『膝で枕なそんなひととき』
日曜日の昼下がり。開け放たれた窓から吹き込んでくる涼しい風とポカポカ陽気によって、超の字が幾つも付くほどの快適空間となっているリビング。そこで、浩之は綾香の膝を枕にしてのんびりと寝転がっていた。
「ふふ。気持ちいいでしょ」
浩之の顔を覗き込んで、綾香がにんまりと微笑む。
「あのな。こういう場合、普通は『気持ちいい?』って疑問形で尋ねるもんじゃないのか?」
苦笑交じりに浩之が返した。
「そんなのわざわざ確認するまでもないもの。あたしの膝枕よ。気持ちいいに決まってるじゃない」
「……大した自信だな、おい」
浩之が微かに目を細める。いわゆるジト目。
「んー、マグニチュード8ぐらいかしら」
「またベタベタな。もうちっと捻れよ」
小さなため息を零す浩之。
「捻るの? それじゃ……マグニチュード8の地震にプラスして竜巻直撃」
「どんなカタストロフだ、そりゃ!」
「すっごいわよぉ。もうグッルグルの捻りまくり」
言いながら、浩之に見せるようにして綾香が人差し指をクルクル回す。
「目の前で回すな。トンボか、俺は。つーか、なんだよ竜巻って。捻りすぎだろ。渦巻いてんじゃねーか」
「ちなみに犠牲者は一名」
「少なっ」
「その名は藤田浩之くん」
「俺かよ!」
思わず浩之は突っ込んだ。
「哀れ、浩之くんは竜巻に飲まれて空高くへと飛ばされてしまうのでした」
「飛ばすな飛ばすな。俺は糸の切れた凧か」
「けれど、そこに救いの手が」
「なぬ?」
「現れました、正義の味方」
「おおっ。さすがだ、正義の味方」
浩之へと、綾香がグッと親指を突き出す。それに、浩之も親指を立てて返した。
「恐怖のらぶりー魔法少女、まじかるセバスちゃん♪」
「帰れ! っていうか、そんな奴に『♪』付けんな」
「じゃあ、ゲンゴロウマン」
「もっといらんわ!」
「正義の極悪マッドサイエンティスト」
「正義なのか悪なのかハッキリしろ。どっちなんだよ」
「んー、敢えて言うと……変態?」
口元に指を添えて、ちょこんと小首を傾げて綾香が答えた。
「どっちでもねぇ!」
「身に纏っているのはメイドロボのメンテスーツ」
「やめろ。想像しちまうだろうが」
「ぶっちゃけ白レオタード。しかもマルチのサイズだからピチピチ」
「だーっ、マジでやめんかぁ!」
頭の中に浮かび上がってきた嫌過ぎる絵を振り払おうと、浩之は勢いよく頭を左右に振る。
「あっ……ちょ、ちょっとぉ。やめてよ、くすぐったいじゃない」
「うっさい。お前の所為だろ」
「それはそうだけど……って、も、もう、本当にやめなさいってば」
綾香がペチッと浩之のおでこを叩いた。
「そんなことするんなら膝枕してあげないわよ」
「むむっ。そういう脅迫をするか? この卑怯者め」
頭の動きをピタッと止め、浩之が恨めしそうに綾香を見やる。
「それが嫌なら大人しくしてなさい」
「くっ。仕方ない。今日のところは綾香の膝枕に免じて勝ちを譲ってやろう。だが、これで終わりと思うなよ。この世に膝枕がある限り、いつの日にか第二第三の藤田浩之が誕生し……」
「どこの悪役よ、あんたは」
呆れたように呟くと、綾香は再度浩之のおでこをペチンと叩いた。
「あんまりペチペチ叩くなっつーの。馬鹿になったらどうすんだよ」
「大丈夫よ。それ以上なりようがないから」
「……お約束な返答をありがとう」
「いえいえ、どういたしまして♪」
微妙な緊張感を漂わせて睨みあう浩之と綾香。
しかし、暫しの後、顔を見合わせたまま二人揃ってプッと吹いた。そして「あはは」と笑い出す。
ボケたら突っ込まれて、ボケられたら突っ込んで。
浩之も綾香もそんな会話が好きだった。
繰り広げられる軽快で軽妙な会話。ポンポンとテンポ良く繋げられる言葉のキャッチボール。
静かではない。かと言って騒がしすぎることもない。二人だけが作り出せる独特の間。
智子や芹香たちが羨むことすらある絶妙な掛け合い。
いつまでも、このままずっと続けていたい。
そう願いたくなる楽しい一時。
けれど、何事にも終わりは来るわけで。それはこの時間も例外ではなかった。
「あーっ! なに二人だけでイチャイチャしてるんですかぁ!」
居間にやって来た琴音が浩之たちの姿を見るなり叫んだ。
「……綾香ちゃんだけ、ずるい」
「ヒロユキ! アタシも膝枕したいヨ」
それに芹香とレミィが続く。
そして、その声に引き寄せられたが如く、他のメンバーも続々と集まってきた。
穏やかな時間が終わらされ、浩之はほんの少しだけ名残惜しさを感じさせる顔をする。
ふと綾香の方に視線を送ると、彼女も同様に残念そうな表情を浮かべていた。
目と目を合わせ、二人揃って肩を竦めて苦笑する浩之と綾香。
「なに見詰め合ってるんですか。わたしたちを放って良い雰囲気を作らないでください。綾香さん、独占禁止法違反ですよ」
口を尖らせてセリオが抗議する。その言葉に周囲の面々が揃って『うんうん』と頷いた。
但し、みんなの顔にはあたたかな微笑。
「ごめんごめん。そうよね。独り占めはいけないわよね。だって、浩之はあたしたちみんなの共有物なんだから」
「ブツって言うな。それはそうと……おまえら、なにやってんだ?」
浩之の視線の先には、なにやらジャンケンを始めている愛する少女一同。
「順番を決めてるんだよ」
さと当然といった風にあかりが答える。
「順番?」
「うん。膝枕の順番」
「ふふっ。もてる男は大変ね」
綾香はクスクスと笑いながら、ポンと浩之の肩を叩いた。
その言葉を受け、嬉しいような照れくさいような、それでいて呆れてるような、なんとも複雑な表情を浮かべてしまう浩之だった。
ちなみに、膝枕が終了するまでに3時間以上かかった。
「ねえ、浩之。膝枕だけどさ、あれだけ堪能したんだから少しは飽きたんじゃない?」
情事の後のマッタリとした空気の中、裸の胸をシーツで隠して綾香が尋ねた。
「いや、それはないぞ」
「そうなの?」
「ああ。俺が膝枕に飽きる可能性は……そうだな、お前が俺の腕枕に飽きる可能性よりも低いと思う」
綾香の髪を撫でながら、自分の腕を枕にしている愛しい少女へと笑いかける。
「なにそれ。ゼロ以下ってことじゃない。本当に好きなのね、膝枕」
「応ともさ」
実に素晴らしい笑顔で親指を突き立てる浩之。歯もキラリと輝いた。
そんな彼の姿に、やれやれとため息を吐きつつも、綾香は愛おしさの篭った優しい笑みを浮かべる。
「ったく、仕方ないわね。それなら……」
綾香は浩之の耳元に口を近づけると、甘い声でそっと囁いた。
「また明日も……ねっ」