平成××年
日本で、ある法案が可決された。

・・・詳しくは『たさいシリーズ(ToHeart)』を読んでね☆ (オイ)


○   ○   ○


 ジリリリリ・・・
 カチッ

「朝か・・・」

 時間は・・・7時。
 オイオイ、今日は日曜日だぜ。なんで目覚ましなんかかけてるんだ、俺は? う〜ん、習慣と云う物は恐ろしい。

 いっそのこと、もう一度寝直そうかとも思ったが・・・

「ま、いいか」

 せっかくだ。このまま起きちまえ。
 ベッドから降りて勢いよくカーテンを開けた。

「うわっ。今日もいい天気だな」

 雲一つない天気。眩しいばかりの青空だった。
 こんな日にいつまでもダラダラしてるのは勿体ないな。俺は手早く着替えを済ませると部屋を出た。

 カチャ

 すると、まるでその瞬間を狙っていたかのように名雪の部屋のドアも開いた。

「おはよう祐一」
「・・・・・・」

 俺は、あまりのタイミングの良さにしばし絶句してしまった。

「ダメだよ祐一。朝はおはようございます、だよ」
「あ、ああ。おはよう」
「うん。おはようございます」

 いつものように満面の笑みを浮かべて挨拶を返す名雪。そう、いつものように・・・って、ちょっと待て!!

「随分早起きだな、名雪」
「えっ?」
「お前がこんなに早く起きられると云う事は・・・」
「え、え〜〜〜っと」
「まだあの目覚ましを使ってるのか!?」
「う、うん」
「だーーー!! やっぱり消す!! 今すぐ消す!! あのメッセージは抹消する!!」
「ダメ!! ダメだよ〜!! 絶対にダメ〜〜〜!!」

 名雪の部屋の前で死闘を繰り広げる俺たち。これもいつもの光景だ。

「なにやってるの?」

 そして、またまたいつものように声がかけられる。

「毎朝毎朝よく飽きないわね?」
「別にしたくてしてる訳じゃないぞ」

 俺は声の主、香里に視線を向けて言い放った。

「でも、定例行事でしょ?」
「冷静にとんでもない事を言うなよ。こんな壮絶なバトルを決まり事にされてたまるか」
「そうだよ〜」

 名雪も俺と同意見のようだ。しかし・・・

「はいはい」

 軽く受け流しやがった。香里にしてみたら俺たちがじゃれ合っている様にしか見えないんだろう。

「どうでもいいけど、みんな待ってるわよ。あなたたちが来てくれないとご飯食べられないんだけど」
「『みんな待ってる』だって? よく言うよ」
「そうね、訂正するわ。『何人かは』待ってるわ」

 正直に言えば良いってもんでもないが・・・。

「分かったよ。参った、俺の負けだ。というわけだから、名雪。この勝負はおあずけだな」
「別に勝負なんかしてないよ〜」
「どっちでもいいから早く来なさいってば」

 香里の奴、心底呆れた声を出しやがった。
 でも口ではなんのかんの言いながらも、結局はこの状況を楽しんでいるんだよな、こいつ。
 ま、人の事は言えないんだけどさ。俺も名雪も・・・。





たさいシリーズ外伝「Kanon」編
NUKUMORI






 俺たちがダイニングに着くと、そこはすでに戦場と化していた。

「あうーっ、届かないよー。誰かそこのお醤油取って〜〜〜」
「はい。ちょっと待ってね」
「うぐぅ。ボクが先だよ〜」
「・・・・・・早い者勝ち」
「うぐぅ」
「厳しいんですね、舞さんって」
「あははーっ」

 またまたまたいつもの事だが、激しい戦いが繰り広げられている。
 うーーーん、思わず圧倒されてしまった。

 そのまま、暫くぼーっと立ち尽くしていると・・・

「おはようございます」

 秋子さんが声をかけてきた。

「どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもないです」

 そして、その会話で他のみんなも俺たちに気が付いたようだ。次々に挨拶の言葉が飛んできた。

「おはよう」
「おはようございます」

 俺たちも挨拶を返しながらいつもの席に着いた。

「なんだ。結局、待っててくれたのは佐祐理さんと天野だけか」
「そうみたいですねー」
「悪いと思いましたから」
「ありがとな」
「あ、あの、わたしも待ってるって言ったんですけど・・・」

 栞ちゃんは申し訳なさそうにそう言うと、ちらっと香里の方を見た。

「ダメよ、栞。そんな事を言ってたら、この厳しい生存競争は勝ち残れないわよ」

 さらっと答える香里。

「何だよ香里〜。せっかく栞ちゃんが待っててくれるって言ってるのにさ〜」
「大切な妹を餓死させる訳にはいかないでしょ」
「んな大袈裟な」
「本当にそう思う?」

 そう言いながら、香里が指差した先には・・・。

「あうーっ。それ、真琴の〜〜〜」
「うぐぅ。ボクも狙ってたのに〜〜〜」
「・・・遅い」
「あうーっ」
「うぐぅ」

 ・・・・・・・・・修羅場。欠食児童か、こいつらは!?

「香里の言う事が正しい」
「でしょ」

 しっかし、そうすると毎朝こいつらを満足させるだけのメシを作ってる秋子さんって本当に凄いな。

「大変ですね、秋子さん」
「ええ。賑やかでとっても楽しいですね」

 会話が噛み合ってない気がするが、まあいいか。
 つまりはこの惨状も、秋子さんにとっては『楽しい』の一言で片付けられてしまうらしい。
 そういえば、こうなる原因を作ったのも秋子さんだったな。
 あれは、確か・・・



○   ○   ○



 −−−数ヶ月前−−−

 その日、俺たちは珍しく全員でテレビを見ていた。それも、さらに珍しい事に『ニュース』だった。

『・・・以上の様にこの前代未聞の法案は衆議院で可決されました。これを受け、社○党の××党首は・・・』

「オイオイ、マジかよ」
「凄いね〜。本当に可決されちゃった」

 俺たちの、いや、日本中の話題の中心となっているその法案とは・・・

「一夫多妻制、か」

 ・・・つまりは、そういうことだ。

 まったく、こんなアホなもんが可決されるとは。
 あ〜ぁ、世も末だねぇ。まあ、俺には関係無いけどな。
 なんて事を考えていたら・・・

「良かったですねぇ。祐一さん」

 秋子さんが変な事を言い出した。
 良かった?

「何がですか?」
「たくさんの女の子と結婚できますよ」
「はい?」
「そうだ。『善は急げ』って言いますし、すぐにでもみなさんをお呼びしましょう」
「すぐにでも? み、みなさん?」
「賑やかになりそうですねぇ」
「あ、あの〜、もしもし」
「うん! それは良い考えだね、お母さん」

 ・・・・・・・・・へっ?

「わたしもお手伝いするね」

 な、名雪!? お前まで・・・

「ありがとう、名雪。じゃあ学校で会ったら言っておいてね」

 学校で会う?

「お母さんは、みなさんのご両親と相談してみるから」
「うん、分かった。任せといて」
「ふふふ。楽しくなりそうね」
「そうだね。きっと楽しくなるよ」

 俺は楽しくないんですけど・・・。というか、それ以前にわけ分からん。
 いったい、誰を呼ぶつもりなんだ?


 それから3日後。その疑問に対する解答が示される事になった。



○   ○   ○



 ジリリリリ・・・
 カチッ

「朝か・・・」

 俺はさっさと着替えて廊下に出ると・・・

 コンコン

 名雪の部屋のドアをノックした。

 ・・・無反応

 まだ寝てるのか?
 ドアを少し開けて中の様子を伺ってみると・・・
 あれ? いない。
 俺よりも先に起きてるなんて珍しい事もあるもんだ。

 そんな事を思いながらダイニングへ行くと・・・

 「おはようございます」という朝の定番挨拶が飛んできた。

 案の定、そこには既に名雪がいた。

「ダメだよ祐一。朝はおはようございます、だよ」
「そうよ、相沢くん。おはようございます、だよ」

 ただし、いたのは名雪だけではなかったけど。

「なんでお前らがいるんだ? しかも、こんな朝っぱらから」
「なんでだと思う?」

 分からないから聞いてるんだけど。

 あれ? 待てよ。もしかして・・・

「秋子さん? こいつらって、まさか・・・」
「はい。みなさん、祐一さんのお嫁さんですよ」

 ぐはっ!! やっぱりーーー!!

 先日話していた事は本気だったのか。てっきり秋子さん流の冗談だとばっかり思ってたのに。
 でも、それよりも問題なのは、秋子さんの誘いに乗って集まってきたこいつらだ。

「なあ、あゆ?」
「なに?」
「お前さぁ。秋子さんの言った事の意味分かってて来てるのか?」
「もしかして、ボクのことバカにしてる?」
「いや、そんなことはないけど」
「分かってて来てるに決まってるでしょ」

 という事は、つまり・・・

「ボク、祐一くんのこと好きだから」
「真琴と天野はどうなんだ?」
「うぐぅ。無視しないで〜」
「やかましい」
「うぐぅ」

 んな恥ずかしいセリフに答えられるか!

「あうーっ。真琴たちはどうすればいいの?」
「あ、わりい。・・・で?」
「充分に意味を理解した上で来てますよ。わたしたちも」
「祐一と結婚するんでしょ?」

 そんな、ストレートに言わんでも・・・

「そ、そういう事に・・・なるのか?」
「なる」
「うんうん。舞の言う通りですよー」
「へっ? それじゃあ舞と佐祐理さんも?」
「はい、もちろんですよ。わたしたちだって、祐一くんの事大好きですから〜。そうだよね、舞」
「嫌いじゃない」
「どれくらい?」
「・・・かなり」

 あ、あのなー。よくもまあ、そんなこっぱずかしい会話を。それも本人の目の前で。

「わたしだってそうですよー。わたしとお姉ちゃんだって祐一さんの事・・・」
「わ、わたしは違うわよ。わたしはただ栞の事が心配で着いてきただけなんだからね」
「くすっ。またまたー。今朝なんて、わたしよりもソワソワしてた癖に〜」
「そ、それは・・・だから・・・あの・・・」
「なあに? ねえ、なあに?」
「そういう事言う人、嫌いです」
「・・・・・・・・・・・・お姉ちゃん、嫌い」

 はいはい。もう好きにしてくれ。・・・って、あれ?

「香里。北川は?」
「北川くん? 北川くんがどうかしたの?」

 どうかしたのって。

「お前ら、付き合ってるんじゃないのか?」
「わたしと? 北川くんが? ちょっとー、冗談やめてよね」
「冗談のつもりはないんだが」
「尚更悪いわ。第一、北川くんにはちゃんと彼女がいるわよ」
「なっ!? そうなのか?」
「そうよ。相手は確か1年生だったわね」

 し、知らなかった。北川って香里と付き合ってるもんだとばっかり思ってた。

「お姉ちゃんは、ずっと祐一さんのことが好きだったんですよ」
「し〜お〜り〜ちゃん♪ あとで『じ〜〜〜っくり』話し合いましょうね。(にっこり)」
「はうーーーっ(泣)」

 助けてあげたいけど、はっきり言って今の香里は怖すぎる。
 ・・・・・・見なかった事にしよう。(栞ちゃんゴメン。あとでアイス奢るからね)

 えっと、そういえばまだ肝心な奴に訊いてなかったな。

「名雪。お前はどうなんだ?」
「ほえっ?」
「ほえっ、じゃなくて。だから、あの、なんだ。俺の・・・さ、その、『あれ』になる気があるのかなぁって」
「あるよ」

 うっ、即答かよ。さすがにちょっと照れるな。

「それに祐一も言ったよね。ずっとそばにいてくれるって」
「まあ、な」

 う〜ん、我ながらこっぱずかしい事を言ったもんだぜ。
 ま、いいか。詳しい内容は名雪しか知らないんだし。

「あら? それって例の目覚まし時計に録音されていた言葉?」

 はい!? なんで秋子さんが知ってるんだ?

「あぁ、あの恥ずかしいメッセージね。相沢くんもキザよね〜」
「でも、羨ましいです」
「ボクも欲しいよ〜」

 ・・・・・・・・・・・・オイ。

「な・ゆ・き・ちゃん。どういう事かな、これは?」
「え、え〜〜〜っと」
「秘密にしておけって言ったよな」
「ゆ、祐一。目が怖いよ〜。さっきの香里みたいだよ〜」

 ふっふっふっ。何とでも言ってくれ。

「消す」
「へっ?」
「絶対に消す! 今すぐ消す! とにかく消すーーーーーー!!」
「ダメー!! それだけはダメーーー!!」

「祐一くんが壊れちゃった〜」
「あうーーーっ」
「お、落ち着いてください」

「俺は、俺は、消すんだーーーーーーーーー!!」


「うんうん。賑やかで良いわね」



○   ○   ○



 ―――嫌なことまで思い出してしまった。

 まあ、それはさておき。あれ以来、俺たちの共同生活が始まったんだ。
 最初は「げっ!」って思ったけど、今では結構気に入っていたりする。みんなといるのが当たり前になってきたし。

「うん、そうだね」
「あぁ、まったくだ・・・って、人の思考を読むなよ、名雪」
「読んでないよー。祐一、声に出してたんだよ」
「えっ?」
「結構、大きな声だったよ」

 オイオイ、マジかよ。
 俺はつい周りを見渡してしまった。

 あうっ。みんなしてクスクス笑ってやがる。

「全然独り言になってないわよ、相沢くん」
「祐一、うるさい」

 ほっとけ!!


○   ○   ○


 他愛のないやり取り。お約束ともいえる掛け合い。

 そんなほのぼのとした(?)空気が流れる中・・・

「・・・奇跡って本当に起きるんですね」

 ふいにそんな声が聞こえてきた。

「栞ちゃん?」
「こんな幸せを味わえるなんて、わたし、心から生きてて良かったと思います」

 栞ちゃん、目がちょっと潤んでる。
 なんか、感極まっちゃったみたいだ。穏やかな空気に当てられちゃったのかな?

 しかし、『奇跡』か。

 拒絶・絶望・過去の悲しい記憶・親しい人の死・自分の死・・・

 ここにいる奴らはみんな、そんな『試練』を越えてきた。

 でも・・・

「『奇跡』なんかじゃないさ」

 そんな言葉が口をついて出た。

「俺たちがこうやって笑い合えるのは『必然』なんだよ。最初っからそう決まってたんだ。そんな俺たちに『奇跡』なんて必要ないだろ」

 みんなに起こった『試練』。それは始めから乗り越えられるようになってたんだ。なにせ俺たちは幸せになる『運命』なんだからさ。
 俺は、そう思っている。

「・・・ほえーっ」
「祐一って、ときどき恥ずかしい事を平気で言うね」
「キザねぇ」
「似合わない」

 ・・・お、お前らなぁ。

「言うに事欠いて、それかい!!」
「あうーっ。だって〜」
「似合わないものは似合わない」
「舞さ〜ん。ストレート過ぎですよーっ」
「事実だし」
「あははーっ。ま、舞って正直者だから」
「うぐぅ。全然フォローになってないよ」
「フォローする気なんかないんじゃないの?」
「たぶん、そうでしょうね」
「うんうん、賑やかで良いわね」
「秋子さん。会話が噛み合ってませんよ」
「さすがは名雪のお母さんね」
「どういう意味?」
「別に〜〜〜」

 うーん、いつの間にか、会話からはじき飛ばされてしまった。

 まあ、いいか。

 お喋りに熱中する名雪たち。それを見るのが最近の俺のお気に入りだったりするから。


 それよりも・・・

 『奇跡』、か。

 その言葉が頭から離れなかった。

 簡単には起こせないものだって事は痛いほど良くわかってる。

 でも・・・

「どうしたの、祐一?」
「話に入ってきなさいって」
「そうですよーっ」

 こいつらの笑顔を守るためなら、『奇跡』だってなんだって起こしてやる。

 そんな必要が無い事を確信しながらも

 本気でそう思っていた。


 ガラじゃない、かな?


 俺は自分の考えに苦笑しながら


 再び、暖かい輪の中に入っていった。

  





Hiro



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