『にゅ〜おぷしょん』



「どうだい、セリオ? 素晴らしいと思わないかい?」

 定期メンテを終え、帰ろうとしていたわたしに掛かった長瀬主任からの呼び出し。
 なんだろうという疑問と沸々と湧き上がる嫌な予感。その二つを抱きつつ主任の元を訪れたわたしを出迎えてくれたのは、

「ナイスなサウンド、洗練された機能美。思わずホレボレしてしまうねぇ」

 危険っぽい雰囲気をタップリと纏った主任と、キュイーンという鋭角的な音を響かせている回転電気ノコギリの姿でした。

「……ハァ〜」

 わたしが思わず深い深いため息を吐いてしまったのも無理からぬことではないでしょうか。
 見事なまでに予感的中です。

「あの、主任? お呼びだそうですけど、なにかわたしに御用でしょうか?」

 全身を襲う脱力感になんとか耐えながら主任に尋ねました。
 こちらから促さないと、いつまでもノコギリ談義を続けそうな気配でしたので。

「まさかとは思いますが、その回転ノコギリをわたしに装備したいなんてことは言いませんよね?」

 ガイガンじゃないんですから。

「おや? よく分かったね。まさしくそのつもりだよ。こう、おなかの所でギュイーンと……」

 否定をして欲しくて口にした問いに、主任は笑みすら浮かべてサラッと答えてくれやがりました。

「帰らせていただきます。お疲れ様でした」

 問答無用で主任に背を向けるわたし。

「わーっ! ちょ、ちょっと待った! ウソだよ、ウソ。さすがにこれをセリオに付ける気なんて無いって」

 その姿を見て、主任が慌てたように前言撤回。

「ほんの茶目っ気、掴みのつもりだったんだけどねぇ。うーん、外したかな?」

 ちょっとどころじゃないです!
 そう叫びたい気持ちを無理矢理抑えて、わたしは主任の方に体を向け直しました。
 全くこの人は。わたしを相手に掴みをしてどうするつもりなのでしょうか?
 てか、掴まなければいけないのに退かせては本末転倒でしょうに。
 やれやれ。マジで頭が頭痛で痛いです。

「――で? 結局どのような御用なのでしょうか?」

 こめかみを揉み解しながら、やや投げやりっぽい口調で再度尋ねました。

「いやぁ、セリオの新オプションが完成したもんでね。ちょっと見てもらおうかと思って。あ、先に言っておくけど、このノコギリ君じゃないよ。もっとも、セリオがどうしても付けて欲しいと言うのなら考えなくもないけど」

「絶対に言わないからご安心下さい」

 これ以上はないというくらいにキッパリと否定です。

「それにしましても新オプションですか? いったいどの様な物なのです?」

 嫌な予感を再熱させながらわたしが問うと、主任は『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりの嬉々とした顔に。
 そして、白衣のポケットから大きなハサミを取り出し、誇らしげにわたしに示しました。少なく見積もっても、刃の部分が1メートルはありそうな立派なハサミを。
 ……って、ポケットから!? あまり深く考えてはいけない気がしますが……四次元ポケット?

「どうだい? 凄いだろう?」

 ポケットに気を取られていたわたしですが、その声で意識をハサミの方へ。
 大きいです。見れば見るほど大きいです。加えて非常に物騒です。
 街中でこんな物を持っていたら銃刀法違反か何かで捕まりそうです。
 それはさておき、このハサミ、どこかで見たような気がするのですが……はて?

「手首の部分にカチッと装着できる簡単なワンタッチタイプ。名前はシザーハンズ君って言うんだよ」

 シザーハンズ?
 あ、なるほど。映画の主人公にいましたね、手がそういうハサミになってる人が。この間、テレビの洋画劇場で放映してました。道理で見た覚えがあるはずです。

「つまり、パクリですか」

「参考にしたといって欲しいなぁ」

 呆れたようなわたしの呟きに、主任は少々渋い顔で反論してきました。
 物は言いようですね。

「それで? まさか、それをわたしに付けろと?」

「うん。どうだろう?」

 ジトーッとした半目で質問するわたしに、逆に問い返してくる主任。
 もちろん、わたしの返答は、

「お断りします」

 即却下。

「な、なぜ!?」

 なぜと言いますか。

「そ、そうか! デザインだな!? デザインが気に入らなかったんだな!?」

 いえ、あの、デザインがどうのという問題ではなくてですね……。
 そう思いつつも、一人でヒートアップしていく主任のただならぬ迫力に押されてしまって何も突っ込めないわたし。

「ハッハッハ、安心したまえ! こんな事もあろうかと、こんな事もあろうかと、こーんな事もあろうかと! もう一つ用意してあるんだ!」

 全世界の技術者が一度は言ってみたいと願う夢のセリフ『こんな事もあろうかと』を血走った目をしてこれでもかと連呼する主任。
 何と言いますか、ぜんっぜん安心出来ないんですけど。
 ――なんてわたしの心中がどこかテンパッてしまった主任に通じるわけがなく。

「じゃーん! これならどうだ!」

 得意そうな顔で例の『もう一つ』とやらを取り出してきました。先程の物よりもどことなく有機物チックなハサミを。
 ちなみに、それを見た第一印象は、

「……バルタン?」

 でした。見事なまでに宇宙忍者テイストバリバリ。

「どうだい? 気に入ってもらえたかな?」

「すぐに片付けて下さい」

 自信ありげに訊いてくる主任に、わたしは深ーいため息を零しながら答えました。

「ど、どうして!? なぜ!? WHY? セリオはバルタン星人が嫌いなのかい!?」

「バルタン星人は好きです。ですが、自分でその格好をしたいとは思いません。というか、そんな巨大なハサミを装着なんてしたくないです。邪魔なだけです」

「む、むぅ。ハサミはダメかい?」

 その言葉に、わたしはコクンと首肯。

「そ、そうか。残念だよ。女の子にも受けそうなリリカルでメルヘンチックな素敵アイテムだと思うんだけどなぁ」

 どんなメルヘンですか、それは?
 少なくとも、わたしには一人でお城に篭る趣味も分身しながらフォッフォッフォと鳴く趣味もないんですけど。

「取り敢えず、巨大ハサミは絶対にお断りします。ホントに勘弁して下さい」

「うーん、仕方ないねぇ」

 わたしの訴えを聞いて、渋々といった表情をしながらもハサミをしまう主任。

「だったら、これなんてどうだろう。こういうのも作ってみたんだけど」

 そして、そう言いながら代わりに新しいアイテムをポケットから取り出してきました。

「手、ですか?」

 怪訝な顔をして主任に尋ねます。何の変哲も無い普通の手。わたしにはそう見えました。
 今のわたしの手とこれといった違いは見当たりません。

「ふっふっふ。ただの手じゃないよ。こいつはね……」

「こいつは?」

 思わず身を乗り出して主任の言葉を待ちます。

「聞いて驚け、ロケットパンチなんだよ!」

「さっさと片付けてください」

 ガクッと頭を垂れて、力なく哀願。

「な、なに!? これもダメなのかい!? ロケットパンチは漢の、否、全人類の浪漫だというのに」

「いいから、もう引っ込めて下さいってば。てか、そんな物を勝手に全人類の浪漫なんかにしないで下さい」

 わたし、思わず頭を抱え込んでしまいました。
 今の気持ちを端的に表すならば「OH! JESUS」が一番妥当でしょうか。

「ふぅ。ロケットパンチでも満足しないとは。なかなかにワガママだねぇ、セリオは」

 ふぇ? わ、わたし、ワガママですか? 凄く不条理な事を言われている気がするんですけど。
 ……あ、ちょっとだけ泣けてきました。

「止むを得ない。では、こっちならどうだい?」

 ま、まだあるんですか!?
 心の中で驚愕の叫びを上げるわたし。
 そのわたしに向かって、主任は新たな謎のアイテムを再度ポケットから出してきました。トゲトゲがいっぱい付いたボード、とでも表現すべき物を。

「な、なんですか? その奇怪な代物は?」

「これはねぇ、高名な超人であるジャンクマンを参考に……」

「却下」

 激しい脱力感を堪えながら、わたしは主任に最後まで言わせずにストップを掛けました。

「ど、どうしてだね!? あーもう! あれもダメ、これもダメ。一体全体何が気に入らないと言うんだい!?」

「全部です! 何を気に入れと言うんですか!?」

 心底納得いかないといった顔で逆切れ気味に叫ぶ主任に、わたしも負けじと大絶叫あんど大正論。

「……はぁ。何と言いますか、これ以上ここに居ても時間の無駄な気がします。ですから、わたし、もう帰らせていただきますね。お疲れ様でした」

 既にお約束になりかけているため息を盛大に零しつつ、わたしは主任に背を向けました。
 そして、そのまま部屋から出ようとしてノブに手を掛け、

「あれ?」

 その瞬間、頭の中に大量のクエスチョンマーク。

「あ、開かない!? 鍵!? なんで!? 何時の間に!?」

 掛けた覚えのない鍵。その存在にわたしは驚きを隠せません。

「くっくっく」

 ドアノブに手を添えて呆然としているわたしに、主任から不気味な笑い声が届けられました。

「新オプションの話をするとセリオにはいつもいつも逃げられてしまうからねぇ。遠隔操作出来るロックシステムを付けさせてもらったんだ。どうやら、さっそく役に立ってくれたみたいだね。備えあれば憂いなし、転ばぬ先の杖、昔の人はいいことを言ったものだよ」

 それはまた地味に迷惑な物を。

「さて、セリオ。今日はとことん付き合って貰うからね」

 愕然としているわたしの方にズイッと身を乗り出して主任がそんな事を宣いました。妙に目を血走らせ、これからの展開への期待と興奮を隠し切れない荒い吐息をハァハァと漏らしながら。
 非常にデンジャーな雰囲気がプンプンしています。今の主任、何処からどう見ても変質者そのものです。

「改造して、いろいろオプションを加えて……そして、その後で『燃え』と『萌え』に関して朝まで熱く語り合おうじゃないか」

「ううぅ。ぜ、絶対にイヤですぅ!」

「ん? どうしたんだい、セリオ? なんか籠に囚われた小鳥みたいな雰囲気を醸し出してるけど。大丈夫だよ。怖い事なんて何もないからね」

 籠に囚われた小鳥、今のわたしは正にそのものじゃないですか。
 それに、既に充分すぎるくらいに怖いですって。いろんな意味で。
 もうドキドキです。このまま此処にいたら間違いなく何かされてしまいます。身体中を弄くられてしまう予感がバリバリです。
 じょ、冗談じゃないですね。分離合体変形自爆が可能なセリオちゃんなんて御免です。
 こ、これは、なんとかして逃げ出さなければ。

 ――などと、わたしが身の危険を感じつつ思案していると、

「さあ、セリオ。こっちにおいで。私と楽しもうじゃないか」

 聞きようによっては誤解を招きかねない発言をしながら、主任がわたしの肩にポンと手を置きました。

「っっっ!? き、きゃあああああああぁぁぁぁぁっっ!
 つい反射的にリミッター解除本気バージョンセリオナックルゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」



○   ○   ○



「――と、いうことがあったんです」

 その日の夜、浩之さんの腕の中に抱かれながら、わたしは主任とのやり取りを口にしました。
 愚痴を零したとも言います。

「なんだかなぁ。あのオッサンも何を考えてるんだか」

 それを聞いて、浩之さんは心底呆れ顔です。

「しっかし、本気バージョンセリオナックルはまずかったんじゃないか? いくら反射的とは言っても」

「し、仕方ないじゃないですか。驚いた所為で突発的に放ってしまったんですから」

 口を尖らせて弁明するわたし。でも、自分でも『少しやりすぎたかなぁ』という気持ちがあったので、言葉にいまいち力が篭らないのが辛いところ。
 そんなわたしを見て、得意の『しょーがねーなぁ』という顔になる浩之さん。

「ま、次から気を付ければいっか。もっとも、今回のことで長瀬のオッサンも懲りただろうけどな」

 わたしの頭を優しく撫でながら浩之さんが苦笑混じりで言いました。

「どうでしょう? あの程度で懲りました、かねぇ? それなら助かるんですけど」

「懲りてねぇ、かなぁ?」

 わたしが眉を顰めつつ小首を傾げて尋ねると、浩之さんも自信なさげに問い返してきました。

「懲りてくれていれば……いいんですけどね」

 心持ち遠い目をしてポツリと呟くわたし。

「本当に……本当に……懲りていて欲しいものです」

 心の底からそうであって欲しいという願いを込めて。



 ――ちなみに、その頃長瀬主任はと言うと、

「うぬぬ。今回もダメだったか。だがしかし! 次こそはセリオを唸らせるオプションを作ってみせるぞ! 取り敢えず、歯に組み込むタイプの加速装置でも作ってみるか。あと、ロボットといったら首が自由に取り外し出来るのがお約束だし、その辺もちょっと研究してみるかな。……うんうん、これからも忙しい日々が続きそうだねぇ」

 さっそく新たな改造計画を練っていたりした。
 どうやら、長瀬主任の辞書には懲りるという単語は載っていないらしい。

 セリオの願いが叶う日は……残念ながら当分先の様である。



「う゛っ」

「ん? どうした、セリオ?」

「ちょっと……悪寒が……」







< おわり >


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