『理緒の日記帳 ○月×日 晴れ』



 今日は、みんなと一緒に贔屓にしている本屋へとお買い物に行ってきました。
 このお店は家からは少々距離があるのですが、新刊がきっちりと入荷されており、また既刊の品揃えも良い為わたしたちのお気に入りです。
 それに、長い道のりもみんなと一緒なら楽しく感じられて、全く苦になりません。「え? もう着いちゃったの?」とすら思う事もありますし。

 お店に着くと、わたしたちは好みの本が積まれているコーナーにそれぞれ別れて向かいました。

 ふじ……じゃなくて、浩之くん(この呼び方、まだちょっと照れちゃう)はコミックが置かれている棚へ。
 好きな作者さんの新刊が発売されていたようで、嬉しそうに手に取っていました。
 どんな内容なのか尋ねてみたところ
「最強よりも最愛な、死刑囚萌え萌えの血と汗と涙の漢のストーリー」
 とのこと。
 ……取り敢えず、非常に濃そうな作品だということだけは理解できました。

 あかりさんと葵ちゃんはお料理の本が並んでいる場所へ。
 掲載されている写真を眺めながら
「ねえねえ。これ、美味しそうだと思わない? 見た目も綺麗だし」
「あ、ホントですね。今度、作ってみましょうか」
 なんて会話をしていました。
 どうやら、我が家の食卓に並ぶオカズが増えそうです。ちょっと楽しみ。

 綾香さんと智子さんはファッション雑誌をチェック。
「これなんか智子に似合うんじゃない?」
「そう? 綾香の方がピッタリやと思うけど?」
 などと言いながら今シーズンの流行を確認していました。
 二人ともスタイルが良いから何を着ても似合うんだよね。
 少しだけ羨ましいです。……嘘。かなり。

 マルチちゃんが向かったのは絵本が陳列してある棚。柔らかな笑みを浮かべながら、何冊もの絵本を手に取っていました。
「えへへ。わたし、絵本が大好きなんです。読んでいてホッとできる優しいお話が多いですからね」
 マルチちゃんは『たれてる』のとか『こげてる』のとか『アルマジロ』とかが特にお好みみたい。
「近所の子供たちにも読んであげたりするんですよ。そうするととっても喜んでくれて、みんなの笑顔を見ているとわたしまで嬉しくなっちゃうんですぅ」

 セリオちゃんは特撮系の本が置いてある場所に直行。一切の迷いなく。
 どうも今は特撮ヒーローがブームになっているらしく、想像以上にたくさんの本があってビックリ。
 明らかに大人をターゲットにしている高価な写真集とかもあったりして二度ビックリ。
「これでも足りないくらいですよ。各出版社はもっと精力的に発行するべきです。なにせ、変身ヒーローは日本が世界に誇れる文化の一つなのですから」
 どうでもいいけど、本屋さんで握り拳&力説はやめて欲しい。周りの奇異の目が……痛い。

 レミィさんは『ことわざ辞典』を物色。家に既に何冊もあるのにまだ購入するつもりみたい。
「ジショは知識のホーコだヨ。何冊あってもノープロブレムネ」
 至極正論ではあるのだけど、同一傾向の辞書ばかり揃えるのもどうかと。
 だけど、レミィさんのこの貪欲なまでの勉学姿勢は見習うべきものだと思う。
「ニホンの言葉は美しいネ。勉強しがいがあるヨ♪」

 芹香さんは何をしていても絵になります。
 単に本を読んでいるだけにも関わらず、まるで宗教画のような神々しい美しさすら放っていました。
 但し、熱心に目を通している本が『呪術大全』であるという時点で、全てをチャラにしてしまっている気もしますが。
「…………」
 はい? 簡単で実用的な呪いのかけ方が載っていたから、何かあったら言ってください、ですか?
 え、遠慮しておきます。と言うか、何かって……なに?

 琴音ちゃんも芹香さん同様に絵になります。
 口さえ開かなければ、深窓の令嬢といった雰囲気を漂わせていますし。
 でも、『彼氏を虜にする101のテクニック』なんて本を一心不乱に読み耽っているようでは台無しです。
 それに
「ふむふむ、非常にためになりますね。これらの技をマスターして浩之さんをメロメロに……なんてなんて、やーん、わたしってばエッチ〜、キャー♪」
 口、開いていましたから既にアウトっぽい感じです。

 もちろん、ただみんなの様子を見ていただけではありません。わたし自身も当然買い物を楽しみました。
 買ったのは三冊。
 一冊は、琴音ちゃんから薦められて読んで以来ファンになった作家さんの新刊。
 前の巻は琴音ちゃんが買ってきたので今回はわたしの番。
 複数の者が読む本はこうして順番を決めておかないと、家の中に同じ本が何冊も、という事になりかねないので今後も注意が必要ですね。
 ちなみに、この作家さんのお話はとても面白いのですが、異様に本が厚いのが困りものです。
 新書サイズの小説が微動だにしないほどしっかりと『立つ』のは如何なものかと。
 まさに『この世には不思議なことなど何もないのだよ』って感じです。意味不明ですが。
 二冊目はパソコン関係。まだまだ初心者ですから、日々勉強です。
 結構自由自在に扱えるようにはなったのですけどね。
 ……ごめんなさい。ちょっとだけ嘘を書きました。
 本当に自由自在なら、三冊目として家計簿なんて買ったりしません。
 ううっ、頑張ってはいるんですが……。
 いつの日か、家計簿を(そしてこの日記も)パソコンで付けられるようになる日が来ればいいな。

 あっ、そうそう。そういえば、本屋さんからの帰り道、こんな事がありました。



「ねえ、浩之ちゃん。浩之ちゃんは何を買ったの?」

「マンガ。愛と勇気と水上歩行のグラップラー格闘浪漫」

 あかりさんからの問いに、浩之くんがそう答えました。
 答えてもらったのに、疑問が増えただけのような気がするのはわたしだけでしょうか。
 どのような本なのかサッパリ分かりません。

「え? あれの新刊出てたの? 浩之、後で読ませてね♪」

 尤も、ごくごく一部、理解している人もいましたが。

「で? 他には何を買ったの? 一冊だけじゃないんでしょ?」

 手を合わせて可愛らしく『お願い』をした後、綾香さんは浩之くんが手にする袋を見詰めながら尋ねました。
 確かに、他にも何冊か入っていそうです。少なくともコミック一冊の膨らみ方ではありません。

「い、いや。べ、別に何も」

 綾香さんの言葉を、浩之くんはあからさまにうろたえながら否定してきました。
 こんな見え見えのウソを吐くなんて浩之くんらしくありませんね。
 ひょっとして、なにか疚しい物でも購入したのでしょうか。

「もしかして、エッチな本だったりしてネ」

 わたしと同じ考えに達したようで、レミィさんが冗談半分でそう言いました。
 それに対する浩之くんの答えは、

「え? あー、そ、その……じ、実はそうなんだよ。ついつい手が伸びちゃってさ。あっはっは」

 まさかの肯定。
 その答えを聞いて、わたしたちの周りに妙に重苦しい空気が発生しました。
 もちろん、質問をした当のレミィさんも例外ではありません。

「アレ? ほ、ホントにエッチな本なの?」

 目をパチクリさせて驚いています。

「……エッチな本。浩之さん、わたしたちでは満足できていないのでしょうか?」

「あうー、そ、そうなんでしょうか。だとしたら少し悲しいですぅ」

「……浩之ちゃん」

「わーっ! 嘘だ、嘘! 冗談! エッチな本なんて買ってねーよ! だから、みんなしてダークな空気を纏うんじゃねぇ!」

 ズーンと重くなる空気に耐えられず、浩之くんが声を張り上げます。
 そして、同時に袋の中に手を入れ、買ってきた本を取り出しました。

「お、俺が買ったのはこれだよ」

 言いながら皆の前に差し出したのは……参考書?

「ま、雅史の奴が前々からこの参考書を探しててさ。そんで、さっきの店で偶然目にしたから、ついでに買っていってやろうかと思って。べ、別に、俺がこれを使って勉強するワケじゃねーぞ。本当だぞ」

 照れくさそうにモゴモゴと説明する浩之くん。
 その様を見て、わたしたちは最初キョトンとし、

「……ぷっ」

 次の瞬間、一斉に口を押さえて吹き出してしまいました。

「な、なんだよ!? 何が可笑しいんだよ!?」

 笑い出すわたしたちに、浩之くんが不満そうに文句をぶつけてきます。

「ごめんごめん。別に可笑しくなんかないわよ。それにしても、浩之ってば結構真面目に頑張ってるのね」

 それを軽く受け流して、綾香さんが浩之くんの頭をなでなで。「えらいえらい」と言いながら。

「ち、違うってーの! これは垣本の奴が探してたから買ってきたんだって!」

 綾香さんの手を振り払って浩之くんが叫びました。
 でも、その言葉を真に受けている者は皆無。マルチちゃんですら信じていません。
 だって、名前が佐藤くんから垣本くんに変わってもいますし。

「浩之さん。わたしの持つ全メモリーを駆使してサポート致しますね」

「微力ですが、わたしもお手伝いします」

「わたしも。何かわからん問題があったら、遠慮せずにいつでも言ってや」

「浩之ちゃん、頑張ってるんだね。うん、わたしも負けてられないな」

「だーかーらぁ! お前ら、人の話を聞けっつーの! 違う! 違うんだ! や、やめろ、こらっ! そんな温かい視線を俺に向けるなぁぁぁぁぁっっっ!」



 ――うーん。なんか不思議。
 男の子って、エッチな本よりも参考書とかを見られる方が恥ずかしいのかな?
 それとも、浩之くんは特別なのかな?
 まあ、セリオちゃんが言ってた「努力している姿を見られる事に異様なまでの恥ずかしさを感じる人がいますが、浩之さんはその典型的なタイプですね」というのが正解なんだろうね。
 なんにしても、動揺してオロオロする浩之くんというのは結構貴重。
 そのような、妙に可愛らしい姿を見ることが出来て満足満足。
 だけど、わたしのその思いはここだけの秘密です。
 もし浩之くんにバレたりしたら、仕返しとばかりにわたしの『可愛らしい姿』をジックリと堪能されてしまうでしょうから。
 従って、絶対に内緒、です。

 けれども、そういうのもちょっと良いかも……ポッ

 ……う゛っ。『ポッ』だなんて、なんか琴音ちゃんテイストが混じってる。反省反省。

 と、とにもかくにも、明日も楽しい良い日になったらいいな。



 ○月×日 晴れ     理緒









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