トン・・・トン

「はう〜」

 トン・・・ト、トトン

「は、はうぅ〜」

 トン・・・トン・・・ガシャーーーン!

「はうううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 台所から奇怪な物音とマルチの悲鳴(?)が響いてくる。
 それも、ひっきりなしに。

「お〜〜〜い。大丈夫か!?」

 いたたまれなくなって声を掛けた。

「だ、だ、大丈夫で・・・あうぅぅぅ〜〜〜」

 ・・・・・・な、なんだかなぁ。
 絶対大丈夫じゃねぇな。

 いつもなら、飯を作るのはあかりやセリオ、琴音ちゃんに葵ちゃんの仕事だった。
 なのに今、台所に居るのはマルチ。

 いったいどうしてこんな事になったのかと言うと・・・





魔法のスパイス〜マルチ〜
〜第1回特別投票1位記念SS〜






 −−−昨夜の食卓−−−

「うまい!」

 俺は開口一番叫んでいた。

「今日の飯当番は葵ちゃんと琴音ちゃんだったよな。いや〜、2人とも大したもんだぜ」
「本当ですか? 藤田さん」
「お世辞は抜きにして下さいよ、先輩」
「100パーセントマジだって。お世辞なんて言わねぇよ。そりゃ、確かにあかりやセリオの料理に比べたら多少ぎこちないところがあるけどさ。でも、充分合格点をやれると思うぜ」

 その言葉に安心したのか、2人が心からホッとした顔をする。

「とっても美味しいよ。もっと自信を持って良いと思うな。ね、セリオさん」
「はい。わたしもそう思います」

 それからはまさに賞賛大会だった。みんなして2人の事を褒めちぎっていた。
 それを受けて、顔を真っ赤にして照れまくる葵ちゃんと琴音ちゃん。
 うんうん。実に微笑ましい光景だねぇ。

 しかし、その雰囲気に入り込めないやつが1人いた。マルチだ。
 なにやら料理の方をジッと見ながら考え込んでいるみたいだ。
 なにやってるんだか。気になって声を掛けようとした時。

「あ、あの〜〜〜」

 マルチの方から話しかけてきた。

「ん? どうした?」
「あ、あ、あの。あし、あし・・・」
「足?」
「い、いえ。足じゃなくてですね。あの、その、明日の事なんですけど〜」

 ピクッ

 マルチの言葉に俺を除いた全員が反応を示した。
 な、なんだ!?
 明日ってなにかあるのか?
 よし! 気になる事はさっさと聞くに限る。

「え〜と。それで明日がどうしたって?」
「あ、あのですねぇ。その〜。や、やっぱりなんでもないです〜」

 なんでもない訳があるかい! あ〜〜〜、むっちゃくちゃ気になる!!

「浩之ちゃん。ちょっといいかな?」

 マルチにツッコミを入れようとした瞬間、あかりが控えめに聞いてきた。

「なんだ?」
「わたし、明日の晩御飯の当番なんだけど、どうしても抜けられない用事が出来ちゃって・・・」
「作れないってか?」
「うん。ゴメンね。結構帰りが遅くなっちゃうみたいで」

 本当に申し訳なさそうに謝るあかり。
 まったく、そんなに気にする事無いのにな。

「そっか。でも、まあ、用事じゃしょうがねぇよ。それに、飯の事なら大丈夫だって。セリオだっているんだしよ」
「申し訳ございません」

 間髪入れずに謝罪の言葉が帰ってきた。

「はあ? 申し訳ないってどういう事だ?」
「実は、明日は来栖川の研究所の方に顔を出す事になってまして」

 そう・・・だっけ?

「そ、そうか。で、でも、葵ちゃんと琴音ちゃんもいるから・・・」
「「ごめんなさい!!」」

 最後まで言い終わらないうちに声が飛んできた。

「2人も何か用事が?」
「はい。わたし、綾香さんといっしょに知り合いの道場を訪ねる約束をしてしまいまして」
「綾香と?」
「はい」
「ふ〜ん。綾香とねぇ」
「なによ、浩之。あたしが道場を訪ねたらおかしいとでも言いたげね?」
「別に。ただ、葵ちゃんの訪ねる道場って、例の中国拳法のやつなんだろ?」
「でしょうね」
「綾香と中国拳法っていうのが、どうもピンと来なくてな。なんかイメージが違うっつーか」
「アハハ。かもね。でも、いろいろな流派を見ておく事はとても勉強になるし。まあ、たまにはね」

 おおっ、珍しくまともな事を!!

「もしかして今、『珍しくまともな事を!!』とか、考えなかった?」
「と、と、とんでもない!!」

 相変わらず鋭いな、こいつ。

「そ、それよりも、琴音ちゃんはどうしたの?」

 取りあえず、葵ちゃんたちの答に納得した俺は、質問の相手を琴音ちゃんに変えた。
 綾香がちょびっと睨んでたりするけど、取りあえず無視しておこう。

「わたしは、芹香先輩のお手伝いです」

 はい? 先輩の手伝い?
 琴音ちゃんって『オカルト研究会』だったっけ?

「手伝いねぇ。先輩、なにかやるの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「えっ? 『ちょっと準備に時間のかかる術を使います』」
「こくん」
「琴音ちゃんに手伝ってもらって?」
「こくこく」
「あのさ、琴音ちゃんだけ早めに帰ってきてもらうって事は・・・」
「ふるふる」
「そこを何とか」
「ふるふるふるふるふるふるふるふるふる」
「わ、分かった分かった。どうしても無理なんだな」
「・・・・・・・・・・・・」
「えっ? 『申し訳有りません』だって? いや、そんな、全然気にする事無いって」

 しっかし、そうすると、藤田家の誇る『鉄人』たちは全滅か。
 しょうがねぇ。ここは委員長と理緒ちゃんに頑張ってもらうとするか。・・・かなり危険な気もするけど。

 すっぱーーーーーーん!!!!!

「ぐはっ! さすがは委員長のハリセン。見事な切れ味だぜ。・・・って、いきなり何しやがる!!」
「やかましい! 今、変な事を考えとったやろ。そらまあ、わたしらに料理させるんは確かに危険な賭やけどな」

 ま、また読まれてる。俺の思考って単純なのかな?

「ところで、委員長? そのハリセンはどこから出したんだ?」
「イヤやわ〜。ひ・み・つ・や」

 ・・・に、似合わん。委員長自身もそう思ったのか、真っ赤になって俯いてしまった。きっと、もの凄く自己嫌悪をしているんだろうなぁ。

「え、え〜〜〜と。理緒ちゃんは?」
「ゴメンねぇ。わたしも明日はちょっと」
「何かあるの?」
「うん。あのね、弟たちのところに顔を出す約束をしちゃって」
「そっか。それじゃ仕方ねぇなぁ」
「アタシも明日はダメね」

 レ、レミィ!? お前もか!?
 でもまあ、今回に限ってはその方がありがたい気が・・・。

「ヒロユキ。今、ナニを考えたの?」

  頼むから指をポキポキ鳴らしながら質問するのはやめてくれ。
 だいたい、どうして、どいつもこいつも俺の考えを読めるんだ!?

「い、いや、別に」
「フーーーーーーン。マ、いいけど。そうそう、それで明日なんだけど、アタシはキュードー部の用事があるから、帰りはベリー遅くなるネ」

 なんだかなぁ。
 と、すると残るは1人か。

「マルチ。お前はどうなんだ?」
「わ、わたしですか? わたしは暇です! 何もありません!」

 ・・・そんな力説せんでも。
 だけど、そうすると明日の晩飯は俺とマルチの2人だけって事か。
 う〜〜〜ん、カップ麺かレトルト食品、もしくは出前かな?
 まあ、たまには良いか。なんて思っていたら・・・

「それじゃあ、明日の御夕飯はよろしくね。マルチちゃん」

 あかりがとんでもない事を言い出した。
 オイオイ。ちょっと待てよ。まさかマルチに飯を作らせるつもりか?
 しかし、当のマルチは。

「はい! お任せ下さい! 頑張ります!!」

 すっげーやる気を出してるし。

 明日の晩飯ってどうなるんだ!?

 本当に大丈夫なのか〜〜〜〜〜〜!?




○   ○   ○




 ・・・で、結局大丈夫じゃ無いんだよな。

 マルチが台所へ入ってから早くも1時間が経過していた。そして、その1時間の間にマルチの悲鳴と皿などの破壊音が途絶える事は無かった。
 やっぱり、手伝った方が良いよな。
 マルチには『座って、ゆっくり待ってて下さいね』なんて言われたけど、なんかほっとけない。はっきり言って心配だ。

「マルチ〜。調子はどうだ〜〜〜?」
「はわわっ! 来ちゃダメですぅ〜〜〜」

 とりあえず、その言葉を無視して台所に入っていった。いや、正確には入ろうとした。
 そこで俺は覗いてしまった。阿鼻叫喚の地獄絵図を・・・。
 え、え〜〜〜と。
 これはきっと気のせいだ。そうだ、そうに違いない。うんうん。
 俺はおとなしく待っている事にした。全て見なかった事にして。


○   ○   ○


 それから1時間後・・・

「お待たせしました〜」

 どうやら出来たらしい。俺は大いなる不安を胸に席に着いた。

「えへへ〜〜〜。うまく作れました〜」

 おっ。かなりの自信作らしい。マルチが満面の笑みを浮かべて料理を運んできた。
 あ、あれは!?

「ミートせんべい!?」

 思わず口に出してしまった。
 あっ、マルチの頬がちょっとふくれてる。

「違いますよ〜。よく見て下さい」

 俺は差し出された料理をまじまじと見つめた。

「おおっ! せんべいじゃない!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「凄い! 凄いぞマルチ! ちゃんとスパゲッティーになってる」
「あうぅぅぅ〜。なんか、あまり褒められた気がしないですぅ」
「そんな事ないぞ。いや〜、腕を上げたなぁ。えらいえらい」

 俺はマルチの頭を何度も撫でてやった。

「あ、ありがとうございますぅ」

 すでにポ〜〜〜ッとした表情になっている。まさに『恍惚』といった感じだ。

「マルチが2時間かけて作ってくれたスパゲッティーだからな。しっかり味わって喰わないといけないな」

 その言葉にマルチは夢から覚めたような表情になった。

「いけない! 作ったのはそれだけじゃないんです〜」

 そう言って、急いで台所に戻り運んできたのは・・・。

「みそ汁と焼き鮭。なんか朝飯みたいだな」
「はう〜。そ、そう言われれば、そんな気も・・・」
「スパゲッティーには合わないんじゃないか?」
「はうぅ〜〜〜」
「まあ、こういった斬新な組み合わせもたまには良いか」
「はううぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。すみませ〜〜〜ん」

 まったく、しょうがねぇなぁ。
 俺はもう一度マルチの頭を撫でてやった。

「はわわっ。ひ、浩之さん?」
「な〜に謝ってるんだよ。別に悪い事なんかしてねーじゃねぇか」
「で、ですけど・・・お気に召さないんじゃないかと」
「あのな〜。マルチが一生懸命になって、それも俺の為に作ってくれた料理だぜ。そんなわけないだろ」
「本当ですか?」
「嘘ついてどうするんだよ。俺、感動すらしてるんだぜ。お世辞にも器用とは言えないマルチがここまでしてくれたんだってね」
「うぅっ。浩之さ〜〜〜ん」
「こんな事で泣くなって。それよりも、ほら、さっさと喰おうぜ。早くしないと冷めちまうぞ」
「はい!」



 マルチの料理は予想に反して結構美味かった。
 その事をマルチに言ったら、「あかりさんから『魔法のスパイス』を教わりましたから」との答が帰ってきた。
 『魔法のスパイス』ねぇ。料理の事はよく分からねぇけど、便利な物もあるんだな。



○   ○   ○



 −−−リビングにて−−−

「ふ〜っ。喰った喰った。腹一杯だ」
「どうでした? 満足していただけましたか?」
「おう。大満足だぜ。美味かったしな」
「良かったです〜〜〜」

 俺たちは今、並んでソファーに座り、思いっ切りくつろいでいた。
 もちろん、マルチの体を抱き寄せながら。

「あの、ごめんなさい。浩之さん」

 マルチが唐突にそんな事を言い出した。

「は? ごめんって、なにが?」

 なんとなく察しは付いていたが、この場はとぼけておいた。

「今日の事なんですけど、本当は随分前から決まっていたんです」
「そうなんだ」

 やっぱりな。そんな気はしてたんだ。

「どうしても浩之さんにご飯を作って差し上げたくて、皆さんに相談したんです。そうしたら・・・」

 なるほどな。
 だとすると、マルチの料理の腕前が急に上がったのも頷ける。きっと、あかりとセリオ当たりに特訓を受けたんだろう。

「でも、いざ言い出すって時になって怖くなってしまいまして」

 そうか。昨日、何か言おうとしてたのはこの事だったのか。それで、みんなが妙な反応を示したんだな。

「そうしたら、あかりさんたちが・・・」

 みんなして帰りが遅くなるって言い出したんだよな。
 あれは、マルチの背中を押す為だったんだな。

「わたしが土壇場になって怖じ気付いてしまったものですから、皆さん、とっさにあんな嘘を・・・」

 嘘を吐いた理由はその通りだろうけど、『とっさに』っていうのは違うな。
 委員長や綾香ならともかく、あかりや葵ちゃん、先輩にそんな芸当が出来るとは思えない。きっと、そうなる事を予想して、前もって考えておいたんだろうな。
 マルチが飯を作る事になっても不自然じゃない状況を作れるような嘘を。その為には、俺とマルチを2人っきりにするのが一番手っ取り早いという訳か。
 なんだかなぁ。

「あ、あの、浩之さん。皆さんの事を怒らないで下さいね。お願いです」
「心配すんなって。怒ったりしねぇよ。ま、今回は『嘘も方便』ってやつだな」
「ありがとうございます!!」
「それに、どっちかっていうと怒られるのはこっちだと思うぜ」
「へっ? どうしてですか?」

 目をパチクリさせて聞いてくるマルチ。

「凄い事になってるだろ、台所」
「あっ!!」
「さてと、そうならないようにさっさと片づけをしてしまおうぜ」
「そ、そうですね」
「よっしゃ! 気合い入れていくぞ!!」
「はい!!」

 俺たちは手を取り合って台所に向かって歩き出した。




○   ○   ○




 −−−同時刻・ヤックにて−−−

「マルチちゃん、美味しく作れたかなぁ」
「わたしたちがお教えしたレシピ通りに作っていれば問題無いと思います」
「マルチさんなら大丈夫ですよ、きっと!」
「ええ。葵ちゃんの言う通りです」
「なんや。うちの『四鉄人』は随分楽観的やなぁ」
「料理は出来てるかもしれないけど、きっとキッチンは凄い事になってるわよ」
「こくこく」
「でも、なんか羨ましいな、マルチちゃん。今度はわたしが藤田くんにご飯を作ってあげたいな」
「オフコース! 次はアタシたちの番ネ」
「あんたは止めといた方がええと思うけど・・・」
「大丈夫だよ」
「どうしてですか? 神岸先輩」
「みんなだって持ってるもん。『魔法のスパイス』を」
「『魔法のスパイス』ですか?」
「持ってへんよ、そんなの」
「姉さんは持ってる?」
「・・・・・・・・・・・・」
「えっ! 持ってるって!?」
「それってセリカが作ったドラッグなの?」
「ふるふる」
「あっ! 分かりました。はい、わたしも持ってます」
「えっ? 琴音ちゃんも持ってるの?」
「皆さんも持ってますよ。目には見えませんけど。そうですよね、神岸先輩」
「うん、そうだよ」
「目には見えない・・・って。ああっ!」
「そういう事やったんか」
「ね、みんな持ってるでしょ?」
「もちろん!」x7
「こくこくこく」




○   ○   ○




 浩之さん。
 また、わたしの料理を食べてくれますか?
 もっともっと美味しい料理を作れるように勉強しますから。
 その時にはわたしの『魔法のスパイス』はもっと凄い効き目になっていますから。
 もっともっとも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと凄い効き目になっていますから。

 わたしの『魔法のスパイス』は浩之さんにしか使えないんですよ。
 ずっとずっと、何年経とうと浩之さんにしか使えないんですよ。



 わたしの『魔法のスパイス』は浩之さんだけのものですから。



 わたしは浩之さんだけのものですから。







Hiro



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