『香里ちゃんは甘えん坊で嗚呼!素晴らしき(Ba)カップル的なストーリーだったりするとにかくそういう話、ってのが正式タイトルだったりするのです』



「ねぇ、相沢くん。あたしのこと、好き?」

 不意に、そんな問いを投げ掛けられた。俺の可愛い彼女である香里から。
 ある意味、恋人同士のコミュニケーションとも言えるお約束の質問。
 こっぱずかしいラブコメ野郎だったら、赤面しつつ「な、なにを言ってるんだよ」とか動揺しちゃったりするのだろうが、漢・相沢祐一はそんな軟弱なマネはしない。

「もちろんだぞ。俺はかおりんにラブラブファイヤーだからな」

 自信満々に、俺はキッパリと胸を張って答えた。
 男が頬を染めても鬱陶しいだけだしな。

「相沢くんは……あたしのこと、どれくらい好き?」

 俺からの回答に満足気な微笑を浮かべながらも、香里は更に質問をもう一つ。
 無論、真の漢である俺は、

「悪魔将軍を指先一つであべしって出来るぐらい」

 その問いにも堂々とした態度で答えた。溢れんばかりの熱い想いを籠めて。

「……はい?」

 しかし、香里にはイマイチ上手く伝わらなかったようだ。ちょっぴりキョトンとした顔をしている。
 むぅ、些か表現が文学的すぎたか?

「つまり、最上級にあいらぶゆーあいにーじゅーあいうぉんちゅーってことだ」

「あたし、相沢くんの最上級? 本当に?」

「ほんとほんと。というか、俺がウソを吐くわけないだろ。三国一の正直者と御近所の有閑マダムの間で評判のオネスティ祐ちゃんなんだからな」

「――いろいろとツッコミを入れたい部分があるけど……山ほどあるけど……でも、嬉しいわ。ありがと」

 ツッコミ? 何故に? 俺、なにか変なこと言った?
 いまいち釈然としない気持ちだったが、取り合えず心の棚の奥の方へ投げ捨てておく。

「別に礼を言われるような事は口にしてないのだが……まぁ、喜んでいただけて幸い。恐悦至極で候でござるよ、ニンニン」

「……何語よ、それ?」

「よくぞ聞いてくれた。これはだな、飛騨の山中で連綿と受け継がれてきた由緒正しい」

 呆れた声で問うてくる香里に、俺は至って真面目な顔で答える。

「もういいわ。よーく分かったから」

 ――が、途中で香里に遮られてしまった。
 残念。ここからが面白いところだったのだが。

「ま、いいや。ところで、話は変わるが」

「ん? なーに?」

「正確には『話を戻すが』なんだけどな。――香里、お前はどうなんだ?」

「どうって?」

 小首を傾げて香里が逆に尋ね返してくる。

「俺のこと、好きか?」

「えっ?」

 まさか自分に同じ質問が返ってくる――しかも唐突に――とは思ってもいなかったのか、不意を衝かれたような顔をして、香里は驚きの声を上げた。

「そ、それは……その……え、えっと……」

 頬を染めてモジモジするかおりん。
 男がやると蹴り倒したくなるような表情も、女の子がやるとどうしてこんなにも萌えるのか。

「そ、そんなの……言わなくても分かってるでしょ?」

 顔を真っ赤にして、なんとかそれだけを絞り出す。上目遣いでボソボソと零すのが激萌えで花丸、ロボコン100点。
 尤も、だからといって容赦してやるつもりは全くないが。

「えーっ!? 口に出してくれないのかよ。俺には言わせたのに? かおりんってばズルイなぁ」

「だ、だって……恥ずかしくて……」

 うん、よく分かってる。だから言わせたいんだよ。
 なぜなら、俺は三国一のいぢめっこと御近所の有閑マダムの間で評判の以下略。

「ズルイなぁ。かおりん、ズルイよなぁ」

 香里の言い訳を『聞く耳持たず』と切り捨てて、尚も俺は『ズルイ』を連呼。
 心持ち、拗ねたような口調をするのがポイント。こうすれば香里は必ず堕ちる……もとい、折れるから。

「わ、分かったわよ。言うわよ。言えばいいんでしょ、言えば」

 そして、こちらの思惑通りの言葉を発する香里。
 唇を尖らせたやや不機嫌っぽい顔もまた愛し。

「あ、あたしは……相沢くんが……そ、その……す……よ」

「え? なんだって?」

「……き……よ」

「聞こえないってば。嫌がらせでも何でもなくマジで」

「だ、だから……す……」

「す?」

「す、す、好きよ。そうよ、あたしは相沢くんが好きよ! 好きで好きでしょうがないわよ!」

 開き直ったのか、はたまた単に切れたのか、ヤケクソ気味に香里が叫んだ。
 その声を耳に甘美に感じつつ、俺は更に追い討ちを掛ける。

「具体的にはどれくらい?」

「ど、どれくらいって……それは……い、いっぱいよ! たくさんよ!」

 ヤケクソモード継続中のかおりん、首筋まで真っ赤に染めながらも大声で素直に。
 そして、

「相沢くんの事を考えただけでドキドキが止まらなくなるほどに……愛しているわ。な、なんか文句ある!?」

 瞳を微かに潤ませて熱っぽく。

「文句なんてあるわけないだろ。それだけ強く想われて……嬉しいよ」

 香里の肩に腕を回し、耳元でそっと囁いた。

「嬉しい?」

「ああ、嬉しいな。飛び上がりたいほどに」

「そう。なら、あたしも嬉しい」

 照れたようにはにかんで、香里が俺の肩に頭を預ける。触れ合った箇所の温もりが心地よい。

「そういえばさ。俺の事を考えただけでドキドキが止まらなくなるって言ってたけど、ひょっとして今もそうだったりするのか?」

「ええ、もちろん。――ほらね」

 俺の腕を取ると、香里はそれを自分の胸に押し付けた。

「か、香里!?」

 不意に行われた大胆な行為に俺は思わずドギマギしてしまう。
 確かに香里の胸は激しくドキドキしていたが、それ以上に俺の心臓がバッコンバッコン言ってる。

「ふふっ。相沢くん、顔が赤くなってるわよ。どうかしたの?」

「ど、どうかしたのって……お、お前なぁ、分かってて言ってるだろ」

 もしかして、香里、確信犯か?

「まあね」

 妖艶に微笑む香里。
 うむむ、なんか久しぶりに手玉に取られちゃってる感じだぞ。

「たまにはいいでしょ。あたしだって少しは相沢くんを翻弄してみたいし。――ところで、どうでもいいけど、さっきの『確信犯』。あれ、誤用よ」

「大丈夫、わざとだから。正しい用法もちゃんと理解してるから問題なし。……って、確信犯云々ってのはモノローグの部分じゃねーかよ。声に出してないのになんで知ってるんだ? 実は香里ってサトリ?」

「まさか。ただ、相沢くんは単純だから考えを読みやすいだけよ」

 ……さいですか。
 肩を竦めながらの香里のドライなセリフに、ナイーブな祐ちゃんハートがちょっぴり傷つき気味。

「ああもう。ほらほら、そんな顔しないで」

 俺の頭を優しく抱き締めて、子供をあやす様に『よしよし』と声を掛ける香里。

「ちょっとホントの事を言われたくらいで拗ねないの」

 一言余計だ。ホントの事とか言うな。
 ――などと思ったりしたのだが、香里に抱かれるのが気持ちいいから特別に許す。
 しかし、いつまでも主導権を握られているのも面白くない。
 てなわけだから、

「あっ。こ、こらぁ。オイタしちゃダメだってば」

 逆にふにふにと香里を抱き締め返してみたり。

「うむ、さすがは香里。抱き心地最高だな。満点のふにふに具合だぞ」

 柔らかくて、温かくて、良い匂いで。
 いつまで抱いていても厭きないこと間違いなし。
 しかし、人間というのは欲深いもので。

「なぁ、香里」

「ぅん?」

「ふにふにしてたら……少しだけ先に進みたくなった」

「……うん。あたしも同じ」

 抱き、抱かれしているうちにお互いに身も心も盛り上がってしまって、それだけでは満足できなくなってしまった。本当に、欲深い。

「相沢くん……キス、して欲しいな」

 上目遣いで香里がオネダリしてくる。
 思わず欲望の赴くままに貪り尽くしたくなるが、グッと堪えてまずは香里に尋ねる。

「どんなキスがよろしいですか? フレンチ? ディープ? 各種取り揃えておりますが?」

「そうね。フレンチがいいかしら」

 希望を口にすると同時に香里が目を瞑る。

「かしこまりました。では……」

 俺は香里の頬に手を添えると、彼女の唇に自分のそれをチョンチョンと何度か軽く触れさせた。

「いかがでしたか?」

 何故かすっかり店員口調の俺。気分はバーテンダーかソムリエといったところか。

「とっても優しいキス、素敵だったわ」

「それはなによりでございます」

「でも、相沢くん、また誤用よ」

「……は? 誤用とな? なにが?」

 香里に突っ込まれ口調が元に戻る。

「フレンチキスっていうのは軽いキスの事だと誤解されがちだけど、実際は違うのよね」

「え? マジで? それじゃ、本当はどういうキスなんだ?」

「舌を絡めあって、音がするほど強く吸い合う熱烈なキス。それが本来のフレンチキスよ」

「へぇ、そうなんだ。なるほどねぇ」

 俺、素直に感心。

「けどさ、聞いただけじゃいまいちピンと来ないな」

「そう?」

「ああ。だから、一度試してみていいか? 昔から言うだろ。論より証拠、百聞は一見に如かず、事件は会議室で起きてるんじゃない現場で起きてるんだ、って」

「な、なんか違う気がするけど……でも、いいわよ。あたしも……試してみたいし、ね」

 ね、と同時に目を閉じた香里に、俺は今度はハードな――本能に赴くままの――キスを施す。
 舌を吸い、歯茎を舐め、口内の至る所に舌を這わせ、唾液を交換させた。
 香里の全身から完全に力が抜けきってしまうまで、丹念に丹念に。

「ど、どう? ピンと……来た?」

 暫しの後、俺の口撃から漸く解放された香里は、荒い息を吐きながらも開口一番そう訊いてきた。

「うーん。まだ、いまいちかなぁ。もう2、3回試せば完全に理解できそうではあるんだけど」

 俺が首を捻りつつ言うと、香里はクスッと笑みを零した。

「だったら、また試してみる?」

「いいのか?」

「ええ、構わないわよ」

 香里は俺に向かって手を差し出し、こう言いながら優しく微笑んだ。

「あなたとなら、何度でも」



○   ○   ○



 ――ちなみに、俺と香里が『勉学』に励んでいた頃、その周りでは、

「ううー。祐一も香里も見せ付けてるよー。二人とも極悪人だよー。……これは、またイチゴサンデー確定だね」

「時と場所くらいは弁えて欲しいよね。何も学校で、しかもわざわざボクたちの目の前でイチャイチャしなくてもいいのに」

「昼休みはアイスを食べる神聖な時間です。そんな時にベタベタするなんて二人とも酷いです。そんなことする祐一さんもお姉ちゃんも嫌いです」

「香里さん、ラブラブですねー。でも、まだ勝負は終わってませんよー。ねぇ、舞」

「はちみつくまさん。……負けない」

「そもそもなんで香里なのよぅ。なっとくいかなーい。これって、所謂、思わぬダークフォースってやつ?」

「それを言うならダークホースですよ、真琴。尤も、フォースでもあながち外れていない気もしますけど。美坂先輩、暗黒そうですし」

 説明セリフを交えつつ、毎度のメンツがやいのやいのと騒いでいた。

 でもまぁ、気にしない気にしない。
 俺は、今日の昼休みは最初から香里とイチャイチャするつもりだったし。
 その為に、

1 みんなと和気藹々とお昼を食べる
2 せっかくだから俺は香里とラブラブを選ぶぜ
3 落ちた

 4時間目の授業が終了したと同時に出現したこの選択肢の中から2をクリックしたんだしな。
 だから、俺は思う存分香里とふにふにするのだ。昼休みが終わるまで目一杯、な。

 嗚呼、ふにふにぃ。









< おわり >


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