今日、あたしは一つの決意を心に抱いていた。
あたしは今日、親友を裏切る。
『あの娘』の事を思えば、それはいけない事、悪い事だと云うことは分かっている。
でも、もう止められなかった。理性で押さえるのも限界だった。

今日、あたしは告白する。『あの娘』の大好きな『あいつ』に・・・


修学旅行(前編)



 時計を見る。今頃『あいつ』は『あの娘』に起こされている頃だろう。
 周りを見る。まだ生徒の数もまばらだ。
 「ハァ〜」今日何度目かの溜め息。落ち着かない。意味もなくウロウロ。
 『あいつ』め、早く来い! ・・・でも来て欲しくない。


 15分が過ぎた。そろそろ『あいつ』達が来る頃だ。
 どうしよう? なんて言って切り出そう? どんな顔して言おう?
 あ〜〜〜もう! 考えててもしょうがない! 実行あるのみ!!!

 あたしは『あいつ』達を出迎えに歩き出した。
 『あいつ』に告白するために。『あの娘』に宣戦布告をするために。

 校門を出て少しの所で『あいつ』達を見つけた。
 「よしっ!」気合いを入れ、『あいつ』達の所へ行こうとした時・・・
 ? ・・・不意に違和感を感じた。
 なんだろう? 人違い? ・・・そんなはずがあるわけがない。
 もう何年も見てきた顔だ。間違えようがない。
 『あいつ』は紛れもなく藤田浩之だし、『あの娘』は神岸あかりだ。
 ・・・でも。なにかが違う。
 つい数日前までのヒロとあかりじゃない。明らかになにかが違う。

 あ、向こうもこっちに気付いたようだ。
 あたしは内心の動揺を隠しつつヒロ達に近づいていった。

「ヤッホ〜! グッッッモーニンッッッ!!! お二人さん」
「おはよう、志保」
「ウッス。相変わらずテンション高いな、お前は」

 ヒロにしては素直に挨拶を返してきた。やっぱりなにか違う。

「うるっさいわね〜。いいじゃない。せっかくの修学旅行なんだから思いっきりテンション高めて
な〜にが悪いっていうのよ」
「お前のテンションはいっつもレッドゾーンじゃねぇか。な〜にが修学旅行なんだから・・・だ」
「あんたねぇ〜、このお淑やかな志保ちゃんに向かってなんて暴言を吐くのよ!」
「だ〜〜〜れがお淑やかだって? 志保ちゃんはまだおねむの真っ最中なのかなぁ〜?」
「こいつは〜〜〜〜!!!」

 あれ? あたしの気のせいだったのかな? ヒロとの会話も、全くいつも通りだし。
 ・・・って、いつも通りでどうするのよ。告白しなきゃいけないってのに。

「まあまあ、志保。落ち着いて。浩之ちゃんもあんまり酷い事言っちゃダメだよ」
「そうだな。すまねぇ志保、言い過ぎた」

 えっ? あんたって、そんなに素直に引き下がっちゃう奴だっけ?

「しょ、しょうがないわね。ま、特別に許したげるわよ。海よりも心の広い志保ちゃんに感謝するのね」
「あぁ、有り難くて涙が出てくるぜ」
「もう、二人とも〜(^^;」

 ま、いいか。それよりもそろそろ本題に・・・

「しっかし、あんた達って本当に仲が良いわね〜。こんな日まで二人揃ってご登校なんて。
ヨッ! 憎いよ、このオシドリ夫婦!!!」

 あ〜〜〜!!! 何言ってるのよ、あたしは〜〜〜!!!

「ヘヘッ、まぁな。いいだろ」

 ・・・・・・・・・・・・エッ?
 な、何それ? ヒロ流のギャグ?

(ポッ)ちょ、ちょっと〜。恥ずかしいよぉ〜」
「ハハハ・・・、わりぃわりぃ」
「もう〜〜〜。浩之ちゃんってば」
「あれ? 怒ったのか?」
「えっ? ううん。怒ってなんていないよ」
「そっか?」
「うん」
「良かったぁ〜〜〜。一瞬マジで焦っちまったぜ」
「そう? 実は、私って結構演技派だったりして?」
「・・・・・・・・・・・・あかり」
「なに?」
「調子に乗るな!」

 ☆ペシッ☆

「あっ。・・・えへへ」

 何気ない二人のやり取り。
 それを見ているうちに例の、一時は消えかけていた違和感が再び襲いかかって来た。
 そして、その違和感の正体が分かった。

 自然すぎる。

 数日前までの二人も確かに仲が良かった。
 でも、二人の間に僅かな距離、境界線があったのも確かだ。
 多分、ヒロはあかりとの関係が壊れるのを恐れて線を越えようとしなかったのだろう。
 そして、あかりもヒロの気持ちを察して、あえて線を越えようとはしなかったのだろう。
 そのせいで、時々二人の関係に作為的な雰囲気、つまりは不自然さを感じる事があった。
 だから、まだあたしにも入り込む隙があると思っていた。

 だけど・・・今は二人の間に距離を感じない。
 境界線など見る影もない。

 あたしの胸が高鳴る。イヤな高鳴りだ。
 もしかして・・・、二人はもう既に・・・。

「あ〜〜〜ぁ、見せつけてくれるわねぇ。あたしの存在なんてすっかり忘れてるもんねぇ〜」
「・・・あっ!」
(ポッ)ご、ゴメンね、志保」
「いいっていいて。んじゃ、邪魔しちゃ悪いからあたし先に行ってるわねぇ〜」

 あたしは走り出した。
 後ろでヒロ達が何かを叫んでいる様だが全く聞き取れなかった。
 聞き取るだけの余裕も無かった。
 涙を堪えるだけで精一杯だったから・・・。


 告白どころでは無かった。
 世の中はそんなに甘くないな、と思った。

 でも
 二人が付き合っていると決まった訳では無い。
 あたしの勘違いかもしれない。
 まだ、チャンスはあるかもしれない。
 ・・・とも思った。

 そして、少ない希望に縋ろうとすればするほど自分が惨めに思えるのだった。

 修学旅行・・・

 そのスタートは最悪だった。

Hiro



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