにぃ〜』

『しょーがねーなぁ。夜は長いっていうのに。これからが本番なんだよ』

『ふにっ!?』

『てなわけだから』

『ふにっ!? ふにっ!?』

『第4ラウンドに突入しませう! いただきまーす』

『ふに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ





 ―――なんて事があったの。あの時は本気で怖かったよ。それからねそれからね……」

「ふーん、それは確かに怖いかもねぇ。…………じゃなくて!」

 姫川さんの話を呆然と聞いていたわたしが我に返った時には既に手遅れになっていた。

「えっとえっと、藤田さんったらね

 話し始めた時の重々しさはどこへやら。いつの間にか、姫川さんは『やんやんモード』に突入していた。

「いや……だから……」

「それでそれで……」

 しかも、早くもトップギアに入っていたようだ。こうなった姫川さんは、もう人の声なんか耳に入らない。
 ただ、顔を朱に染め、手を頬に添えて、体をクネクネと蠢かせ続けるのみだ。

 身も蓋もない言い方だが……はっきり言って『危ない人』にしか見えない。

 姫川さんのクラスメートであるわたしにとっては日常的な光景だが、周囲の人々にとっては見事なまでの非日常。
 否応なしに視線が集まってくる。

「ひ、姫川さーん。こっちに帰ってきてよー。姫川さーーーん」

「や〜ん。藤田さんってば〜〜〜

 声を掛けようが体を揺すろうが姫川さんは『モード』を終了させない。
 そうこうするうちに、視線は姫川さんのみならず、わたしにも注がれる様になっていった。

「う゛っ」

 わたしを見る人々の目に、あからさまな好奇や『まだ若いのに』といった哀れみが含まれているのが感じられた。
 おそらく、わたしのことも『同類』だと思っているのだろう。

 その事に考えが及ぶと、何故か背筋が凍える様な思いがした。

(違うの! わたしは違うのよーーーっ!! 同じじゃないのーーーーーーっ!!)

 心の中で必死に絶叫するが、それで注がれてくる視線が無くなるわけがない。

「やんやんやん

「あーん。いい加減に帰ってきてよーーーっ!」

 結局、わたしはそのまま、琴音ちゃんが再起動を果たすまでの30分間、人々の無遠慮な冷たい視線に晒され続けるのであった。





 痛かった。





 そして何よりも……





 妄想モードに入っている姫川さんと同類だと思われた事実が……





 ホラー映画よりも怖かった。





< おわり >





 ☆ あとがき ☆





 う゛ぁんぼろーーーーーーーーーーーーっ!





 ごめんない、現在壊れ中です( ̄▽ ̄;



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