『似合うのは』




「ねえ、亮。訓練が終わったら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」

 よく晴れた土曜日の午後。
 いつもの芝生で鍛錬前の軽い腹ごしらえをしていた俺に、鏡花がそんなことを言ってきた。

「買い物? 別にいいけど」

 サンドイッチを口に運びながら、俺はアッサリと了解する。
 どうせ、俺に『断る』なんて選択肢は用意されてないしな。

「それで? 何を買いに行くんだ?」

「水着よ。そろそろ準備しておかないとね」

「は? 水着?」

 微かに眉を顰めて尋ねる俺。それに鏡花は頷いて「そうよ」と返してきた。

「水着って……お前、もう何着も持ってるじゃないか。去年、ホテルのプールで着たやつとか。それなのに買うのか?」

 俺の頭の中が疑問符で一杯になる。
 ――が、突如、とある考えが閃いた。

「ひょっとして……鏡花、肉が付いてサイズが合わなくなったとか?」

「失礼ね! そんなことある訳ないでしょ! あんまりふざけたこと言ってるとチロに咬ませるわよ!」

 眉を吊り上げて鏡花が突っかかってくる。

「なあ、鏡花」

「なによ!?」

「あまりにもお約束すぎて恥ずかしくすらあるのだが、それでも敢えて言わせてくれ。咬ませてから言うな」

 俺の腕にブラーンとしっかりぶら下がっているチロを、鏡花の眼前に突きつけてやりながら些か憮然とした声色で突っ込んだ。

「男なら細かいこと気にしないの。そもそも、亮がバカなことを言うのがいけないんだから」

 いや、あまり細かくないと思うんだが。血、出てるし。
 ……いいけどね、別に。なんかもう、今更って気もするしな。
 チロに咬まれるのも毎度のことだし、この頃はだいぶ慣れてきたし。
 我ながら「それは人としてちょっとどうよ?」とか思わないでもないが。

「だいたい、どうしてあたしの身体に肉が付いたなんて発想になるのよ? あたしのスタイルがキープされてるのは……あんたが、一番よく分かってるでしょ?」

 微かに頬を染めつつ、鏡花が拗ねたような視線を向けてくる。

「ああ、それもそっか。確かにな。毎晩ジックリと堪能させてもらって……ぐほぉっ!」

「よ、余計な事は言わなくていいの!」

「りょ、りょーかい」

 鼻を押さえながらコクコクと何度も首肯する。
 どうでもいいけど――いや、あまりよくないけど――裏拳はシャレになってないっすよ、鏡花さん。

「――って、待てよ。それじゃ、いま持ってる水着が着られなくなったってワケじゃないんだよな? だったら、なんで新しいのを買うんだ?」

 痛む箇所を擦りながら俺は鏡花に尋ねた。
 その問いに返ってきたのは、

「本気で言ってるの? だとしたらちょっと問題ありよ」

 心底呆れたという風情の鏡花の声。

「あのね、亮。女の水着ってのは流行り廃りが激しいの。去年の水着なんて化石もいいところよ、化石。そんな恥ずかしい物を着て海やプールに行けるわけないじゃない」

「そ、そういうもんなのか?」

「そういうもんよ。それが社会の常識。亮もこれぐらいは覚えておきなさい」

 さも当然とばかりに鏡花が言い切る。

「そっか。そういうもんなのか」

 女の子って大変なんだな。ハァとため息を吐きつつ、俺は世の女性に同情した。
 ――でも。
 全てを単純に鵜呑みにするのは危険かも、とも思う。何と言っても鏡花の言うことだしな。
 自分を中心に世界が回ってると思ってる様な奴に社会の常識とやらを語られても、いまいち説得力に欠けるというか何というか。
 天上天下鏡花独尊との言葉もあるくらいだし。

「ねえ、亮。なんか、ものすっごく失礼な心がビンビン伝わってくるんだけど」

「気の所為だ」

 半目で睨みつけてくる鏡花に俺はキッパリと断言した。

「ふーん。気の所為ねぇ。……ま、いいけどさぁ」

 本当にいいと思うのなら、その刺さるような鋭い視線をなんとかして下さい鏡花さん。

「と、ところでさ」

 重くなりつつある場の空気を変えようと、俺は話題を強引に転換させた。

「鏡花はどんな水着を買うつもりなんだ?」

「……え? うーん、そうねぇ」

 俺の問いを受け、鏡花が少し首を傾げた。

「亮はどんなのが好き? やっぱりビキニ? それとも、おとなしめの方がいい?」

「はい? お、俺? なんだよ、俺の好みに合わせる気なのか?」

「ま、まーね。だって、水着姿を一番見て欲しいのは……や、やっぱり亮だしさ。どうせなら……喜んで欲しいし、さ」

 顔をほんのりと赤く染めて鏡花がボソボソと呟く。
 なんて言うか――今のはちょっと来た。普段が女王様な鏡花の言葉だからこそ、余計に胸に突き刺さった。マジで感激してしまった。

「そ、そうか。ありがとな、鏡花」

 だからだろう。そんな言葉が素直に出たのは。

「べ、別に礼を言われるほどのことじゃないわよ。そ、それより! 亮はどんな水着が好きだか訊いてるのよ! さっさと答えなさいよね!」

 耳まで朱にして鏡花が詰め寄ってくる。

「はいはい、わかったわかった」

 バレバレな照れ隠しである鏡花の科白に苦笑しつつ、俺は『鏡花に似合う水着』を考えてみた。

「そうだなぁ。鏡花だったらどんな水着でも似合うと思うけど……」

 最も俺の好みにジャストフィットするのは……

「スクール水着かな」

「……は、はい? すくーるみずぎ?」

 うん、良い。かなり萌えかも。

「あ、あの……亮?」

 スタイル抜群の大人びた鏡花と、子供っぽさ全開のスクール水着。
 この組み合わせはなかなかに絶品だと思われる。
 ミスマッチ加減がまた味わい深い。

「亮? ちょっと、亮? もしもーし、りょーくーん。聞こえてますかぁ?」

 敢えてワンサイズ小さい物を選ぶのはお約束だな。
 ナイスバディを包むぱっつんぱっつんのスクール水着。
 うむ、想像だけでご飯三杯はいける。

「待てこらぁ! ワンサイズって何よ!? ご飯三杯ってなによ!?」

 俺の部屋の中で水着を着させて鑑賞するのも良いかもしれん。
 もしくは、その姿で朝から晩まで一日過ごさせてみるとか。
 これも一種の羞恥プレイか?
 鏡花の反応が楽しそうだな。これは是非とも試してみたいところだ。

「じょ、冗談じゃないわ! しないからね! あたし、そんなこと絶対にしないからね!」

 もちろん、一日鏡花の可愛らしい姿を堪能した後は実際にお召し上がりだな。
 俺も滾ってるだろうから、きっとかなり燃え上がることだろう。

「いいから! 燃え上がらなくていいから! てか、人の話を聞きなさーい!」

 そしてたっぷりと。
 紺色のスクール水着が真っ白に染まってしまうくらいに……

「い、いい加減にしなさいよね! やっちゃえ、チロ! 威力、激マックス!」

「しゃーっ!」

「ぐはぁぁぁ!」

 ――浪漫の漢 羽村亮 堕つ。



○   ○   ○



「ったく、本当に死ぬかと思ったぞ」

「いつまでも変な妄想に耽ってる亮が悪いんでしょ」

「だからってマックスはねぇだろ、マックスは」

 しかも『激』とか付いてるし。

「ま、いいじゃない。ちゃんと生きてるんだから」

「お前なぁ」

 鏡花の身も蓋も無い言葉に、俺はガックリと頭を垂らした。
 その際に下げられた俺の目に大きな手提げ袋が映る。
 中に入っているのは鏡花の水着。
 アホな妄想をした罰だとかで荷物持ちをさせられている。
 ちなみに、これの代金も俺が支払わされた。同じく罰という名目で。
 ――納得いかねぇ。
 俺、踏んだり蹴ったりですかい。
 でもまあ、悪いことばかりでもないけどな。

「それにしても、あたしってば亮に甘いなぁ」

 ハァと嘆息しながら鏡花が零す。

「なんのかんの言いつつも、結局は亮の言う事を聞いちゃうんだから」

「いいじゃんか。俺はそんな鏡花が可愛くてラブリーで大好きだぞ」

「……っ!? ば、ばかぁ! ばかばかばか! やっちゃえ、チロ! 真・マックス威力!」

「しゃしゃーっ♪」

「ぐっはぁぁぁ! 照れ隠しでチロを差し向けるのはやめろぉ!」

 しかも『真』とか付けるな。チロも何気に楽しむな。

 ――浪漫の漢 羽村亮 再度堕つ。

 もっとも、今回もすぐに復活するとは思うけどな。
 だって、部屋に帰ったらお楽しみが待ってるわけだし。
 何と言っても、俺が手にしている袋の中には紺色の……









< おわり >


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