『名雪ちゃんは甘えん坊』
番外編 第6.5話「栞ちゃんは……」



「うー」

「ねえ、栞ぃ」

「うー」

「そろそろ機嫌直してくれない? いつまでも膨れっ面してないで」

「うー」

 お姉ちゃんの指摘通り、わたしはすこぶる不機嫌でした。ホッペはプクーと膨らみっぱなしです。
 だって、お姉ちゃんってば一人で抜け駆けするんですもん。
 わたしだって、祐一さんのこと大好きなのに。

「お姉ちゃん、祐一さんのこと興味ないような顔をしてたくせに……あんなに誘惑しちゃって……」

「ゆ、誘惑なんてしてないわよ」

「なに言ってるんですか! 昼休みの時のあれは完璧に誘惑じゃないですかぁ! アーンなんてしちゃって。ウソつくなんて、お姉ちゃん極悪人です! えうーですぅ!」

「え、えうーと言われても……」

「わたしに黙って祐一さんにイチャイチャ攻撃を仕掛けるなんて……お姉ちゃん、不潔です! そんなことするお姉ちゃんなんて嫌いですぅ!」

「黙ってって……宣言してからだったら良かったの?」

 体中から『ぷんぷん』と怒りのオーラを出しているわたしを見て、お姉ちゃんが困り顔。

「良いわけないじゃないですか!」

 戯けた事を口にするお姉ちゃんにわたしは一喝。

「なら最初からそう言えばいいのに。まあ、それはともかくとして。あのねぇ栞、あなた大きな勘違いしてるわよ。あたしは相沢くんにモーションかけてるつもりなんてないし、それに、相沢くんのことなんて別に何とも思ってないし……」

「えー? 本当ですかぁ?」

 あからさまに疑いの目を向けるわたし。

「なによ、その目は。決まってるじゃない」

「絶対ですか? 誓えますか?」

「ええ」

 キッパリと答えるお姉ちゃん。
 ですが……その言葉とは裏腹に、お姉ちゃん、わたしから露骨に視線を逸らしました。
 怪しいです。怪しすぎます。何と言いますか、見事なまでに『黒』っぽい態度です。

「へぇ〜。つまり、お姉ちゃんは祐一さんの事なんて好きじゃないと」

「も、もちろん。当然でしょ」

「……だったら、昼休みの時のあの行動はなんだったんですか?」

 ジトーッとした目を向けてわたしが訊きました。

「あーんな『好き好き光線』を出しておいて、モーションじゃないって言うんですか? それって、ちょーっと説得力なさすぎですよ」

「ち、違うのよ。……あ、あれは……つまり……だから……いろいろと……深いワケが……その……」

 わたしから目を逸らしたままでボソボソと呟くお姉ちゃん。
 昼間のことを思い出しているのでしょうか、頬がほんのりと桜色になっているのが何気にむかつきます。

「もういいです、よーく分かりましたから。……結局、お姉ちゃんも祐一さんにラブラブなんですね。ハァ、強烈なライバルが増えちゃいました」

 わたしは深いため息を零しながらぼやきました。

「ら、ラブラブなんかじゃないってば」

「まだ言いますか」

「だ、だって事実だし」

「ふーーーん」

 半目で疑惑の視線を送るわたし。

「そうですか。なら、あくまでもお姉ちゃんは祐一さんラブじゃないって言い張るんですね?」

「……え、ええ。そうよ」

 わたしの問いに、お姉ちゃんが首を縦に振りました。
 ちょっと微妙な間がありましたが。

「では、お姉ちゃんはわたしのライバルではないって事ですね?」

「…………うん」

 先程よりも間が大きくなりました。気になります。

「祐一さんの事、単なる友達としてしか見てないんですよね? 愛情なんて皆無ですよね?」

「…………そ、それは……その……」

「そうなんですよね? ね? ね?」

「…………」

 あ。ついに間だけになってしまいました。
 それにしても、ここで黙ってしまうってことは、自分の気持ちを暴露しているのと同じなんですが……ま、いいでしょう。

「ではでは、これからはお姉ちゃんは祐一さんを誘惑するような行為はしないで下さい。アーンなんて御法度です。不必要に近付く事もダメです。絶対に禁止。良いですね」

「イヤよ」

 うわ、即答だし。

「……って……あ」

 お姉ちゃんは慌てて口を押さえましたが後の祭り。

「お姉ちゃん? イヤってどういうこと?」

「ち、違うのよ。今のは……勢いで口走ってしまっただけで……えっと……」

 お姉ちゃん、しどろもどろ。
 見ていて滑稽なくらい狼狽えています。

「だ、だから……あたしは……そ、その……」

 お姉ちゃんの声がどんどん小さくなっていきました。
 それに反比例して顔はどんどん真っ赤になっていってます。

「あたしはぁ? あたしは何なんですか?」

「あ、あたしは……」

「あたしは?」

「…………」

 手をギュッと握りしめて黙りこくるお姉ちゃん。

「あたしは? なんです? ハッキリと言って下さい」

 それに構わず、わたしは追求を続けました。一切の容赦なく追い詰めます。

「……………………よ」

 ややあって、わたしからの問いに応え、お姉ちゃんが本当に小さな声で何事かをポツリ。

「はい? 何ですって?」

 わたしは耳に手を添えて、お姉ちゃんの方に差し出しました。

 すると、

「栞の思ってるとおりよ! そうよ! あたしは相沢くんの事が好き!」

 お姉ちゃんはこれでもかってくらいに大絶叫してくれました。

「え、えうー」

 耳が痛いですぅ。キンキンしてますぅ。

「悪かったわね! どうせあたしは相沢くんの事が大好きよ! 文句あるっ!?」

 お姉ちゃん、プッツン。

「相沢くんは名雪の恋人。そんなのは分かってる。でも、あたしは自分の気持ちを抑える事なんて出来ない! あたしは……あたしは……相沢くんを自分だけのものにしたいのよ! 略奪愛と陰口叩かれたって構わない!」

 今まで抑圧されていた気持ちが一気に爆発してしまった感じです。

「だから栞。もしもあたしの前に立ちはだかろうと言うのなら……あなたでも容赦しないわ」

 そう宣って酷薄とも表現できるイヤすぎる笑みを浮かべるお姉ちゃん。悪人的な表情が似合いすぎて怖いです。

 それにしても……かなりヤバヤバっぽいです。
 どうやら、お姉ちゃんを本気にさせてしまったみたいです。思いっ切り藪をつついてしまった気がします。

 お姉ちゃんが敵。
 これは、はっきり言ってマズいです。
 お姉ちゃんは美人だしスタイル抜群だし頭脳明晰だし……。
 妹のわたしから見てもパーフェクトです。
 そのお姉ちゃんがライバル。……本気でヤバヤバ。

 どうしましょう。しおりん、大ピンチです。
 認めたくはないですが、真っ正面から戦いを挑んでも勝ち目が薄い気がします。
 だって、わたしは背が低いですし胸は平らですし勉強は……。
 えうー、自分で言ってて悲しくなってきました。

 と、とにかく、何らかの対策が必要だと思います。
 お姉ちゃんを敵に回さずに、尚かつ最終的にはわたしが勝利する方法を考えねば。

 なにかいい手はないでしょうか。

「姉妹だろうが親友だろうが……あたしは負けないわ! 相沢くんはあたしのよ!」

 ググッと握り拳を固めて力説するお姉ちゃん。
 わたしはそれを綺麗に聞き流して必死に頭を捻ります。

 えうーえうーえうー。
 えうーえうーえうー。
 えうーえうーえうー。

 ……チーン。

 閃きました。これはなかなかの良案だと思います。
 ふっふっふ、しおりん天才です。

「ねえ、お姉ちゃん」

「相沢くんはあたしが……って……へ? な、なに?」

「お姉ちゃんが祐一さんのことをどれだけ強く想っているのかよーく理解出来ました。そして、わたしでは到底敵わないということも……」

「そう? 分かってくれて嬉しいわ」

 お姉ちゃん、ニッコリとナイススマイル。顔には安堵の色が貼り付いていたりします。

「ですから、わたし、これからはお姉ちゃんを応援します。完全にバックアップします」

「え? し、栞? なにもそこまでしてくれなくても……」

「いいの。わたし、お姉ちゃんに幸せになってほしいですから。それに、お姉ちゃんの幸せがわたしの幸せですし。だから、二人で頑張って、祐一さんをゲットしちゃいましょうね♪」

「……栞……ごめんね……ありがとう」

 うっすらと涙を浮かべてお姉ちゃんがわたしに頭を下げました。わたしのセリフにかなり感動しているみたいです。

 その顔を見て、わたしは心の中でチロッと舌を出しました。

 ふっふっふ。押してもダメなら引いてみろです。
 正々堂々で勝ち目がないのでしたら搦め手で攻めるだけ。

 お姉ちゃんと祐一さんが結ばれたら、わたしは祐一さんの妹になります。
 そう!
 魅惑の存在であり、男性諸子にとっての永遠の浪漫である『血の繋がらない妹』になるのです!
 しかも、妹になるのが、このとっても可愛らしくてチャーミングなしおりん。
 ちょっと目を潤ませて『祐一お兄ちゃん……す・き』なんて言って迫ったら、きっと、祐一さんもあっという間に陥落です。間違いありません。
 そうすれば、わたしは楽に祐一さんを獲得。
 そして、その後で祐一さんにお姉ちゃんをポイポーイしてもらえば……。
 結果、わたしと祐一さんのバラ色生活。

 名付けて、『厳しい争奪戦はお姉ちゃんに任せろ! ラブリーしおりんの漁夫の利大作戦!』。

 完璧です。自分の策士ぶりが怖いくらいです。



「そういうわけだから……頑張ろうね、お姉ちゃん☆」





 てなわけで、次の日の朝からさっそく作戦開始。

 お姉ちゃんを誘って祐一さんをお出迎えです。

「おはよう、相沢くん。……それと、ついでに名雪」

「おはようございます、祐一さん名雪さん」

「待ってたわよ。さ、学校へ行きましょ」

 そう言いながら、さりげなく祐一さんの腕を取るお姉ちゃん。

「わ。お姉ちゃんったら腕なんか組んじゃって。だ、大胆ですぅ。ドキドキですぅ」

 笑顔で冷やかすわたし。
 でも、顔とは裏腹に心は曇り。ちょっと面白くないです。

「お姉ちゃんと祐一さんお似合いですよ〜」

 ですが、これも作戦の為。我慢です我慢です。

「うわ〜、お姉ちゃんってば朝からラブラブですねぇ。目の毒ですぅ」

 ま、今だけは春を満喫して下さい。

 最終的な勝利者はわたしなのですから。

 ねっ♪ 祐一お・に・い・ちゃ・ん








< 続く >






 ☆ あとがき ☆

 しおりん編です。

 なんか、栞が妙に腹黒くなってしまった気もしますが……

 恋する乙女の暴走って事で勘弁して下さい(^ ^;



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