キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

 ふう、今日の授業は終わりっと。
 それじゃ、クラブにでも行こうかな。

「葵〜〜〜!」

 そう思って立ち上がった瞬間、友人たちに声を掛けられた。

「ちょっと、葵に聞きたい事があるんだけどさ」
「えっ? なに?」

 聞きたい事? なんだろう?

「あのさ・・・」
「うんうん」
「『エッチ』ってどんな感じ?」

 ・・・・・・・・・はあ?
 えっと。その。つまり。
 ・・・って、えぇ〜〜〜!!

「な、な、な、なんでそんな事をわたしに!?」
「だ〜〜〜ってさ〜〜〜」
「葵ってば、ね〜〜〜」
「『あの』藤田家の一員だもんねぇ」
「だからさ、きっと『アレ』の事にも詳しいんだろうなぁって思って、ね」

 あ、あう〜。
 気が付くと10人位の女子に囲まれていた。
 みんな、もの凄く興味津々って顔をしている。

「わ、わたし、詳しくなんかないよ〜」
「またまた〜〜〜!」

 全然信じてないし。
 う〜ん、本当に詳しくないと思うんだけど。

「藤田先輩、『絶倫』って噂だし〜〜〜」
「うんうん、けっこう有名だよね」
「でもさ、実は葵の方から誘ってたりして」
「そして、毎晩ベッドイ〜〜〜ンってわけね」
「きゃ〜! 葵ってばエッチ〜〜〜!!」

 ちょっと〜〜〜!!

「毎晩なんかしてないよ! だいたい2週間に1回・・・くら・・・い・・・って」

 しまった!!

「な〜〜〜んだ。やっぱりやる事はやってるんじゃん」

 ・・・うっ。

「で、結局どんな感じなの?」
「教えてよ、葵〜〜〜」
「教えてくれるまで逃がさないからね」
「フッフッフッ。覚悟しなさい」

 そ、そんなぁ。
 先輩、助けて下さ〜〜〜い!!





葵ちゃん、ふぁいと!?






 −−− 学校裏の神社 −−−

 バシッ! バシッ!
 ビシッ! ビシッ! ビシッ!
 スパーーーーーーン!!

 軽快な音が響いている。
 先輩たち、もういらしてるんだ。

「すみません! 遅くなりました!!」

 音が一斉に止まった。

「よっ、葵ちゃん。来たな」
「こらこら。遅いわよ、葵」
「葵さんが遅れるなんて珍しいですね」

 そう言いながら、藤田先輩、綾香さん、セリオさんが近づいてきた。
 この方々にわたしを加えた4人が現在の格闘技同好会のメンバー。

「ごめんなさい! ちょっと、いろいろありまして・・・」
「いろいろって?」

 先輩が尋ねてきた。

「い、いえ。別に大した事じゃないんです」

 顔を真っ赤にさせて答えるわたし。
 やだ! 先輩の顔をまともに見る事が出来ない。
 もう〜。みんなが変な事聞くから。

「どうした? 何か変だぜ?」
「だ、大丈夫です! な、な、何でもないです!!」
「そうかな〜? あたしも、今日の葵って少し変だと思うけど」
「綾香さん?」
「わたしも」
「セリオさんまで!?」
「なにがあったのよ。ほらほら、白状しちゃいなさいって」

 あ、綾香さ〜ん。許して下さいよぅ。

「さぁさぁ」

 うぅ〜〜〜。セリオさ〜〜〜ん。

「オイオイお前ら。あんまり葵ちゃんを苛めるなって」

 せ、先輩。

「葵ちゃんが何でもないって言うんだから何でもないんだよ。そうだろ?」
「は、はい!!」
「よしよし。さ〜て、それじゃそろそろ練習をおっぱじめようぜ」
「はい! そうですね」
「でもさ」
「?」
「もし、本当に何かあったら、遠慮せずに言うんだぜ」

 そう言いながら、わたしの頭を撫でてくれた。
 やだ。なんかドキドキしちゃう。
 わたしの顔が再び真っ赤になるのが分かる。

「あ、ありがとうございます。先輩」

 その様子をじっと見ていた綾香さんとセリオさん。

「な〜んか、今日の葵って必要以上に浩之の事を意識してるわね」
「そうですね。やっぱり何かあったんですよ」
「こうなったら絶対あとで聞き出してやる」
「当然ですね」
「えぇ! もう勘弁して下さいってばぁ」

 そんなやり取りを先輩は少し苦笑しながら、けれども凄く優しい目で見つめていた。


○   ○   ○


 −−− 練習後 −−−

「やれやれ、今日も一日ご苦労さんっと」

 先輩が大きな伸びを一つ。

「お疲れさまでした、先輩」
「あ〜〜〜、疲れたぁ。早く帰ってシャワーでも浴びたいわ」
「それは無理です。わたしたちには、まだやる事が残ってますから」
「分かってるって。言ってみただけよ」

 やる事?

「ん? なんかあるのか?」

 先輩も疑問に思ったらしく、お二人に尋ねていた。

「ううん。別に。ただちょっと買い物にね」
「買い物? なんの?」
「今日の晩御飯」
「お前がか?」
「そうよ。神岸さんに頼まれちゃって」
「なるほど。じゃあメモか何かもらってきてるんだ」
「もらってないわよ、メモなんか」
「は? そうなのか?」
「うん。今日の晩御飯のメニューはあたしにお任せだってさ」
「えぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 それまで黙って会話を聞いていたわたしは、綾香さんのその言葉に思わず大声を上げてしまっていた。
 あわてて口を押さえたが、もう遅かった。
 あっ、綾香さん、ちょっとジト目になってる。

「あ〜お〜い〜〜〜。あたしにお任せじゃなにか問題でも・・・」
「大丈夫です。わたしも同行しますから」

 セリオさんが綾香さんの言葉を遮る。
 綾香さん、さらにジト目になってる。

「なによ、セリオ。あたしだけじゃ大丈夫じゃないみたいな言い方ねぇ」
「えっ!? もしかして、大丈夫だと思っていらっしゃったのですか!?」

 ヒュウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 あぁっ、季節外れの北風が・・・。

「ひ、酷いわ。葵もセリオも酷すぎるわ〜〜〜」

 そう言うと、綾香さんは泣き出してしまった。

「す、すみません、綾香さん。わたし、そんなつもりじゃ」

 わたしが必死になって謝っていると、先輩が綾香さんに近づいて・・・

 ペシッ☆

 い、いきなり後頭部をはたいた。
 ちょ、ちょっと先輩!?

「なにするのよ〜〜〜!?」

 綾香さんが抗議をする。
 それはそうだろう。

「あのな〜。バレバレだっつーの」

 へっ? バレバレ??

「あ、やっぱり。な〜んだ、つまんないの」

 う、嘘泣き!?
 わたしは思いっ切り脱力感に襲われた。
 セリオさんはと言えば・・・
 あ、ため息ついてる。

「さ〜てと、冗談はさておきそろそろ行かないとね。あんまり遅くなっても困るし」
「そうですね。では参りましょうか」
「頼むぜ2人共。・・・というか、頼むぜセリオ。今晩のメシはお前にかかっているからな」
「はい。お任せください」
「ひ、ひ、酷いわ。酷いわ浩之」
「それはもういいって!」
「はいはい。それじゃ、あたしたちはもう行くわね」
「浩之さん、葵さん。お先に失礼させていただきます」
「は、はい。お疲れさまでした」

 再び襲ってきた脱力感を堪えて、なんとか挨拶を返した。

「それじゃ、浩之。あたしたちがいなくなるからって、葵に変な事をしちゃダメよ」
「送り狼もダメです」

 えっ!?

「いいから、さっさと行け!!」
「アハハ・・・。じゃあねぇ〜〜〜」

 
 

○   ○   ○




「ったく。しょうがねぇなぁ」

 綾香さんたちの姿が見えなくなった頃、先輩がポツリと呟いた。

「なにが変な事をするな、だ。こんな所でそんな事する訳ねぇだろうが。それにセリオの奴もなに考えてるんだか。送り狼って同じ家に住んでる奴に言うセリフじゃねぇよ」
「くすっ。先輩ならやりかねないと思ったんじゃないですか?」
「うわっ。ひでぇな葵ちゃん。そりゃねぇよ」

 わたしたちは顔を見合わせて、同時に『プッ』と吹き出した。

「でも、先輩ってこんな噂をされているんですよ」

 わたしは友人たちに聞かされた噂の事を話した。
 もちろん、それ以外の事は全て伏せていたけど・・・。

「な、なんか結構有名人なんだな、俺たちって。あんまり嬉しくないけど」
「きっと、わたしたちの事が羨ましいんですよ」
「そうなのかなぁ?」
「そうですよ」

 わたしは自信を持って言い切った。
 先輩の体に身をすり寄せながら。

「そっか。そうだよな」

 先輩はわたしを抱きしめ、そして・・・

 
 
 わたしは、そっと目を閉じた。



○   ○   ○




「ねぇ、先輩」
「ん?」
「わたし、今とっても幸せです。・・・少し怖くなる事もありますけど」
「怖い?」
「はい。今の生活って、実は全部夢なんじゃないかって。いつかは覚めてしまうんじゃないかって。そんな事を考えてしまって・・・」
「葵ちゃん」
「自分でもバカな事だって分かってるんです。でも、時々凄く不安になるんです。だから・・・」

 そこから先は言葉を発する事が出来なかった。
 再び、先輩によって口を塞がれてしまったから。

「はあっ。せん・・・ぱ・・・い」
「意味のない事を考えるのはよそうぜ。今の俺たちは夢なんかじゃないし、覚める事もないんだからさ」
「そう、ですけど」
「それにな。俺は葵ちゃんの事をこれからもっともっと幸せにしてやるつもりなんだぜ。それなのに、こんなもんで怖くなられたんじゃこっちが困っちまうぜ」

 そう言って、わたしに照れたような優しい笑顔を向けてくれた。

 いつもそう。
 先輩はわたしを心から安心させてくれる。
 全ての不安を消し去ってくれる。

 この人からは一生離れられないな。
 その自分の想いに、わたしは深く満足していた。
 『いつまでもいっしょです、先輩』

「いつまでもいっしょだよ、葵ちゃん」

 えっ!? 先輩、わたしとまったく同じ事を・・・。
 凄く嬉しいです、先輩!!

「いつまでも、いつまでもいっしょです、先輩!!」

 

 先輩と出会い愛し合うようになる事。
 それはきっと、遙かな昔から約束されていた運命なんだ。
 わたしは、そう確信していた。



 先輩、好きです。愛しています。



 いつまでもいつまでも。







Hiro



戻る