『注目の的』



 松原葵、姫川琴音、HMX−12型マルチのいわゆる藤田家下級生トリオ。
 彼女たちは、持ち前の美貌と藤田家という話題性(プラス、ちょっと『変』なところがある)故に非常に目立ちまくっている存在だった。
 当然、クラスでは中心人物。如何なる場合でも注目の的である。
 そして、それは現在行われている調理実習でも例外ではなかった。

「はぇ〜。お二人とも凄いですぅ。まるで魔法を見ているみたいですぅ。そう思いませんか、森本さん?」

 感動の色が含まれたマルチからの問いに、森本はコクコクと頷いて答える。
 二人の目の前には、愛用のエプロンを身に着けた葵と琴音の姿が。
 彼女たちは、慣れた手つきで今授業の課題である『オムレツ』を調理していた。

「マルチちゃんに同感。思わず目が奪われちゃうね」

 言葉どおり、森本の目は葵と琴音の一挙手一投足に釘付けとなっていた。
 もっとも、二人に見入っていたのは森本とマルチだけではなかったが。
 実習室にいる殆ど全ての者が葵たちを注視している。魅了されていると言っても過言ではないだろう。教科担当の先生も含めて。
 それほど、二人の動きは洗練されていて美しかった。多くの者を惹きつけてしまう程に。
 片手だけで卵を綺麗に割る度に、鮮やかな包丁捌きを見せる度に、軽やかにフライパンを操る度に、実習室中から「おおっ」と感嘆の声が湧き上がる。
 既に葵と琴音以外の者は調理をしていない。完全に二人の調理の鑑賞会となっていた。
 葵が卵を薄く焼き、琴音が挽肉や刻んだピーマンなどの具を炒める。
 出来上がった具を、葵が焼き上げた卵に丁寧に包んでいく。その間、琴音は上からかけるソースを作っていた。
 そして、マルチたちが見とれている中、

「はい、出来上がりっ♪」

「いつも使ってるフライパンじゃないから、力加減を間違えて少し失敗しちゃった。だけど、結構良く出来たかな」

 琴音と葵のショーは幕を閉じた。

「凄かったですぅ。わたし、感動しちゃいましたぁ」

 言いながら、マルチがパチパチと拍手。
 次いで、マルチに呼応されたように、周囲からも拍手が沸き起こった。

「あ、ありがとう。でも、なんか照れちゃうね」

「え、えへへ」

 顔を見合わせてはにかむ琴音と葵。
 恥ずかしげな、それでいて嬉しそうで誇らしげ。
 そんな表情を浮かべる二人に、賞賛の拍手はいつまでも送られ続けた。




「うっわ〜。ものすご〜く美味しいですぅ」

 二人が作ったオムレツを口の中に入れた瞬間、マルチの目がハート型になった。
 頬を両手で押さえ、恍惚とした表情を浮かべる。

「ホントだぁ。これ、無茶苦茶美味しい」

「お世辞抜きでプロみたい」

「あーん、ほっぺが落ちそ〜」

 お裾分けを貰った面々もマルチと同じような反応を示した。

「料理が上手で、美人で、性格が良くて……エプロン姿も様になってて可愛いし。松原さんと姫川さん、わたしのとこにお嫁さんに来てくれない?」

 担当教諭を含めた全員にお裾分けが行き渡り、皆が美味しさを堪能しご満悦になっていた時、不意に誰かがそんな事を口走った。

「あ、それ良いね。ねえねえ、松原さんに姫川さん。あたしんちに嫁ぐ気ない?」

「幸せにしてあげるからさぁ」

 冗談めかした言葉が実習室中を飛び交う。
 言われている側の二人は、ただただ苦笑。どう反応していいのか分からないといった困った顔をしていた。

「えへへ、ダメですよぉ。葵さんも琴音さんも浩之さんのお嫁さんになるんですから」

 そんな二人を助けるように、ニコニコとした笑みを浮かべながらマルチが皆を優しくたしなめる。
 それを聞いて、周囲から「ハァ」とため息が。

「そうなんだよねぇ。二人には既に藤田先輩がいるんだよねぇ」

「良いなぁ、藤田先輩。羨ましい」

「ちぇっ。藤田先輩ってば独占禁止法違反だよね」

 残念そうにガックリと肩を落とす動作をする一同。もっとも、顔はニヤニヤと笑っていたが。

「ところでさ。もしかして、藤田先輩ってば『ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?』とか言ってもらっちゃったりしてるのかな?」

「そんなのデフォでしょ? あたしは、それに裸エプロンのオプションが付いていると見たわ」

「あー、ありえるね、それ。藤田先輩、そういうの好きそうだし」

「松原さん、姫川さん、どうなの?」

「え? な、なにが?」

 対応に困る&展開についていけないの二重苦に陥って呆気に取られていた話題の二人。 
 当然、質問など耳に入っているわけがない。

「しらばっくれちゃって〜♪ 裸エプロンよ、は・だ・か・え・ぷ・ろ・ん。家では毎日してたりするんでしょ、そういう格好」

「し、し、し、してないよ! そ、そんなエッチな格好、絶対にしてないよ!」

 断定したようなクラスメートの言葉に、葵はブンブンと首を左右に振って否定した。
 もっとも、動揺しまくった上擦った声で言われても説得力の欠片もなかったが。

「へぇ〜。そうなの〜?」

「あれ〜? してないの、裸エプロン?」

 全く信じていない口調で再び尋ねる友人たち。

「も、もちろん」

 葵がコクコクと首肯する。

「ふーん。ねえ、マルチちゃん。松原さんの言ったこと、本当なの? 松原さんとか姫川さんとか、家では毎日裸エプロンとかしてるんじゃない?」

 確認を取るようにマルチに質問するクラスメート。葵よりはマルチのほうが与しやすいと判断したのだろう。
 それを耳にして、葵の脳裏に『キスマーク』の時の騒動が蘇った。嫌な予感が炸裂する。

「裸エプロン、ですかぁ? いえ、してないですよ」

 だが、マルチが発した言葉は葵の望みどおりのもの。思わずホッと安堵の吐息が零れる。
 しかし、更にマルチが続けたセリフを聞いて葵の表情が強張った。

「……さすがに毎日は。せめて一週間にいっか……むがむぐ……」

「や、やだなぁ。何を言ってるのよ、マルチちゃん。あ、あはははは」

 慌ててマルチの口を塞ぐ葵。けれども、時すでに遅しであった。

「やっぱり〜♪」

「松原さんってば〜。嘘はいけないよ♪」

「ねえねえ、松原さん。詳しく聞かせてくれない? すっごーく興味あるなぁ♪」

 周囲から好奇心に満ちた視線を向けられ、

「あ、あうー」

 葵は冷や汗をダラダラと流した。
 助けを求めるように、チラッと琴音の方に目を向ける。

「……裸エプロン。男性にとってはロマンですよね。女性にとってもある意味浪漫ですけど。

『浩之さん、お食事の支度が出来ましたよ。……って、浩之さん、なんだか目がエッチです』
『ふっふっふ。何とでも言ってくれ。それにしても、琴音ちゃんの裸エプロンは相変わらずグッドだな。百点。否、二百点をあげよう』
『そ、それは嬉しいですけど……。そんなにジーッと見つめないで下さい。恥ずかしいです』
『無茶を言わないでくれ。こんなに素敵な姿を見るなだなんて』
『だ、だって……』
『まあ、どうしても恥ずかしいというのなら見るのはやめるけど』
『それはそれで寂しいですが……ホントですか?』
『ああ』
『良かったです。ではでは、そろそろお食事にしましょ♪』
『そうだね。そんじゃ、いただきまーす』
『はい、どうぞ……っ!?』
『うむ。非常に美味だ』
『な、なにをしてるんですか!?』
『なにって……美味しくいただいてるんだけど。俺の大好物を、さ』
『あんっ☆ もう、浩之さんってばぁ』
『琴音ちゃん、可愛いよ。もっと食べてもいいかい?』
『……は、はい。どうぞ……心行くまでたくさん召し上がってください』

 なーんちゃってなーんちゃって。やーん、わたしってばえっちぃ♪」

「……こ、琴音ちゃん」

 琴音はいつの間にか『アッチ』へと旅立っていた。こんなところまで『キスマーク騒動』のときと同じだった。
 ともかく、こうなっては琴音はもはや戦力外。

「え、えっと……その……み、みんな、今は授業中なんだから、こんな無駄話をしてちゃいけないと思うな」

 一縷の望みをかけて、葵が今更なことを口にする。
 だが、その最後の希望の糸は至極アッサリと断ち切られてしまった。

「気にしなくてもいいわ、松原さん。わたしも興味あるし。是非ともお話を聞かせてくれないかしら」

 担当教諭自身の手によって。

「あうー」

 全ての逃れる術を失い、葵はガックリと肩を落とす。

「さーて、そんじゃ、キリキリと洗いざらい白状してもらいましょうか」

「この授業の時間が終わるまで、まだ20分近くあるからね。松原さん、たっぷり語ってもらうわよ」

「それでは、張り切ってどうぞ♪」

 心底楽しそうに葵を促す友人たち。

「ハァ。もう、しょうがないなぁ。他のクラスの子とかには絶対に内緒だからね」

 深いため息を吐きつつボソッと零す葵。

「もっちろん」

「大丈夫よ。誰にも言わないから」

「絶対だよ。……では」

 コホンと一つ咳払いをすると、諦めた様に葵は渋々と自分の経験を話し始めた。
 その割には、誰の目にも本気で嫌がっているようには見えなかったりしたのだが……。『嫌よ嫌よも好きのうち』というものだろうか。
 周りに強烈な個性が集っている為にあまり表面化していないが、どうやら葵も十分すぎるくらいに『アレ』な性格をしているようであった。
 染められたのかもしれないが。何といっても、すぐそばにいるのが、

「ねえ、森本さん。わたし、何か変なこと言いました? さっきから考えてるんですけど、全然分からないですぅ」

「マルチちゃん、本当に分からないの?」

「はいですぅ」

「……そ、そうなんだ。ま、何というか、マルチちゃんらしいね。うん。やっぱりマルチちゃんはそうでなくちゃ」

「はい?」


「それでそれで……『琴音ちゃん、とっても美味しかったよ。是非ともおかわりをしたいところなんだけど、良いかな?』『はい、いくらでも☆』なーんてことになっちゃって」

 こういうメンツであることだし。



 松原葵、姫川琴音、HMX−12型マルチのいわゆる藤田家下級生トリオ。
 彼女たちは、持ち前の美貌と藤田家という話題性(プラス、ちょっと『変』なところがある)故に非常に目立ちまくっている存在だった。
 当然、クラスでは中心人物。如何なる場合でも注目の的である

「それでね♪ わたしがそういう格好をすると先輩ってば……」

「なんにしても、皆さんとっても楽しそうなお顔をなさってますね。うふふ、わたしまで嬉しくなっちゃいますぅ」

「やんやんやん♪」

 良くも悪くも、いろんな意味で。





< おわり >


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