朝だ。
 しかも、平日の朝だ。
 本当は休日の方がいいのだが、どういう訳か平日なのだ。
 ……俺に何の断りもなく。

「別に、祐一に断る必要は無いと思うんだけど……」

 そんなことはないぞ。

「そうなの?」

 そうだとも。俺の意思は、何よりも尊重されるべきなのだからな。

「へぇ。そうなんだ。知らなかったよ」

 …………いや、素で返されても困るんだけど。
 まあいいや。それじゃ、名雪。行くぞ。

「うん」

 会社へ。

「行かないよぉ。わたしたち、社会人じゃないもん」

 なに!? そうだったのか!?

「そうだよ」

 だから、素で返すなって。
 ……って、そんな事を名雪に言っても無理か。

「もしかして、ひどいこと言ってる?」

 全然そんな事ないぞ。

「うー」

 というわけだから、学校へ行くぞ。

「何が『というわけ』なの?」

 気にするな。
 まあ、強いて言うなら、世の中の法則というやつだ。真理とも言うぞ。

「わけ分からないよー」

 そうか。まだまだ甘いな。

「なんか、バカにされてる気がするよ」

 気のせいだ。

「うー」



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                『名雪ちゃんは甘えん坊』
              第3話「いっしょに登校なんだよー」

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 ―――というわけで、俺たちは今、見事なまでに登校中なのである。

「? 誰に説明してるの?」

 多くの方々にだ。

「へ? えっと…………周りには誰もいないよ?」

 目に見える物だけが全てではないって事だな。

「そっかー。世の中って奥が深いんだねー」

 …………素直に納得しないように。

「納得したらいけなかった?」

 いや。名雪らしくて非常に良いぞ。

「なんか、誉められた気がしないんだけど」

 そうか。名雪って、けっこうひねくれてるんだな。知らなかったよ。

「ひねくれてるのは祐一の方だと思うけどなー」

 何を言うか。俺ほど素直な人間はいないぞ。

「素直、かなぁ?」

 素直だとも。何と言っても、俺の本名は、『相沢スナオ』というくらいだからな。

「え!? そうなの!?」

 …………おいおい、信じるなよ。

「うん、信じてないよ。もちろん冗談だよ」

 なに!? うむむ、名雪に冗談で返されるとは俺も落ちたものだ。……まさに一生の不覚。

「祐一、もの凄く失礼な事言ってるよ」

 大丈夫だ。俺は気にしない。

「わたしが気にするの!」

 そうか。それは盲点だったな。

「うー。全然盲点じゃないよー」

 ……まあ、それはさておき。

「おかないでよ」

 ……………………さておき。

「……ふぅ、仕方ないなぁ。さておき……なに?」

 いやね、名雪さん。さっきから言おうと思ってたんですけど……。

「ん?」

 今の俺たち、いくらなんでもくっつきすぎじゃないですか?

「そう? そんな事ないと思うけど?」

 本気で言ってるのか?

「もちろん。わたしはいつでも本気だよ」

 それはそれで質が悪いと思うぞ。

「ひどいー。祐一ってばひどいー。そんなことないもん」

 ……………………。
 まあ、そんな些細な問題はこっちの方に置いておくとして、だ。
 やっぱり、ちょっとくっつきすぎだって。

「個人的には置かないで欲しいんだけど」

 いいから置いとけって。話が進まないから。

「そっか。それじゃあ仕方ないね。うん、分かった。置いとく。
 で? えっと……何の話だっけ?」

 ちょっとくっつきすぎだって話。

「あ、そうだそうだ」

 忘れるなよ、この程度の事。

「忘れたわけじゃないよ。聞いてなかっただけ」

 それも何かむかつくけどな。

「気のせいだよ」

 はいはい。

「というわけだから、全然くっつきすぎじゃないよ」

 ……展開が唐突だし、何が『というわけ』なんだかさっぱり分からんが、
 察するところ、名雪の意見としては『今のままで問題なし』ということなんだな?

「そういうこと」

 そうかなぁ? 問題あると思うけどなぁ。

「なんで?」

 『なんで?』って言われても……。

「祐一は、わたしがそばにいたら迷惑なの? 邪魔なの?」

 どうしてそうなる?

「だって……だって……」

 だーっ! 涙声になるな!!

「だって……だって……だって……」

 おどろ線を纏うな!! 背景に縦線を入れるな!!

「だって……だって……だって……だって……」

 『だって(以下略)』じゃない!
 誰も名雪の事を迷惑とも邪魔とも天然ボケとも言ってねーだろ!?

「……天然ボケはわたしも言ってないよー」

 だから、『誰も言ってない』と言ってるだろ。

「あ、なるほど」

 ……まさか、納得されるとは思わなかった。

「???」

 ま、まあ、そんな事より……。
 この際、はっきり言っておくぞ。俺は名雪の事、迷惑でも邪魔でもないからな。

「ホント?」

 あのなぁ。今まで、俺がウソを吐いたこと…………いや…………なんでもない。

「???」

 とにかくだ、今の言葉はウソじゃない。

「ホントだね? 信じてもいいんだね?」

 もちろんだ。今まで、俺がウソを吐いたこと…………いや…………なんでもない。

「??? なんか、よく分からないけど分かったよ」

 その日本語もよく分からないけどな。

「そうかな? ま、いいや」

 いいのか?

「うん。いいよ」

 そうか。それなら、俺も何も言うまい。

「うん。…………で?」

 はい? 『で?』とは?

「だからぁ、迷惑でも邪魔でもないのなら、どうして『くっつきすぎ』なんて言ったの?」

 ……その質問に答える前に、一つだけ聞かせてくれ。

「いいよ。なに?」

 お前、『会話の流れ』というものを知ってるか?

「もちろんだよ」

 …………即答ですかい。

「どうしたの? 渋い顔して。変な祐一」

 ……………………なんでもない。
 それじゃ、さっきの質問に答えるぞ。

「うん」

 えっとさ……俺たちが今いるのは公道だよな?

「うん、そうだね」

 そういう天下の往来で、ベッタリとくっついているのは……やっぱり、ちょっと……な。
 恥ずかしいと言うか何と言うか。
 それに、知り合いに会ったりしたら、何を言われるか分からないし。
 だから、家の中でならともかく、外で必要以上にベタベタするのはマズイと思うんだ。

「そっか。そう言われてみれば確かにそうだね」

 だろ?

「うん。だけど……もう、手遅れだよ」

 は? それはどういうことです? 名雪さん。

「だって、ほら、祐一の隣」

 隣?

「おはよう、相沢くんに名雪」
「おはようございます」

 げっ! 香里に栞。
 い、何時の間に!?

「さっきからいたわよ」

 そ、そうだったか?

「そうよ」
「はい」

 うむむ。まるっきり気配を感じなかった。ふたりとも、なかなかやるな。

「相沢くんが鈍感なだけでしょ。あたしたちの事は、名雪でさえ気付いてたわよ」

 なに!? そうなのか!?
 それはショックだ。名雪でさえ気付いていたというのに……俺って奴は……。

「もしかして、二人ともひどいこと言ってる?」
「そんなことないわよ」

 そうだとも。

「うー」
「それにしても……相沢くんと名雪……朝っぱらから熱いわねぇ」
「ほんとほんと。お二人の周りだけ気温が高いです」

 んなわけあるか。
 それにしてもお前ら、俺たちの有様を見てる割には随分と冷静だな。
 もっと、大騒ぎされるかと思ってたのに。

「大騒ぎ? なんで?」

 いや、だってさ。

「単にベッタリとくっついているだけじゃない」
「祐一さんが名雪さんを『おんぶ』しているとも言いますけどね」

 こ、こら栞! そんなにあっさりと言うな!
 ここまで、その単語を言わずに引っ張ってきたのに。
 それは、最後にばらしてオチにするつもりだったんだぞ!!

「つまんないオチねぇ」

 やかまし。

「まあ、祐一さんですし」

 ほっとけ。

「祐一にギャグセンスを求めるのは酷だよ」

 お前にだけは言われたくない。

「まあまあ。
 それより、話を戻すけど……今更、おんぶくらいじゃ誰も驚かないわよ」

 なんで?

「だって、相沢くんと名雪だもん」
「だって、祐一さんと名雪さんですもん」

 おい。
 なんだよそりゃ。

「それだけ、二人の仲が認知されているって事よ。
 何と言っても、うちの学校の名物カップルだからね」

 名物カップルぅ〜?
 どうして、俺と名雪が名物なんかになるんだよ。

「目立つからよ」

 簡潔な答えをありがとう。
 ……って、目立ってるかぁ? そんなことないだろ?

「自覚がないんですね」
「ふたり……というか、特に相沢くんは我が校の有名人なのよ」

 ウソだろ?

「ウソなんかじゃないわ。
 だって……相沢くんは……その……『アレ』だし……ねぇ」

 『アレ』ってのは何だよ?
 つーか、何故に言い淀む?

「と、とにかく、有名人なの」

 強引に話を終わらせたな。

「気のせいよ」

 …………ま、いいけどな。
 それより……なんか、さっきから名雪がおとなしいんだけど、どうかしたのか?

「別にどうもしてないわ」
「ただ、ちょっとトリップしているだけです」

 はあ? トリップ?

「うふふふふ。わたしと祐一が認知。全校公認のカップル。カップル。カップル。
 うふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふ」

 ……………………ホントだ。よーく聞いてみると、小声でブツブツと。
 完璧にいっちゃってるわ、こりゃ。
 うーん、やばいなぁ。
 そろそろ学校に到着するから、何としてでも背中から降ろそうと思ってたのに。

「このまま、おぶって連れていくしかないですね」
「そうね。今の名雪を降ろすのは危険だわ。いろんな意味で」

 それはそうなんだけど……でも、やっぱり、俺にも羞恥心というものが……。

「あったんですか!? 初めて知りました!!」

 待てこら。

「あたしも。これは大発見だわ」

 美坂1号よ、お前もか。

「ま、相沢くんの羞恥心の有無はともかくとして。
 ここは、あきらめるしかないわね」

 あっさりきっぱりはっきり言ってくれるよなぁ。

「いいじゃないですか。どうせ、誰も驚かないんですから」
「そうね。どうせだから、そのまま教室まで行っちゃったら?
 そうすれば、あたしたちの言葉がウソじゃないって事が分かるから」

 あのなぁ。いくらなんでも、このままで教室に入っていったら、さすがに大騒ぎになるだろ。

「「ならない」」

 …………綺麗なユニゾンをありがとう。

「「どういたしまして」」

 ……………………。
 分かったよ。分かりましたよ。
 この状態のまま教室まで行けばいいんだろ? 行ってやろうじゃないか。
 だから、もし大騒ぎになったら責任取ってもらうからな。

「オッケー。いいわよ」
「分かりました」

 余裕の表情を浮かべやがって。
 あとで後悔してもしらないからな!!





 そして…………





 すまん、俺が悪かった。……しくしく。





 世の中の不条理(?)を目の当たりにし、敗北感に打ちひしがれる祐一であった。





 祐一の(半ば自業自得の)苦難は続く。





                << おわり >>






 ( 追記 )

 ちなみに、祐一が敗北感を味わっていた頃…………

「祐一と公認カップル。うふふ。公認だって公認。うふふ、うふふふふふふふふふふふふふ」

 名雪は、まだトリップしていた。
 帰ってくるまでには、当分時間が掛かりそうである。

「うふふ。祐一と公認カップル。祐一と祐一と…………。うふふふふふふふふふふふふふふ」

 



      ――――――――――――――― つづく ―――――――――――――――


 ☆ あとがき ☆

 ひっさしぶりの『名雪ちゃん』ですぅ〜(;;)

 なんで、こんなに遅れたのか本人にも謎です(;^_^A

 まあ、世の中には不思議が満ちているという事ですね。

 え? 違う? しくしく(;;)


 閑話休題

 今回のSSは会話オンリーです。

 なんか……普通に書くよりも面倒でした。

 情景描写が出来ないのがこんなに辛いとは。

 ホントに大変でした。

 ……楽しかったですけど(どっちやねん

 ま、たまには、こんなのも良いかなぁと思いました(^^)

 さすがに、この形式を続ける気にはなれませんけどね(;^_^A


 ではでは、また次の作品でお会いしましょう\(>w<)/



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