澄み渡る青空。爽やかな風。まさに絶好のデート日和。

 しかし・・・

「おっせーなー。なにやってるんだ、詠美のやつ」

 どんなに天気が良くても相手が来ないのではお話にならない。

 ――ったく、しょうがねーなー。もう1時間以上も遅刻じゃねーか。ふたり揃って暇な日なんて貴重なのにさ。

 まさか、事故に遭った・・・なんて事は・・・無い・・・よな?

 いかんいかん! 思考が悪い方へ・・・。
 と、取り敢えず電話でもかけてみるか。

 そう思い、携帯を取り出した時だった。

「和樹〜〜〜!!」

 大声を出しながら、そして手を思いっ切りブンブン振りながら笑顔で走ってくるやつがいた。もちろん詠美だ
 本来なら何事も無かった様子の詠美を見てホッとするところなのだろうが。

 ・・・恥ずかしいやつ。俺は思わず他人の振りをしてしまった。

「ちょっと!! なに無視してるのよ!?」
「いや、別に」
「な〜〜〜にが『いや、別に』よ! あんた、日本の、いいえ世界の漫画界のクイーンである詠美さまをシカトしようとはどういう了見よ!!」

 うっわ〜〜〜。目立ちまくってるよ。勘弁してくれよな。

「あの・・・だから・・・」
「まったく。だからあんたはいつまでたっても甘ちゃんなのよ!!」

 なに!?

「ほ〜〜〜、そこまで言うか。遅れてきた分際でな〜〜〜。そうかそうか。詠美は俺の事、そういう目で見てたんだな。よーーーく分かったぜ」
「あっ!」

 詠美のやつ、ハッとした表情になると口を手で塞いだ。しっか〜〜〜し、もう遅い!!

「あ〜〜〜ぁ、1時間も人の事を待たせておいてこれかよ」
「ごめん!! つい、心にも無い事を・・・」
「別にいいんだけどねぇ。1時間か、長かったなぁ」
「ほ、本当にごめんなさい!!」
「どうしようかな〜〜〜」
「ごめんなさい!!」

 そう言うと詠美は深々と頭を下げた。
 うーーーん、さっきとは違う意味で目立ちまくっているな。
 でも、さすがにちょっとやりすぎたかな。別に本気で怒っていた訳じゃないし。少しからかうだけのつもりだったんだけど、ついつい調子に乗ってしまった。

「仕方無い。今回は特別に許してやる。だから気にするなよ。俺も言い過ぎたし」
「・・・許してくれるの? 怒ってないの?」
「許す。怒ってない」
「・・・良かった」

 心底安堵したような詠美。少し涙声にさえなっていた。
 やっぱり・・・やりすぎたな。

「わりぃ」
「なにが?」
「気にするな」
「・・・??」
「いいんだよ。気にするなって」
「変な和樹」
「ほっとけ!!」





男の浪漫と遊園地
〜第2回特別投票1位記念SS〜






「・・・で? なんで遅刻したんだ?」
「ふみゅっ! そ、それは〜〜〜」
「ほれほれ、言ってみそ」
「・・・ふみゅ〜〜〜ん」
「言ってみそ」
「・・・寝坊した」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「寝坊したって言ってるでしょ!!」

 なんてお約束なやつ。でも珍しいな、詠美が寝坊なんて。学生の時だって遅刻だけはしなかったのに。他はまあ、からきしだったけど・・・。

「しょーがねーなー。どうせ夜更かしでもしてたんだろ?」
「ま、まあね」
「―――ったく。それで、何時まで起きてたんだ?」
「・・・4時」

 おいおい。

「いったいそんな時間まで何をやってたんだよ。もしかして原稿が忙しかったのか?」
「ううん、そうじゃない」
「じゃあ何してたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・服」
「服?」
「服を選んでたの!!」
「選んでたって、4時までか?」
「うん」
「今日の為にか?」
「・・・うん」

 俺なんかとのデートの為に朝の4時まで服選びに悩んでたのか。
 愛おしかった。俺はそんな詠美が愛おしくてたまらなかった。

「ちょ、ちょっと和樹。恥ずかしいってば」

 気が付くと俺は詠美を強く抱きしめていた。

「気にするな」

 注目を浴びようがなにしようが今の俺には関係が無かった。ただ詠美の体温を感じていたかった。

「ふみゅ〜〜〜〜〜〜ん。気にするよ〜〜〜」



○   ○   ○



 その日、俺たちは遊びまくった。
 園内のあらゆる乗り物を制覇したし、あらゆるアトラクションにも参加しまくった。
 とにかく徹底的に遊び倒した。

「うーーーん。遊んだ遊んだ〜〜〜!!」

 満足気な様子の詠美。どうやら心から楽しんでもらえた様だ。

「これからどうするの? もう帰る?」
「いや、あと一カ所だけ行きたいアトラクションがあるんだけど」
「締めってやつね。いいわよ。それで、どこ行くの? やっぱり最後と云う事で観覧車?」
「うんにゃ。あそこだよ」

 俺が指差した先には・・・。

「お、おばけ屋敷・・・」
「ここのやつは『ホラーハウス』って名前みたいだけどね」
「ま、まさか・・・あれじゃ・・・ないよね」
「あれだよ」
「ふみゅ〜〜〜ん」

 女の子と遊園地に遊びに来たらおばけ屋敷に入る。これは定番だろう。
 まさに男のロマン!!

 そういえば高校時代に瑞希と入った事があったっけ。うーん、あの時はつまらなかったなぁ。あいつ、全然動じないんだもん。思いっ切り白けちまったぜ
 やっぱり多少なりとも怖がってくれないとな。

 さてさて、詠美ちゃんはどういう反応を示してくれるかな〜〜〜。

「あ、あんなの子供が入るものよ。あ、あ、あたしみたいな大人の女には似合わないわね」

 よく言うぜ。ついさっきまで絶叫マシンでキャーキャー言ってたのは誰だよ。

「変な言い訳しないで、怖いなら怖いって正直に言ったらどうだ?」
「・・・・・・・・・怖い」

 ・・・あれ? ずいぶん素直だな。
 詠美の性格を考えたら絶対に『こんなの怖いわけないでしょ!!』とか言うと思ったのに。

「で、でも大丈夫。うん、いいわよ。行きましょ」
「あのな、無理しなくてもいいんだぞ」

 いくらなんでも無理強いはしたくない。
 確かに怖がらせる(&その結果抱き付いてもらう)のが目的だけど、無理矢理じゃ単なるイジメになってしまう。
 こういうのは『女の子が怖い怖い言いながらも実はしっかり楽しんでいる』という状態がベストだ。お互いが楽しくなくちゃ意味が無い。

「大丈夫だって言ったでしょ。無理なんかしてないって」

 そう言うと俺の手を引っ張って歩き出した。
 本人が大丈夫と言う以上、無理に引き留める事は無いんだろうけど・・・一抹の不安が・・・。



○   ○   ○



 ・・・で、結局入ってしまった。
 人気が無いのか、それとも時間帯のせいか待ち時間も無くすんなりと入れた。
 ちなみにここは館内を徒歩で移動するタイプだ。乗り物に乗って行くタイプの方が楽でいいんだけどな。
 まあ、怖さを演出するという意味では徒歩の方が断然上なんだろうけど。

 それで詠美はといえば・・・。

 右から物音が聞こえたら・・・

「ふみゅ〜〜〜〜〜〜ん!!」

 左から悲鳴が聞こえたら・・・

「ふみゅみゅ〜〜〜〜〜〜ん!!」

 血塗れの男が現れたら・・・

「ふみゅみゅみゅ〜〜〜〜〜〜ん!!」

 モンスターが現れたら・・・

「にゃにゃにゃにゃにゃ〜〜〜〜〜〜!!」

 ・・・・・・あうっ、千紗ちゃん化してる。

 でも、結構楽しんでいる様にも見えるな。心配する必要なんてなかったかな。

 ―――と、思った瞬間、詠美の足が止まった。

「どうした?」
「・・・・・・・・・・・・」
「? 詠美?」
「・・・・・・歩けない」
「はい?」
「足が竦んで歩けない。・・・動けないよ」
「ま、マジかよ」
「グスッ。もうダメ。もう限界だよ〜」
「詠美・・・」

 よーく見てみると体中が震えているのが暗い中でも分かった。きっと、顔は蒼白になっていることだろう。

「―――ったく。だから無理するなって言ったんだ」
「だって」
「だってじゃねーって!」
「ふみゅ〜ん。だって・・・だって・・・和樹、ここに入りたかったんでしょ? だから・・・」
「だから、何だって言うんだよ」
「和樹のしたい事だから・・・。和樹の喜ぶ事だったら何でもしてあげたかったから・・・。だから、あたし・・・」

 ―――!!
 ・・・詠美。そこまで俺の事を。
 本当は怖くてたまらないのに。もの凄くイヤなはずなのに。それなのに・・・。
 どうして俺は、もっと詠美の気持ちを分かってやれなかったんだろう? 「無理するな」なんて薄っぺらな言葉だけで片付けてしまったんだろう?
 俺は・・・俺は・・・。

「やだ。そんな深刻そうな顔をしないでよ。あたしのせいなんだから。あたしが全部悪い・・・ンンッ」

 ふざけるなよ。お前が悪いわけないだろ。
 だから・・・俺は詠美にそれ以上の言葉を許さなかった。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ハァ〜。か、和樹」
「ごめん。本当にごめんな」
「なに謝ってるのよ。変な奴」
「何とでも言え。それよりお前、体の震えが止まったみたいだな」
「うん、もう大丈夫。和樹が勇気をくれたから、ね」
「いや、その、あはは・・・」
「な〜ににやけた顔をしてるのよ。エッチ!!」

 エッチって、お前なぁ。
 ま、いっか。どうやら、いつもの調子に戻れたようだし。

「それよりも、ほら、そろそろ行くぞ」
「・・・・・・・・・動けない」
「・・・おい。さっき大丈夫って言ったばっかりだろうが」
「でもでも、動けないんだな、これが」

 もしかして・・・。

「だから和樹が連れていって〜〜〜」

 ぐはっ!! やっぱりそうくるかーーー!!

「ほらほら、早く早く〜〜〜」
「仕方ない奴だなぁ」

 苦笑しながら背中を向けると、詠美の奴が勢いよくのっかってきた。
 おいおい、動けないんじゃなかったのか!?

「ふふふ・・・。ちょーラクちん」
「―――ったく、甘えやがって。どうでもいいけど耳元でキャーキャー騒ぐなよ」
「平気平気! もう全然怖くないから」
「はいはい、さいですか」

 その後、俺の懸念をよそに詠美は一切悲鳴をあげなかった。マジで怖くなくなったようだ。
 うーーーん、『おんぶ』効果・・・恐るべし!!





○   ○   ○





 −−− 深夜 −−−

「なんか、いろいろあった一日だったなぁ」

 俺はベッドの中で昼間の事を思い返していた。

「・・・あれ? 和樹?」
「あっ。わりい、起こしちまったか? つい、声に出しちまって」
「それはいいけど。もう起きる時間?」
「いいや、まだ真夜中だよ。な〜んか目が覚めちまってさ」
「そうなんだ」
「あぁ。それで昼間の事を考えてたんだよ、楽しかったなって」
「うん、楽しかったよね」
「また行こうぜ」
「そうね。・・・もちろん『おばけ屋敷』もね」
「おいおい、大丈夫かぁ〜〜〜」
「・・・・・・・・・・・・」
「あれ? 詠美? 詠美さ〜〜〜ん」
「・・・・・・すやすや」

 なんだかなー。言いたい事だけ言って寝ちまったよ。

 ――ったく、可愛い寝顔しやがって・・・。

「詠美・・・」

 ぐはっ!! ストップストップ!! 今、とんでもなく恥ずかしいセリフを言いそうになっちまった。

 ね、寝よ寝よ。

 熟睡している詠美の頬にそっと口づけると、俺も目を閉じた。

 すぐ隣に最愛の人がいる幸せを噛みしめながら・・・。






 『詠美・・・俺の腕を枕にできるのは、俺の体温を感じる事が出来るのは、未来永劫お前だけだからな』









Hiro



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