『名雪ちゃんは甘えん坊』
第6話「お仕置きなんだよー」



 学校からの帰り道。
 いつもだったら、名雪と明るく笑い合いながら楽しく歩いているのだが……。

「なあ、名雪」

「……むー」

 今日は、俺の隣を歩いている名雪がご機嫌斜めの為、かなり雰囲気が重かった。

「ハァ。いい加減機嫌直してくれよ」

「……むー」

 嵐のようだった昼休み以降、名雪の頬は膨らみっぱなし。
 針で刺したら破裂するんじゃないかと思うほどの見事な膨張具合だ。

「イチゴサンデー奢ってやるから」

「……そんなので買収されないよ」

 なんか答えるまでに微妙な間があったな。
 おそらく、名雪の中でちょっとした葛藤が繰り広げられたのだろう。

「イチゴサンデー二つ」

「……ダメ」

「三つ」

「…………だ、ダメだってばぁ」

「えーい、持ってけ泥棒。七つだ!」

「……………………。
 そ、そんなので誤魔化されないからぁ!」

 むぅ、イチゴサンデーで堕ちなかったか。
 これは厄介だな。

「物で釣ろうだなんて最低だよ。祐一、やっぱり極悪人だよー」

 うわ、ひでー言われよう。

「おのれ、言いたい放題言いおってからに。
 ……って、よくよく考えてみれば、何で俺がそこまで言われるほど怒られなきゃいけないんだ? なんかすっごい不条理を感じるんだが。俺は別に何もしてないじゃないか」

「うそつき」

「うそじゃねーって」

 天地神明に誓ってもいい。俺は本当に何もしていない。少なくとも今回の件は俺の所為じゃない……はずだ。

「香里たちにちょっかい出してるクセに。祐一、極悪人だよ。女の敵だよ」

 名雪がジトーッとした嫌すぎる視線をこっちに向けて糾弾してきた。

「出してないっつーの! てか、誤解を招く様な言い方をするなよ」

 言い掛かりもいいところだと思う。

「……ホントにぃ?」

 名雪が、かんっぺきな疑い眼で訊いてきた。

「本当に決まってるだろうが。名雪、お前、俺の言うことが信じられないのか?」

「…………」

 ……何故に目を逸らすか。

「信じてるよ。……信じてるけど……でも……女の子に関しては……ちょっと……」

 おいおい。

「祐一って何気にプレイボーイみたいな気がするし」

「それは誤解だ。俺は一途だぞ」

 俺は胸を張ってきっぱりと答えた。

「いちずぅ?」

 物言いたげな目で名雪。

「ああ、一途だとも。俺が好きなのは名雪だけだぞ。まあ確かに他の女の子たちの事も気にはなるけど。
 あゆと真琴は何か放っておけないし、栞と舞は構ってあげたくなるし、佐祐理さんと天野はそばにいると穏やかな気分になれるし、香里のことは綺麗だとか可愛いとか思うし」

「…………」

 あ。名雪の目が冷たくなってきた。

「と、とにかくだ」

 コホンと一つ咳払い。

「俺は名雪オンリーなんだから変な勘ぐりをするなって。みんなのことは好きだけど、それは友達として好きなんであって……だから、何て言うか、キスしたいとか抱き締めたいとかは思わねーし」

 鼻の頭を掻きながら、心持ち名雪から視線を外してそう言った。

「祐一……それって……わたしのことはキスしたいし抱き締めたいって事?」

 名雪の顔に恥ずかしさと嬉しさが混じり合った笑みが浮かんだ。

「ま、まあな。そう解釈してくれて構わない」

 さすがに照れくさい。

「え、えへへ。だったら……ねえ、祐一」

 名雪は俺の耳元に口を近付けると、

「…………」

 顔を朱に染めながらポソポソと囁いた。





 名雪が口にしたのは、俺が許してもらう為の条件だった。
 それを呑む以外、俺に選択肢が無かったことは言うまでもない。

 ちなみにその条件とは、

「あのさ、名雪」

「ん〜? な〜に?」

「晩飯、凄く喰いづらいんだけど」

「そう? でも退かないよ。約束だからね」

 今日一日、家にいる間、ずーっと抱っこをすること。

 食事の時も宿題をしている時もずっと抱っこ。

 当然、

「ゆういちぃ。しっかりと抱いていてくれないとイヤだよ〜」

「だ、だって……いくらなんでも……」

「約束だよ。破っちゃダメなんだよ」

「ううっ」

(む、胸の感触が太ももの感触が……。やーらかくてあったかくて……。煩悩退散煩悩退散)

 風呂に入る時も。

 まあ、さすがに、

「名雪! こ、此処だけは勘弁してくれ!」

「そ、そうだね。此処だけは特別ってことで……」

 トイレだけは例外とされたけど。

 とにもかくにもひたすら抱っこ。延々と抱っこ。問答無用で抱っこ。

 羨ましいと思う人もいるかもしれないが……とんでもない。

 何故かというと、名雪に前もって『エッチなことはダメだよ。これは祐一にとってはお仕置きなんだから。ちゃんと我慢してね』と釘を刺されているからだ。

 はっきり言って蛇の生殺し。辛いなんてもんじゃない。
 気持ちいいけど、それ故に拷問。
 おかげで、俺の頭の中じゃ、常に理性と煩悩がハルマゲドン。気の休まる暇のない、まさに生き地獄。

「んふふぅ〜、祐一ってあったかいねぇ〜」

 ゴロゴロとご満悦の名雪を見ながら、俺は『二度と名雪の機嫌は損ねないようにしよう』と堅く堅く心に誓うのであった。










 ―――で、次の日の朝。

「行ってきます、秋子さん」

「行ってきま〜す」

 揃って外に出る俺と名雪。

 すると、

「おはよう、相沢くん。……それと、ついでに名雪」

「おはようございます、祐一さん名雪さん」

 どういうわけか、玄関前に美坂姉妹の姿が。

「待ってたわよ。さ、学校へ行きましょ」

 そう言いつつ、自然な動作で腕を組んでくる香里。

「わ。お姉ちゃんったら腕なんか組んじゃって。だ、大胆ですぅ。ドキドキですぅ」

「え、えっと……何がどうなってるのやら……」

 展開に付いていけずに呆気に取られている俺。
 すると、背後からゴゴゴと音がするほどの凄まじい殺気が飛んできた。

「祐一……ひどいよ……極悪人だよ……」

 ちょっと待て! 俺か!? 俺が悪いのか!?

「これは……今日もお仕置きだね」

 マジっすか? お仕置きなんですか? 決定なんですか?

 俺、心の中で号泣。

「ほらほら。早く行くわよ」

 こちらの修羅場ってる雰囲気を綺麗に無視してにこやかに宣う香里嬢。

「お姉ちゃんと祐一さんお似合いですよ〜」

 無責任&無邪気に煽ってくれる栞嬢。

「…………」

 こめかみをピクピクさせながら、こちらに怖すぎる視線を向けてくる名雪姫。



「お、俺が一体何をしたって言うんだ!? どうして俺ばっかりこんな目に遭うんだっ!?」

 爽やかな朝の光の中、俺の悲痛な叫びが轟いた。

 もっとも、

「うふふ、相沢くん♪」

「うわ〜、お姉ちゃんってば朝からラブラブですねぇ。目の毒ですぅ」

「……祐一、香里、極悪人だよ」

 そんなもの、誰一人として聞いちゃいなかったが。



「うがーっ! 納得いかーん!」





 祐一に安息の日は……遠い。








< 続く……と思う >






 ☆ あとがき ☆

 なんか、ここで終わらせても構わない様な気が……。

 でも、どうせ続きとか番外編(今回のSSの香里サイドとか)を書くのは目に見えていますので、一応『続く』ってことで。


 閑話休題。

 この作品の祐一。同情の余地無し、とか思うのは私だけでしょうか?(^ ^;



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