『なまほーそー』



「お二人もお年頃ですけど、好きな男性とかはいらっしゃらないのですか?」

 そこそこに視聴率を稼いでいる生放送のトーク番組。
 それにゲストとして出演した緒方理奈と森川由綺の両名に、進行役の女性がそんな質問を投げ掛けた。
 お約束といえばお約束の問いである。
 尤も、司会者も別に本気で尋ねているワケじゃない。この手の話題は、そこから話を膨らませる為の足掛かりに過ぎず、言ってしまえば単なるネタ振りや話題転換、『なにか面白い回答を導き出せれば儲けもの』といった程度である。
 だから、進行役の女性は当たり障りのない――有体に言えばありきたりな――答えが返ってくるものだと思っていたし、事実由綺はそうするつもりだった。
 しかし、理奈は違った。ちょっとだけイタズラ心を出したのだ。ADとして冬弥が番組に参加していたのがその理由。

「好きな人ですか? それは……」

 そこで言葉を切ると、徐に冬弥へと視線を運んだ。
 本番中に――あまつさえ、こんな話題の時に――自分へと目を向けられて冬弥がギョッとした表情になる。あからさまに「まずいよ、理奈ちゃん」といった狼狽の顔になった。
 思惑通りにイタズラ成功。その様に甚く満足すると、理奈は茶目っ気たっぷりにウィンクをして

「やっぱり秘密です♪」

 してやったりの明るい笑顔を浮かべつつ司会者にそう返した。
 理奈のそんな姿に、冬弥はやれやれとため息を吐き、スタジオの隅で見学していた弥生は微苦笑を顔に貼り付け、英二は他人事とばかりに――実際他人事ではあるのだが――お気楽に笑っていた。

「あらー、それは残念ですー」

 軽い口調で司会者が応じる。
 業界内に於いて、理奈や由綺と冬弥の関係については知らない者など殆ど居ない。一応秘密にはされているが、所謂公然の秘密というやつである。従って、彼女も理奈の視線の意味など気が付いている。あまりにも露骨であったし。
 ――が、司会者は敢えて見て見ぬ振りをした。ワザワザ突っ込んだりしなかった。
 例え『一応』であっても秘密は秘密である。しかも、業界内で半ば暗黙の了解とされている秘密である。
 この場で煽り立てても何の得もない。それどころか『ルール破り』で白い目で見られかねない。
 誰が好き好んで藪を突付いたりなどするものか。触れてはいけないタブーというのも存在するのだ。
 だから、この話はこれで終わりのはずだった。理奈も冬弥も弥生も英二も司会者も他のスタッフの面々もそう思っていた。
 けれど、

「ダメだよ、理奈ちゃん。そんなに冬弥くんの方を見たら、みんなに、理奈ちゃんが冬弥くんの事が好きだってバレちゃうよ」

 一人だけ、ただ一人だけ終わってなかった人物がいた。
 刹那、スタジオ内の空気が凍った。

「な、な、ななな……なにを言ってるのよ、由綺ぃ!」

 痛い静寂に支配されかかった場に、理奈の何とも言いがたい微妙なトーンの叫びが響き渡る。
 後に英二は語った。この時に理奈がしっかりと否定なりしておけば、また違った結果になったのかもしれないねぇ、と。
 しかし、ボケとは連鎖するものなのだろうか。

「あなたが率先してバラしてどうする!?」

 理奈、でっかい墓穴。その言い様では、由綺の発言を肯定したも同じである。

『バラすとか言うな』

 スタッフ一同、心のツッコミ。
 秘密が秘密でなくなった瞬間であった。

「いやはや、これからいろいろと苦労しそうだね。ま、頑張れよ、青年」

 縦線を背負ってガックリと膝を付いてしまっている冬弥。
 その肩をポンポンと叩いて、英二が励ましの言葉を掛ける。今にも吹き出しそうな顔をして。
 そんな二人の隣では、弥生が人差し指でこめかみを揉み解していた。

「え? え? え?
 ……あ。ご、ごめんね、理奈ちゃん。わたし、理奈ちゃんが冬弥くんを好きだって事、放送中に言っちゃった」

「だーかーらー、何度も言うなぁ!」

「ご、ごめんなさい。ホントのことだからつい口が滑っちゃって」

「そ、そりゃあ、確かにホントのことだけど……って、あんたワザと!? ワザとなの!?」

「え? え? え?」



 ちなみに、その頃るすばん組はと言うと。
 家族の二人がゲスト出演する事になった、そこそこに視聴率を稼いでいる生放送のトーク番組。
 それを観ながら、

「え、えーっと……」

 美咲は対応に困り、

「冬弥さん……南無」

 マナはテレビに向かって手を合わせ、

「ぐっじょぶ」

 はるかは、何を思ってか、ブラウン管に映っている由綺と理奈へと親指を立てていた。



 繰り返すが、今回のこの番組は生放送。
 しつこい様だが『生放送』である。
 しかも、全国ネットで日本中に。

 取り敢えず……

 冬弥のこれからに幸多からんことを。