一家団欒。

 暖かい雰囲気に包まれた時間。

 優しさに満ちた至福の瞬間。

 俺は、それをさらに演出するであろうテーブルの上で湯気を上げている品々を指差して
そっと呟いた。


 ……なんだこれは?



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                    『名雪ちゃんは甘えん坊』
                  番外編「ヴァレンタインなんだよー」

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「晩御飯だよ」

 ああ、そうだろうな。そうだろうとも。それは分かってる。
 だがしかし、いとおかし、徒然なるままに盛者必衰の理をありおりはべりいまそがり。
 なくようぐいす鎌倉幕府。

「うわ。祐一が錯乱した」

 錯乱したくもなるわい! なんだこれは!?

「だから、晩御飯だよ。しかも、今日はわたしが作ったんだよー」

 ああ、そうだろうな。そうだろうとも。それは分かってる。
 だがしかし、いとおかし、徒然なるままに盛者必衰の理を……、
 ……って、ループしてどうする!

 そうじゃない! そうじゃないんだ!

 俺が言いたいのは……

「言いたいのは?」

 何故に俺の分のメシにだけ……

「メシにだけ?」

 チョコレートがのってるんだーーーっ!?

「だって、今日はヴァレンタインだもん」

 あっさりとした解答をありがとう。
 そっか。そうだよな。今日はバレンタインだもんな。
 ……じゃなくて。

「?」

 ヴァレンタイン用のチョコだったら別に用意しろよ。
 何が哀しくて、ご飯やおかず、みそ汁までチョコまみれにされなきゃいかんのだ。

「いいじゃない。一緒にした方が手間が省けるしね」

 省くな。

「大丈夫だよー。毒物じゃないんだから問題ないよ」

 大ありだって。つーか、これは既に毒物だ。

「大丈夫だってば。それに、お腹の中に入ってしまえば、どうせ混ざっちゃうし」

 だからって、前もって混ぜることはないだろう。

「それにそれに、お母さんにも了承してもらえたし」

 なに!?
 それは本当ですか、秋子さん?

「ええ、本当ですよ」

 …………お願いですから、こんなのを了承しないで下さいよ。

「あらあら、お気に召しませんでしたか?」

 これを、お気に召す奴がいたら見てみたいです。

「そうですね。わたしも同感です」

 もしもーし。
 そう思うのだったら、名雪の凶行を止めて下さいよ。

「それもそうですね。うふふ」

 ……こ、この人は。

 それにしても、名雪って料理作るの下手じゃないよなぁ。
 なのに、どうしてこんなアホな物を……。

「アホな物だなんてひどいー。
 わたし、祐一に喜んでもらう為に、頑張って心を込めて作ったんだよ。
 味だって自信があるよ」

 そうだろうな。確かに美味いだろうな。
 ……チョコさえのってなければ。

「ほんとは、もうちょっとチョコレートをのせたかったんだけど……」

 これ以上のせる気かい。
 既に『たんまり』のってるだろうが。
 はっきり言って、見てるだけで気持ち悪い。

 しかも、その大量のチョコが、料理の熱で溶けて、いい具合にトロッと……。

 ううっ。本気で気持ち悪いぞ。

「そう? 変だね」

 変なのはお前だ。

「えー? だって、祐一ってばチョコレートが大好きでしょ?」

 は?
 いや、確かに嫌いではないけど。
 でも、別に大好きってことは……。

「ウソだよー。大好きだよー。だって……」

 だって?

「今日、学校で、香里と栞ちゃんから嬉しそうにチョコレートを貰ってたじゃない」

 …………はい?

「他にも、舞さんとかあゆちゃんとか天野さんとか……。
 とにかく、大勢の女の子からチョコを受け取ってたじゃない。
 それも……すっごく嬉しそうに」

 …………えっと…………それは…………。

「わたしという『立派な恋人』がいるのに……」

 で、ですから……その……。

「それにも関わらず、『わたし以外の女の子』から『喜んで』チョコを貰ってたということは……
 それだけ、チョコが好きだってことだよね♪」

 名雪さん……目が怖いっす。

「だ・か・ら、祐一がだーい好きなチョコをたくさん使ったディナーを作ったの」

 そ、そうですか。
 …………。
 これって罰ですか? お仕置きですか? 俺のせいッスか? 自業自得ですか?

 つーか、名雪、嫉妬心強すぎ。

「…………ん? なにか言った? ゆ・う・い・ち♪」

 …………いえ、なにも。

「そう? ならいいんだけど。
 じゃあ……そろそろ召し上がれ。冷めないうちにね☆」

 ……うぐ。こ、これを喰えと言うか。しかも思いっ切りにこやかに。
 はっきり言って、絶対に喰いたくねぇ。
 でも、ここで喰わなかったら、名雪の機嫌がさらに悪くなるんだろうなぁ。
 それはちょっと勘弁してもらいたい。
 だけど……これを喰うのもやっぱりイヤだ。

 どうすれば……どうすればいいんだ!?

 奇跡……なにか奇跡が起こってくれーーー!!

「祐一さん」

 なんです、秋子さん?

「奇跡は……起きないから奇跡って言うんですよ」

 …………。

「平気だよ、祐一。
 わたしには奇跡は起こせないけど……でも、ずっと祐一のそばにいるから」

 …………。
 …………うぐぅ。
 どうやら、俺には奇跡は訪れないらしい。



 俺、もう笑えないよ。





 ――で、結局


 喰ったさ。全部残さず喰ったさ。完食したさ。


 ……そのあと、3日間寝込んだけどな。




 恋する女の子の嫉妬って……怖い。




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