『にひゃくまん』



「はっはっは。よく来てくれたね、セリオ。ウェルカム!」

 来栖川エレクトロニクス――正確には長瀬主任――に『大事な用』とやらで呼び出されたわたしだが、妙にテンションの高い長瀬主任が出迎えてくれた途端に回れ右をしたくなった。
 ――が、無理矢理その衝動を抑えると、「いったいどのような御用件でしょうか?」と、わたしは主任に尋ねた。

「いや、別に大した用じゃないんだけどさ」

「……は?」

 えっと、もしもし? 先程は大事な用って言ってませんでしたっけ? だから、わたしは家事をほっぽりだして急いでやって来たんですよ。
 にも関わらず『大した用じゃない』?
 わたしの目が剣呑な色を帯びたことを、こめかみにプクッと青筋が浮かんだことをいったい誰が責められようか。

「ただ、少し暇を持て余し……もとい、いろいろと電波が飛んできた……でもなくて、アイデアが浮かんだのでね。ちょっとセリオをからかって遊ぼ……協力してもらおうかと」

 わたしの怒りの表情を綺麗にスルーして宣う主任。
 何気にサラッと危険&極刑もののセリフを吐いてる気がするのはわたしだけでしょうか。
 ハァと深いため息を一つ吐き出すと、今度は全くの躊躇無く回れ右をする。

「……まったく、付き合っていられません。帰らせていただきます」

「過疎レンジャーのイベント限定フィギュア」

 ピクッ。歩き出そうとしていたわたしの体がピタリと止まる。

「確か、セリオ、欲しがってたよねぇ。協力してくれたら……プレゼントするよ」

「ほ、本当ですか!? 本当ですね!? なんでもします! なんでも言って下さい! 主任のお手伝いが出来るなんて光栄です!」

 気が付いたときにはわたしは叫んでいた。
 ああっ、わたしってば……。

「それで? いったいどの様な事をなさるおつもりなのですか?」

「ちょっとね、セリオを量産してみようかと思って。でね、現時点でセリオが持っている最新データを使わせてもらおうかなと」

「は、はい?」

 わたしは耳を疑った。
 何を今更。それが素直な感想だった。

「ああ、もちろんただの量産じゃないよ。少し工夫を凝らしてみようと思ってるんだ」

「工夫、ですか?」

「サイズを小さくしてみようかと。いわばミニセリオ、プチセリオだね」

 またそんな、いろんな所で使い古されているようなネタを……。
 わたしは心の中でツッコミを入れると共に盛大に吐息を零した。

「スケールは200万分の1。『限界に挑戦。可能な限りコンパクトに』がコンセプトだよ」

「ちょっと待ったぁぁぁ!」

「ん? なんだい?」

「『なんだい?』じゃありません! なんですか、それは!? いくらなんでもちっちゃ過ぎますっ!」

 てゆーか、見えません、そんなの。ミニとかプチなんてレベルじゃありません。既にミクロの世界です。決死圏です。
 わたしはガクッと肩を落としつつ、ズキズキと痛むこめかみを揉み解した。

「ダメかな? 独自性があって良いと思ったんだけどね。たくさんたくさん量産して……目指せ! 200万人セリオ大行進!」

 目指さないで下さい、んなもん。

「……あ、あのですねぇ、そういうのは独自性とは言いません。少なくともわたしは認めたくありません」

 言いながら、あまりのバカさ加減に溢れ出そうになる涙を必死で堪える。

「そっか。じゃ、これは没だな」

 アッサリと、『こんなに軽くて良いのだろうか』とわたしの方が心配になるくらいに、本当にアッサリと主任は案を捨てた。

「では次」

 そして、懲りずに別の案を出してきた。
 この人、絶対に何にも考えてない。単に遊んでるだけだ。そうに違いない。
 わたしは確信した。――した、のだが。
 だからと言って逃げ出すことも出来ない。

(限定フィギュアのため……限定フィギュアのため……限定フィギュアの)

 声に出さずに呪文のように何度も何度も唱えながら、主任が一刻も早く飽きて終わらせてくれるのを心から願った。

「えっとね、セリオに少々特殊な機能を付けてみたいと思うんだけど」

「特殊な機能……ですか?」

 わたしの脳裏に変形・合体・分離等々の単語が浮かんでは消えていく。

「そう。具体的に言うとだね」

「具体的に言いますと?」

「水を被ると男になる」

「またパクリかい!」

 思わず叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
 すると、主任は指を振り振り「ちっちっち」と舌を鳴らす。

「参考にしたと言ってくれたまえ」

「その言い訳、以前も聞いたような気がします! シザーハンズの時とか!」

「昔の事は忘れたよ」

 主任の場合、本気で忘れていそうなのが怖いところ。
 これでメイドロボ、及び感情プログラムの世界的権威だと言うのだからこの世はどこか間違っている。

「それに心配しなくても大丈夫。しっかりとオリジナル要素も入ってるから。万が一訴えられたとしても勝てるさ。例えるなら、ライオンキン……」

「わーっ! わーっ! わーっ!」

 わたしは声を張り上げて主任の言葉を強引に掻き消した。
 そういうシャレにならない例を挙げるのは勘弁して欲しい。

「元ネタでは水を被ったら有無を言わさずに変身したが、私の場合は違う。敢えてギャンブル性を入れてみようと思う」

 入れんでいい入れんでいい。
 わたしの気苦労も知らずにマイペースに話を続ける主任に、そっと胸の内だけで突っ込んでおく。

「意外性を演出する為に、条件はやや厳しめ。変身する確率200万分の1ってところでどうだろう? これなら忘れた頃に変身、なんて事になりかねないからね。ビックリすること受け合いだよ」

「……は、はあ。そう……ですね」

 また200万ですか? 何か拘りでも? 今日のラッキーナンバーか何かですか?
 てゆーか、なんですか、その天文学的な確率は? どこがやや? 忘れた頃どころか変身しないままで生涯を余裕で終えられそうなのですが。
 まあ、男に変身などしたくありませんから、それならそれで構わないのですけど。仮に『わたしの知らない間に』その機能を組み込まれてしまったとしても、それならばあまり害はないでしょうし。それに、まかり間違って変身してしまっても、どうせお湯でも浴びればすぐに元に戻るのでしょうから。
 ――と、わたしは呆れ半分安堵半分の感想を抱いた。
 しかし、わたしのそんな気持ちはすぐに消し飛ばされてしまう事になる。
 わたしの甘さを嘲笑うかのように発せられた主任のセリフによって。

「そうだ。言い忘れてたけど、男から女に戻る時も同じ確率ね。200万分の1」

「う゛」

 ――って事は、下手すると『一度男になってしまったら、二度と女に戻れない可能性高し』ってことですか?
 わたしの背筋を冷たいものが流れた。
 続けて、戦慄しているわたしに、主任は尚も追い討ちを掛けた。
 ……トドメとも言う。

「それから、男になったときの姿だけど……『長瀬一族』風になるから。これ、確定事項ね」

 刹那、時が止まった。
 重苦しい沈黙に包まれる。

「……は、はい? なんですと?」

 幾ばくかの時の後、わたしは声を無理矢理絞り出して問うた。

「だから『長瀬一族』」

 それに、至極アッサリと答える長瀬主任。

 えっと……つまり、200万分の1の確率でお馬さんになるということですか?
 このわたしが? 運が悪ければお馬さんに? お馬さん?
 しかも、お馬さんになってしまったら……も、戻れない!?

「い、いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 切れた。切れてしまった。プチッと。
 ゲシュタルト崩壊。

「そんなのぜったいにいやですいやですいやですいやです! いやあああ! おうまさんいやああ! やだやだやだやだやだおうまさんいやおうまさんいやおうまさんいやぁぁぁ!」

「うわっ! きゅ、急にどうしたんだ、セリオ!? お、落ち着きなさい! 喋りが全部平仮名になってるぞ。読みにくいったらありゃしない!」

「おうまさんいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

「こ、こら。落ち着きなさいって!」

 言いながら、主任がわたしの肩にポンと手を置いた。

「っっっ!? い、い、い、いやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その瞬間、以前と同様にわたしは無意識に放った。放ってしまった。リミッターを外して全力で。

「セ〜リ〜オ〜〜〜魔破けぇぇぇぇぇぇぇぇっっっん!」

「しゅラ゛とッ!?」

 謎な叫びを上げつつ吹っ飛ぶ主任。
 最初は綺麗な軌道を描いて……途中からは妙にぎこちないカクカクとした不自然極まりない挙動をしながら。

「えぐえぐえぐえぐ。おうまさんいやぁ、いやだよぉ。あーーーん、ひろゆきさん、あやかさーーーん。ふええええぇぇぇぇぇぇぇん」



○   ○   ○




「――と、いうことが『また』あったんです」

 その日の夜、浩之さんの腕の中で、わたしは主任とのやり取りを報告した。

「ったく。なに考えてんだ、あのオッサンは」

 どうやら浩之さんは憤慨している模様。
 それも当然だろう。何せ、わたしを『うま』にされてしまう危険性があったのだから。

「こんなんじゃ、セリオもマルチも、危なっかしくて一人で来栖川には行かせられないな」

 顔を顰めて浩之さんが零す。

「今後は大丈夫……だとは思いますよ。わたしとマルチさんに対して危険な魔改造は絶対にしないという約束を取り付けましたから」

「え? そうなのか?」

「はい。あの後、わたしの『誠意溢れる説得』によって主任を『改心』させることに成功しましたから」

「……なにをやったんだ、おい?」

「ふふっ。それは内緒、です♪」

 説得の中身はわたしだけの秘密。
 知れば……誰もが後悔するだろうから。

 この世には知らないほうが幸せだという事をあるのだから。

 うふふ、うふふふふ。

「……って、ああああああああぁぁぁぁぁっ!」

「ど、どうした!?」

「げ、限定……フィギュア……わ、忘れてた……」




 一方、その頃長瀬主任は、

「危険な改造はダメ、ってことは危険じゃなければOKだと解釈して構わないワケだね。例えば、地球割りが出来る程度のパワーを備えさせるとか、巨大化させて怪獣と戦わせるとか、その程度はノープロブレムという事だね。もしくは……」

 全身に包帯がグルグル巻かれた悲惨な姿になりつつも、見事なまでに相変わらずだった。

「ふふふ、これからもまだまだ当分は楽しめそうだねぇ。セリオを陥落させる切り札は未だこちらの手に残っているわけだし。ふふふふふ」

 餌である限定フィギュアに視線を送りながら、心底楽しそうな笑みを浮かべる長瀬であった。


 ……誰が改心?









< おわり >


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