『名雪ちゃんは甘えん坊』
番外編 第6.7話「そしてまた一人」


 突然ですが、見たくもない光景ほどよく目に入るものです。
 マーフィーさんもそう言ってます。『48時間』良かったですよね。
 ……それはマーフィー違いです。
 細かいボケからナマステ、天野美汐です。みっしぃ♪と呼んで下さい。
 みっしぃ♪であってミッシィでもミッシーでもないので注意して下さい。
 また、『♪』を外すことも厳禁です。みっしぃ♪はみっしぃ♪だからみっしぃ♪なのです。♪がなくなったら、それはみっしぃであってみっしぃ♪ではありません。
 従って、みっしぃ♪を呼ぶときは必ずみっしぃ♪でお願いします。
 すみません、脱線しました。……意図的ですけど。
 話を戻します。『48時間』良かったですよね。マーフィーさん、最近はあまりパッとしませんけど。
 ……戻すところが違います。
 と、軽くパーティージョークを放ったところで本題です。

 もう一度言いますが、見たくもない光景ほどよく目に入るものです。
 今の私がまさにそれです。もうイヤイヤです。
 その光景とは、

「なあ、お前ら。悪いけどそろそろ離れてくれないか。もうすぐ学校に着くし、いい加減鬱陶しい」

「そうだよー。香里も栞ちゃんも祐一から離れるべきなんだよー。祐一にベッタリとくっついていいのはわたしだけなんだからー」

「却下。お断りよ。最低でも、教室に入るまではこのままね」

「鬱陶しいだなんて、そんなこと言う人嫌いです。お姉ちゃん、絶対に祐一さんを離しちゃダメですよ」

 一人の男性が、三人の女性にまとわりつかれながら登校しているの図だったりします。
 男性の名は相沢祐一さん。
 素敵で格好良くて優しくて……もう相沢さんにだったら、みっしぃ♪は何をされても良いです。あーんなことやこーんなこと、あまつさえそんなことまでされてもオールオッケー、覚悟完了です。
 なんちゃってなんちゃって、みっしぃ♪ってばエッチです。キャーキャー♪
 ……コホン。少々取り乱してしまいました。申し訳有りません。
 とにかく、それだけ素晴らしい男性なのです。
 対して女性陣。
 一人目は水瀬名雪さん。通称、だおー。認めたくありませんが……相沢さんの恋人です。非常に納得できません。世の中間違っています。相沢さんのお相手はみっしぃ♪のような清楚で可憐な乙女が似合うのに。
 二人目は美坂香里さん。名雪さんの親友らしいです、一応。最近、相沢さんへ積極的にアプローチをかけるようになりました。
 そして、三人目が美坂栞さん。香里さんの妹さんです。とても可愛らしい方ですが、目に狡猾な光が宿っているように感じられるのは気の所為でしょうか。なにかを企んでいるような気がしないでもありません。何と言いますか……好感が持てます。
 なんにせよ、非常にムカムカでイライラでそんな酷なことないでしょうって感じの光景です。

「うー。香里も栞ちゃんも離れてよー。二人がどいてくれないとわたしが祐一と腕が組めないじゃない。祐一はわたしのなのにー」

「残念ね、名雪。早い者勝ちよ」

「うんうん。お姉ちゃんの言うとおりです」

 名雪さんが必死に訴えます。しかし、香里さんも栞さんも聞く耳持ちません。当然ですね。もし私があの二人の立場でも同じように答えるでしょうし。
 捕まえた獲物をみすみす逃すなんて愚の骨頂です。キャッチ&イートが基本です。
 もっとも、私は食べる側よりも食べられる側の方が好きだったりしますが。でも、相沢さんが望むのなら、私が食べる方に回っても一向に構いませんけどね。……くすっ。

「ううう。二人ともひどいよー。極悪人だよー。いいもんいいもん。こうなったら……えい!」

 叫ぶやいなや、相沢さんの背中にピョンと飛び乗る名雪さん。
 加えて、

「えへへ。どう、祐一? 最近、また少し大きくなったんだよ」

 ウニウニと胸を押し付けたり。

「う、うむ。なかなかのボリューム。誉めてつかわす。……でなくて。『どう?』じゃねーよ。いきなりなにするんだ。危ないだろうが」

 ちょっぴり動揺しつつ相沢さんが応えます。でも、声に嬉しさが混じっているのが隠せていません。
 なんか、面白くありません。
 そして、面白くなかったのはこの人も同じだったようです。

「相沢くん。名雪程度のボリュームで満足なの? あたしだったらもっと……」

 名雪さんに挑発的な視線を向けつつ、相沢さんの腕に自分の胸をギューッと押し付ける香里さん。

「うおっ。こ、このプニッとして張りがあり、ふんわりとしてコクがあるデリシャスな感触。お主、ただ者ではないな」

 変なグルメ漫画のような表現をして相沢さんが香里さんの胸を誉め称えます。
 何と言うか、ここからでも相沢さんがデヘヘとした顔になっているのが容易に分かります。

「あーっ! 香里、なんてことしてるのー。そんなのダメだよー」

 香里さんの行為を咎め、名雪さんが叫びました。
 けれども、相沢さんに胸を押し付ける行為は止めません。それどころか更にグイグイと擦り付けていたりします。ある意味、執念ですね。

「聞こえないわ」

 名雪さんの怒声を軽く流す香里さん。
 こちらも相沢さんの腕を抱き寄せる力を強めています。結果、胸がむぎゅー。

「むー。香里、うそつきだよー」

「はて? なんのことかしら?」

 名雪さんと香里さん、火花がバチバチです。目視できそうです。
 お二人の間で高まる緊張感。まさに一触即発です。
 ちなみに、その原因となっている男性は、

「名雪も香里も立派になって。ううっ、お父さんは嬉しいぞ」

 目から涙を流しながら謎のことを宣っていました。気持ちよさの余り、脳がお花畑になってしまったのでしょうか。難儀です。
 そんな三人の会話を耳にして、嫉妬と諦めと悔しさと寂しさと憧憬が入り混じったなんとも表現しがたい顔をしている人物が約一名。

「大きい胸なんて邪魔なだけです。垂れるし肩がこるし。大事なのは大きさじゃなくて感度です。巨乳なんて人類の敵です」

 栞さん、なにやらイッちゃった目をしてブツブツと呟いています。ちょっぴり怖いです。
 気持ちは分かりますけど。本当は分かりたくないのですが分かってしまいます、痛いほど。
 別にいいですけどね。所詮、胸なんて飾りですし。偉い人にはそれが分からないんですよ。偉い人って誰?

 それにしましても……相沢さん、香里さんと栞さんにベタベタされてもあまり嫌がっていませんね。
 どころか、実は何気に喜んでます? 名雪さんという(一応の)恋人がいるにも関わらず? 浮気者? 気が多い?
 ひょっとしてひょっとしますけど、もしかしたら、相沢さんって名雪さんでは満たされていないのでしょうか?
 ということは、まだ相沢さんをゲット出来る可能性は多々残ってたりします? 諦めるのはまだ早い?

『実は、実は俺……天野の、否、みっしぃ♪のことが好きだったんだ。付き合ってほしい』

『え!? ほ、本当ですか!?』

『ああ、もちろんさ。俺はウソなんか言わないよ。特に、愛するみっしぃ♪にはね』

『う、嬉しいです、相沢さん。私も相沢さんのことが……いいえ、祐一さんのことがずっと……』

『みっしぃ♪』

『祐一さん』

『みっしぃ♪♪』

『祐一さん♪』

『みっしぃ〜〜〜♪♪』

『……あ、そんなダメです、急に。……優しくして下さい』

 な、な、な、なーんて嬉し恥ずかしな展開も夢ではない!?
 うふ、うふふ、うふふふふふふふふふふふ。
 ならば、ここで動かないのは愚の骨頂ですね。目の前にチャンスがあるのに動かない。それは、慎重ではなく単なる臆病ですから。
 そうと決まれば行動あるのみ。私と相沢さんの輝かしいバラ色の未来のために。
 善は急げ。思い立ったが吉日、です。



 ――で、いきなり飛ばしまして翌朝。

「おはよう、相沢くん。……ついでに名雪」

「おう。おはよう、香里。今日も髪が良い感じでウェーブしてるな。グッドだぞ」

「うふふ、ありがと。相沢くんの為に丹念に手入れしているからね♪」

「おはようございます、祐一さん。……おまけで名雪さん」

「グッドモーニング、栞。今日も相変わらず貧乳だな。真っ平らな洗濯板加減が非常に似合っていてプリチーだ」

「そ、そんなこと言う人嫌いですぅー」

「相沢さん、おはようございます。……名雪さん、以下同文」

「うっす。おはよう……って……あ、天野?」

 驚愕の表情を浮かべる相沢さん。顔が如実に「なんでお前が此処に!?」ってシャウトしています。

「私も今日から毎日お迎えに来ることにしたのです。……迷惑でしたか?」

 上目遣いで問い返す私。微かに瞳を潤ませるのがポイント。
 ついでに、

(いきなりベタベタしたら、相沢さん、引きかねませんからね。まずはお迎え程度の軽いとこからスタートです。急がば回れ、急いては事をし損じる、と言いますからね。もちろん最終的には……くすくす)

 なんてことを心の中で考えていたのはトップシークレットです。

「い、いや、迷惑なんてことはないけどさ。でも、急にどうしたんだ?」

「口にしなければ分かりませんか? まさか、女に言わせるつもりですか? そんな酷なことはないでしょう」

「え!?」

 思わせぶりな私の言葉に、相沢さんが呆気に取られたような顔になりました。

「そ、それってどういう……」

「さっ、学校へ行きましょう。いつまでものんびりしてますと遅刻しちゃいますよ」

 相沢さんの言葉を途中で遮って、私は彼の左腕を取りつつそう促します。

「あ、ああ。そうだな」

 少々納得いかないような顔をしつつも、私の言うことに素直に従って歩き出す相沢さん。
 いつの間にか、右腕は香里さんが確保。この抜け目の無さ、さすがです。侮れませんね。

(香里さん……私、負けませんからね)

 大きな大きな障害と認識し、心の中で打倒香里さんを強く誓う私なのでありました。
 


 ちなみに、その時、現時点での最大の障害さんは、

「ついでにおまけに以下同文。なんかおざなりな扱いなんだおー。うう、みんなひどいんだおー」

 暗い顔をして何かブツブツとぼやいていました。
 もちろん、全員から黙殺されたのは言うまでもありませんが。生憎、ライバルに送る塩など持ち合わせていませんので。真っ先に殲滅すべき相手ですしね。



 とにもかくにも……天野美汐、戦線参加です。








< 続く >






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