『あのシーン、誰でも一度は思いますよね?』(月姫/メルティブラッド)



 高層ビル シュライン前。

「つっ……!」

 ワケが分からないままに戦闘に突入した俺とシオンと名乗る女性。
 結果、大地に膝を着ける事になったのはシオンの方だった。
 痛みに顔を顰めながら苦しげに呻く。

「そこまでだ。何のつもりか知らないが、これ以上やりあうのは無意味だろう」

 隙を見せないように細心の注意を払いながら、俺は停戦を呼びかけた。

「はい、私の敗北です。貴方のデータは揃っていたというのに読みきれなかった。
 ……綱渡りのような道行きでしたが、まさか入り口で終わってしまうなんて」

 悔しそうに零すシオン。ギュッと固く握られた手に、彼女の無念さが痛いほど現れている。
 そんなシオンの様子を、俺は無言で眺めていた。いや、声を掛けることが出来なかったと言うべきだろう。
 数瞬、俺たちの周りに沈黙の帳が落ちる。

「どうしました。私には抵抗する余力はありません。勝手な言い分ですが、できるだけ上手にしてくれれば助かります」

 その沈痛な静かさを打ち破ったのは、他でもないシオン自身だった。
 彼女は俺に視線を向け、覚悟と表現できる感情の篭った声でそう訴えてきた。
 つまり、一思いに可能なだけ安楽に殺してください、と。

「上手にって、あのな……君は俺を知ってるみたいだけど、ヘンな勘違いしてないか? 俺は血に飢えてる殺人鬼ってワケじゃないんだから、頼まれたって人を殺したりは……」

 俺はため息混じりに言い返す。
 しかし、その言葉は途中でシオンに遮られてしまった。

「私……初めてですから」

 頬をポッとか色付けちゃったりしながらの、艶のある台詞で。

「――って、そっち方面の勘違いかよ!」

 俺、思わず大絶叫。
 でも、シオンはそんな叫びなんか聞いちゃいない。

「大丈夫です。超絶倫人と呼ばれる貴方と接触する事を決めた時点で覚悟は完了していましたから。遅かれ早かれこうなると。志貴の情報は得ていますから、あなたと関わった女性は全て食べられてしまう事とかも把握済みです」

 どこから得た情報ですか、それは!?
 シオンは物凄く誤解していると思う。だって、手を出していない女性だっているし。先生とか弓塚とかアキラちゃんとか――他には……えっと……。
 と、とにかく、『全て』という部分には訂正を求めたかったりする。『そんな台詞、修正してやる!』という気分だ。

「志貴の事は分かっています。何気にマニアックなプレイがお好みな事とか、処女が相手の時でも最低2ラウンドはこなす事とか」

 ま、マニアックじゃないぞ。俺は普通だぞ。
 先輩とのエッチの時はメガネ装備がデフォだったり、お尻を弄っちゃったり、翡翠の指ちゅぱに萌えちゃったり燃えちゃったりするけど!
 でも、これくらいは健全な男の子だったら当たり前だぞ!
 ――などと言う俺の魂のシャウトを余所に、シオンは更に暴走――妄想――していった。

「私もきっと凄い事をされてしまうのですね。もしかしたら、エーテライトを使った緊縛プレイとかされてしまうかも」
 
 危険発言をぶっ放しつつ、頬に手を添えてイヤンイヤンしていたりする。

「あああっ。まさか、こんな極東で『女』になるなんて。だけど、だけど良いんです。志貴って結構好みのタイプですし、故郷から遠く離れた異国の地で『乙女』から脱皮するというのも一つの浪漫ですし。だから問題なしです、ノープロブレムです、計算には一切の狂い無しです。
 ――と言う訳ですから、志貴。よろしくお願いします」

「ちょっと待て、シオン! 『と言う訳』ってどういう訳だ!? てか、よろしくされても困るっての!」

 シオンの勢いにちょっぴり圧倒されながらも、至極真っ当な反論なんかしてみたり。無駄だと思いつつ。

「あの……志貴?」

「なんだよ!?」

 案の定、俺のシャウトを綺麗にスルーしたシオン。その彼女からの呼びかけに、俺は少々乱暴に応えてしまう。
 しかし、シオンはそれを大して気にせず、俺に上目遣いで潤んだ瞳を向けると、

「優しく、してくださいね」

 そう仰った。
 その表情が可愛らしくて、俺の心臓がドキッと激しく高鳴る。

「え? あ……えっと……う、うん」

 ――って、待て待て、自分! 『うん』じゃねぇよ! アッサリと流されそうになってるんじゃねぇ!
 自分自身に突っ込みを入れながら、俺は冷静さを保とうと必死に努力努力。
 けど、顔を朱に染めてモジモジしているシオンを見ていると、理性の糸が今にもプチンと切れてしまいそうで……

 うおぉぉぉぉぉ! 煩悩退散煩悩退散! 流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだ、流されちゃダメだーーーっ!




 ――で、数時間後。

「素敵でした、志貴。こんな世界があるだなんて……私、知りませんでした」

 俺は、結局欲望にいとも容易く流されていたり。
 ああっ、俺のバカ! バカバカバカ!

「でも、志貴ったら本当に鬼畜ですよね。まさか、いきなり5ラウンドもされるなんて思いませんでした。さすがは絶倫超人ですね」

 ごめんなさいごめんなさい、全てにごめんなさい。最早、グゥの音も出ないッス。

「おかげですっかり志貴の良さを身体に刻み込まれてしまいました。もう、志貴無しではいられない身体にされてしまった気がします。けど、悪くはないですね。とても幸せな気分です」

 うっとりとした恍惚の表情を浮かべるシオン。
 そうですか。俺はちょっぴり不幸せです。自分の節操の無い下半身が少々恨めしいです。またややこしい事態を招きそうですから。



 ――そして、更に数時間後。

「随分と『お早い』お帰りですね、兄さん」

「あはー、朝帰りですか。しかも女性同伴。志貴さん、やりますねー」

「……志貴さま」

 屋敷に帰った俺を出迎えてくれたのは、不機嫌さを隠そうともしない秋葉と、にこやかな口調とは裏腹にこめかみに青筋なんか浮かべてらっしゃる琥珀さんと、突き刺さるほどの非難の視線を向けてくる翡翠という面々。
 皆様、見事なまでに臨界点間近。いつ爆発してもおかしくない。
 朝帰りという事実だけでも極刑ものなのに、俺の傍にピッタリと寄り添っているシオンの存在が、三人の不機嫌さをもう一段高いステージに導いていたりする。

「兄さん。もちろん詳しいお話は聞かせていただけるのでしょうね」

 有無を言わさぬ迫力で秋葉が迫る。

「わたしたちを一晩ほったらかしにした訳ですから、それなりの誠意は見せていただきたいところですねー」

「……はい、全くです」

 怒り漫符付きのニコニコ顔の琥珀さんと、コクコクと同意する翡翠。

「えと……その……何と言いますか……」

 退路無し。下手な言い訳は却って命取り。唯一の味方になってくれそうなシオンは、この修羅場という状況を興味深そうに――面白そうに――眺めるのみ。
 ――ならば、俺の逝くべき……もとい、行くべき道は一つしかない。
 男として、否、漢として真正面からぶつかるという茨の道のみ!

「わ、分かりました! 遠野志貴、全身全霊を以って『ご説明』させていただきます!」

 全員が心底満足するまで、一切の手抜き・手加減無しで『真摯な態度を示し続ける』事を心に固く決める俺――漢・遠野志貴――であった。



「おはようございます、兄さん」

 次の日の朝。昨日とは比べ物にならないくらいの晴れやかな笑顔で挨拶してくる秋葉。
 俺の『誠意』によって、秋葉も琥珀さんも翡翠も機嫌を直してくれた。
 どのような手段を用いたかは企業秘密とさせていただく。

「あはー。おはようございます、志貴さん。昨日は凄かったですねー。見てください、志貴さん。志貴さんの絶倫レベルゲージがまた上昇してますよ」

 琥珀さん、余計な事は言わないように。てか、どこにそんなゲージが!?

「おはようございます、志貴、秋葉、琥珀、翡翠。みなさん、早いですね」

 ちなみに、シオンも遠野家の客人として迎えられることとなった。
 昨日、みんなと身体を重ねたり上になったり下になったりしている間に、何らかの情が通じ合ったらしく非常に打ち解けあった態度を見せていた。性格的に似たものがあるのか、特に秋葉とは馬が合っているように感じられる。何にしても、みんなが仲が良いのは喜ばしいことだ。

「……仲良くするのは当然です、志貴さま。わたしたちは仲間なのですから。ある意味、姉妹とも言えますし」

 な、仲間ですか? 姉妹ですか? さり気なく凄い事を言われてる気がするぞ。

「あははー。言うなれば『棒姉妹』ってとこですねー」

 琥珀さん、ストレートすぎ。それ、レッドカードです。
 浴びせられた明け透けな言葉に、俺は思わず頭を抱えてしまう。
 ――と同時に俺は誓った。

『これ以上、棒姉妹などと呼ばれる不名誉な存在は絶対に増やさないようにしよう。自分の節操無し加減に悲しくなってくるから』

 本気で固く固く誓うのであった。







< メルブラ本編のどこかに続く……かも? >




(余談)
 上記の俺の誓いは、レンという名の使い魔の少女と出会った際にアッサリと破られる事となるのだが……それはまた別の話である。

 ごめんなさいごめんなさい、全てがごめんなさい。





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